三.菊花百景
「――で、この羽鶴のメモからするに見えない片方の討伐作戦が始まりそうだと」
暇を見つけてしたためたノートの切れ端を真剣に見てくれた榊と帰り道を歩きながら、羽鶴はこくりと頷く。何故だか胸の内がざわざわして、ずっと拭えないでいる。
「こういう呪いの類って手を出さないのが一番いい気もするんだが。見えない方も、俺らを追いかけてきた奴と似たようなものならまだいいが、形が同じとは限らないだろ。性質も。俺らよりも詳しい籠屋の人らが現状そうなら、手がないか或いは命に関わるやり取りがあるか、なんじゃないのか。だから解決しようとして揉めるんじゃないかな」
「なるほど、命懸けで臨まないといけないレベルの話だから慎重にもなるよね……こう、手を出してもダメージが浅い方法ってないかな……あればやってそうだけれど、ううん……」
「その手に詳しい人物の助け、くらいじゃないのか。いずれつつかなきゃならなかったにしても、何か急だな。違和感がある」
「それだ、榊……! 違和感!」
心に何かが引っ掛かっている。それがずっともやもやと胸に留まるものだから、延々考え込んでしまっていたのだがやはり相談してよかった。
「何がどうってはっきりはわからないけど、ずっと変だな、って思ってることがあって」
「羽鶴、それは俺に話していい内容か?」
「え、………………ちょっとプライベートかも……」
「筒抜けはよくないだろう。討伐作戦には協力するが、それとは別だろ?」
「榊~。もう少しで違和感が掴めそうなんだよ榊~」
「プライベートは聞けないが、その違和感がどんな感じかは聞いてやれる」
「うーん……僕のは、どうしてああするのかなって行動がよく、わからなくて……」
「ああ、もしかしたら俺の思う違和感と繋がるかもしれない。俺の方は、急かされている、だから。急かされておかしな方へ行っている、じゃないかな。それも引き寄せ刀の影響で。だから羽鶴が思うよくわからない行動が出てくる。俺が思うに、その行動を取る本人も、止められないんじゃないのか。歯止めが効かない、っていうだろ。美味しいものを食べ続ける羽鶴のような」
「美味しいものはたくさん食べれるから仕方ないんだ榊。でも異常ではないじゃないか。ううん……? 話が逸れたか。ええと、なら、その違和感が合ってたら、引き寄せ刀のいいようになってるってことになるのかな。それってオカルト的に最後の手前近くないかな……」
最後。即ち死の直前のような。
「誰か傍にいた方がいいのは確かだな。具体策だが……お守りの類が効かないなら対抗できる人物の力を借りるとか……もうとっくにやっていそうではあるな。詳しくはないが、できるだけの対抗策を集めて正面から向き合う他ないような気もする。で今そこの集める辺りで揉めてる。羽鶴も立ち会う気でいるだろう。多分知れたら似たようなことになるかもな」
「はあ…………一度一緒にいていいか本人と話したい……でもきっとそれ言ったら引き寄せ刀をどうにかしようとしてるのバレる……なんだかみんな勘がいいっていうか……。もういっそ言ってしまおうか」
「まあ、相手にもよるが。多分いいよとは言わない。俺ならそうする。羽鶴を巻き込まないで済むならそれがいい。現状揉めてるのも、巻き込まないでいいのが首を突っ込んでるからがでかい。だから限定的なんだと思う、見えない方は」
「悶々としてきた……僕が言うのも揉めの原因が一人分増えるだけなのかな。力になりたいって悪い事ではないのにね」
「信じて待つのも手ではあるが。そうだな、今回は、周りが揉めてるなら本人だけにこっそり言ってみたらどうだ。話さずにもやるよりはいいかもしれない」
