君と初恋をもう一度
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「ルナ…?」
目の前に座る上司にあたる老人の声が一瞬遠のくほど今回の任務の内容が衝撃的だった。いや、正確には任務の内容にではなく今回のパートナーとなる人物に問題があった。
何度目かの呼びかけに慌てて返事をすると老人は不思議そうに頭を傾げる。
「大丈夫か?何か問題でもあるのか」
「い、いいえ、ごめんなさい…ペリーコロさん、その、この人…知ってる人なので…」
「ああ、ブチャラティか…若いのに随分頭が切れるし何より強い。別チームの君の耳にも噂が入ってもおかしくない」
(そうじゃないのよ!!)
ルナは口端が引きつらないように必死に笑顔を貼り付けた。今回、仕事を共にするパートナー、ブローノ・ブチャラティの噂は確かに良く聞く。まだ若いのに既に時期幹部候補と誰もが認める青年だ。任務内容が記載された書類に穴が開くのではないかというほどルナはブチャラティの氏名が印字された文字を見詰めた。
彼…ブチャラティは…私の元恋人だ。
恋人と言っても随分若い時に付き合い、その期間も2ヶ月と短いものだった。当時は年が近いギャングということもあって彼とすぐに打ち解け仲良くなった。連絡先を交換して頻繁に互いを励まし合ううちに恋人関係へと進展していったのだが…何分当時、私は目も回るほど忙しかった。新人ということもあり沢山の仕事を押し付けられ加えてチームの雑務も任されていた。ブチャラティと約束していたデートは何度も潰れ、彼の電話に出る事すら出来ないこともあった。そんなことを繰り返しているうちに彼から別れを切り出されたのだ……
(最低な彼女だったなぁ…)
当時は無理矢理自分を納得させて割り切ろうとしたのだが…やはりそれなりに落ち込み回復するのに数ヶ月は掛かった。彼の名前を何度も目で追うにつれ苦い記憶が蘇る。
「…話は以上だ、このまま此処で待っていてくれ。ワシはこの後別件があるので失礼する」
「え?あ、はい!ありがとうございました」
話半分でペリーコロの話を聞いていた為、彼が話していた内容が殆ど頭に入っていない。だが幹部であるこの老人を引き留め一から説明してくれ、など言えるはずもなかった。慌てて手元の資料に目を通していく。今回の任務は簡単に言えばイタリアでも力のある政治家に贈られたとある腕時計の写真、または保証書のコピーを取ること。
イタリアは汚職が多い。政治家のスキャンダルなんて日常茶飯事だ。今回もとある大臣のご子息の逮捕歴を消す事と引き換えにこの目の飛び出るような価格の高級時計が贈られたようだ。
「お金があって羨ましいわ…」
ルナにはスタンド能力がある。戦闘向きではないが彼女には透視が出来る力があった。どんなに分厚いコンクリートだろうが金庫だろうがその中身を伺い知ることが出来る。高級腕時計をターゲット宅から見つけ出すには好都合だった。
「まずは…張り込みからかな…」
そんなことを考えていると待機を命じられた部屋のドアが音を立てて開いた。自然と目線が上がり入室してきた人物に目を奪われる。
メモ書き用に持っていたペンが力を無くした指から離れ音を立てて落ちた。
「ブローノ…」
呆然とした声に入室してきた青年は優しく微笑んだ。流れるような美しい黒髪、しなやかな筋肉に覆われた逞しい身体、そして海と空に愛されたような瞳。数年前に会った頃より…何倍も美しく成長した彼がそこには居た。
「久しぶりだな、ルナ」
派手な白を基調とした胸元がザックリ開いたスーツは彼によく似合っていた。記憶のものより少しだけ低くなった声に心臓が高鳴った。
「ど…うして、ここに…?」
「…?ペリーコロさんから話を聞いていないのか?」
ブチャラティの不思議そうな表情にルナは額を押さえた。恐らく先ほどペリーコロは此処でブチャラティと打ち合わせをしろときちんと伝えてくれていたのだろう。聞き逃していた自分を呪った。
(わかってたらリップの一つでも塗り直したのに…!!)
