ひとりふたり色どり
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『行ってきます。帰りは17時くらいだと思うから、ゆっくりしててね』
午前11時。
玄関先で頬と唇を合わせ、にこやかに彼女は言った。
今日彼女は、フーゴと共にジョジョ御用達のパティシエ宅を訪問する事になっているのだ。
聞くところによると"ご婦人と楽しいお茶会を"しに行くだけなのだとか。(ご婦人は、政治家や軍の人間にも通ずるところがあるという。)
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
一方俺はというと…珍しいことに、丸一日何もない休日である。
これは恋人関係になってから初めての状況だ。
ー『ブローノは本当に働きすぎなんだから。もうちょっとちゃんと休んでちょうだい。余程の事じゃない限り、仕事を家に持ち帰っちゃ駄目だからね』
何度聞いたかわからない、恋人の小言。
たしかにそうかも知れないな、と思えるようになったのは、年齢を重ねたからなのか、彼女という存在が出来たからなのか。
ピンと伸びた愛しい背中を見送った俺は、ドアを閉めると一つ大きく伸びをした。
「…んん…」
ゆっくり、か。さて何をして過ごそう。
久方振りに一人きりで、自由気ままに時間を使えるのだ。
人目も気にせず、誰にも気を遣わず。
これはきっと贅沢極まりない事だろう。
ソファーにどすんと腰を下ろし、テレビをつける。
どこの国のものか分からない子供向けのアニメ、ギスギスしたコメンテーターの政治論、これまたどこの国のものか分からない恋愛系ドラマ。
暫くザッピングをして眺めたが、見たいものは特に無かった。
ぷつん。
画面が暗転すると、しんと静まり返った部屋の無音が耳に痛い。
窓の外は快晴。
そうだ、久々に海でも見に行こうか。
足を伸ばして、砂浜のあるところに行くのも良いかも知れない。
「……」
でも一人だしな…。
「………」
小さなため息と共に時計を見ると、11時45分を指している。
おかしいな。まだそれだけしか経っていないのか。
普段なら昼飯を考えるが、朝が遅かったので腹は減っていない。
後で考えるか…。
ウィンドウボックスの鉢植えに小鳥がとまり、綺麗な声で歌い始めた。
彼女がいたらさぞ喜んだだろう。
見せてやりたいが、あいにく俺の携帯は写真の質が悪い。
通話とメールさえ出来れば良いだろうと古いものをずっと使っていたが、そうか、こういうこともあるのか。
見つめる視線に気付いたのか、小鳥はすぐに飛んでいってしまった。
「うぅん…」
足を上げて寝転がると、本棚の上に置かれたプレゼピオに目が止まる。
初めて2人で過ごしたナターレに買ったもので、思い出の品だからと、ずっと仕舞わずに飾っているのだ。
そういえば最近ホコリは落としただろうか。
椅子に乗って棚の上を覗くと、綿埃が薄らと見える。
掃除機は…脱衣所の端っこだったな…よいしょ。
ごおーっ。
「…っん゛、げほ」
少し埃が舞ってしまった。
そうか、だから彼女、上を掃除する時は口元にハンカチを当てているのか。
なるほど…次は気をつけよう。
ついでに床を掃除しておくか。
ごおーーーー。ごーーー。かちんっ。
おっ、なんか変なもの吸ったぞ?
蓋を開けて中身を見ると、ゴミパックの入口に何か小さな石が見える。
これは…
「なぁこれ!失くしたって言ってたピアス…って…」
居ないだろうが。何してるんだ、俺は。
どうも一人は調子が狂う。
朝には「何をして過ごそう」などと多少なりともワクワクしていたし、もっと楽しめるものと思っていた。
なのにいざとなったら、彼女のことばかり考えているし、一人きりで過ごすのはあまりに暇すぎる。
…暇?
待てよ、これまで一人で暮らしていた時は何をして過ごしていた?
本を読んだり、持ち帰りの仕事をしたり…?
