vacanza
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vacanza
「幹部の娘を護衛、ですか・・・?」
思わずジョルノは声に出して尋ねる。
「ああ。ベルトーニさんは組織の有力な幹部のひとりだ。彼の拠点はミラノなんだが、街をほぼ任されていると言っても過言じゃあない。急に連絡があってな、16歳の彼の娘を護衛するように頼まれた。」
「ミラノを任される?それはすごいですね・・・どういう知り合いなんですか?」
「何年か前にポルポの使いで会って以来、目をかけてもらってる。」
あっさりと言ってブチャラティは、名前を呼ばれた方を向いて軽く挨拶を返した。一般の人々からも慕われている彼とネアポリスの街を歩くと、四方からかならず声がかかる。
「護衛というと、彼の娘は狙われているんですか?」
「いや、そうじゃあないらしい。もちろん幹部の娘だから敵の組織なんかに狙われる可能性は常にあるが・・・まあ、ガイド兼ボディガードってとこだろ。彼女は普段、スイスの全寮制の学校に行っているそうだ。」
「・・・」
ジョルノは、サンタ・ルチアのシンボルとも言えるカステロ・デル・オーボ(卵城)の断崖絶壁から海へと視線を向けた。
<卵城>という呼び名は、城の基礎に埋め込まれた卵が壊れると同時に街も滅びる、という伝説に由来するといわれている。城といってもゴツゴツとした要塞だが、ここから眺めるネアポリスの街は素晴らしい。
今日も、ヴェスビオ火山を背景に、起伏のある緑の長い海岸線が続き、キラキラと輝く湾の波間をヨットが白い帆を上げて進んでいた。
「不満そうだな。」
ブチャラティが笑みを含んだ声色で言う。ジョルノは取り繕うのはあきらめ、いいえ、と、小さく答えると、
「任務でしたら従います。たとえ子どものお守りでも。」
「子どもか。おまえの方が年下じゃあないか?ジョルノ。」
そう返されるのは予想していたので、あえてスルーする。ギャングの幹部の娘で苦労知らずのお嬢さんと、一緒にしないで欲しい。
「崇高な目的と覚悟・・・それ以外はすべて無駄っていうわけじゃあないんだぜ?」
「・・・どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だ。来たぞ、彼女だ。」
振り向くと、スーツの男たちとひとりの少女が、こちらに近づいて来ていた。
♢
ーーパパったら、顔で選んだんじゃあないでしょうね・・・
ココは、たった今、挨拶を交わした二人の男性を見て、そう思わずにはいられなかった。
確かにコワイ人はいやだって言ったけど。あとオジサンも。でも、こんなにカッコいい人たちが来るなんて予想外すぎる!違う意味で緊張する!
「あの、あなた方もパッショーネの・・・?」
おずおずと尋ねると、ブチャラティと名乗った青年が頷いた。まるで眼前に広がるネアポリスの海のように美しい碧い瞳をしている。
「そうです。我々はあなたのお父さんの直属の部下ではありませんが、このネアポリスを根城にしているので、今日一日、あなたのガード兼案内を頼まれました。」
「あ、ありがとうございます・・・!」
恐縮しながらも、心の中のガッツポーズをキメた。
さすがパパ!人選がディモールトベネ!
「いえ、ベルトーニさんには何かと世話になっているので。ところで、行きたい所はありますか?シニョリーナ。」
「あ、ココって呼んでください。話し方もできるだけ普段話してる感じでお願いします。堅苦しくて好きじゃないんです。だめ・・・ですか?」
ブチャラティはふっと微笑んだ。
「いや・・・かまわない。そうしよう。」
深みのある優しい低音で言われ、ココは顔がボッと熱くなる。
・・・どうしよう、こんなイケメンに免疫ないんですけど。心臓がもつかどうか自信ない。
ココは、こほん、と咳をすると、
「私、イスキアに行きたいんです。」
「イスキア島?」
「はい。」
「ベヴェレッロ港から高速船が出ていますね。」
と、ブロンドの少年がブチャラティに向かって言った。
ジョルノくん、だっけ?同じ年くらいに見えるけど、この子もギャングなんだなあ。最初にぱっと見た時、女の子かと思った。近くで見るとやっぱり身体つきが男の子だけど。でも、間違われそうなくらい、ものすごく綺麗な顔。ちょっと冷たい感じだけど、、、ブチャラティさんと二人で並ぶと、ま、まぶしい・・・!