「大丈夫か…?」
彼女の向かい側に腰掛けたブチャラティにルナはぎこちなく笑って見せた。
「大丈夫よ、ありがとう。あの、えっと、よろしくね…」
右手を差し出すと彼の無骨な大きな手に包まれ心臓がすごい音を立てて鼓動し始めた。正直すぎる自分の心臓に必死に鎮まるよう指令を出すが全く聞く耳を持たない。
「ああ、よろしく、ルナ」
そう言って甘く微笑んだブチャラティに何処かトドメを刺されたような気分になった。
****
「じゃあ、今度ターゲット宅で夜開かれるパーティーに忍び込んで…腕時計を探す…って事でいい?」
「ああ」
資料を広げながらかれこれ2人で1時間以上は話し込んでいた。資料を読み込んでいくに連れてルナの眉間に皺が寄っていく。どうやらこのターゲット…若い女…というより少女が好みらしい。何度か未成年と関係をもってスクープされているようだ。
「なるほどね…私が選ばれる意味がわかったわ…」
東洋人の血を引く彼女は年齢より若く見られることが多い。特にイタリア人には年齢が幾つなのか予想することが難しいらしい。自分が選ばれた理由…それは少女に扮してこのターゲットを誘惑しろという事なのだろう。ペリーコロの顔を頭に浮かべてルナはゲンナリした。穏やかそうな顔をしてなかなかエゲツないことを指令してくる。
「…危険と思うなら降りてもいい。俺が掛け合おう」
「大丈夫。受けるわ、こんなのヘッチャラよ」
ニコリとブチャラティに微笑んで見せると少し複雑そうな彼と目があう。形の良い唇をひき結んだまま彼は白いルナの手を取った。優しく包まれた指先から熱が伝染していき頬が赤く染まっていく。
「何かあれば、必ず俺を呼べ。何処にいたって…必ず駆けつける」
あまりに真剣なブルーの瞳に喉が凍りついたように何も言えなくなった。彼の瞳に囚われたまま…彼女は首を縦に振るのが精一杯だった。
*******
手元にある本日開かれるパーティーチケットを見つめる。予想したよりも大規模なパーティーになるらしい。まさかチケットまで用意しているとは…まるでイベントだ。
「大人数か…どうやって近づこうかしら…」
ブチャラティと待ち合わせをしているカフェに近づくに連れ心臓がまた高鳴り出す。前回、彼に再会して思い知ってしまった…綺麗さっぱり忘れたと思っていたが…とんでもなかった。美しい青年に成長した彼に…心を奪われてしまった。
「…嫌になっちゃう」
「何が?」
あまりに単純な自分自身へため息が溢れた時だった、背後から優しく肩を叩かれルナの肩は大げさ過ぎるほどにビクリと跳ねた。
「すまない、驚かせたな」
「ブローノ…!」
声をかけたブチャラティ自身もルナの驚きように目をパチクリさせていた。そして彼女の身に付けているパーティードレスを見つめて少しだけ眉を寄せた。
彼女はいつも結っている髪を下ろし露出の少ない清楚で真っ白な愛らしいドレスを身につけていた。
「…へん、かな…?」
ブチャラティの視線にルナは不安そうに彼を見上げる。目線を受けたブチャラティは頭を左右に振って否定するが複雑そうな顔をしていた。確かに高校生くらいの少女だと言われて仕舞えば納得してしまうほど今の彼女は上手く着飾っていた。
「綺麗だよ、唯…あの変態のために着飾ったと思うと…正直複雑だ」
彼の少し伏せられた目蓋の奥に光る青の瞳に見つめられ魔法にかけられた様にその場から動けなくなってしまった。ブチャラティの指先が頬を滑る。
「ブロー…ノ…」
ブチャラティが優しく彼女の髪を撫でその一房を持ち上げ唇を落とす。彼が髪に口付けたまま瞳だけをこちらに向けた時だった…彼女が持っていた携帯電話が鳴り出した。慌てて彼から離れ通話ボタンを押す。
『よぉ、元彼と仲良くやってんのか?』
軽快な声で話し始めた同僚にルナは青ざめた。ブチャラティをチラリと見つめると彼とさらに距離を取る。同僚であるこの男は同じチームであり今回の任務にも情報収集役として活躍してくれた人物だ。
「ちょ、うるさい…!用件を早く言いなさいよ!!」
『はいはい、ターゲットは今夜は例の腕時計をしていない。肝心の腕時計は寝室に保管してあるところまで調べはついた。悪いが屋敷の間取り図までは調べられていない。まぁ、変態のベッドルームに入れるよう精々頑張れよ』
含みのある言い方に舌打ちをしたくなった。わかった、とだけ短く伝えると通話を切った。分かりやすく腕時計を身につけてくれれば良いものを…面倒なことになってきた。ルナはため息を一つ着くとブチャラティの元に戻った。
「ごめんね、行こっか、ブローノ」
「…ああ」
先ほどより少しだけ不機嫌そうなブチャラティにルナは内心ハラハラしたが何が原因で気分を害したのかよくわからず敢えて触れないことにした。
パーティー会場の前でブチャラティとは別れた。彼もスタンド能力を駆使して先に腕時計のありかを探ってくれる段取りになっている。ブチャラティが見つけて写真を撮ることができればそこで任務終了だ。見つけられない場合は私がターゲットの変態を誘惑してなんとか腕時計を披露してもらう。
ターゲット宅の前に佇むガードマンにチケットを見せると難なく会場内に潜り込むことができた。あとは…適当に場に溶け込んで…ターゲットの目線に自然に映り込むように絶妙に存在感を出していく。
1時間ほど時間が過ぎた頃だった、ターゲットの男が挨拶まわりを一通り終えた事を確認してルナは少しだけ会場の中央から離れた。ほんの少しだけ目立つように足を引きずって歩く。周りの客は勿論、ターゲットの男も少しだけ不思議そうにこちらを見つめていたのがわかった。慣れないヒールを履いたという設定で足を何度も気遣う素振りをして少しだけしゃがみ込む。上質な革靴の音がこちらに向かってくる気配に唇を微かに引き上げた。
「大丈夫かい?」
驚いて顔を上げる演技をしたルナはターゲットの顔を認識して内心ガッツポーズをとった。わざと涙目に瞳を潤しておいた事が功を奏しターゲットである壮年の男が息を呑む気配がした。
「ぁ…すみません、こういう所…全然慣れなくて…ヒールが…その、痛くて」
「そうだったのか、可哀想に」
優しく手を引いて立ち上がらせてくれた男にぎこちない笑顔を向ける。そして設定通りに叔父から社会勉強のためにパーティーに参加するよう伝えられたのだと話した。
「そうか…社会勉強、ね」
何処か含みを持たせた言い方と男が頭の先から足先までを舐めるように視線を走らせたことに全身に鳥肌が立った。
(わぁあ…!気持ち悪い…!)
