三.菊花百景

 何をしたわけでもなかった。
 気付けば悪者にされていて、取り囲む人々はちぐはぐな噂の元を庇い声を潜め内容の知れた視線を寄越した。憶測を広めたであろう人物らに混ざり、“もしかしたら間違っているのでは?”と勘繰り始めた人の姿も見られたが、今から確証を得たとて、立ち向かうには周囲の“あれが悪なのだ”と決め込んでしまった人々が多過ぎる。
 貴方は貴方のこれからを守り生きていくといい。それは悪ではないのだから。

 おそらくは、何かが気に入らなかったのだろう。私を取り除く事で得られると信じているこれまで通りの日常を、延々と送るがいい。
 驚いた。私も怒りを覚えることがあるのだ。だが覚えたとて、吐き出すだけでは物足らぬ。誰に残るとも思えぬが、謎掛けでもして去ろうではないか。

「嘘吐き」

 見物に来ていた幾人かが眼の色を変えた。その心当たりを覚えるならば、もっと良い策があったろうに。
 良く晴れた午下り、大衆の前で冤罪により斬首される。

 空を眺め、腹が減れば食べ、寄り付く生き物を描き写すだけでよかった。
 誰が私の日常を不要だと判じたかは興味が無いが、ああ、幼子に見せるものでもないだろうに。
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