「そうしようかなあ……一人になるタイミングなんてあるのか……? うーん……お風呂とか? 僕大丈夫か?」
「ほ~らだだっ広い籠屋の壁が見えるぞ~、明日も話聞くから行ってこい」
言うと、榊は玄関先で日陰にいる白鈴に微笑んでは手を振って帰って行った。ぱあっと嬉しそうな顔をして手を振り返した白鈴は、姿が見えなくなると両手を胸の前でぎゅうっと握った。
「羽鶴さん、おかえりなさい」
「うん、ただいま白鈴。宵ノ進今どこにいるかな」
「あの……その……お買い物に……朝日と大瑠璃とで……」
「ええええええええ」
「正確には、朝日に引っ張っていかれました……」
「うわああああ……鉄二郎さん家の人達に見つかったらちょっとまずいんじゃないの……別に悪い事してないけどさ……」
「羽鶴さんもそう思いますよね……すばめ屋さんは格式高いお家ですし、心配で……もうそろそろ戻るのではと思うのですが……」
なるほど、それで非番にも関わらず玄関に張り付いているのだ。朝日の考えがよくわからない。そういえば風邪で寝込んでいたはずではと更に混乱してくる頭を明るい声が一蹴した。
「おかえり羽鶴ーぅ! つつ兄から手紙きてよー、今度お茶しようってよ!」
「うおおツツジさんが……あ、ただいま雨麟……また抱きつかれるんだろうか……」
「羽鶴さんが、怯えて……」
「つつ兄羽鶴にべったりご機嫌だったからなあ。こないだじゃ足りなかったンだろ。羽鶴そンな固まった顔で見ない。だいじょぶ、つつ兄は無茶しないから!」
「僕の中では綺麗なフォームで人が宙を舞ってる印象が強いんだけど」
「山育ちだからよ」
「山育ちで済むのか」
「うおーいただいま! 何で玄関でだべってるの?」
「朝日~!! もう待ってたんですからぁ!!」
「何々? 鈴ちゃん心配性!! 大丈夫! 観光客に紛れる作戦大成功! 隠し撮り機器を数台壊した被害で済んだぜ!!」
「撮る方が悪い」
「あ、おかえり大瑠璃、宵ノ進」
「鶴ちゃん朝日にはぁ!!」
「おかえり朝日、風邪良くなったんだ」
「もう絶好調よ!! バッチリ!!」
「朝日いいので進んでくださいませんか。この荷物はどこまで運べばよいのです」
「おう! 部屋まで!!」
「マジふざけんな朝日」
「大瑠璃、わたくしが持ちます故」
「ねえ二人を荷物持ちにって正気? 正気??」
ばたばたと奥へ行ってしまった朝日の後ろから機嫌が最高に悪い大瑠璃とおそらくそうなのだろう宵ノ進が続いてゆく。羽鶴のおかえりに会釈で済ませる程にいろんな目に見えないものが消耗しているようだった。
「あの二人を荷物持ちに借り出すンは朝日だけよな……香炉に甘味でも出してもらうかなァ……」
「夕暮れ前までに帰ってきてくれてよかったですけれど……あの量は買いすぎて持たせ過ぎて待たせすぎたのではと……羽鶴さんは宵ノ進にご用があるのですよね……ええと、一息ついてからでしたら如何でしょう……私が甘味をどうぞと呼びますから」
「白鈴って肝が据わってると思う僕。うん、そうする。僕鞄置いてくるよ」
自室に鞄を置いてはいつも食事をしている座敷に顔を出すと、茶菓子を頂いて抹茶で一息ついた様子の大瑠璃と宵ノ進がなにやら話している。ぼうっと眺めていると、香炉が手招きして羽鶴分の茶菓子と抹茶を出してくれた。上生菓子は桔梗、抹茶は先日の宵ノ進のお土産らしい。ちょんと座って味わうと、ほっとしたような心地になる。雨麟と朝日、白鈴の姿はなく、訊ねようにも香炉は厨房へ引っ込んでしまい話し込んでいる様子の二人に声をかけるのも気が引ける。そもそもどうやって二人きりになれというのだ。難題すぎやしないか。
(いや諦めるな僕……! 何かあるはずだ、何か……!)