わざとよろけて男の胸に手をつき慌てて謝る。恥ずかしそうに視線を下に下げたところで男の手が腰に回った。
「足を痛めてしまったのだね、かわいそうに…こちらへおいで、休める場所へ案内しよう」
「……ありがとう…ございます」
慣れている…こうやって何人もの女性と関係を持ったのだろう、周りの客も特段驚いていない。少し強引とも言える足取りで男に腰を抱かれたまま屋敷の中を歩く。
(このまま寝室に連れて行かれればラッキー、そうじゃなければ…)
頭の中で様々なシミュレーションをしてルナはわざとゆっくりと足を引きずって歩いた。
連れてこられた部屋は男の部屋ではなくゲストルームだった。ベッドにゆっくりと腰を下され擦り剥けた足を跪いた男に無遠慮に触られる。
「…すみません、お部屋までお借りして…随分、広いお屋敷ですね。迷ってしまいそう」
「構わないよ、此処でゆっくりと過ごそうじゃないか」
「あ…りがとうございます。あの、このお部屋は…寝室ですよね…?勝手に使って大丈夫ですか?」
ルナは冷や汗を流しながら男に尋ねる。何故なら男の手が足先からふくらはぎへ、そして太腿へとだんだん上がってきているのだ。
「気にしないで良い。ここはゲストルームだ。私の部屋は丁度この真上だ。君が望むならお連れしようか?」
「……っ」
ニタリとなんとも下賤な笑みを浮かべて男の指先が太ももの際どい場所をなぞる。気持ち悪さを必死で奥歯を噛み締めて殺し、困ったような笑みを浮かべようとしていた時だった。
男が一瞬で視界から消えた。
同時に頭を床に打ち付けるなんとも生々しい音がしてルナは両手で口元を押さえて固まる。恐る恐る顔を上げた先には無表情で男を冷たく見下ろすブチャラティが立っていた。速過ぎて分からなかったがどうやらブチャラティが床に転がって気絶しているこの男を殴り飛ばしたらしい。男の額は切れたのか流血している。
「ブ…ブローノ…殺せとは…言われていないのよ…?」
「…大丈夫だ、死んではないだろう、多分」
(多分て…)
ブチャラティは静かにこちらに近寄ると男が触れていた場所をまるで上書きするようにベタベタと触ってくる。
「わっ、ブローノ?ちょ…っと、くすぐったいよ」
「穢らわしい…他にどこを触られた?」
「…もう、大丈夫…です…」
本当は一番際どい部分を触られたのだがそんな事は言えるはずがない。曖昧に笑ってやり過ごそうとしていたのに肩をトン、と押されてベッドに押し倒された。彼の手が頭の横につかれギシリと音を立てる。驚いて見上げると彼はうっすらと笑っていた。
「本当に…?」
「あ、あの…ブローノ…」
「嘘はよくない」
耳に吹き込まれるように少し低く囁かれ、ルナは降参するように目を閉じた。先ほどの男とは比べものにならないほど時間をかけて太腿をなぞられ必死に唇をひき結んだ。満足したのかブチャラティは彼女の上から退くとエスコートするように優しく手を差し伸べた。
「寝室はこの真上だったな…さぁ、お手を、signorina」
「急に紳士ぶって…っなんなのよ…」
真っ赤な顔で睨んでくるルナにブチャラティは擽ったそうな柔らかな笑顔を浮かべた。
*
透視能力と彼のスタンド能力さえあればお目当ての腕時計を見つけることなど実に簡単な事だった。重苦しい金庫にご丁寧に保管されていた時計にカメラを向けシャッターを切っていく。この時計一つで家がいくつ建つのか見当もつかないほどダイヤが散りばめられた豪華なものだった。
「保証書もあるな…念のためこれも写してくれ」
ブチャラティに言われてシャッターを下ろすと彼は素早く金庫に時計を戻した。
任務は終了だ。
少し気が抜けてぼう、としているとブチャラティに腰をさらわれ抱き寄せられた。あまりに急で持っていたカメラを慌てて胸に抱く。彼は窓を開けて地上を見下ろしていた。
「此処からジッパーをつけて地上まで一気に降りる。俺にしっかり捕まってろ」
言われるがまま彼の首に手を回すとジッパーの音が聞こえぐるりと視界が回る。驚いて目を閉じると次に浮遊感に襲われ必死に彼に抱きついた。
「……ルナ」
優しく名前を呼ばれて恐る恐る目を開ける。既に足が地上に着いていたことに驚いて彼女は自分たちが今まで居た屋敷を見上げた。
「すごい…」
「離れるぞ」
彼に手を取られてその場を逃げるように離れた。何年も前に見た時より…随分頼もしくなったブチャラティの背中にどうしようもない切ない感情が湧き上がり少しだけ苦しかった。
