予感
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その人は決まって、一番忙しい昼時を避けて現れる。
ドアを押して店に入ると、まず、まるで点検するみたいに店内に視線を走らせる。もちろん昼すぎのピッツェリアには、ドルチェをつつきながら話に花を咲かせるおばあさんたちや、昨夜のセリエAの試合の話で盛り上がるおじさんたちしかいない。平和そのもの。彼はそんないつもの光景を確認すると、みんなに挨拶を返しながら、ゆっくりとカウンターへ近づく。
「やあ、アンナ。」
そして、少しだけ表情を和らげて、私に挨拶してくれるのだ。
「いらっしゃい!ブチャラティさん!」
ーブチャラティさんに初めて会ったのは、半年前、チンピラにからまれたのを助けてもらった時。
一人があっさり殴り倒された後、その仲間が、焦ったように叫んだ。
『ま、まさか、パッショーネのブチャラティ!?』
『ー失せろ。』
チンピラたちがクモの子を散らすように逃げて行くと、彼は、呆然と地面にへたり込む私をゆっくりと振り向いた。
街灯にほのかに照らされた冷たい表情も、背筋の伸びたしなやかな立ち姿も、ぞくりとするほど美しかったのを覚えている。
『・・・こんな時間のひとり歩きは感心しないな、signorina。』
カッコいいなんて言葉じゃあ足りない。
その瞬間から、もう、私の頭の中は彼のことでいっぱいになってしまった。
少しして、実は彼は、父さんのこの店も含めた辺り一帯を取り仕切るギャングだと知った。
『アンナ、ブチャラティは筋の通った良い青年だよ。でもやめなさい。おまえとは住む世界が違うんだ。』
私は、もう子供じゃあないから、父さんの言いたいことはわかる。
でも、見てるだけなら、いいでしょう?
「ねえねえ!ブチャラティさんは、どっちが好きだと思う?」
ファッション雑誌のページを見せると、ナランチャは、頬杖をついたまま指さした。
「ん〜〜・・・こっち?」
「ええっ!?セクシー系!?ヤダ、困る!」
「あーでも違うかもなァ。この間バールで、すっげえナイスバディのねーちゃんに言い寄られたんだけど、あっさりフッちまってたから。」
その後、そのねーちゃんにミスタがフラれてたけど。そう呟きながら、ナランチャはポルチーニ茸のマルゲリータを綺麗な白い歯でかじる。
ナランチャは、ブチャラティさんの部下。つまり、彼もギャングってことになるんだけど、話してみると、案外、学校のクラスメイトとあんまり変わらない。
同い年の気安さも手伝って、彼がひとりの時はチャンスとばかりに私は、ブチャラティさんの話をせがむようになった。
やっぱり、好きな人のことは、いっぱい知りたいじゃあない?
何だかんだ言いつつ私の話に付き合ってくれるナランチャは、やっぱり、いい子だと思う。ピザ、オマケしてるけどね。
「ブチャラティはさあ、女の服とか気にしないんじゃあねえ?そりゃあ男だから美人がいいと思うけど、大事なのは中身だよなァ、中身。特にブチャラティみたいなタイプは。」
パタン、と、雑誌の上に突っ伏してしまう私。
「わかってるわよお・・・でも、気になるじゃない。ブチャラティさん、モテるんだもん、、、私、綺麗でも色っぽくもないし。顔はちょっと可愛いけど。」
「自分で言うなよな・・・」
ナランチャの呆れたような呟き。
その直後、お客さんが大声で私の名前を呼んだ。
「おーいアンナ!こっち、注文頼むよ!」
「あ、はーい!」
慌てて立ち上がると、食べ終わったナランチャも席を立った。
「じゃあな、アンナ。ごちそーさん。やっぱり親父さんのマルゲリータは最高だな。」