俺はまたしても愕然とした。
一人暮らしの時のことを、よく思い出せないのだ。
どうやって時間をつぶしていた?
どうやって食べるものを決めていた?
今や彼女がいるのがあたりまえで、彼女に相談して食事を決め、話しかければいつも返答があり、鈴のような笑みが聴こえ、それだけで満たされてしまう。
「…」
ああ、こんなにも…彼女の存在は自分の人生に根付いていたのか。
いやしかし、これではあまりに…
「頼り過ぎだよな…」
一人の頃は多少料理もしていたのに、彼女と暮らし始めてからというもの、一度もキッチンに立っていない。
掃除機だって、自分で出してきたのはいつ振りだ?
ー『疲れてるんだから休んでて』
ー『ゆっくりしててね』
いつも貰ってばかりで良いのか?
俺は…俺も何か、彼女のためにしてやりたい…。
「……よし」
確か今夜はパスタの予定だ。
昨日市場で買ってきたムール貝とアサリ、エビをつかったペスカトーレ。
あれは父さんもよく作ってくれたメニューで、俺自身何度か調理経験がある。
帰ってきてから作ると言っていたな…冷蔵庫にトマトもあるし、ニンニクは…ええと…どこだ?
材料や調味料を探すのに少々手間取ったが、なんとか準備は整った。
ああそうだ、ワインが無い。
ついでに美味いチーズでも買ってこよう。
17時までまだ時間はあるし、たまにはテーブルに花を飾るってのも良いな。
玄関のドアを開ける時には、もう全然"暇"ではなかった。
彼女に喜んでもらえるようにと頭の中は忙しく動き、階段を鳴らす革靴の音も、軽やかにリズムを刻んでいた。
『…な、なん…え?どうしたの…!?』
17時10分。
帰宅した彼女はただでさえ大きな目をさらに大きく見開き、口までぽかんと開けて、リビングの入り口で固まった。
「おかえり。ちょうどパスタが茹で上がるところだ。ピッタリだったな」
手を洗っておいで、と声をかけると、困惑気味に頷いて洗面所へ向かう。(途中で二度こちらを振り返った。)
『ブローノ…』
彼女が戻ってきた時、俺は皿にパスタを盛り付け、ワインを開けたところだった。
『ゆっくりしててって、言ったのに』
「ああ、ゆっくりしたよ」
『でも…』
眉尻をしゅんと下げて口を結び、不服そうに彼女は言う。
俺はさっきは調理中で出来なかったバーチを両頬に、キスを一度唇に落とした。
そのまま頬に手のひらを添えて、尖った唇を親指でなぞる。
「ゆっくりしたんだぜ、本当に…。でも、そうしていると君のことばかり考えちまうんだ。お陰で頭の中は君一色さ」
『へ…?』
ぱちくりと瞬きをした彼女の頬が、桃色に染まる。
ああ、可愛いな。
「…ありがとう。一緒に居てくれて」
もう一度目が見開かれ、それからぎゅっと眉間が寄り、おそらく泣きそうなのだとわかった。
背中に細い腕がまわって、ぐりぐりと顔を擦り付ける胸元から絞り出したような声が言った。
『わたしも…ありがとう…』
抱きしめたらすっぽり腕の中に収まってしまう、彼女の存在。
でもそれは知らないうちに、言葉ではうまく表せないほど、ふかくつよく俺の中に染み込んでいた。
「愛してる」
『ん…だいすき…』
強く抱きしめて一度深い呼吸をし、やっと体を離すとどちらも少しだけ照れていた。
「あっ、そうだ、この間失くしたって言ってたピアスを見つけたよ」
『っ、ほんと!?』
「ほら、これだろ?」
『そうこれ!どこにあったの?』
「掃除してたら吸っちまって」
『そう…掃除までしてくれたの…!?』
「そんなに驚くことないだろ。ほら、もう食べようぜ。パスタが冷めちまう」
鉢植えに来た小鳥の話は、食べながらしよう。
それから次の休みをいつにするか相談しなきゃな。
砂浜のある海に行くんだ。
君と二人で。
午前11時。