「情報チームにカメラも渡せたし…大成功かな…」
そう言いながらルナは腕をぐっと突き上げて体を伸ばした。隣を歩くブチャラティも何処か安堵した表情をしている。
「そうだな…」
二人でネアポリスの街を歩いていると…まるであの頃に戻ったようで少しだけ嬉しかった。
キスさえ交わさなかった淡い恋…彼にとっては数ある恋の一つだったのかも知れないが…自分にとっては、何より大切な思い出だ。
(これでまた、彼とは離れ離れになる)
寂しさから足元ばかり見て歩いているとブチャラティが数歩先で足を止めたのがわかった。
「ルナ…少し…話さないか…?」
そう言ってブチャラティは数メートル先にある海岸沿いに置いてあるベンチを指さした。彼に再び優しく手を取られ二人で海に向かって腰掛けると満点の星空が目に入り思わず歓声をあげた。
「綺麗…」
こんな風にブチャラティと星を見上げる日がくるなんて…夢にも思わなかった。きっと、自分はこの思い出だけで…ずっと生きていける…そんな気分になった。
彼の指が優しく彼女の手に重なる。
「ブローノ…?」
「…今日、待ち合わせた時…男と電話してただろ…あれは…その、恋人…か?」
珍しく歯切れの悪い彼にルナは夕方の同僚との会話を思い出し目を見開いた。
「違う…!彼は…同じチームで、今回は情報収集として動いてもらっただけなの…!だから、その、勘違い、しないで…」
あまりに必死に否定しすぎてだんだん恥ずかしくなってきて最後の方は蚊の鳴くような声になってしまった。彼女の様子にブチャラティはふふ、と優しく笑う。
「それは…良かった。その、君に…ずっと謝りたかった…俺は随分唐突に君に別れを切り出したから…きっと傷つけたと思う」
彼の言葉に弾かれたように顔を上げる。
「それは私だよ…!デートだって何度もダメになったし、電話もくれてたのに…返せなくて…別れたいって言われても…仕方なかった…」
自分で言っておいてじんわりと瞳が濡れていく。割り切ろうと必死になっていた当時の感情が波のように押し寄せてきた。一粒涙が伝い落ちると同時に彼に優しく肩を抱き寄せられた。
「…あの時は…もう君に会えないと思ったんだ」
「あの時」が何時を指しているのかはわからないが、ルナはただ彼の静かな声を聞きながら星に照らされて煌めく海を見つめていた。
「今思えば…どうって事ない任務だったが…当時の俺は…本気で君の元へは帰れないと思ったんだ」
「……!」
(もしかして、別れを告げた…理由は…)
頭を起こしてブチャラティを茫然と見上げる。次々と溢れる宝石のような滴を彼は優しく拭ってくれた。
「恋人を亡くすなんて経験…君にはさせたくなかった…」
ごめん、と優しい声音で繰り返す彼の胸に縋り付いて子供のように泣いた。
ずっと、ずっと、私はきっと…貴方だけの元へ戻りたかった。
「君が許してくれるなら…やり直させてくれないか、もう一度」
言葉の代わりにルナは必死で首を縦に振る。頬を伝う涙は彼のスーツに吸い込まれていく。彼は落ち着かせるように優しく頭を抱え、腰に手を回した。
「あの頃…語らえなかったことや出来なかった事を取り戻して行こう…一緒に」
彼女は返事の代わりにブチャラティを抱きしめる腕に力を込めた。
眼前には星に照らされ輝く海、頭上には宝石箱をひっくり返したような星空、そして腕の中にはずっと恋しいと想い続けた大切な女性。
ー…時が止まればいい
ブチャラティはこの美しくまるで楽園のような時間が永遠に続くように…願いを込めて瞳を閉じた。
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La belle vie 様より30,000hitsの記念に
目の前に座る上司にあたる老人の声が一瞬遠のくほど今回の任務の内容が衝撃的だった。いや、正確には任務の内容にではなく今回のパートナーとなる人物に問題があった。
何度目かの呼びかけに慌てて返事をすると老人は不思議そうに頭を傾げる。
「大丈夫か?何か問題でもあるのか」
「い、いいえ、ごめんなさい…ペリーコロさん、その、この人…知ってる人なので…」
「ああ、ブチャラティか…若いのに随分頭が切れるし何より強い。別チームの君の耳にも噂が入ってもおかしくない」
(そうじゃないのよ!!)