「じゃあ宵、ちょっと外すけどそれまで鶴といてくれる。鶴、宵がどっかいかないか見てて」
「え、あ、うん……」
言うと大瑠璃がひょいと座敷から出て行ってしまった。香炉が厨房で水仕事をしている音以外ほぼ無音の空気で、羽鶴は切り出した。
「宵ノ進、引き寄せ刀討伐作戦、僕も混ぜて……!」
「ええと、羽鶴様……?」
「うわああああ何言ってるんだ僕……!! ええと、その! 引き寄せ刀と戦うの、一人じゃなくって僕もそばにいさせて……! 危ないのは知ってるけど! お願い!!」
「いいですよ」
「え!」
「わたくしが、貴方を護れば良いだけの話ですから」
「あ、ありがとう……? スムーズすぎて面食らった……」
「す……? ……?? わたくし、横文字はあまり得意ではないのですけれど。どうか、見届けてくださいましね。わたくしの見えぬところよりも、手の届く方がええ、ずうっと良い事にございます」
「う、うん。約束する。今度は僕が。見届ける、宵ノ進を、ちゃんと」
「ふふ。ほんに、可愛らしい御方」
宵ノ進がそろりと寄っては羽鶴の髪に唇を寄せた。食むでもなく、離れたついでとばかりに立ち上がり抹茶のおかわりをおねだりしに行く。
「よいのしん、あるだけ飲むから……きょうはこれでさいご……」
「なんとまあ……!」
「宵ノ進ー、セクハラー」
「?? 羽鶴様、お抹茶が最後なのですって……! わたくしったら、飲み過ぎてしまったようで……よよよ」
「えっっ泣いて……!? どうしよう香炉、僕の分のあったら宵ノ進に」
「だまされるなはつる、ほっとけ……」
「はぁひどいです香炉、あとひとくちだけほしいです香炉」
「こっ、香炉……!」
「だからだまされるなはつる……」
「香炉のいじわるぅう」
「うるせえないつまでもからかってるんじゃないいい!!」
「あはは」
「えっえっ? 香炉が大声出した!?」
「おかわりはそれまで!! そのへんにおいとけ!!」
「んふふ、あははは……」
「何だ!? 何がどうなってるんだ!?」
訊こうにも香炉は厨房に引っ込んでしまったし宵ノ進は丁寧にお抹茶を頂いている。何だこの空気。助けて大瑠璃。
羽鶴が妙な空気に耐えかねて上生菓子とお抹茶を平らげた頃、ようやく戻ってきた大瑠璃に羽鶴は心底安堵したのだった。
暇を見つけてしたためたノートの切れ端を真剣に見てくれた榊と帰り道を歩きながら、羽鶴はこくりと頷く。何故だか胸の内がざわざわして、ずっと拭えないでいる。
「こういう呪いの類って手を出さないのが一番いい気もするんだが。見えない方も、俺らを追いかけてきた奴と似たようなものならまだいいが、形が同じとは限らないだろ。性質も。俺らよりも詳しい籠屋の人らが現状そうなら、手がないか或いは命に関わるやり取りがあるか、なんじゃないのか。だから解決しようとして揉めるんじゃないかな」
「なるほど、命懸けで臨まないといけないレベルの話だから慎重にもなるよね……こう、手を出してもダメージが浅い方法ってないかな……あればやってそうだけれど、ううん……」
「その手に詳しい人物の助け、くらいじゃないのか。いずれつつかなきゃならなかったにしても、何か急だな。違和感がある」
「それだ、榊……! 違和感!」
心に何かが引っ掛かっている。それがずっともやもやと胸に留まるものだから、延々考え込んでしまっていたのだがやはり相談してよかった。
「何がどうってはっきりはわからないけど、ずっと変だな、って思ってることがあって」
「羽鶴、それは俺に話していい内容か?」
「え、………………ちょっとプライベートかも……」
「筒抜けはよくないだろう。討伐作戦には協力するが、それとは別だろ?」
「榊~。もう少しで違和感が掴めそうなんだよ榊~」
「プライベートは聞けないが、その違和感がどんな感じかは聞いてやれる」
「うーん……僕のは、どうしてああするのかなって行動がよく、わからなくて……」