「ーブチャラティ。」
その時、少し離れた場所から、ココを連れて来たベルトーニの部下に呼ばれ、ブチャラティは近づいてゆく。そして何かを話し始めた。
「あの、ジョルノくん?」
待っている間、思いきって声をかけると、ジョルノは無表情でココを見た。
「ジョルノでかまいません。何でしょう?」
「えっと、、、いくつ?」
「15です。」
「ええっ!?」
年下!?若く見えるんじゃなくて、ほんとに若かったのね・・・私が言うのも変だけど、こんな未成年を加入させるのは良くないよ、パッショーネ。
「そうなんだ・・・今日はよろしくお願いします。」
「気にしないでください。任務なので。」
感情のない硬い声にそう告げられた時、ブチャラティが戻って来た。
「待たせたな。行こう。」
♢
古代ローマ皇帝アウグストゥスが所有していたというイスキア島。今は温泉の湧き出る保養地として有名で、周囲34Kmの島のほぼ中央に位置するエポメオ山の山裾には、ローマ人が植えたとされる葡萄畑が広がる。島の玄関口であるイスキア・ポルトへは、ネアポリスから高速船で30分程度で到着することができた。
「目的地がアラゴン城なら少し歩くな。車を借りようか?」
と、地図の前でブチャラティが尋ねる。
「いいえ、できれば歩きたいです。そのためにちゃんとスニーカーを履いてきました!」
ジョルノはココの足元に目をやる。確かに、歩きやすそうなスニーカーを履いている。
・・・彼女、思っていたイメージと少し違うな。幹部の娘なら、もっと気が強くて高飛車なー、扱うのが面倒なタイプだと勝手に思っていたけれど。
海岸沿いの道をしばらく歩くと、海に浮かぶアラゴンの城が見えて来る。
アラゴン城は、小さな荒々しい島そのものが城になっていて、イスキア本島とは約300メートルもの石造りの橋でつながっている。透き通るような青い空を背景に、断崖絶壁にそびえる要塞のような外観と、周囲の海の深いエメラルド色のコントラストが絵葉書のように美しかった。
高さ200メートルの城の展望所に着くと、シーズンも終わりに近いのか観光客もそれほど多くはない。
「うわあ、綺麗・・・」
「そうだな。あの奥に見える大きな島が、青の洞窟で有名なカプリ島だ。」
「手前の小さな島は何ですか?」
「プローチダ島だ。<イル・ポスティーノ>という映画の舞台になった。」
その時、携帯電話が鳴り始めた。ブチャラティは、失礼、と言うと、ジョルノに向かってそばについていろと目で合図しながらその場を離れた。
ココは大きな石壁の上に両手を乗せ、身を乗り出すようにして景色に魅入っている。ジョルノは内心首を傾げた。
確かに美しい風景だけど、いったい何がこれほど彼女を夢中にさせるのだろう。そもそも、なぜ彼女はこのイスキア島を選んだのか。
ーーぱたっ・・・
そのかすかな音に、見ると、ココが手を置いた石の上の水滴の染みに気づく。それは続けざまに、ぱたぱたと雨粒のように落ちてきては数を増やしてゆく。
ジョルノは視線を上げてココを見た。
その横顔は真っ直ぐ前を向いたまま、大きな瞳から透明な涙がはらはら流れていた。
「ーっ・・・」
あまりにも静かに泣いていて、ジョルノは胸を衝かれた。
ふと、ココがジョルノの方を見て、
「あ・・・驚かせちゃったね。」
少し恥じ入るように目をそらして涙を拭いた。
「亡くなったママのことを思い出しちゃって。イスキアの出身でね。今日が誕生日なの。」
「・・・そうですか。」
