三.菊花百景
「夏馬、しっかりしてくれる」
少し困った表情をして、訪ねた時から真っ赤な顔の夏馬を何度宥めたことだろう。大瑠璃ははぁ、と溜息をつくと出された玉露を飲み干した。
「だって大瑠璃が俺ん家に……そして俺の部屋にとか……幸福すぎる……」
「遊びに来ただけでしょ。なんなの。だんまりだけはよしてよね」
ようやく喋ってくれたことに安堵しながら、どうしたものかと途方にくれているのもまた事実なのである。適当に駄弁るつもりが一方だんまりでどうしようもなかったのだが、普段のように向こうから煩いくらいに話しかけてくれるものと思っていたのがそもそも間違いであったなど。
互いの部屋を訪ねるなど何をそう思うことがあるのか。場合により礼を欠く程度、それ以外の何がある。
「あーそういえば前護衛がどうのとか言ってなかった? まだ会ってないとか?」
「はっ!! そうそうあの後やっと会えたんだよ!! 挨拶したし大瑠璃にも紹介……」
夏馬は思い出した。その護衛にせっかくの二人きりなのだから楽しめと真顔で言われたのを。
「紹介は今度で……!! 籠屋に連れてくからさ……! そ、そうだゲームする??」
「なにそれあの箱型の薄いやつ?」
「そうそう! ソフトいっぱいあるから選んで……! やり方教えるし……!」
「この量相当暇してたな」
「だって会ってくれないじゃああん!! 寂しかったじゃああん!!」
「はいはいそれは悪かったね。おおこれは……」
「最初から格ゲーを選ぶ辺り大瑠璃って気がするよ」
「夏馬お茶」
「メイドお茶のおかわり!!」
広い部屋のどでかいモニターを前にああだこうだ言う二人にすぐさま温かい茶が出され、無表情のメイドが退出すると夏馬はぽそりと赤い顔のまま呟いた。
「あのさ大瑠璃、俺大瑠璃のこと大好きじゃん……? 本当に、好きなんだけど……」
「きっこえないなあ。起動音の方が勝ってるわ」
「だから何度も好きって言ってるじゃん!! ずっと会ってなかったのに急に家に……部屋に来たら期待しちゃうじゃん!!」
たとえ用事のついでであっても。
「今は誰とも付き合う気がなくて。部屋を行き来するのは普通じゃないの?」
「臆病なだけだね!! そうやって年老いてくまで断る気なんだろ! 試しに俺と付き合ってみればいいじゃん!」
「臆病だとも。お前がいなくなるのも耐えられない。誰かが欠ける、日常から。もう、耐えられない」
「俺はいなくならないし! むしろストーカーレベルで纏わりつくね! あと部屋を行き来するのは特別寄りだと思うな!!」
「通報するわ」
「通報はよして!!」
(鶴も似たようなこと言ってたなあ……死なないって……寝込んだくせに……)
「大瑠璃?」
「いや通報した後のこと考えてた」
「辛辣!! 俺を欠いたら嫌なんじゃないの?!」
「嫌だけれど。はぁ。夏馬、やり方教えて。…………ああなるほど、面白そう」
「よっしゃ俺が勝ったら付き合って!!」
「それ嬉しい?」
「……くないです……」
「少し考えとくよ」
「その思わせぶりな態度いくない!!」
「だから今は誰とも付き合う気がないんだってば」
「う~~!! そういえば羽鶴くんと仲よさげだったのは! どうなの!?」
「どうって何も……あっこら勝ちすぎじゃない?」
「くらえ俺のモヤモヤ~!!」
「最悪」
なぜ自分の周りはこうも人にひっつく類のやつが多いのだろう。ぽつりぽつりといなくなって、ぽつりぽつりと胸に穴を開けてゆく。もう、耐えられない。だから許せない、引き寄せ刀は。
けれど、引き寄せたのも、過去に人を殺めたのも自分自身であるのに。
この元気な横顔を奪いたくはない。いつまでも元気でいてほしい。ああ、自分は臆病で、いつまでも恐れてばかりで。試しに、の一歩を踏み出せば、必ずあいつはやって来る。好きだと寄ってきた客を殺していったように。