「あれ、もう行っちゃうの?仕事?」
「集合かかってるんだ。フーゴの奴と約束もあるし。」
Ciao!と、彼は笑顔で店を出て行った。
ナランチャの笑顔は、太陽みたい。
明るい気持ちにしてくれる。
けれど、10日くらい経ったある日。
店に来た彼は、めずらしく浮かない表情をしていた。
「どうかしたの?」
「いや、その・・・おまえに伝えなきゃあいけないことがあって・・・何て言っていいかわかんねーんだけどよォ、、、」
「???」
私は首を傾げながら、困ったように天井を見上げる彼を、まじまじと見つめる。
・・・よく見ると、ナランチャってそのへんの女の子より綺麗な顔をしてる。睫毛長い。お肌もスベスベだ。
「実はさ・・・」
ナランチャが何か言いかけたその時、ふと、通りに面したガラス越しに、目に焼きついている背の高いシルエットが見えた。
サラサラのネイビーブルーの髪、長い手足、優雅な身のこなしー・・・
「ブチャラティさん!」
私が嬉しくて声に出すと同時に、ナランチャが、弾かれたように入口の方を振り返る。
「ーやべっ!」
数秒後、私は、ナランチャの態度と言葉の理由を理解した。
・・・ブチャラティさんは、ひとりじゃなかった。彼の隣には、彼より頭ひとつ小さな女の人がいた。
ブチャラティさんが扉を開けて、女の人を店の中に促す。彼女は、彼にふわりと微笑みかけながら中に入る。
ブチャラティさんは、もともと、おばあちゃんたちの間でひそかにファンクラブが出来るくらい紳士だけれど。
けど、<そういう>優しさじゃないって、わかってしまった。
女の人に向けるブチャラティさんの慈しむような眼ざしや、愛しげに彼女の肩に触れる仕草を見たら。
この人・・・ブチャラティさんの、<特別>なんだ・・・
「あっ、おい、アンナ!」
気がつくと、私は店を飛び出していた。
エプロン姿のまま横を走り抜ける私を、ブチャラティさんと女の人が、びっくりした顔で見ているのが目の端に映る。
モンテサント広場の人混みをぬって、さらにくねくねした路地を走る。すり減って滑りやすい石の坂道を途中まで登ったところで、足が悲鳴を上げた。
背後の呼び声でようやく、ナランチャに追いかけられていたことを知る。
「あーしんど、、、アンナ、おまえ・・足、速すぎだろ。もう少しでエア・・・出すところだっだぜ・・・」
お互いゼイゼイ息をしていたせいで、彼の言葉は途中がよく聞こえなかった。
少し息が整うと、私は、振り返らないまま尋ねた。
「・・・ブチャラティさん、あの女の人と・・・付き合ってるの?」
「たぶん・・・」
「いつから?」
「ん〜、つい最近だろうなァ・・・あいつ、ネアポリスに来たばっかりみたいだし。」
「・・・」
ひどいよブチャラティさん。
いつのまにか、あんなに綺麗な人に恋しちゃうなんて。顔が小さくてスタイルも良くて、お人形みたいだった。かなうわけない。
ぼろぼろぼろ、と、涙が勝手にあふれ出てくる。
「な、泣くなって・・・」
「泣くわよ!だってー、だって、好きだったんだからっ。ナランチャのバカ!」
「オレのせいかよ・・・」
バカバカバカバカ!と、八つ当たりしながら泣く私の頭上で、はあああ、と、大きな溜め息が聞こえた。
直後、
「!!?」
グイッと肩を引き寄せられ、抱きしめられる。びっくりしすぎて、涙が引っ込んだ。
「・・・女が泣いてるのに、ただ見てるだけなんて男じゃあねーよな。」
ナランチャは、私の顔を肩の上に乗せ、背中をそっとさすってくれた。
子どもじゃあないんだから!って、文句を言いたかったけど、背中の手の優しさに、一度は止まったはずの涙が、じわりとにじむ。