「私が小さい頃、私をかばって死んじゃったんだ。ほら、パパの仕事上、家族も狙われてしまうじゃない?ちょうどいろいろあった時期みたいで、危ないから家から出るなってパパに言われてたのに、私、どうしても近くの公園のブランコに乗りたくて・・・」
「・・・」
「ジョルノ、大切な人を失うのってつらいね。だってもう、おはようのキスも何もしてあげれないんだから。愛する人のために何もできることがない。それが悔しくて、すごく哀しい・・・」
ジョルノは思わず息をのむ。
僕の母親は、実の息子に対してすべきこともしない人だったから、僕は母親からして欲しいことばかり考えていた。期待しても無駄だと悟るまでは。
でもココは、自分がして欲しいことを数えるのではなく、相手のために何かをしたいと願うのか。
そんなことを考えたこともなかった。
彼女は、僕とまったく違うーー・・・
「ごめんね、こんな暗い話しちゃってーえっ?」
ジョルノが差し出したハンカチを見て、ココは濡れた黒い瞳を見開く。そして、そっと受け取ると、ありがとう、と笑った。
「洗って返すね。」
「いえ、大丈夫です。ちょっと借りますね。」
ふわり、と、涙を拭ったハンカチが黄色のバラに変わる。
「えっ!?どうして?何したの!?」
「手品ですよ。どうぞ。」
「手品!?ほんと?全然わからなかった!ジョルノ、上手すぎない!?」
信じられないという様子で、渡されたバラを角度を変えてぐるぐる眺めるココの姿は可愛らしく、ジョルノは今日初めて自然に微笑んだ。
♢
「少しは仲良くなれたようだな。」
と、戻って来たブチャラティは、ココの手にあるバラを見て意味ありげに言った。
するとジョルノは、なぜかちょっと憮然とした顔で、
「・・・大丈夫なんですか?電話の用件の方は。」
「それなんだが・・・」
ブチャラティが言いかけた、次の瞬間、パンッ、と、乾いた音が聞こえた。
「伏せろっ!」
え?
驚いた時はもう、ココの身体はブチャラティの腕の中だった。そのまま、岩のように大きな石壁の陰に押し込まれる。
「・・・ベルトーニさんと敵対する北イタリアの組織が暗殺者を送り込んだらしい。俺たちを始末して彼女を捕らえる気だ。」
ココは息をのんだ。
私!?私を狙ってるの?
「ブチャラティ、ココを連れて逃げてください。敵は僕が片付けます。」
早口で言って、ジョルノは身を翻して駆け出した。途端、さっきの銃声と石の弾ける音が響く。
ひとりで行くの!?そんな!相手は銃を持ってるのに!
「ジョルノ!」
思わずココが叫ぶのとほぼ同時に、身体に回された腕にぎゅうっと力が込められ、
「大丈夫だ。ジョルノはめったなことではやられやしない・・・少なくとも相手が<ただの>暗殺者ならな。どうか落ちついてくれ。」
吐息とともに、ブチャラティの声が耳をくすぐる。途端、ココは、ようやく自分の体勢に気づいて驚愕した。
ーーひええっ!わ、わ、私、ブチャラティさんに抱きしめられてる!嬉しーいや違った、喜んでる場合じゃあない!
一見すらりとしているのに実はたくましい胸にぴたりと頭を押しつけたまま、ブチャラティの香水に包まれると、ココは顔から火が出そうだった。
こ、これは落ちつけないっ!無理無理、落ちつくなんて絶対無理ですからっ!
ココが恐怖で固まっていると思ったのか、ブチャラティの大きな手が彼女の頭をそっと撫でると、
「ココ、安心しろ。かならず君を守る。だから・・・俺を信じて、ちょっぴりだけ目を閉じててくれるか?」
ブンブンブンブン!
