ギャングと泥棒
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Ⅵ
「・・・めずらしいお客だわ。」
ドアチャイム代わりの風鈴の透き通るような音色が響く。いつかと同じような光景だと思いながら、レイアは言った。
祖父が始めたカフェは、ヴォメロの丘の中腹あたりにある。近くに有名な美術館はあるが、大きなホテルなどはなく比較的静かだ。漆喰の白い壁をもつ家々に囲まれた迷路のような坂の途中で振り返れば、赤みがかったテラコッタの屋根の旧市街と、金の粉をまぶしたようなコバルトブルーの海が視界に飛び込む。
ボンジョルノ、と、挨拶をしながらブチャラティはカウンターへ近づいた。
「久しぶりね。どうしたの?」
「電話に出ないから、直接、会いに来たんだ。」
「そう。わざわざありがとう。」
ブチャラティは機嫌を悪くするふうでもなく、サファイアブルーの瞳を微笑ませたまま、
「元気そうで良かった・・・相変わらず綺麗だ。」
カウンターに置いたレイアの手をとり、流れるような仕草でその指にキスした。
「レイア、今夜の予定は?」
「・・・あなたに誘って欲しい女の子はたくさんいるでしょ。みんな喜んで付き合ってくれるわよ。」
「みんな、の中には君も含まれているのか?」
「今夜は予定があるの。」
「明日は?」
「そんな先のことはわからないわ。」
ブチャラティは大げさにため息をついた。
祖父から受け継いだレイアの<家業>は、泥棒。とはいえ、私利私欲ではなく、依頼を受けて仕事をする場合がほとんどだ。
(ほんとは引き受けたくない)ポルポからの依頼を、ブチャラティのチームと協力して無事に片付けたのはしばらく前のこと。
仕事が片付いた後、レイアはブチャラティと夜を過ごした。でも、別に恋人になったわけじゃあない。向こうだってそんなつもりはないだろう。もちろん彼は仕事もできるし男性としても魅力的だ。そんなことはわかっている。ただレイアは、寝たからといってそれにいちいち意味を持たせることはしないだけだ。
「気を落とさないで。こう見えて、レイアはちょっとあまのじゃくなところがあるの。」
レイアとブチャラティのやり取りを見ていたテーブル席の常連客の一人が、品よく笑いながら言った。
「おまけに気分屋なのよ。だから、あきらめないで何度も誘わなきゃあだめなのよ。わたしは毎日ここで同じような光景を見ているけど、あなた、他の子たちより見込みがありそうよ。頑張って。」
「カッサーノさ〜ん、、、」
あまのじゃくって。まあ、気分屋はそうかもしれないけど。
「グラッツェ、シニョーラ。おかげで勇気づけられました。」
と、ブチャラティはにっこりと笑った。
「あなた、よく見たら、とってもハンサムなのね。わたしがあと50年若かったらねえ・・・」
「そうしたら、あなたのご主人に決闘を申し込まなきゃあならないな。」
ふふ、と、老婦人が嬉しそうに笑う。
「レイア、外のテーブルを借りていいか?後でアバッキオたちが来る。」
レイアが頷くと、ブチャラティはエスプレッソの代金をカウンターに置いて外に出た。
この街には、余裕のある人が、後から来る誰かのためにコーヒー代を支払っておく慣習がある。Caffe sospeso。ちょっとした優しい助け合いの仕組み。ブチャラティが支払ったのは、Caffe sospesoにしても多すぎる額だ。きっと彼は、他の店でもこういうことをサラッとやってのけているのだろう。
レイアは、ハンサムな彼からだと言ってオレンジのタルトを老婦人の前に出した。
しばらくすると、ブチャラティの言葉通り、彼の仲間たちが集まり始めた。
「あ〜、レイアだ!久しぶりじゃん!このカフェにいるって本当だったんだ!あ、オレンジジュースある?パックのじゃあなくて、しぼったやつ!」
「騒がしいヤツだな、他の客に迷惑だろ!」
フーゴはナランチャを叱りながらカウンターを離れる。入れ違いに、拳銃使いの男が店に入って来た。
「あんた、昼間のエプロン姿もいいな。さすがブチャラティ、いい店知ってるぜ。」
挨拶もそこそこに、ミスタはカウンターにもたれて肘をつくと、レイアを正面から見つめた。
「なあ、どっか遊びに行こーぜ。二人で。」
「ご注文は?」
レイアはジュース用のオレンジを取り出しながら問いかける。すると、オレンジを持った彼女の右手を、上から、ひと回り以上大きな手が包み込んだ。
「・・・1回ぐらいデートしたってバチは当たらねーだろ?絶対あんたを楽しませるからよ・・・こう見えて俺は尽くすタイプだぜ?」
男らしく整った顔が近づき、力強い瞳が意味ありげに笑ってレイアを捕らえていた。
ーーまったく。ギャングって、ナンパ以外にやることないわけ?