人肌の温もりと、柑橘系の香り。
なんだか、安心する。
そうして、私は子どもみたいにわんわん泣いてしまったのだった。
*******
しばらくして、私はエプロンで顔をごしごしと拭いた。風に撫でられて濡れた頰がひやりとする。
「もう終わりっ!」
私の勢いに目をぱちくりとさせるナランチャ。そんな彼にちょっと笑って、私は、石造りの塀から街を見下ろした。
少しずつ太陽は水平線に歩み寄り、テラコッタの屋根を薄墨色のヴェールが優しく包み始める。
「泣いたらすっきりした!しょうがないよね。あんなパーフェクトに素敵な人、私なんかとは釣り合わないって、わかってたし。」
ーうん。本当は、わかってた。
見ているだけで幸せだったはずなのに、いつのまにか、欲が出てしまっていた。
「ありがとう、ナランチャ。おかげでふっきれそう。」
と、いくらかのやせ我慢には目をつぶって、笑って言う。
「・・・そっか。」
ナランチャは、ニッと笑った。
「泣いたり笑ったり怒ったりー、忙しい奴だよなァ、おまえ。」
「悪かったわね。子どもっぽくて。」
「ま、いーんじゃあねえの?元気なのが取り柄なんだからさ。あ、そうそう、顔も可愛いんだよな?」
「あ、今、絶対バカにしたでしょ!?ナランチャが知らないだけで、私、案外モテるんだからね!?」
「・・・知ってる。」
真面目な声がそう告げて、私は、びっくりして言葉に詰まる。
するとナランチャは、片手で顔を覆いながら、私に背中を向けた。
「おまえが可愛いってことぐらい・・・わかってるに決まってるだろ。最初っから。」
私は、息をのんで彼の後ろ姿を見つめる。
黒い髪からのぞく耳たぶが、真っ赤に染まって見えるのは気のせい?
ふわりと吹いた風の中に覚えのあるオレンジの香りを感じて、混乱した頭がくらりとした。
「・・・え?」
どきん、と、止まりそうなほどに心臓が強く胸を叩く。
ーーー憧れと恋の違いって、何だろう?
答えは、いつも向こうからやって来る。
もしかするともう、すぐそばまでーーー・・・・・
ドアを押して店に入ると、まず、まるで点検するみたいに店内に視線を走らせる。もちろん昼すぎのピッツェリアには、ドルチェをつつきながら話に花を咲かせるおばあさんたちや、昨夜のセリエAの試合の話で盛り上がるおじさんたちしかいない。平和そのもの。彼はそんないつもの光景を確認すると、みんなに挨拶を返しながら、ゆっくりとカウンターへ近づく。
「やあ、アンナ。」
そして、少しだけ表情を和らげて、私に挨拶してくれるのだ。
「いらっしゃい!ブチャラティさん!」
ーブチャラティさんに初めて会ったのは、半年前、チンピラにからまれたのを助けてもらった時。
一人があっさり殴り倒された後、その仲間が、焦ったように叫んだ。
『ま、まさか、パッショーネのブチャラティ!?』
『ー失せろ。』
チンピラたちがクモの子を散らすように逃げて行くと、彼は、呆然と地面にへたり込む私をゆっくりと振り向いた。
街灯にほのかに照らされた冷たい表情も、背筋の伸びたしなやかな立ち姿も、ぞくりとするほど美しかったのを覚えている。
『・・・こんな時間のひとり歩きは感心しないな、signorina。』
カッコいいなんて言葉じゃあ足りない。
その瞬間から、もう、私の頭の中は彼のことでいっぱいになってしまった。
少しして、実は彼は、父さんのこの店も含めた辺り一帯を取り仕切るギャングだと知った。
『アンナ、ブチャラティは筋の通った良い青年だよ。でもやめなさい。おまえとは住む世界が違うんだ。』
私は、もう子供じゃあないから、父さんの言いたいことはわかる。
でも、見てるだけなら、いいでしょう?