ルナは口端が引きつらないように必死に笑顔を貼り付けた。今回、仕事を共にするパートナー、ブローノ・ブチャラティの噂は確かに良く聞く。まだ若いのに既に時期幹部候補と誰もが認める青年だ。任務内容が記載された書類に穴が開くのではないかというほどルナはブチャラティの氏名が印字された文字を見詰めた。
彼…ブチャラティは…私の元恋人だ。
恋人と言っても随分若い時に付き合い、その期間も2ヶ月と短いものだった。当時は年が近いギャングということもあって彼とすぐに打ち解け仲良くなった。連絡先を交換して頻繁に互いを励まし合ううちに恋人関係へと進展していったのだが…何分当時、私は目も回るほど忙しかった。新人ということもあり沢山の仕事を押し付けられ加えてチームの雑務も任されていた。ブチャラティと約束していたデートは何度も潰れ、彼の電話に出る事すら出来ないこともあった。そんなことを繰り返しているうちに彼から別れを切り出されたのだ……
(最低な彼女だったなぁ…)
当時は無理矢理自分を納得させて割り切ろうとしたのだが…やはりそれなりに落ち込み回復するのに数ヶ月は掛かった。彼の名前を何度も目で追うにつれ苦い記憶が蘇る。
「…話は以上だ、このまま此処で待っていてくれ。ワシはこの後別件があるので失礼する」
「え?あ、はい!ありがとうございました」
話半分でペリーコロの話を聞いていた為、彼が話していた内容が殆ど頭に入っていない。だが幹部であるこの老人を引き留め一から説明してくれ、など言えるはずもなかった。慌てて手元の資料に目を通していく。今回の任務は簡単に言えばイタリアでも力のある政治家に贈られたとある腕時計の写真、または保証書のコピーを取ること。
イタリアは汚職が多い。政治家のスキャンダルなんて日常茶飯事だ。今回もとある大臣のご子息の逮捕歴を消す事と引き換えにこの目の飛び出るような価格の高級時計が贈られたようだ。
「お金があって羨ましいわ…」
ルナにはスタンド能力がある。戦闘向きではないが彼女には透視が出来る力があった。どんなに分厚いコンクリートだろうが金庫だろうがその中身を伺い知ることが出来る。高級腕時計をターゲット宅から見つけ出すには好都合だった。
「まずは…張り込みからかな…」
そんなことを考えていると待機を命じられた部屋のドアが音を立てて開いた。自然と目線が上がり入室してきた人物に目を奪われる。
メモ書き用に持っていたペンが力を無くした指から離れ音を立てて落ちた。
「ブローノ…」
呆然とした声に入室してきた青年は優しく微笑んだ。流れるような美しい黒髪、しなやかな筋肉に覆われた逞しい身体、そして海と空に愛されたような瞳。数年前に会った頃より…何倍も美しく成長した彼がそこには居た。
「久しぶりだな、ルナ」
派手な白を基調とした胸元がザックリ開いたスーツは彼によく似合っていた。記憶のものより少しだけ低くなった声に心臓が高鳴った。
「ど…うして、ここに…?」
「…?ペリーコロさんから話を聞いていないのか?」
ブチャラティの不思議そうな表情にルナは額を押さえた。恐らく先ほどペリーコロは此処でブチャラティと打ち合わせをしろときちんと伝えてくれていたのだろう。聞き逃していた自分を呪った。
(わかってたらリップの一つでも塗り直したのに…!!)