「遠慮しておくわ。」
パッと手を振り払いながら言うと、ミスタはわざとらしくカウンターに突っ伏した。
「クッソ〜・・・!思いつきじゃあなく、前からいいなと思ってたから誘ってるんだぜ、ほんとによォ、、、」
「はいはい。ほら、向こうからアバッキオが睨んでるわよ。早く行ったら?」
店の外のテーブルをガラス越しに指さす。来たのはミスタが最後だったので、待っているのだろう。
「レイア、イチゴのケーキあるか?残り4切れじゃあねえよな?」
・・・別に、ギャングの打ち合わせに店を使ってもらうのはかまわないけれど。
レイアはやれやれと思う。
「にぎやかね・・・」
********
明るい太陽の下に出ると、店の周りに植えられた庭木が、長方形をした広いテーブルに木陰を作っていた。このチーク材のテーブルは祖父の代から使い続けている年代物だが、年月が経つにつれ味わい深さが増していて、レイアのお気に入りのひとつだ。風に乗ってレモンの香りが鼻腔をくすぐる。店の周りには祖父や祖母の趣味で植えた樹木が育ち、ちょっとした隠れ家のようになっていた。
トレーを持って店から出てきたレイアの姿に気づくと、ブチャラティはいったん話を止めた。
「なあレイア、あれ、なんか変わってねえ?」
オレンジジュースを抱えたナランチャのストローは、店のドアの上あたりを指している。
「形もだけど、音がさ。他の店のドアについてるベルと違って、なんか、チリンッてキレイな音がするじゃん。」
・・・この子、意外と細かいところに気がつくのね。
ナランチャの言わんとすることにレイアはそう思いながら、
「あれは風鈴よ。」
「ウーリン?」
「イタリア語にはない発音よね・・・」
くすっと笑って、風鈴とは何なのかを説明する。
「へぇ、、、風の音を聴くための道具なんて日本人らしい発想だな・・・彼らは自然に対して感受性が鋭く、自分たちの生活に組み込むのが上手いっていうから。」
と、フーゴが考えるような表情で独りごちる。それをナランチャが恨めしげに横目で見ながら、ズズッとジュースのストローを鳴らした。
「オレにもわかるように話せよなァ・・・じゃあさ、レイアは日本に行ったことがあるの?」
「あれは亡くなったおばあちゃんのものよ。日本人だったから。」
「え、そうなの!?」
「・・・<教授>は、日本人と結婚してたのか。」
と、腕組みしたアバッキオが呟いた。
<教授>とは、レイアの祖父の通称だ。いつの頃からかそう呼ばれるようになったらしい。
さて、そろそろ退散しよう。そう思ってレイアが引っ込もうとした時、
「なるほど、レイアは東洋系だからか・・・」
突然、それまで黙って話を聞いていたブチャラティが言った。
「ええ、そう言われると確かに、街で見かけるジャッポーネの観光客に、彼女、少し似ていますね。」
「ああ、いや、顔は何も思わなかったんだが・・・」
怪訝な表情を浮かべた面々に向かって、ブチャラティはカップを口に運びながら笑った。
「東洋系の女性は、全身・・・きめ細かなとても綺麗な肌をしているって聞いたことがあったんだ。・・・確かにそうだと納得させられてな。」
「・・・」
静まり返るテーブル。
ミスタのショートケーキにがっついていた小人のようなスタンドたちまでも、クリームにまみれたまま固まっている。
そんな中、爆弾を投下した当の本人だけが、優雅にカップを傾けていた。
ーーまったく・・・何なの、あの男は。
人間もそうでないものも、あらゆる視線に背中を刺されながら店の中に戻り、レイアはがっくりと脱力する。
前も思ったけど・・・天然よね。疲れるわ・・・
しばらくして、アバッキオがふらりと店へ入って来た。
「水くれ。」
「ガス入り?ガス無し?」
「ガス入り。」
レイアは冷蔵庫から瓶を出すと、カウンターへ置きながら、
「ブチャラティって・・・いつも<ああ>なの?」
「<ああ>って何だよ。」
「天然。」
「・・・」
アバッキオは瓶に口をつけたまま、片方の眉を上げてレイアを見た。
カウンター越しに自然と見下ろされるような格好になり、背の高い男だ、と、レイアがぼんやり思った時、
「おまえ・・・ヤッたわりにはわかってねえな、ブチャラティを。」
青紫のルージュに彩られた綺麗な唇がニヤリと笑った。
「いやまあ、確かに寝たけど、、、どういう意味よ?」
「自分で考えな。」
声に含みをもたせて言うと、アバッキオはさっさと外に出て行った。
レイアは肩をすくめる。
天然じゃあないなら何なのよ?