「ねえねえ!ブチャラティさんは、どっちが好きだと思う?」
ファッション雑誌のページを見せると、ナランチャは、頬杖をついたまま指さした。
「ん〜〜・・・こっち?」
「ええっ!?セクシー系!?ヤダ、困る!」
「あーでも違うかもなァ。この間バールで、すっげえナイスバディのねーちゃんに言い寄られたんだけど、あっさりフッちまってたから。」
その後、そのねーちゃんにミスタがフラれてたけど。そう呟きながら、ナランチャはポルチーニ茸のマルゲリータを綺麗な白い歯でかじる。
ナランチャは、ブチャラティさんの部下。つまり、彼もギャングってことになるんだけど、話してみると、案外、学校のクラスメイトとあんまり変わらない。
同い年の気安さも手伝って、彼がひとりの時はチャンスとばかりに私は、ブチャラティさんの話をせがむようになった。
やっぱり、好きな人のことは、いっぱい知りたいじゃあない?
何だかんだ言いつつ私の話に付き合ってくれるナランチャは、やっぱり、いい子だと思う。ピザ、オマケしてるけどね。
「ブチャラティはさあ、女の服とか気にしないんじゃあねえ?そりゃあ男だから美人がいいと思うけど、大事なのは中身だよなァ、中身。特にブチャラティみたいなタイプは。」
パタン、と、雑誌の上に突っ伏してしまう私。
「わかってるわよお・・・でも、気になるじゃない。ブチャラティさん、モテるんだもん、、、私、綺麗でも色っぽくもないし。顔はちょっと可愛いけど。」
「自分で言うなよな・・・」
ナランチャの呆れたような呟き。
その直後、お客さんが大声で私の名前を呼んだ。
「おーいアンナ!こっち、注文頼むよ!」
「あ、はーい!」
慌てて立ち上がると、食べ終わったナランチャも席を立った。
「じゃあな、アンナ。ごちそーさん。やっぱり親父さんのマルゲリータは最高だな。」
「あれ、もう行っちゃうの?仕事?」
「集合かかってるんだ。フーゴの奴と約束もあるし。」
Ciao!と、彼は笑顔で店を出て行った。
ナランチャの笑顔は、太陽みたい。
明るい気持ちにしてくれる。
けれど、10日くらい経ったある日。
店に来た彼は、めずらしく浮かない表情をしていた。
「どうかしたの?」
「いや、その・・・おまえに伝えなきゃあいけないことがあって・・・何て言っていいかわかんねーんだけどよォ、、、」
「???」
私は首を傾げながら、困ったように天井を見上げる彼を、まじまじと見つめる。
・・・よく見ると、ナランチャってそのへんの女の子より綺麗な顔をしてる。睫毛長い。お肌もスベスベだ。
「実はさ・・・」
ナランチャが何か言いかけたその時、ふと、通りに面したガラス越しに、目に焼きついている背の高いシルエットが見えた。
サラサラのネイビーブルーの髪、長い手足、優雅な身のこなしー・・・
「ブチャラティさん!」
私が嬉しくて声に出すと同時に、ナランチャが、弾かれたように入口の方を振り返る。
「ーやべっ!」
数秒後、私は、ナランチャの態度と言葉の理由を理解した。
・・・ブチャラティさんは、ひとりじゃなかった。彼の隣には、彼より頭ひとつ小さな女の人がいた。
ブチャラティさんが扉を開けて、女の人を店の中に促す。彼女は、彼にふわりと微笑みかけながら中に入る。
ブチャラティさんは、もともと、おばあちゃんたちの間でひそかにファンクラブが出来るくらい紳士だけれど。
けど、<そういう>優しさじゃないって、わかってしまった。
女の人に向けるブチャラティさんの慈しむような眼ざしや、愛しげに彼女の肩に触れる仕草を見たら。
この人・・・ブチャラティさんの、<特別>なんだ・・・
「あっ、おい、アンナ!」
気がつくと、私は店を飛び出していた。
エプロン姿のまま横を走り抜ける私を、ブチャラティさんと女の人が、びっくりした顔で見ているのが目の端に映る。