炎を噴いている顔を上げられないまま、ココは勢いよく頭を縦に振る。すると、クスっと笑い声がして、
「いい子だ。」
その声と同時に、ジーッ、と、バッグか何かのジッパーを開けるような音がした。そうして、ふわりと身体が浮いたかと思うと、風を受けているような感覚してやがて、トン、と両足が着いた。
目を開けるように言われてそうすると、そこは、アラゴン城の城壁の真下だった。目の前にはイスキア本島につながる長い橋。はるか上の方には、たった今までいたはずの城の展望所。
「え?え?なんで・・・?」
抱きしめられていた恥ずかしさも忘れて呆然とする。そんな彼女の頭をブチャラティはもう一度優しく撫でた。
「さあ行こうか、Angelo。」
*********
結局、暗殺者はジョルノが捕まえてくれた。
『何でもないですよ。あなたが無事でよかった、ココ。』
と、平然とイスキア港に現れた彼は、ココに向かってにっこり笑った。そしてブチャラティに向かって、
『アラゴン城の裏手の岩陰にイバラで閉じ込めています。ベルトーニさんの部下に連絡して、回収するように伝えてください。いろいろ話してもらうなら少し急いだ方がいいかもしれません。じき潮が満ちるので。』
・・・ジョルノといい、ブチャラティさんといい、なんだか不思議なところがあるのね。
「今日は本当にありがとうございました。楽しかったです。」
サン・マルティーノ美術館のキオストロ・グランデの中庭は、かつての修道院の面影をしのばせる、白亜のアーチ型の回廊が美しい。
別れの時、ココは、名残惜しい気持ちで言った。
「また・・・来てもいいですか?」
「もちろんだ。」
ブチャラティにそう言われ、彼女はほっと胸を撫で下ろす。
「今回の件は俺の個人的な借りだ、ブチャラティ。」
隣に立つココの父親が言った。
「何かあれば連絡してくれ。俺にできることは力になろう。おまえが、<これから先、本当に助けが必要な時に>、な。」
「・・・はい。」
どこか含みのある父親の声に対して、ブチャラティは厳しい表情で頷いた。
♢
「・・・あなたに言われた言葉の意味が、少し理解できたような気がします。」
アジトへ戻る途中。
車の助手席から、ブチャラティの視線が無言でジョルノを捕らえるのがわかった。
「100人の人間がいれば、100通りの人生がある。僕はもっと、いろいろな考えや想いを知るべきかもしれない・・・僕の夢が、ただの自己満足になってしまわない為にも。」
「・・・そうか。」
と、ブチャラティはひとこと言った。チラリと目線だけを向けると、声と同じく、その口許も穏やかに微笑んでいた。
観光客は美味なリストランテを物色し、住民は家族の笑顔を見る為に家路を急ぐ。埃っぽい道路、やかましいクラクション。ネアポリスの街は、いつも通りの夕刻の賑わいをみせていた。
「可愛い子だったな。」
「そうですね。」
「ベルトーニさんは手ごわいぞ。頑張れよ。」
「あんた、何の話をしてるんですか。」
くっくっ、と、ブチャラティは喉の奥で笑う。
そして、ムスッとして運転するジョルノが、まあ、おまえにその気がないなら俺がもらってもいいな、という言葉に彼らしくない慌てた様子で助手席を睨むのは、数秒ほど後のことになるーーーーーー。
「幹部の娘を護衛、ですか・・・?」
思わずジョルノは声に出して尋ねる。
「ああ。ベルトーニさんは組織の有力な幹部のひとりだ。彼の拠点はミラノなんだが、街をほぼ任されていると言っても過言じゃあない。急に連絡があってな、16歳の彼の娘を護衛するように頼まれた。」
「ミラノを任される?それはすごいですね・・・どういう知り合いなんですか?」
「何年か前にポルポの使いで会って以来、目をかけてもらってる。」
あっさりと言ってブチャラティは、名前を呼ばれた方を向いて軽く挨拶を返した。一般の人々からも慕われている彼とネアポリスの街を歩くと、四方からかならず声がかかる。
「護衛というと、彼の娘は狙われているんですか?」
「いや、そうじゃあないらしい。もちろん幹部の娘だから敵の組織なんかに狙われる可能性は常にあるが・・・まあ、ガイド兼ボディガードってとこだろ。彼女は普段、スイスの全寮制の学校に行っているそうだ。」
「・・・」
ジョルノは、サンタ・ルチアのシンボルとも言えるカステロ・デル・オーボ(卵城)の断崖絶壁から海へと視線を向けた。
<卵城>という呼び名は、城の基礎に埋め込まれた卵が壊れると同時に街も滅びる、という伝説に由来するといわれている。城といってもゴツゴツとした要塞だが、ここから眺めるネアポリスの街は素晴らしい。
今日も、ヴェスビオ火山を背景に、起伏のある緑の長い海岸線が続き、キラキラと輝く湾の波間をヨットが白い帆を上げて進んでいた。
「不満そうだな。」
ブチャラティが笑みを含んだ声色で言う。ジョルノは取り繕うのはあきらめ、いいえ、と、小さく答えると、
「任務でしたら従います。たとえ子どものお守りでも。」
「子どもか。おまえの方が年下じゃあないか?ジョルノ。」
そう返されるのは予想していたので、あえてスルーする。ギャングの幹部の娘で苦労知らずのお嬢さんと、一緒にしないで欲しい。
「崇高な目的と覚悟・・・それ以外はすべて無駄っていうわけじゃあないんだぜ?」
「・・・どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だ。来たぞ、彼女だ。」
振り向くと、スーツの男たちとひとりの少女が、こちらに近づいて来ていた。
♢
ーーパパったら、顔で選んだんじゃあないでしょうね・・・
ココは、たった今、挨拶を交わした二人の男性を見て、そう思わずにはいられなかった。
確かにコワイ人はいやだって言ったけど。あとオジサンも。でも、こんなにカッコいい人たちが来るなんて予想外すぎる!違う意味で緊張する!