気を取り直して洗い物に手を伸ばしたその時、携帯電話からメールの着信音が響いた。
確認する前から、相手が誰なのかだいたい予想がつく。きっと、今夜の待ち合わせの場所と時間だけの、そっけない内容に違いない。
レイアは苦笑する。
いつもそう。連絡は事務的。
会ってる間はあんなに私を甘やかすくせにーーー、プロシュートは。
********
「さっきのアレ、ミスタへの牽制ってところか?」
集金に向かう途中、アバッキオは隣を歩く男に言った。
「何のことだ。」
「ハッ・・・とぼけるんじゃあねえよ。奴がレイアにちょっかい出すのを見て、あんた、イラついてたからな。」
「態度には出してないつもりだったがな・・・」
どこまで本気なのかわからない声音で、ブチャラティは続けた。
「なあ、その気のないネコをなつかせるには、どうしたらいいんだ?」
「・・・」
自分をどん底から拾ってくれた男は、時々、こういうところがある、と、アバッキオは思う。
青いガラス玉みたいな目はここではないどこかを見つめていて、何を考えているのか悟らせない。そんな時、近くにいるとーー、なぜか冷水をぶっかけられたように背筋がゾクリとするのだ。
アバッキオは慎重に言った。
「普通に・・・独占欲ってヤツがあったんだな、あんたにも。」
「そうみたいだな。今まで知らなかったが、わかりかけてきたぜ・・・ああ、アバッキオ、さっきの牽制の話だが、」
ブチャラティは涼しい顔のまま、アバッキオにちらりと視線を投げた。
「相手はミスタだけじゃあないからな。」
ブチャラティの口角はわずかに上がっているが、その目の奥は笑っていない。アバッキオは思わず視線をそらして息を吐いた。
ーーもし、コイツをただの天然だと思ってるんなら。
「ったく、勘弁しろよ・・・」
おまえはブチャラティをナメすぎだ、レイア。
「・・・めずらしいお客だわ。」
ドアチャイム代わりの風鈴の透き通るような音色が響く。いつかと同じような光景だと思いながら、レイアは言った。
祖父が始めたカフェは、ヴォメロの丘の中腹あたりにある。近くに有名な美術館はあるが、大きなホテルなどはなく比較的静かだ。漆喰の白い壁をもつ家々に囲まれた迷路のような坂の途中で振り返れば、赤みがかったテラコッタの屋根の旧市街と、金の粉をまぶしたようなコバルトブルーの海が視界に飛び込む。
ボンジョルノ、と、挨拶をしながらブチャラティはカウンターへ近づいた。
「久しぶりね。どうしたの?」
「電話に出ないから、直接、会いに来たんだ。」
「そう。わざわざありがとう。」
ブチャラティは機嫌を悪くするふうでもなく、サファイアブルーの瞳を微笑ませたまま、
「元気そうで良かった・・・相変わらず綺麗だ。」
カウンターに置いたレイアの手をとり、流れるような仕草でその指にキスした。
「レイア、今夜の予定は?」
「・・・あなたに誘って欲しい女の子はたくさんいるでしょ。みんな喜んで付き合ってくれるわよ。」
「みんな、の中には君も含まれているのか?」
「今夜は予定があるの。」
「明日は?」
「そんな先のことはわからないわ。」
ブチャラティは大げさにため息をついた。
祖父から受け継いだレイアの<家業>は、泥棒。とはいえ、私利私欲ではなく、依頼を受けて仕事をする場合がほとんどだ。
(ほんとは引き受けたくない)ポルポからの依頼を、ブチャラティのチームと協力して無事に片付けたのはしばらく前のこと。
仕事が片付いた後、レイアはブチャラティと夜を過ごした。でも、別に恋人になったわけじゃあない。向こうだってそんなつもりはないだろう。もちろん彼は仕事もできるし男性としても魅力的だ。そんなことはわかっている。ただレイアは、寝たからといってそれにいちいち意味を持たせることはしないだけだ。
「気を落とさないで。こう見えて、レイアはちょっとあまのじゃくなところがあるの。」
レイアとブチャラティのやり取りを見ていたテーブル席の常連客の一人が、品よく笑いながら言った。
「おまけに気分屋なのよ。だから、あきらめないで何度も誘わなきゃあだめなのよ。わたしは毎日ここで同じような光景を見ているけど、あなた、他の子たちより見込みがありそうよ。頑張って。」
「カッサーノさ〜ん、、、」
あまのじゃくって。まあ、気分屋はそうかもしれないけど。
