三.菊花百景

 やんわりと追い出される形で退出した羽鶴は「じゃあな!」と片手を挙げ廊下を駆けて行った朝日に手を振って、とことこと大瑠璃の後をついてゆく。正直帰り道がわからなかったのもあって心強い。ほっとしていると静かに歩く美人の聞き慣れた声が羽鶴の胸を突き刺した。

「明日夏馬のところに行ってくるから」
「…………なんで僕に言うわけ? 大事な用なんだろ」
「さあね。日暮れまでには戻るけど、鶴は人を捜し回るからね」
「なんだよ夜眠れないとかかわいいことしてる割に口はいつも通りだな、さては美人なら何言ってもいいとか思ってるだろ」
「鶴は頭寝てるんじゃないの? 何怒ってるわけ。ほらさっさとしないと部屋に着くよ」
「別に怒ってない。怒ってないからな。どこ行こうとお前の勝手だし」
「そうともこの大瑠璃の勝手だとも。何を言おうともね。はいおやすみ、また明日」
「あ、ちょっと待ってて。いやそんなに嫌な顔しなくてもいいだろ、…………ほら」
「なにこれ暗くてよく見えないんだけれど。筒とぬいぐるみ?」
「そうだよもらってくれ。それだけだよおやすみ」

 大瑠璃へ押し付けるように万華鏡と文鳥のぬいぐるみを渡した羽鶴は「どうも」という言葉を聞いて自室へ引っ込んでしまった。大瑠璃も足音が静かなので何も聞こえやしないのだが、襖の前に立ったままということはあるまい。
 立ち尽くしたのは羽鶴の方で、そのふわふわとした銀髪をがしがしと掻いては溜息をひとつ零した。

(すんごいもやもやする……なんだよもう)

 どこへ行こうと何をしようと人の勝手であるのに。……そうなのだが、さらりと言われた一言がどうにも飲み込めず。

(夏馬さんのところ……)

 あの騒がしいお客様。大瑠璃の事が大好きと全身から溢れ出ているあの。

(仲いいなあ家に遊びに行くってことは二人きり……あの引きこもりでものぐさな大瑠璃が出向くとかなんなの……)

「ああもう寝よ!!」

 虎雄にもらった香の存在も忘れて羽鶴は布団をひっかぶって眠りについた。

13/38ページ
スキ