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3

ブチャラティがついて来るように告げると、ルナは一瞬驚いたような顔をしたが、

「Grazie!!」

ブチャラティの目を見つめて笑った。

ぱあっ、と白い花が咲くような美しい笑顔だった。

胸の奥の方から滲み出た、苦くて甘い何かが、じわりとブチャラティの全身に広がる。

それに気づかぬふりをしながら、ブチャラティは老婦人にお礼を言っているルナを連れて歩き出した。

別れ際、老婦人がニヤニヤしているように見えたのは気のせいだろうか。

「俺の名はブローノ・ブチャラティ 。君は観光客なのか?ホテルは?」

「私はルナルナ・クウジョウ」

ルナ・・・月の女神か。良い名だ。君に似合う。」

「・・・もちろん観光もしたいけど。こっちにいる友だちに会いに。あ、ホテルはここ。」

渡されたメモを見る。<Hotel San Pietro>、ガリバルディ広場の近くの4つ星ホテルだ。

「俺が言うのも何だが、このネアポリスは治安が良いとは言えない。スリやかっぱらいは日常茶飯事だ。特に君のような女性は狙われやすい。あまり一人で市街をうろつかないことだ。特に日が暮れてからは。」

ひと息に言って、ブチャラティはルナを見た。

「さっき、きいただろう。俺のことは。」

「ええ。ギャングだって。」

視線を受け止めたまま、ルナは事もなげに言った。

恐ろしくないのだろうか。

そもそも、いくら老婦人に言われたからと、知らない男にノコノコ付いて来るなんて、警戒心が無さすぎるんじゃあないのか。

「大丈夫。職業に貴賎はないもの。」

ブチャラティの思考を読んだかのように、ルナはきっぱりと言った。

「ギャングだろうと、何だろうと、大事なのはその人の人間性じゃあないかしら。政治家だからって善人とは限らない。逆に言えば、ギャングだからって悪人とは限らない。人間の価値は、結局のところ、その人がどう行動するのかで決まると思うわ。」

「・・・」

「さっきのおばあさん、あなたのことをギャングだけど頼りになるって言ってたの。ほんとね。見ず知らずの迷子女をわざわざ送ってくれるなんて、あなた、充分すぎるくらい優しい人なんじゃあないかしら。」

ブチャラティは息をのんでルナを見つめた。

自分に対して、わずかな作為も恐れも媚びもない、どこまでも澄んだヴィオラの瞳が、真っ直ぐに向けられていた。

ーー本心から言っている。
まったく、嘘の匂いがしない・・・

すっと、肩の力が抜けた。

ルナの言葉は、ブチャラティに、いつしか見失っていた大切な<何か>を、思い出させてくれるような気がした。

志を胸にしながら現実に屈していくーーーー「生きながら死んでいく」毎日の中で。

ブチャラティはふっと笑った。

「・・・少し変わってるな、君は。」

「え?」

ルナは、きょとん、とした表情を浮かべた。

その様子は、さっきまでの大人びた顔ではなく、あどけない少女のようで、ブチャラティ をドキリとさせた。

ルナ、それは計算か?それとも天然なのか?」
「えっと・・・どういう意味?」

ーー天然だな。

ブチャラティは苦笑しながら、自分が笑ったのはいつぶりだろうと考えていた。





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