「グラッツェ、シニョーラ。おかげで勇気づけられました。」
と、ブチャラティはにっこりと笑った。
「あなた、よく見たら、とってもハンサムなのね。わたしがあと50年若かったらねえ・・・」
「そうしたら、あなたのご主人に決闘を申し込まなきゃあならないな。」
ふふ、と、老婦人が嬉しそうに笑う。
「レイア、外のテーブルを借りていいか?後でアバッキオたちが来る。」
レイアが頷くと、ブチャラティはエスプレッソの代金をカウンターに置いて外に出た。
この街には、余裕のある人が、後から来る誰かのためにコーヒー代を支払っておく慣習がある。Caffe sospeso。ちょっとした優しい助け合いの仕組み。ブチャラティが支払ったのは、Caffe sospesoにしても多すぎる額だ。きっと彼は、他の店でもこういうことをサラッとやってのけているのだろう。
レイアは、ハンサムな彼からだと言ってオレンジのタルトを老婦人の前に出した。
しばらくすると、ブチャラティの言葉通り、彼の仲間たちが集まり始めた。
「あ〜、レイアだ!久しぶりじゃん!このカフェにいるって本当だったんだ!あ、オレンジジュースある?パックのじゃあなくて、しぼったやつ!」
「騒がしいヤツだな、他の客に迷惑だろ!」
フーゴはナランチャを叱りながらカウンターを離れる。入れ違いに、拳銃使いの男が店に入って来た。
「あんた、昼間のエプロン姿もいいな。さすがブチャラティ、いい店知ってるぜ。」
挨拶もそこそこに、ミスタはカウンターにもたれて肘をつくと、レイアを正面から見つめた。
「なあ、どっか遊びに行こーぜ。二人で。」
「ご注文は?」
レイアはジュース用のオレンジを取り出しながら問いかける。すると、オレンジを持った彼女の右手を、上から、ひと回り以上大きな手が包み込んだ。
「・・・1回ぐらいデートしたってバチは当たらねーだろ?絶対あんたを楽しませるからよ・・・こう見えて俺は尽くすタイプだぜ?」
男らしく整った顔が近づき、力強い瞳が意味ありげに笑ってレイアを捕らえていた。
ーーまったく。ギャングって、ナンパ以外にやることないわけ?
「遠慮しておくわ。」
パッと手を振り払いながら言うと、ミスタはわざとらしくカウンターに突っ伏した。
「クッソ〜・・・!思いつきじゃあなく、前からいいなと思ってたから誘ってるんだぜ、ほんとによォ、、、」
「はいはい。ほら、向こうからアバッキオが睨んでるわよ。早く行ったら?」
店の外のテーブルをガラス越しに指さす。来たのはミスタが最後だったので、待っているのだろう。
「レイア、イチゴのケーキあるか?残り4切れじゃあねえよな?」
・・・別に、ギャングの打ち合わせに店を使ってもらうのはかまわないけれど。
レイアはやれやれと思う。
「にぎやかね・・・」
********
明るい太陽の下に出ると、店の周りに植えられた庭木が、長方形をした広いテーブルに木陰を作っていた。このチーク材のテーブルは祖父の代から使い続けている年代物だが、年月が経つにつれ味わい深さが増していて、レイアのお気に入りのひとつだ。風に乗ってレモンの香りが鼻腔をくすぐる。店の周りには祖父や祖母の趣味で植えた樹木が育ち、ちょっとした隠れ家のようになっていた。
トレーを持って店から出てきたレイアの姿に気づくと、ブチャラティはいったん話を止めた。
「なあレイア、あれ、なんか変わってねえ?」
オレンジジュースを抱えたナランチャのストローは、店のドアの上あたりを指している。
「形もだけど、音がさ。他の店のドアについてるベルと違って、なんか、チリンッてキレイな音がするじゃん。」
・・・この子、意外と細かいところに気がつくのね。
ナランチャの言わんとすることにレイアはそう思いながら、
「あれは風鈴よ。」
「ウーリン?」
「イタリア語にはない発音よね・・・」
くすっと笑って、風鈴とは何なのかを説明する。
「へぇ、、、風の音を聴くための道具なんて日本人らしい発想だな・・・彼らは自然に対して感受性が鋭く、自分たちの生活に組み込むのが上手いっていうから。」
と、フーゴが考えるような表情で独りごちる。それをナランチャが恨めしげに横目で見ながら、ズズッとジュースのストローを鳴らした。
「オレにもわかるように話せよなァ・・・じゃあさ、レイアは日本に行ったことがあるの?」