「大丈夫か…?」
彼女の向かい側に腰掛けたブチャラティにルナはぎこちなく笑って見せた。
「大丈夫よ、ありがとう。あの、えっと、よろしくね…」
右手を差し出すと彼の無骨な大きな手に包まれ心臓がすごい音を立てて鼓動し始めた。正直すぎる自分の心臓に必死に鎮まるよう指令を出すが全く聞く耳を持たない。
「ああ、よろしく、ルナ」
そう言って甘く微笑んだブチャラティに何処かトドメを刺されたような気分になった。
****
「じゃあ、今度ターゲット宅で夜開かれるパーティーに忍び込んで…腕時計を探す…って事でいい?」
「ああ」
資料を広げながらかれこれ2人で1時間以上は話し込んでいた。資料を読み込んでいくに連れてルナの眉間に皺が寄っていく。どうやらこのターゲット…若い女…というより少女が好みらしい。何度か未成年と関係をもってスクープされているようだ。
「なるほどね…私が選ばれる意味がわかったわ…」
東洋人の血を引く彼女は年齢より若く見られることが多い。特にイタリア人には年齢が幾つなのか予想することが難しいらしい。自分が選ばれた理由…それは少女に扮してこのターゲットを誘惑しろという事なのだろう。ペリーコロの顔を頭に浮かべてルナはゲンナリした。穏やかそうな顔をしてなかなかエゲツないことを指令してくる。
「…危険と思うなら降りてもいい。俺が掛け合おう」
「大丈夫。受けるわ、こんなのヘッチャラよ」
ニコリとブチャラティに微笑んで見せると少し複雑そうな彼と目があう。形の良い唇をひき結んだまま彼は白いルナの手を取った。優しく包まれた指先から熱が伝染していき頬が赤く染まっていく。
「何かあれば、必ず俺を呼べ。何処にいたって…必ず駆けつける」
あまりに真剣なブルーの瞳に喉が凍りついたように何も言えなくなった。彼の瞳に囚われたまま…彼女は首を縦に振るのが精一杯だった。
*******
手元にある本日開かれるパーティーチケットを見つめる。予想したよりも大規模なパーティーになるらしい。まさかチケットまで用意しているとは…まるでイベントだ。
「大人数か…どうやって近づこうかしら…」
ブチャラティと待ち合わせをしているカフェに近づくに連れ心臓がまた高鳴り出す。前回、彼に再会して思い知ってしまった…綺麗さっぱり忘れたと思っていたが…とんでもなかった。美しい青年に成長した彼に…心を奪われてしまった。
「…嫌になっちゃう」
「何が?」
あまりに単純な自分自身へため息が溢れた時だった、背後から優しく肩を叩かれルナの肩は大げさ過ぎるほどにビクリと跳ねた。
「すまない、驚かせたな」
「ブローノ…!」
声をかけたブチャラティ自身もルナの驚きように目をパチクリさせていた。そして彼女の身に付けているパーティードレスを見つめて少しだけ眉を寄せた。
彼女はいつも結っている髪を下ろし露出の少ない清楚で真っ白な愛らしいドレスを身につけていた。
「…へん、かな…?」
ブチャラティの視線にルナは不安そうに彼を見上げる。目線を受けたブチャラティは頭を左右に振って否定するが複雑そうな顔をしていた。確かに高校生くらいの少女だと言われて仕舞えば納得してしまうほど今の彼女は上手く着飾っていた。
「綺麗だよ、唯…あの変態のために着飾ったと思うと…正直複雑だ」
彼の少し伏せられた目蓋の奥に光る青の瞳に見つめられ魔法にかけられた様にその場から動けなくなってしまった。ブチャラティの指先が頬を滑る。
「ブロー…ノ…」
ブチャラティが優しく彼女の髪を撫でその一房を持ち上げ唇を落とす。彼が髪に口付けたまま瞳だけをこちらに向けた時だった…彼女が持っていた携帯電話が鳴り出した。慌てて彼から離れ通話ボタンを押す。
『よぉ、元彼と仲良くやってんのか?』
軽快な声で話し始めた同僚にルナは青ざめた。ブチャラティをチラリと見つめると彼とさらに距離を取る。同僚であるこの男は同じチームであり今回の任務にも情報収集役として活躍してくれた人物だ。
「ちょ、うるさい…!用件を早く言いなさいよ!!」
『はいはい、ターゲットは今夜は例の腕時計をしていない。肝心の腕時計は寝室に保管してあるところまで調べはついた。悪いが屋敷の間取り図までは調べられていない。まぁ、変態のベッドルームに入れるよう精々頑張れよ』
含みのある言い方に舌打ちをしたくなった。わかった、とだけ短く伝えると通話を切った。分かりやすく腕時計を身につけてくれれば良いものを…面倒なことになってきた。ルナはため息を一つ着くとブチャラティの元に戻った。
「ごめんね、行こっか、ブローノ」
「…ああ」
先ほどより少しだけ不機嫌そうなブチャラティにルナは内心ハラハラしたが何が原因で気分を害したのかよくわからず敢えて触れないことにした。
パーティー会場の前でブチャラティとは別れた。彼もスタンド能力を駆使して先に腕時計のありかを探ってくれる段取りになっている。ブチャラティが見つけて写真を撮ることができればそこで任務終了だ。見つけられない場合は私がターゲットの変態を誘惑してなんとか腕時計を披露してもらう。
ターゲット宅の前に佇むガードマンにチケットを見せると難なく会場内に潜り込むことができた。あとは…適当に場に溶け込んで…ターゲットの目線に自然に映り込むように絶妙に存在感を出していく。
1時間ほど時間が過ぎた頃だった、ターゲットの男が挨拶まわりを一通り終えた事を確認してルナは少しだけ会場の中央から離れた。ほんの少しだけ目立つように足を引きずって歩く。周りの客は勿論、ターゲットの男も少しだけ不思議そうにこちらを見つめていたのがわかった。慣れないヒールを履いたという設定で足を何度も気遣う素振りをして少しだけしゃがみ込む。上質な革靴の音がこちらに向かってくる気配に唇を微かに引き上げた。
「大丈夫かい?」
驚いて顔を上げる演技をしたルナはターゲットの顔を認識して内心ガッツポーズをとった。わざと涙目に瞳を潤しておいた事が功を奏しターゲットである壮年の男が息を呑む気配がした。
「ぁ…すみません、こういう所…全然慣れなくて…ヒールが…その、痛くて」
「そうだったのか、可哀想に」
優しく手を引いて立ち上がらせてくれた男にぎこちない笑顔を向ける。そして設定通りに叔父から社会勉強のためにパーティーに参加するよう伝えられたのだと話した。
「そうか…社会勉強、ね」
何処か含みを持たせた言い方と男が頭の先から足先までを舐めるように視線を走らせたことに全身に鳥肌が立った。
(わぁあ…!気持ち悪い…!)
