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54
なるほど、これが・・・
ブチャラティは息をのんで周囲を見回した。
これが、フーゴやジョルノの言っていた鏡の中の世界か。たった今までいたカフェと何ら変わりない。人の気配がまるで感じられないことと、すべてが左右対称になっていること以外は。
『やめろブチャラティ。鏡の中に引きずり込まれちまったら最後、外にいる俺たちは手出しができねえんだぜ・・・!』
『アバッキオ。大丈夫だから。信じて。』
『・・・自分の話はうさんくせえって言う奴が、自分を狙っている敵ならアッサリ信じられるってのか?ルナ。逆だろうが。』
『えっ。逆、かな・・・あは。』
ーーお人好しというか、なんというか。
ブチャラティは軽く息を吐いて足を進めた。
しかしあのプロシュートという男、本当に仲間を連れて現れたか・・・
店の中から運河沿いの陽当たりの良いテラス席に出ると、まぶしさで一瞬目がくらむ。
そして、現実の世界でちょうどルナが立っていた、水路に面した手すりの前の人影に気づいた。
こちらに背を向けてはいるが、気配に気づいているはずだ。が、黒いコートに包まれた体格のいい背中は微動だにしない。
ブチャラティは、この男がヒットマンチームのリーダーだと直感した。
「ーこの世界に入って、何年になる。」
ふいに、男の低い声が届く。男から少し距離をあけて、ブチャラティは足を止める。そして言った。
「7、8年ってところか。」
「俺もそんなものだ。」
バサリ、と、音を立ててコートが翻った。
男の、怜悧で容赦のない視線が正面からブチャラティを捉える。ブチャラティは黙ってその視線を受け止めた。男から殺意や闘争心は感じられない。しかし圧倒的な存在感があった。
経験上、本当に恐ろしいのは辺りかまわず殺気を撒き散らす奴ではないことを知っている。むしろヤバいのはそういった不自然さを感じさせない奴だ。敵を過小評価せず、自分を過信することもない。ただ冷静に自分と相手の能力を測り、淡々と実行する。
この、暗殺を専門とするチームを率いる男のように。
「・・・リゾット・ネエロか。」
ブチャラティの言葉に、特に驚いた様子もなく男は頷く。
ある程度の期間、組織に所属している者なら噂ぐらい耳にしたことがある。一度も任務を失敗したことはなく、組織の誰もが見つけられない暗殺者。
「興味が湧いた。」
と、感情の読めない声が言った。
「まだ非力なガキの頃にこの世界に入って、生き延び、今の地位までのし上がって来た男が、街から麻薬を排除するなどと非現実的なことを言っていると知った。それが限りなく不可能に近いということなど、汚れ仕事をしてきた人間なら身に染みてわかっているはずだ。」
「・・・」
「本当の狙いは何だ、ブチャラティ。」
「かつて俺は麻薬が原因で家族を失った。」
「・・・」
「期待に応えられなくて悪いが、わざわざ勘ぐるほどの理由があるわけじゃあない。故郷の街から麻薬をなくしたい、それだけだ。」
「俺たちがその夢物語にのると思うか?組織の麻薬ルートは莫大な利益を生んでいる。それをみすみすフイにするなどありえん話だ。」
「金じゃあない。信念の問題だ。俺は自分に嘘はつけない。こんな世界だが、俺は、自分が信じられる道を歩いていたい。」
「・・・」
リゾットは強く眉をひそめてブチャラティを見すえる。わずかな嘘偽りも許さない目だった。
暗殺の仕事をする者は必要な時に利用されるだけで、信頼されることはない。ボスや幹部に命じられる暗殺対象は、なにも組織の外の人間だけではないのだから。実力はあっても組織内で冷遇されてきたのなら、不満をつのらせることも多かったはずだ。だからこそーーーー、
ブチャラティの身体の横に垂らした右腕が、ほとんど無意識に拳を握りしめた。
だからこそ、無条件に信頼を寄せ、必要だと言い切るルナの言葉に、プロシュートの心は動かされたのではないだろうか・・・
やがてリゾットは、手すりに背を預けながらゆっくりと腕を組むと、
「おまえがそんな青臭い理想主義者だったことに驚いたぞ。よくこの世界を生き延びてこられたものだ・・・幹部までのし上がる男なら、もう少し利口な奴かと思っていたがな。」