「あれは亡くなったおばあちゃんのものよ。日本人だったから。」
「え、そうなの!?」
「・・・<教授>は、日本人と結婚してたのか。」
と、腕組みしたアバッキオが呟いた。
<教授>とは、レイアの祖父の通称だ。いつの頃からかそう呼ばれるようになったらしい。
さて、そろそろ退散しよう。そう思ってレイアが引っ込もうとした時、
「なるほど、レイアは東洋系だからか・・・」
突然、それまで黙って話を聞いていたブチャラティが言った。
「ええ、そう言われると確かに、街で見かけるジャッポーネの観光客に、彼女、少し似ていますね。」
「ああ、いや、顔は何も思わなかったんだが・・・」
怪訝な表情を浮かべた面々に向かって、ブチャラティはカップを口に運びながら笑った。
「東洋系の女性は、全身・・・きめ細かなとても綺麗な肌をしているって聞いたことがあったんだ。・・・確かにそうだと納得させられてな。」
「・・・」
静まり返るテーブル。
ミスタのショートケーキにがっついていた小人のようなスタンドたちまでも、クリームにまみれたまま固まっている。
そんな中、爆弾を投下した当の本人だけが、優雅にカップを傾けていた。
ーーまったく・・・何なの、あの男は。
人間もそうでないものも、あらゆる視線に背中を刺されながら店の中に戻り、レイアはがっくりと脱力する。
前も思ったけど・・・天然よね。疲れるわ・・・
しばらくして、アバッキオがふらりと店へ入って来た。
「水くれ。」
「ガス入り?ガス無し?」
「ガス入り。」
レイアは冷蔵庫から瓶を出すと、カウンターへ置きながら、
「ブチャラティって・・・いつも<ああ>なの?」
「<ああ>って何だよ。」
「天然。」
「・・・」
アバッキオは瓶に口をつけたまま、片方の眉を上げてレイアを見た。
カウンター越しに自然と見下ろされるような格好になり、背の高い男だ、と、レイアがぼんやり思った時、
「おまえ・・・ヤッたわりにはわかってねえな、ブチャラティを。」
青紫のルージュに彩られた綺麗な唇がニヤリと笑った。
「いやまあ、確かに寝たけど、、、どういう意味よ?」
「自分で考えな。」
声に含みをもたせて言うと、アバッキオはさっさと外に出て行った。
レイアは肩をすくめる。
天然じゃあないなら何なのよ?
気を取り直して洗い物に手を伸ばしたその時、携帯電話からメールの着信音が響いた。
確認する前から、相手が誰なのかだいたい予想がつく。きっと、今夜の待ち合わせの場所と時間だけの、そっけない内容に違いない。
レイアは苦笑する。
いつもそう。連絡は事務的。
会ってる間はあんなに私を甘やかすくせにーーー、プロシュートは。
********
「さっきのアレ、ミスタへの牽制ってところか?」
集金に向かう途中、アバッキオは隣を歩く男に言った。
「何のことだ。」
「ハッ・・・とぼけるんじゃあねえよ。奴がレイアにちょっかい出すのを見て、あんた、イラついてたからな。」
「態度には出してないつもりだったがな・・・」
どこまで本気なのかわからない声音で、ブチャラティは続けた。
「なあ、その気のないネコをなつかせるには、どうしたらいいんだ?」
「・・・」
自分をどん底から拾ってくれた男は、時々、こういうところがある、と、アバッキオは思う。
青いガラス玉みたいな目はここではないどこかを見つめていて、何を考えているのか悟らせない。そんな時、近くにいるとーー、なぜか冷水をぶっかけられたように背筋がゾクリとするのだ。
アバッキオは慎重に言った。
「普通に・・・独占欲ってヤツがあったんだな、あんたにも。」
「そうみたいだな。今まで知らなかったが、わかりかけてきたぜ・・・ああ、アバッキオ、さっきの牽制の話だが、」
ブチャラティは涼しい顔のまま、アバッキオにちらりと視線を投げた。
「相手はミスタだけじゃあないからな。」
ブチャラティの口角はわずかに上がっているが、その目の奥は笑っていない。アバッキオは思わず視線をそらして息を吐いた。
ーーもし、コイツをただの天然だと思ってるんなら。
「ったく、勘弁しろよ・・・」
おまえはブチャラティをナメすぎだ、レイア。
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