「あの、あなた方もパッショーネの・・・?」
おずおずと尋ねると、ブチャラティと名乗った青年が頷いた。まるで眼前に広がるネアポリスの海のように美しい碧い瞳をしている。
「そうです。我々はあなたのお父さんの直属の部下ではありませんが、このネアポリスを根城にしているので、今日一日、あなたのガード兼案内を頼まれました。」
「あ、ありがとうございます・・・!」
恐縮しながらも、心の中のガッツポーズをキメた。
さすがパパ!人選がディモールトベネ!
「いえ、ベルトーニさんには何かと世話になっているので。ところで、行きたい所はありますか?シニョリーナ。」
「あ、ココって呼んでください。話し方もできるだけ普段話してる感じでお願いします。堅苦しくて好きじゃないんです。だめ・・・ですか?」
ブチャラティはふっと微笑んだ。
「いや・・・かまわない。そうしよう。」
深みのある優しい低音で言われ、ココは顔がボッと熱くなる。
・・・どうしよう、こんなイケメンに免疫ないんですけど。心臓がもつかどうか自信ない。
ココは、こほん、と咳をすると、
「私、イスキアに行きたいんです。」
「イスキア島?」
「はい。」
「ベヴェレッロ港から高速船が出ていますね。」
と、ブロンドの少年がブチャラティに向かって言った。
ジョルノくん、だっけ?同じ年くらいに見えるけど、この子もギャングなんだなあ。最初にぱっと見た時、女の子かと思った。近くで見るとやっぱり身体つきが男の子だけど。でも、間違われそうなくらい、ものすごく綺麗な顔。ちょっと冷たい感じだけど、、、ブチャラティさんと二人で並ぶと、ま、まぶしい・・・!
「ーブチャラティ。」
その時、少し離れた場所から、ココを連れて来たベルトーニの部下に呼ばれ、ブチャラティは近づいてゆく。そして何かを話し始めた。
「あの、ジョルノくん?」
待っている間、思いきって声をかけると、ジョルノは無表情でココを見た。
「ジョルノでかまいません。何でしょう?」
「えっと、、、いくつ?」
「15です。」
「ええっ!?」
年下!?若く見えるんじゃなくて、ほんとに若かったのね・・・私が言うのも変だけど、こんな未成年を加入させるのは良くないよ、パッショーネ。
「そうなんだ・・・今日はよろしくお願いします。」
「気にしないでください。任務なので。」
感情のない硬い声にそう告げられた時、ブチャラティが戻って来た。
「待たせたな。行こう。」
♢
古代ローマ皇帝アウグストゥスが所有していたというイスキア島。今は温泉の湧き出る保養地として有名で、周囲34Kmの島のほぼ中央に位置するエポメオ山の山裾には、ローマ人が植えたとされる葡萄畑が広がる。島の玄関口であるイスキア・ポルトへは、ネアポリスから高速船で30分程度で到着することができた。
「目的地がアラゴン城なら少し歩くな。車を借りようか?」
と、地図の前でブチャラティが尋ねる。
「いいえ、できれば歩きたいです。そのためにちゃんとスニーカーを履いてきました!」
ジョルノはココの足元に目をやる。確かに、歩きやすそうなスニーカーを履いている。
・・・彼女、思っていたイメージと少し違うな。幹部の娘なら、もっと気が強くて高飛車なー、扱うのが面倒なタイプだと勝手に思っていたけれど。
海岸沿いの道をしばらく歩くと、海に浮かぶアラゴンの城が見えて来る。
アラゴン城は、小さな荒々しい島そのものが城になっていて、イスキア本島とは約300メートルもの石造りの橋でつながっている。透き通るような青い空を背景に、断崖絶壁にそびえる要塞のような外観と、周囲の海の深いエメラルド色のコントラストが絵葉書のように美しかった。
高さ200メートルの城の展望所に着くと、シーズンも終わりに近いのか観光客もそれほど多くはない。
「うわあ、綺麗・・・」