玄関先で頬と唇を合わせ、にこやかに彼女は言った。
今日彼女は、フーゴと共にジョジョ御用達のパティシエ宅を訪問する事になっているのだ。
聞くところによると"ご婦人と楽しいお茶会を"しに行くだけなのだとか。(ご婦人は、政治家や軍の人間にも通ずるところがあるという。)
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
一方俺はというと…珍しいことに、丸一日何もない休日である。
これは恋人関係になってから初めての状況だ。
ー『ブローノは本当に働きすぎなんだから。もうちょっとちゃんと休んでちょうだい。余程の事じゃない限り、仕事を家に持ち帰っちゃ駄目だからね』
何度聞いたかわからない、恋人の小言。
たしかにそうかも知れないな、と思えるようになったのは、年齢を重ねたからなのか、彼女という存在が出来たからなのか。
ピンと伸びた愛しい背中を見送った俺は、ドアを閉めると一つ大きく伸びをした。
「…んん…」
ゆっくり、か。さて何をして過ごそう。
久方振りに一人きりで、自由気ままに時間を使えるのだ。
人目も気にせず、誰にも気を遣わず。
これはきっと贅沢極まりない事だろう。
ソファーにどすんと腰を下ろし、テレビをつける。
どこの国のものか分からない子供向けのアニメ、ギスギスしたコメンテーターの政治論、これまたどこの国のものか分からない恋愛系ドラマ。
暫くザッピングをして眺めたが、見たいものは特に無かった。
ぷつん。
画面が暗転すると、しんと静まり返った部屋の無音が耳に痛い。
窓の外は快晴。
そうだ、久々に海でも見に行こうか。
足を伸ばして、砂浜のあるところに行くのも良いかも知れない。
「……」
でも一人だしな…。
「………」
小さなため息と共に時計を見ると、11時45分を指している。
おかしいな。まだそれだけしか経っていないのか。
普段なら昼飯を考えるが、朝が遅かったので腹は減っていない。
後で考えるか…。
ウィンドウボックスの鉢植えに小鳥がとまり、綺麗な声で歌い始めた。
彼女がいたらさぞ喜んだだろう。
見せてやりたいが、あいにく俺の携帯は写真の質が悪い。
通話とメールさえ出来れば良いだろうと古いものをずっと使っていたが、そうか、こういうこともあるのか。
見つめる視線に気付いたのか、小鳥はすぐに飛んでいってしまった。
「うぅん…」
足を上げて寝転がると、本棚の上に置かれたプレゼピオに目が止まる。
初めて2人で過ごしたナターレに買ったもので、思い出の品だからと、ずっと仕舞わずに飾っているのだ。
そういえば最近ホコリは落としただろうか。
椅子に乗って棚の上を覗くと、綿埃が薄らと見える。
掃除機は…脱衣所の端っこだったな…よいしょ。
ごおーっ。
「…っん゛、げほ」
少し埃が舞ってしまった。
そうか、だから彼女、上を掃除する時は口元にハンカチを当てているのか。
なるほど…次は気をつけよう。
ついでに床を掃除しておくか。
ごおーーーー。ごーーー。かちんっ。
おっ、なんか変なもの吸ったぞ?
蓋を開けて中身を見ると、ゴミパックの入口に何か小さな石が見える。
これは…
「なぁこれ!失くしたって言ってたピアス…って…」
居ないだろうが。何してるんだ、俺は。
どうも一人は調子が狂う。
朝には「何をして過ごそう」などと多少なりともワクワクしていたし、もっと楽しめるものと思っていた。
なのにいざとなったら、彼女のことばかり考えているし、一人きりで過ごすのはあまりに暇すぎる。
…暇?
待てよ、これまで一人で暮らしていた時は何をして過ごしていた?
本を読んだり、持ち帰りの仕事をしたり…?
俺はまたしても愕然とした。
一人暮らしの時のことを、よく思い出せないのだ。
どうやって時間をつぶしていた?