モンテサント広場の人混みをぬって、さらにくねくねした路地を走る。すり減って滑りやすい石の坂道を途中まで登ったところで、足が悲鳴を上げた。
背後の呼び声でようやく、ナランチャに追いかけられていたことを知る。
「あーしんど、、、アンナ、おまえ・・足、速すぎだろ。もう少しでエア・・・出すところだっだぜ・・・」
お互いゼイゼイ息をしていたせいで、彼の言葉は途中がよく聞こえなかった。
少し息が整うと、私は、振り返らないまま尋ねた。
「・・・ブチャラティさん、あの女の人と・・・付き合ってるの?」
「たぶん・・・」
「いつから?」
「ん〜、つい最近だろうなァ・・・あいつ、ネアポリスに来たばっかりみたいだし。」
「・・・」
ひどいよブチャラティさん。
いつのまにか、あんなに綺麗な人に恋しちゃうなんて。顔が小さくてスタイルも良くて、お人形みたいだった。かなうわけない。
ぼろぼろぼろ、と、涙が勝手にあふれ出てくる。
「な、泣くなって・・・」
「泣くわよ!だってー、だって、好きだったんだからっ。ナランチャのバカ!」
「オレのせいかよ・・・」
バカバカバカバカ!と、八つ当たりしながら泣く私の頭上で、はあああ、と、大きな溜め息が聞こえた。
直後、
「!!?」
グイッと肩を引き寄せられ、抱きしめられる。びっくりしすぎて、涙が引っ込んだ。
「・・・女が泣いてるのに、ただ見てるだけなんて男じゃあねーよな。」
ナランチャは、私の顔を肩の上に乗せ、背中をそっとさすってくれた。
子どもじゃあないんだから!って、文句を言いたかったけど、背中の手の優しさに、一度は止まったはずの涙が、じわりとにじむ。
人肌の温もりと、柑橘系の香り。
なんだか、安心する。
そうして、私は子どもみたいにわんわん泣いてしまったのだった。
*******
しばらくして、私はエプロンで顔をごしごしと拭いた。風に撫でられて濡れた頰がひやりとする。
「もう終わりっ!」
私の勢いに目をぱちくりとさせるナランチャ。そんな彼にちょっと笑って、私は、石造りの塀から街を見下ろした。
少しずつ太陽は水平線に歩み寄り、テラコッタの屋根を薄墨色のヴェールが優しく包み始める。
「泣いたらすっきりした!しょうがないよね。あんなパーフェクトに素敵な人、私なんかとは釣り合わないって、わかってたし。」
ーうん。本当は、わかってた。
見ているだけで幸せだったはずなのに、いつのまにか、欲が出てしまっていた。
「ありがとう、ナランチャ。おかげでふっきれそう。」
と、いくらかのやせ我慢には目をつぶって、笑って言う。
「・・・そっか。」
ナランチャは、ニッと笑った。
「泣いたり笑ったり怒ったりー、忙しい奴だよなァ、おまえ。」
「悪かったわね。子どもっぽくて。」
「ま、いーんじゃあねえの?元気なのが取り柄なんだからさ。あ、そうそう、顔も可愛いんだよな?」
「あ、今、絶対バカにしたでしょ!?ナランチャが知らないだけで、私、案外モテるんだからね!?」
「・・・知ってる。」
真面目な声がそう告げて、私は、びっくりして言葉に詰まる。
するとナランチャは、片手で顔を覆いながら、私に背中を向けた。
「おまえが可愛いってことぐらい・・・わかってるに決まってるだろ。最初っから。」
私は、息をのんで彼の後ろ姿を見つめる。
黒い髪からのぞく耳たぶが、真っ赤に染まって見えるのは気のせい?
ふわりと吹いた風の中に覚えのあるオレンジの香りを感じて、混乱した頭がくらりとした。
「・・・え?」
どきん、と、止まりそうなほどに心臓が強く胸を叩く。
ーーー憧れと恋の違いって、何だろう?
答えは、いつも向こうからやって来る。
もしかするともう、すぐそばまでーーー・・・・・
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