「そうだな。あの奥に見える大きな島が、青の洞窟で有名なカプリ島だ。」
「手前の小さな島は何ですか?」
「プローチダ島だ。<イル・ポスティーノ>という映画の舞台になった。」
その時、携帯電話が鳴り始めた。ブチャラティは、失礼、と言うと、ジョルノに向かってそばについていろと目で合図しながらその場を離れた。
ココは大きな石壁の上に両手を乗せ、身を乗り出すようにして景色に魅入っている。ジョルノは内心首を傾げた。
確かに美しい風景だけど、いったい何がこれほど彼女を夢中にさせるのだろう。そもそも、なぜ彼女はこのイスキア島を選んだのか。
ーーぱたっ・・・
そのかすかな音に、見ると、ココが手を置いた石の上の水滴の染みに気づく。それは続けざまに、ぱたぱたと雨粒のように落ちてきては数を増やしてゆく。
ジョルノは視線を上げてココを見た。
その横顔は真っ直ぐ前を向いたまま、大きな瞳から透明な涙がはらはら流れていた。
「ーっ・・・」
あまりにも静かに泣いていて、ジョルノは胸を衝かれた。
ふと、ココがジョルノの方を見て、
「あ・・・驚かせちゃったね。」
少し恥じ入るように目をそらして涙を拭いた。
「亡くなったママのことを思い出しちゃって。イスキアの出身でね。今日が誕生日なの。」
「・・・そうですか。」
「私が小さい頃、私をかばって死んじゃったんだ。ほら、パパの仕事上、家族も狙われてしまうじゃない?ちょうどいろいろあった時期みたいで、危ないから家から出るなってパパに言われてたのに、私、どうしても近くの公園のブランコに乗りたくて・・・」
「・・・」
「ジョルノ、大切な人を失うのってつらいね。だってもう、おはようのキスも何もしてあげれないんだから。愛する人のために何もできることがない。それが悔しくて、すごく哀しい・・・」
ジョルノは思わず息をのむ。
僕の母親は、実の息子に対してすべきこともしない人だったから、僕は母親からして欲しいことばかり考えていた。期待しても無駄だと悟るまでは。
でもココは、自分がして欲しいことを数えるのではなく、相手のために何かをしたいと願うのか。
そんなことを考えたこともなかった。
彼女は、僕とまったく違うーー・・・
「ごめんね、こんな暗い話しちゃってーえっ?」
ジョルノが差し出したハンカチを見て、ココは濡れた黒い瞳を見開く。そして、そっと受け取ると、ありがとう、と笑った。
「洗って返すね。」
「いえ、大丈夫です。ちょっと借りますね。」
ふわり、と、涙を拭ったハンカチが黄色のバラに変わる。
「えっ!?どうして?何したの!?」
「手品ですよ。どうぞ。」
「手品!?ほんと?全然わからなかった!ジョルノ、上手すぎない!?」
信じられないという様子で、渡されたバラを角度を変えてぐるぐる眺めるココの姿は可愛らしく、ジョルノは今日初めて自然に微笑んだ。
♢
「少しは仲良くなれたようだな。」
と、戻って来たブチャラティは、ココの手にあるバラを見て意味ありげに言った。
するとジョルノは、なぜかちょっと憮然とした顔で、
「・・・大丈夫なんですか?電話の用件の方は。」
「それなんだが・・・」
ブチャラティが言いかけた、次の瞬間、パンッ、と、乾いた音が聞こえた。
「伏せろっ!」
え?
驚いた時はもう、ココの身体はブチャラティの腕の中だった。そのまま、岩のように大きな石壁の陰に押し込まれる。
「・・・ベルトーニさんと敵対する北イタリアの組織が暗殺者を送り込んだらしい。俺たちを始末して彼女を捕らえる気だ。」
ココは息をのんだ。
私!?私を狙ってるの?
「ブチャラティ、ココを連れて逃げてください。敵は僕が片付けます。」
早口で言って、ジョルノは身を翻して駆け出した。途端、さっきの銃声と石の弾ける音が響く。
ひとりで行くの!?そんな!相手は銃を持ってるのに!