それは皮肉めいた口調ながら、刺のような緊張感がいくらか薄れたような気がした。
「俺ひとりの力じゃあない。仲間に恵まれたからだ。」
「そのようだな。ホルマジオもイルーゾォもやられた・・・俺は、さっきおまえたちのチームをボスの親衛隊が襲撃するのを見ていた。ジョルノ・ジョバァーナ・・・あの新入りの小僧は只者じゃあない。ポンペイでイルーゾォがやられたのも納得がいった。まあ、自分の能力に慢心するのがあいつの悪い癖だがな・・・」
呟くように言って、再び視線がブチャラティを捉える。
「このタイミングでボスを裏切ったのは、女の為か?あの女は何者だ。ボスとソアラ・フォルトゥナの間にできた娘か?」
「ルナの父親は日本人だ。ボスと血のつながりはない。しかしボスは、ルナの存在は自分の正体を暴きかねないと恐れ、始末しようとしている。」
「たかが女ひとりの為に幹部の座を捨てたのか。泣かせるな。」
「言ったろ、俺は自分に嘘がつけない性分なんだ。ー逆にきくが、リゾット、ボスを裏切るのは利口な奴がすることなのか?」
ふ、と、ブチャラティは口角をわずかに持ち上げて続けた。
「飼い殺しにされるぐらいなら死を覚悟して組織に叛逆する・・・<青臭い>のは、おまえも同類じゃあないのか。」
「・・・」
一瞬、虚をつかれた表情をした後、リゾットの片方の目がやや不服そうに細められる。
ちょうどその時、鐘の音が響いた。
500年もの歴史を刻み続けるサン・マルコ広場の時計塔。ムーア人のつく鐘の音色が余韻を残しながら二人の間に鳴り響き、空へ溶け込むように消えていった。
「おもしろい。」
そう言ってリゾットは身体を起こすと、正面からブチャラティを見すえた。
「おまえがーいや、おまえたちがいったいどこまでやれるのか、楽しみになった・・・見届けさせてもらおう、ブチャラティ。愚かな裏切り者で終わるか、あるいは革命を起こす者となるか・・・俺たちを失望させるなよ。」
「協力するということか?」
「目的がボスを倒すことならその方が合理的だ。麻薬の件は・・・今すぐ判断を下す必要はない。仲間の意見もあるからな。」
感情の読めない男だが、感情がないわけではない。
そう思いながら、ブチャラティは頷いた。
54.5
「おいリゾット!何なんだよ!?あの距離感ゼロの女はよォッ!ムカつくぜ、このオレをなめやがって!」
ブチャラティたちを乗せたボートが遠ざかると、ギアッチョがキレ始めた。
「そうは言うけど、ギアッチョ、すっかり彼女のペースにのせられてたぜ。」
「ああッ!?おいメローネ!いったいオレのどこがー」
「写真より実物の方がディモールト可愛かったな。楽しい子だし、プロシュートが惚れるのもしょうがない。あ〜、ぜひベイビィの母体になって欲しいんだけどなァ。」
「惚れたなんて俺が言ったか?」
「へ〜わりとマジなんだ。やっぱり。」
まったく話を聞いていない(聞く気がない)メローネを無視して、プロシュートはリゾットに目をやる。
ブチャラティが鏡の中から無傷で戻って来たのを見た瞬間に、プロシュートたちは、リゾットは決断したのだと悟った。自分たちが、ブチャラティたちと運命共同体となったことを。
「・・・あれは地獄を見てきた目だ。」
リゾットの視線は運河の先に向けられていた。
「ブチャラティは、自分が甘っちょろい理想を言っているのは承知の上で、それでもこの先に希望があると信じている・・・すでに俺たちは組織から狙われる身だ。なら、賭けてみるのも悪くない。プロシュート、おまえが自分の命運をルナに賭けたようにな。鏡は渡したのか?」
「ああ。」
「ボスは強い。他の親衛隊もじき追って来るだろう。ここからが正念場だ・・・あいつらも、これまでのように無事では済まない。」
『・・・せっかくイケメンなのに。』
マン・イン・ザ・ミラーの能力で、ブチャラティが鏡に入った後。
ルナはプロシュートに歩み寄ると、ゆっくりと彼の頬に触れた。
『!?・・・』
ルナが触れた部分に思わず手をやる。ギアッチョに殴られた時にできた腫れや傷が、消えてしまっているのを感じた。
目を見張るプロシュートに向かって、ヴィオラの瞳が、見透かすように、困ったようにそっと微笑んだ。
『グラッツェ、プロシュート・・・』
ボートは海に出たのだろう、すでに見えなくなっている。プロシュートはよく晴れた空に目をやる。このまま崩れなければいいが、と思った。