「ああ、もしかしたら俺の思う違和感と繋がるかもしれない。俺の方は、急かされている、だから。急かされておかしな方へ行っている、じゃないかな。それも引き寄せ刀の影響で。だから羽鶴が思うよくわからない行動が出てくる。俺が思うに、その行動を取る本人も、止められないんじゃないのか。歯止めが効かない、っていうだろ。美味しいものを食べ続ける羽鶴のような」
「美味しいものはたくさん食べれるから仕方ないんだ榊。でも異常ではないじゃないか。ううん……? 話が逸れたか。ええと、なら、その違和感が合ってたら、引き寄せ刀のいいようになってるってことになるのかな。それってオカルト的に最後の手前近くないかな……」
最後。即ち死の直前のような。
「誰か傍にいた方がいいのは確かだな。具体策だが……お守りの類が効かないなら対抗できる人物の力を借りるとか……もうとっくにやっていそうではあるな。詳しくはないが、できるだけの対抗策を集めて正面から向き合う他ないような気もする。で今そこの集める辺りで揉めてる。羽鶴も立ち会う気でいるだろう。多分知れたら似たようなことになるかもな」
「はあ…………一度一緒にいていいか本人と話したい……でもきっとそれ言ったら引き寄せ刀をどうにかしようとしてるのバレる……なんだかみんな勘がいいっていうか……。もういっそ言ってしまおうか」
「まあ、相手にもよるが。多分いいよとは言わない。俺ならそうする。羽鶴を巻き込まないで済むならそれがいい。現状揉めてるのも、巻き込まないでいいのが首を突っ込んでるからがでかい。だから限定的なんだと思う、見えない方は」
「悶々としてきた……僕が言うのも揉めの原因が一人分増えるだけなのかな。力になりたいって悪い事ではないのにね」
「信じて待つのも手ではあるが。そうだな、今回は、周りが揉めてるなら本人だけにこっそり言ってみたらどうだ。話さずにもやるよりはいいかもしれない」
「そうしようかなあ……一人になるタイミングなんてあるのか……? うーん……お風呂とか? 僕大丈夫か?」
「ほ~らだだっ広い籠屋の壁が見えるぞ~、明日も話聞くから行ってこい」
言うと、榊は玄関先で日陰にいる白鈴に微笑んでは手を振って帰って行った。ぱあっと嬉しそうな顔をして手を振り返した白鈴は、姿が見えなくなると両手を胸の前でぎゅうっと握った。
「羽鶴さん、おかえりなさい」
「うん、ただいま白鈴。宵ノ進今どこにいるかな」
「あの……その……お買い物に……朝日と大瑠璃とで……」
「ええええええええ」
「正確には、朝日に引っ張っていかれました……」
「うわああああ……鉄二郎さん家の人達に見つかったらちょっとまずいんじゃないの……別に悪い事してないけどさ……」
「羽鶴さんもそう思いますよね……すばめ屋さんは格式高いお家ですし、心配で……もうそろそろ戻るのではと思うのですが……」
なるほど、それで非番にも関わらず玄関に張り付いているのだ。朝日の考えがよくわからない。そういえば風邪で寝込んでいたはずではと更に混乱してくる頭を明るい声が一蹴した。
「おかえり羽鶴ーぅ! つつ兄から手紙きてよー、今度お茶しようってよ!」
「うおおツツジさんが……あ、ただいま雨麟……また抱きつかれるんだろうか……」
「羽鶴さんが、怯えて……」
「つつ兄羽鶴にべったりご機嫌だったからなあ。こないだじゃ足りなかったンだろ。羽鶴そンな固まった顔で見ない。だいじょぶ、つつ兄は無茶しないから!」
「僕の中では綺麗なフォームで人が宙を舞ってる印象が強いんだけど」
「山育ちだからよ」
「山育ちで済むのか」
「うおーいただいま! 何で玄関でだべってるの?」
「朝日~!! もう待ってたんですからぁ!!」
「何々? 鈴ちゃん心配性!! 大丈夫! 観光客に紛れる作戦大成功! 隠し撮り機器を数台壊した被害で済んだぜ!!」
「撮る方が悪い」
「あ、おかえり大瑠璃、宵ノ進」
「鶴ちゃん朝日にはぁ!!」
「おかえり朝日、風邪良くなったんだ」