もう、耐えられない。
少し困った表情をして、訪ねた時から真っ赤な顔の夏馬を何度宥めたことだろう。大瑠璃ははぁ、と溜息をつくと出された玉露を飲み干した。
「だって大瑠璃が俺ん家に……そして俺の部屋にとか……幸福すぎる……」
「遊びに来ただけでしょ。なんなの。だんまりだけはよしてよね」
ようやく喋ってくれたことに安堵しながら、どうしたものかと途方にくれているのもまた事実なのである。適当に駄弁るつもりが一方だんまりでどうしようもなかったのだが、普段のように向こうから煩いくらいに話しかけてくれるものと思っていたのがそもそも間違いであったなど。
互いの部屋を訪ねるなど何をそう思うことがあるのか。場合により礼を欠く程度、それ以外の何がある。
「あーそういえば前護衛がどうのとか言ってなかった? まだ会ってないとか?」
「はっ!! そうそうあの後やっと会えたんだよ!! 挨拶したし大瑠璃にも紹介……」
夏馬は思い出した。その護衛にせっかくの二人きりなのだから楽しめと真顔で言われたのを。
「紹介は今度で……!! 籠屋に連れてくからさ……! そ、そうだゲームする??」
「なにそれあの箱型の薄いやつ?」
「そうそう! ソフトいっぱいあるから選んで……! やり方教えるし……!」
「この量相当暇してたな」
「だって会ってくれないじゃああん!! 寂しかったじゃああん!!」
「はいはいそれは悪かったね。おおこれは……」
「最初から格ゲーを選ぶ辺り大瑠璃って気がするよ」
「夏馬お茶」
「メイドお茶のおかわり!!」
広い部屋のどでかいモニターを前にああだこうだ言う二人にすぐさま温かい茶が出され、無表情のメイドが退出すると夏馬はぽそりと赤い顔のまま呟いた。
「あのさ大瑠璃、俺大瑠璃のこと大好きじゃん……? 本当に、好きなんだけど……」
「きっこえないなあ。起動音の方が勝ってるわ」
「だから何度も好きって言ってるじゃん!! ずっと会ってなかったのに急に家に……部屋に来たら期待しちゃうじゃん!!」
たとえ用事のついでであっても。
「今は誰とも付き合う気がなくて。部屋を行き来するのは普通じゃないの?」
「臆病なだけだね!! そうやって年老いてくまで断る気なんだろ! 試しに俺と付き合ってみればいいじゃん!」
「臆病だとも。お前がいなくなるのも耐えられない。誰かが欠ける、日常から。もう、耐えられない」
「俺はいなくならないし! むしろストーカーレベルで纏わりつくね! あと部屋を行き来するのは特別寄りだと思うな!!」
「通報するわ」
「通報はよして!!」
(鶴も似たようなこと言ってたなあ……死なないって……寝込んだくせに……)
「大瑠璃?」
「いや通報した後のこと考えてた」
「辛辣!! 俺を欠いたら嫌なんじゃないの?!」
「嫌だけれど。はぁ。夏馬、やり方教えて。…………ああなるほど、面白そう」
「よっしゃ俺が勝ったら付き合って!!」
「それ嬉しい?」
「……くないです……」
「少し考えとくよ」
「その思わせぶりな態度いくない!!」
「だから今は誰とも付き合う気がないんだってば」
「う~~!! そういえば羽鶴くんと仲よさげだったのは! どうなの!?」
「どうって何も……あっこら勝ちすぎじゃない?」
「くらえ俺のモヤモヤ~!!」
「最悪」
なぜ自分の周りはこうも人にひっつく類のやつが多いのだろう。ぽつりぽつりといなくなって、ぽつりぽつりと胸に穴を開けてゆく。もう、耐えられない。だから許せない、引き寄せ刀は。
けれど、引き寄せたのも、過去に人を殺めたのも自分自身であるのに。
この元気な横顔を奪いたくはない。いつまでも元気でいてほしい。ああ、自分は臆病で、いつまでも恐れてばかりで。試しに、の一歩を踏み出せば、必ずあいつはやって来る。好きだと寄ってきた客を殺していったように。
もう、耐えられない。