なるほど、これが・・・
ブチャラティは息をのんで周囲を見回した。
これが、フーゴやジョルノの言っていた鏡の中の世界か。たった今までいたカフェと何ら変わりない。人の気配がまるで感じられないことと、すべてが左右対称になっていること以外は。
『やめろブチャラティ。鏡の中に引きずり込まれちまったら最後、外にいる俺たちは手出しができねえんだぜ・・・!』
『アバッキオ。大丈夫だから。信じて。』
『・・・自分の話はうさんくせえって言う奴が、自分を狙っている敵ならアッサリ信じられるってのか?ルナ。逆だろうが。』
『えっ。逆、かな・・・あは。』
ーーお人好しというか、なんというか。
ブチャラティは軽く息を吐いて足を進めた。
しかしあのプロシュートという男、本当に仲間を連れて現れたか・・・
店の中から運河沿いの陽当たりの良いテラス席に出ると、まぶしさで一瞬目がくらむ。
そして、現実の世界でちょうどルナが立っていた、水路に面した手すりの前の人影に気づいた。
こちらに背を向けてはいるが、気配に気づいているはずだ。が、黒いコートに包まれた体格のいい背中は微動だにしない。
ブチャラティは、この男がヒットマンチームのリーダーだと直感した。
「ーこの世界に入って、何年になる。」
ふいに、男の低い声が届く。男から少し距離をあけて、ブチャラティは足を止める。そして言った。
「7、8年ってところか。」
「俺もそんなものだ。」
バサリ、と、音を立ててコートが翻った。
男の、怜悧で容赦のない視線が正面からブチャラティを捉える。ブチャラティは黙ってその視線を受け止めた。男から殺意や闘争心は感じられない。しかし圧倒的な存在感があった。
経験上、本当に恐ろしいのは辺りかまわず殺気を撒き散らす奴ではないことを知っている。むしろヤバいのはそういった不自然さを感じさせない奴だ。敵を過小評価せず、自分を過信することもない。ただ冷静に自分と相手の能力を測り、淡々と実行する。
この、暗殺を専門とするチームを率いる男のように。
「・・・リゾット・ネエロか。」
ブチャラティの言葉に、特に驚いた様子もなく男は頷く。
ある程度の期間、組織に所属している者なら噂ぐらい耳にしたことがある。一度も任務を失敗したことはなく、組織の誰もが見つけられない暗殺者。
「興味が湧いた。」
と、感情の読めない声が言った。
「まだ非力なガキの頃にこの世界に入って、生き延び、今の地位までのし上がって来た男が、街から麻薬を排除するなどと非現実的なことを言っていると知った。それが限りなく不可能に近いということなど、汚れ仕事をしてきた人間なら身に染みてわかっているはずだ。」
「・・・」
「本当の狙いは何だ、ブチャラティ。」
「かつて俺は麻薬が原因で家族を失った。」
「・・・」
「期待に応えられなくて悪いが、わざわざ勘ぐるほどの理由があるわけじゃあない。故郷の街から麻薬をなくしたい、それだけだ。」
「俺たちがその夢物語にのると思うか?組織の麻薬ルートは莫大な利益を生んでいる。それをみすみすフイにするなどありえん話だ。」
「金じゃあない。信念の問題だ。俺は自分に嘘はつけない。こんな世界だが、俺は、自分が信じられる道を歩いていたい。」
「・・・」
リゾットは強く眉をひそめてブチャラティを見すえる。わずかな嘘偽りも許さない目だった。
暗殺の仕事をする者は必要な時に利用されるだけで、信頼されることはない。ボスや幹部に命じられる暗殺対象は、なにも組織の外の人間だけではないのだから。実力はあっても組織内で冷遇されてきたのなら、不満をつのらせることも多かったはずだ。だからこそーーーー、
ブチャラティの身体の横に垂らした右腕が、ほとんど無意識に拳を握りしめた。
だからこそ、無条件に信頼を寄せ、必要だと言い切るルナの言葉に、プロシュートの心は動かされたのではないだろうか・・・
やがてリゾットは、手すりに背を預けながらゆっくりと腕を組むと、
「おまえがそんな青臭い理想主義者だったことに驚いたぞ。よくこの世界を生き延びてこられたものだ・・・幹部までのし上がる男なら、もう少し利口な奴かと思っていたがな。」
それは皮肉めいた口調ながら、刺のような緊張感がいくらか薄れたような気がした。