「もう絶好調よ!! バッチリ!!」
「朝日いいので進んでくださいませんか。この荷物はどこまで運べばよいのです」
「おう! 部屋まで!!」
「マジふざけんな朝日」
「大瑠璃、わたくしが持ちます故」
「ねえ二人を荷物持ちにって正気? 正気??」
ばたばたと奥へ行ってしまった朝日の後ろから機嫌が最高に悪い大瑠璃とおそらくそうなのだろう宵ノ進が続いてゆく。羽鶴のおかえりに会釈で済ませる程にいろんな目に見えないものが消耗しているようだった。
「あの二人を荷物持ちに借り出すンは朝日だけよな……香炉に甘味でも出してもらうかなァ……」
「夕暮れ前までに帰ってきてくれてよかったですけれど……あの量は買いすぎて持たせ過ぎて待たせすぎたのではと……羽鶴さんは宵ノ進にご用があるのですよね……ええと、一息ついてからでしたら如何でしょう……私が甘味をどうぞと呼びますから」
「白鈴って肝が据わってると思う僕。うん、そうする。僕鞄置いてくるよ」
自室に鞄を置いてはいつも食事をしている座敷に顔を出すと、茶菓子を頂いて抹茶で一息ついた様子の大瑠璃と宵ノ進がなにやら話している。ぼうっと眺めていると、香炉が手招きして羽鶴分の茶菓子と抹茶を出してくれた。上生菓子は桔梗、抹茶は先日の宵ノ進のお土産らしい。ちょんと座って味わうと、ほっとしたような心地になる。雨麟と朝日、白鈴の姿はなく、訊ねようにも香炉は厨房へ引っ込んでしまい話し込んでいる様子の二人に声をかけるのも気が引ける。そもそもどうやって二人きりになれというのだ。難題すぎやしないか。
(いや諦めるな僕……! 何かあるはずだ、何か……!)
「じゃあ宵、ちょっと外すけどそれまで鶴といてくれる。鶴、宵がどっかいかないか見てて」
「え、あ、うん……」
言うと大瑠璃がひょいと座敷から出て行ってしまった。香炉が厨房で水仕事をしている音以外ほぼ無音の空気で、羽鶴は切り出した。
「宵ノ進、引き寄せ刀討伐作戦、僕も混ぜて……!」
「ええと、羽鶴様……?」
「うわああああ何言ってるんだ僕……!! ええと、その! 引き寄せ刀と戦うの、一人じゃなくって僕もそばにいさせて……! 危ないのは知ってるけど! お願い!!」
「いいですよ」
「え!」
「わたくしが、貴方を護れば良いだけの話ですから」
「あ、ありがとう……? スムーズすぎて面食らった……」
「す……? ……?? わたくし、横文字はあまり得意ではないのですけれど。どうか、見届けてくださいましね。わたくしの見えぬところよりも、手の届く方がええ、ずうっと良い事にございます」
「う、うん。約束する。今度は僕が。見届ける、宵ノ進を、ちゃんと」
「ふふ。ほんに、可愛らしい御方」
宵ノ進がそろりと寄っては羽鶴の髪に唇を寄せた。食むでもなく、離れたついでとばかりに立ち上がり抹茶のおかわりをおねだりしに行く。
「よいのしん、あるだけ飲むから……きょうはこれでさいご……」
「なんとまあ……!」
「宵ノ進ー、セクハラー」
「?? 羽鶴様、お抹茶が最後なのですって……! わたくしったら、飲み過ぎてしまったようで……よよよ」
「えっっ泣いて……!? どうしよう香炉、僕の分のあったら宵ノ進に」
「だまされるなはつる、ほっとけ……」
「はぁひどいです香炉、あとひとくちだけほしいです香炉」
「こっ、香炉……!」
「だからだまされるなはつる……」
「香炉のいじわるぅう」
「うるせえないつまでもからかってるんじゃないいい!!」
「あはは」
「えっえっ? 香炉が大声出した!?」
「おかわりはそれまで!! そのへんにおいとけ!!」
「んふふ、あははは……」
「何だ!? 何がどうなってるんだ!?」
訊こうにも香炉は厨房に引っ込んでしまったし宵ノ進は丁寧にお抹茶を頂いている。何だこの空気。助けて大瑠璃。
羽鶴が妙な空気に耐えかねて上生菓子とお抹茶を平らげた頃、ようやく戻ってきた大瑠璃に羽鶴は心底安堵したのだった。