「ジョルノ!」
思わずココが叫ぶのとほぼ同時に、身体に回された腕にぎゅうっと力が込められ、
「大丈夫だ。ジョルノはめったなことではやられやしない・・・少なくとも相手が<ただの>暗殺者ならな。どうか落ちついてくれ。」
吐息とともに、ブチャラティの声が耳をくすぐる。途端、ココは、ようやく自分の体勢に気づいて驚愕した。
ーーひええっ!わ、わ、私、ブチャラティさんに抱きしめられてる!嬉しーいや違った、喜んでる場合じゃあない!
一見すらりとしているのに実はたくましい胸にぴたりと頭を押しつけたまま、ブチャラティの香水に包まれると、ココは顔から火が出そうだった。
こ、これは落ちつけないっ!無理無理、落ちつくなんて絶対無理ですからっ!
ココが恐怖で固まっていると思ったのか、ブチャラティの大きな手が彼女の頭をそっと撫でると、
「ココ、安心しろ。かならず君を守る。だから・・・俺を信じて、ちょっぴりだけ目を閉じててくれるか?」
ブンブンブンブン!
炎を噴いている顔を上げられないまま、ココは勢いよく頭を縦に振る。すると、クスっと笑い声がして、
「いい子だ。」
その声と同時に、ジーッ、と、バッグか何かのジッパーを開けるような音がした。そうして、ふわりと身体が浮いたかと思うと、風を受けているような感覚してやがて、トン、と両足が着いた。
目を開けるように言われてそうすると、そこは、アラゴン城の城壁の真下だった。目の前にはイスキア本島につながる長い橋。はるか上の方には、たった今までいたはずの城の展望所。
「え?え?なんで・・・?」
抱きしめられていた恥ずかしさも忘れて呆然とする。そんな彼女の頭をブチャラティはもう一度優しく撫でた。
「さあ行こうか、Angelo。」
*********
結局、暗殺者はジョルノが捕まえてくれた。
『何でもないですよ。あなたが無事でよかった、ココ。』
と、平然とイスキア港に現れた彼は、ココに向かってにっこり笑った。そしてブチャラティに向かって、
『アラゴン城の裏手の岩陰にイバラで閉じ込めています。ベルトーニさんの部下に連絡して、回収するように伝えてください。いろいろ話してもらうなら少し急いだ方がいいかもしれません。じき潮が満ちるので。』
・・・ジョルノといい、ブチャラティさんといい、なんだか不思議なところがあるのね。
「今日は本当にありがとうございました。楽しかったです。」
サン・マルティーノ美術館のキオストロ・グランデの中庭は、かつての修道院の面影をしのばせる、白亜のアーチ型の回廊が美しい。
別れの時、ココは、名残惜しい気持ちで言った。
「また・・・来てもいいですか?」
「もちろんだ。」
ブチャラティにそう言われ、彼女はほっと胸を撫で下ろす。
「今回の件は俺の個人的な借りだ、ブチャラティ。」
隣に立つココの父親が言った。
「何かあれば連絡してくれ。俺にできることは力になろう。おまえが、<これから先、本当に助けが必要な時に>、な。」
「・・・はい。」
どこか含みのある父親の声に対して、ブチャラティは厳しい表情で頷いた。
♢
「・・・あなたに言われた言葉の意味が、少し理解できたような気がします。」
アジトへ戻る途中。
車の助手席から、ブチャラティの視線が無言でジョルノを捕らえるのがわかった。
「100人の人間がいれば、100通りの人生がある。僕はもっと、いろいろな考えや想いを知るべきかもしれない・・・僕の夢が、ただの自己満足になってしまわない為にも。」
「・・・そうか。」
と、ブチャラティはひとこと言った。チラリと目線だけを向けると、声と同じく、その口許も穏やかに微笑んでいた。
観光客は美味なリストランテを物色し、住民は家族の笑顔を見る為に家路を急ぐ。埃っぽい道路、やかましいクラクション。ネアポリスの街は、いつも通りの夕刻の賑わいをみせていた。
「可愛い子だったな。」
「そうですね。」
「ベルトーニさんは手ごわいぞ。頑張れよ。」
「あんた、何の話をしてるんですか。」
くっくっ、と、ブチャラティは喉の奥で笑う。
そして、ムスッとして運転するジョルノが、まあ、おまえにその気がないなら俺がもらってもいいな、という言葉に彼らしくない慌てた様子で助手席を睨むのは、数秒ほど後のことになるーーーーーー。
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