どうやって食べるものを決めていた?
今や彼女がいるのがあたりまえで、彼女に相談して食事を決め、話しかければいつも返答があり、鈴のような笑みが聴こえ、それだけで満たされてしまう。
「…」
ああ、こんなにも…彼女の存在は自分の人生に根付いていたのか。
いやしかし、これではあまりに…
「頼り過ぎだよな…」
一人の頃は多少料理もしていたのに、彼女と暮らし始めてからというもの、一度もキッチンに立っていない。
掃除機だって、自分で出してきたのはいつ振りだ?
ー『疲れてるんだから休んでて』
ー『ゆっくりしててね』
いつも貰ってばかりで良いのか?
俺は…俺も何か、彼女のためにしてやりたい…。
「……よし」
確か今夜はパスタの予定だ。
昨日市場で買ってきたムール貝とアサリ、エビをつかったペスカトーレ。
あれは父さんもよく作ってくれたメニューで、俺自身何度か調理経験がある。
帰ってきてから作ると言っていたな…冷蔵庫にトマトもあるし、ニンニクは…ええと…どこだ?
材料や調味料を探すのに少々手間取ったが、なんとか準備は整った。
ああそうだ、ワインが無い。
ついでに美味いチーズでも買ってこよう。
17時までまだ時間はあるし、たまにはテーブルに花を飾るってのも良いな。
玄関のドアを開ける時には、もう全然"暇"ではなかった。
彼女に喜んでもらえるようにと頭の中は忙しく動き、階段を鳴らす革靴の音も、軽やかにリズムを刻んでいた。
『…な、なん…え?どうしたの…!?』
17時10分。
帰宅した彼女はただでさえ大きな目をさらに大きく見開き、口までぽかんと開けて、リビングの入り口で固まった。
「おかえり。ちょうどパスタが茹で上がるところだ。ピッタリだったな」
手を洗っておいで、と声をかけると、困惑気味に頷いて洗面所へ向かう。(途中で二度こちらを振り返った。)
『ブローノ…』
彼女が戻ってきた時、俺は皿にパスタを盛り付け、ワインを開けたところだった。
『ゆっくりしててって、言ったのに』
「ああ、ゆっくりしたよ」
『でも…』
眉尻をしゅんと下げて口を結び、不服そうに彼女は言う。
俺はさっきは調理中で出来なかったバーチを両頬に、キスを一度唇に落とした。
そのまま頬に手のひらを添えて、尖った唇を親指でなぞる。
「ゆっくりしたんだぜ、本当に…。でも、そうしていると君のことばかり考えちまうんだ。お陰で頭の中は君一色さ」
『へ…?』
ぱちくりと瞬きをした彼女の頬が、桃色に染まる。
ああ、可愛いな。
「…ありがとう。一緒に居てくれて」
もう一度目が見開かれ、それからぎゅっと眉間が寄り、おそらく泣きそうなのだとわかった。
背中に細い腕がまわって、ぐりぐりと顔を擦り付ける胸元から絞り出したような声が言った。
『わたしも…ありがとう…』
抱きしめたらすっぽり腕の中に収まってしまう、彼女の存在。
でもそれは知らないうちに、言葉ではうまく表せないほど、ふかくつよく俺の中に染み込んでいた。
「愛してる」
『ん…だいすき…』
強く抱きしめて一度深い呼吸をし、やっと体を離すとどちらも少しだけ照れていた。
「あっ、そうだ、この間失くしたって言ってたピアスを見つけたよ」
『っ、ほんと!?』
「ほら、これだろ?」
『そうこれ!どこにあったの?』
「掃除してたら吸っちまって」
『そう…掃除までしてくれたの…!?』
「そんなに驚くことないだろ。ほら、もう食べようぜ。パスタが冷めちまう」
鉢植えに来た小鳥の話は、食べながらしよう。
それから次の休みをいつにするか相談しなきゃな。
砂浜のある海に行くんだ。
君と二人で。
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