わざとよろけて男の胸に手をつき慌てて謝る。恥ずかしそうに視線を下に下げたところで男の手が腰に回った。
「足を痛めてしまったのだね、かわいそうに…こちらへおいで、休める場所へ案内しよう」
「……ありがとう…ございます」
慣れている…こうやって何人もの女性と関係を持ったのだろう、周りの客も特段驚いていない。少し強引とも言える足取りで男に腰を抱かれたまま屋敷の中を歩く。
(このまま寝室に連れて行かれればラッキー、そうじゃなければ…)
頭の中で様々なシミュレーションをしてルナはわざとゆっくりと足を引きずって歩いた。
連れてこられた部屋は男の部屋ではなくゲストルームだった。ベッドにゆっくりと腰を下され擦り剥けた足を跪いた男に無遠慮に触られる。
「…すみません、お部屋までお借りして…随分、広いお屋敷ですね。迷ってしまいそう」
「構わないよ、此処でゆっくりと過ごそうじゃないか」
「あ…りがとうございます。あの、このお部屋は…寝室ですよね…?勝手に使って大丈夫ですか?」
ルナは冷や汗を流しながら男に尋ねる。何故なら男の手が足先からふくらはぎへ、そして太腿へとだんだん上がってきているのだ。
「気にしないで良い。ここはゲストルームだ。私の部屋は丁度この真上だ。君が望むならお連れしようか?」
「……っ」
ニタリとなんとも下賤な笑みを浮かべて男の指先が太ももの際どい場所をなぞる。気持ち悪さを必死で奥歯を噛み締めて殺し、困ったような笑みを浮かべようとしていた時だった。
男が一瞬で視界から消えた。
同時に頭を床に打ち付けるなんとも生々しい音がしてルナは両手で口元を押さえて固まる。恐る恐る顔を上げた先には無表情で男を冷たく見下ろすブチャラティが立っていた。速過ぎて分からなかったがどうやらブチャラティが床に転がって気絶しているこの男を殴り飛ばしたらしい。男の額は切れたのか流血している。
「ブ…ブローノ…殺せとは…言われていないのよ…?」
「…大丈夫だ、死んではないだろう、多分」
(多分て…)
ブチャラティは静かにこちらに近寄ると男が触れていた場所をまるで上書きするようにベタベタと触ってくる。
「わっ、ブローノ?ちょ…っと、くすぐったいよ」
「穢らわしい…他にどこを触られた?」
「…もう、大丈夫…です…」
本当は一番際どい部分を触られたのだがそんな事は言えるはずがない。曖昧に笑ってやり過ごそうとしていたのに肩をトン、と押されてベッドに押し倒された。彼の手が頭の横につかれギシリと音を立てる。驚いて見上げると彼はうっすらと笑っていた。
「本当に…?」
「あ、あの…ブローノ…」
「嘘はよくない」
耳に吹き込まれるように少し低く囁かれ、ルナは降参するように目を閉じた。先ほどの男とは比べものにならないほど時間をかけて太腿をなぞられ必死に唇をひき結んだ。満足したのかブチャラティは彼女の上から退くとエスコートするように優しく手を差し伸べた。
「寝室はこの真上だったな…さぁ、お手を、signorina」
「急に紳士ぶって…っなんなのよ…」
真っ赤な顔で睨んでくるルナにブチャラティは擽ったそうな柔らかな笑顔を浮かべた。
*
透視能力と彼のスタンド能力さえあればお目当ての腕時計を見つけることなど実に簡単な事だった。重苦しい金庫にご丁寧に保管されていた時計にカメラを向けシャッターを切っていく。この時計一つで家がいくつ建つのか見当もつかないほどダイヤが散りばめられた豪華なものだった。
「保証書もあるな…念のためこれも写してくれ」
ブチャラティに言われてシャッターを下ろすと彼は素早く金庫に時計を戻した。
任務は終了だ。
少し気が抜けてぼう、としているとブチャラティに腰をさらわれ抱き寄せられた。あまりに急で持っていたカメラを慌てて胸に抱く。彼は窓を開けて地上を見下ろしていた。
「此処からジッパーをつけて地上まで一気に降りる。俺にしっかり捕まってろ」
言われるがまま彼の首に手を回すとジッパーの音が聞こえぐるりと視界が回る。驚いて目を閉じると次に浮遊感に襲われ必死に彼に抱きついた。