「俺ひとりの力じゃあない。仲間に恵まれたからだ。」
「そのようだな。ホルマジオもイルーゾォもやられた・・・俺は、さっきおまえたちのチームをボスの親衛隊が襲撃するのを見ていた。ジョルノ・ジョバァーナ・・・あの新入りの小僧は只者じゃあない。ポンペイでイルーゾォがやられたのも納得がいった。まあ、自分の能力に慢心するのがあいつの悪い癖だがな・・・」
呟くように言って、再び視線がブチャラティを捉える。
「このタイミングでボスを裏切ったのは、女の為か?あの女は何者だ。ボスとソアラ・フォルトゥナの間にできた娘か?」
「ルナの父親は日本人だ。ボスと血のつながりはない。しかしボスは、ルナの存在は自分の正体を暴きかねないと恐れ、始末しようとしている。」
「たかが女ひとりの為に幹部の座を捨てたのか。泣かせるな。」
「言ったろ、俺は自分に嘘がつけない性分なんだ。ー逆にきくが、リゾット、ボスを裏切るのは利口な奴がすることなのか?」
ふ、と、ブチャラティは口角をわずかに持ち上げて続けた。
「飼い殺しにされるぐらいなら死を覚悟して組織に叛逆する・・・<青臭い>のは、おまえも同類じゃあないのか。」
「・・・」
一瞬、虚をつかれた表情をした後、リゾットの片方の目がやや不服そうに細められる。
ちょうどその時、鐘の音が響いた。
500年もの歴史を刻み続けるサン・マルコ広場の時計塔。ムーア人のつく鐘の音色が余韻を残しながら二人の間に鳴り響き、空へ溶け込むように消えていった。
「おもしろい。」
そう言ってリゾットは身体を起こすと、正面からブチャラティを見すえた。
「おまえがーいや、おまえたちがいったいどこまでやれるのか、楽しみになった・・・見届けさせてもらおう、ブチャラティ。愚かな裏切り者で終わるか、あるいは革命を起こす者となるか・・・俺たちを失望させるなよ。」
「協力するということか?」
「目的がボスを倒すことならその方が合理的だ。麻薬の件は・・・今すぐ判断を下す必要はない。仲間の意見もあるからな。」
感情の読めない男だが、感情がないわけではない。
そう思いながら、ブチャラティは頷いた。
54.5
「おいリゾット!何なんだよ!?あの距離感ゼロの女はよォッ!ムカつくぜ、このオレをなめやがって!」
ブチャラティたちを乗せたボートが遠ざかると、ギアッチョがキレ始めた。
「そうは言うけど、ギアッチョ、すっかり彼女のペースにのせられてたぜ。」
「ああッ!?おいメローネ!いったいオレのどこがー」
「写真より実物の方がディモールト可愛かったな。楽しい子だし、プロシュートが惚れるのもしょうがない。あ〜、ぜひベイビィの母体になって欲しいんだけどなァ。」
「惚れたなんて俺が言ったか?」
「へ〜わりとマジなんだ。やっぱり。」
まったく話を聞いていない(聞く気がない)メローネを無視して、プロシュートはリゾットに目をやる。
ブチャラティが鏡の中から無傷で戻って来たのを見た瞬間に、プロシュートたちは、リゾットは決断したのだと悟った。自分たちが、ブチャラティたちと運命共同体となったことを。
「・・・あれは地獄を見てきた目だ。」
リゾットの視線は運河の先に向けられていた。
「ブチャラティは、自分が甘っちょろい理想を言っているのは承知の上で、それでもこの先に希望があると信じている・・・すでに俺たちは組織から狙われる身だ。なら、賭けてみるのも悪くない。プロシュート、おまえが自分の命運をルナに賭けたようにな。鏡は渡したのか?」
「ああ。」
「ボスは強い。他の親衛隊もじき追って来るだろう。ここからが正念場だ・・・あいつらも、これまでのように無事では済まない。」
『・・・せっかくイケメンなのに。』
マン・イン・ザ・ミラーの能力で、ブチャラティが鏡に入った後。
ルナはプロシュートに歩み寄ると、ゆっくりと彼の頬に触れた。
『!?・・・』
ルナが触れた部分に思わず手をやる。ギアッチョに殴られた時にできた腫れや傷が、消えてしまっているのを感じた。
目を見張るプロシュートに向かって、ヴィオラの瞳が、見透かすように、困ったようにそっと微笑んだ。
『グラッツェ、プロシュート・・・』
ボートは海に出たのだろう、すでに見えなくなっている。プロシュートはよく晴れた空に目をやる。このまま崩れなければいいが、と思った。