「……ルナ」
優しく名前を呼ばれて恐る恐る目を開ける。既に足が地上に着いていたことに驚いて彼女は自分たちが今まで居た屋敷を見上げた。
「すごい…」
「離れるぞ」
彼に手を取られてその場を逃げるように離れた。何年も前に見た時より…随分頼もしくなったブチャラティの背中にどうしようもない切ない感情が湧き上がり少しだけ苦しかった。
「情報チームにカメラも渡せたし…大成功かな…」
そう言いながらルナは腕をぐっと突き上げて体を伸ばした。隣を歩くブチャラティも何処か安堵した表情をしている。
「そうだな…」
二人でネアポリスの街を歩いていると…まるであの頃に戻ったようで少しだけ嬉しかった。
キスさえ交わさなかった淡い恋…彼にとっては数ある恋の一つだったのかも知れないが…自分にとっては、何より大切な思い出だ。
(これでまた、彼とは離れ離れになる)
寂しさから足元ばかり見て歩いているとブチャラティが数歩先で足を止めたのがわかった。
「ルナ…少し…話さないか…?」
そう言ってブチャラティは数メートル先にある海岸沿いに置いてあるベンチを指さした。彼に再び優しく手を取られ二人で海に向かって腰掛けると満点の星空が目に入り思わず歓声をあげた。
「綺麗…」
こんな風にブチャラティと星を見上げる日がくるなんて…夢にも思わなかった。きっと、自分はこの思い出だけで…ずっと生きていける…そんな気分になった。
彼の指が優しく彼女の手に重なる。
「ブローノ…?」
「…今日、待ち合わせた時…男と電話してただろ…あれは…その、恋人…か?」
珍しく歯切れの悪い彼にルナは夕方の同僚との会話を思い出し目を見開いた。
「違う…!彼は…同じチームで、今回は情報収集として動いてもらっただけなの…!だから、その、勘違い、しないで…」
あまりに必死に否定しすぎてだんだん恥ずかしくなってきて最後の方は蚊の鳴くような声になってしまった。彼女の様子にブチャラティはふふ、と優しく笑う。
「それは…良かった。その、君に…ずっと謝りたかった…俺は随分唐突に君に別れを切り出したから…きっと傷つけたと思う」
彼の言葉に弾かれたように顔を上げる。
「それは私だよ…!デートだって何度もダメになったし、電話もくれてたのに…返せなくて…別れたいって言われても…仕方なかった…」
自分で言っておいてじんわりと瞳が濡れていく。割り切ろうと必死になっていた当時の感情が波のように押し寄せてきた。一粒涙が伝い落ちると同時に彼に優しく肩を抱き寄せられた。
「…あの時は…もう君に会えないと思ったんだ」
「あの時」が何時を指しているのかはわからないが、ルナはただ彼の静かな声を聞きながら星に照らされて煌めく海を見つめていた。
「今思えば…どうって事ない任務だったが…当時の俺は…本気で君の元へは帰れないと思ったんだ」
「……!」
(もしかして、別れを告げた…理由は…)
頭を起こしてブチャラティを茫然と見上げる。次々と溢れる宝石のような滴を彼は優しく拭ってくれた。
「恋人を亡くすなんて経験…君にはさせたくなかった…」
ごめん、と優しい声音で繰り返す彼の胸に縋り付いて子供のように泣いた。
ずっと、ずっと、私はきっと…貴方だけの元へ戻りたかった。
「君が許してくれるなら…やり直させてくれないか、もう一度」
言葉の代わりにルナは必死で首を縦に振る。頬を伝う涙は彼のスーツに吸い込まれていく。彼は落ち着かせるように優しく頭を抱え、腰に手を回した。
「あの頃…語らえなかったことや出来なかった事を取り戻して行こう…一緒に」
彼女は返事の代わりにブチャラティを抱きしめる腕に力を込めた。
眼前には星に照らされ輝く海、頭上には宝石箱をひっくり返したような星空、そして腕の中にはずっと恋しいと想い続けた大切な女性。
ー…時が止まればいい
ブチャラティはこの美しくまるで楽園のような時間が永遠に続くように…願いを込めて瞳を閉じた。
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