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47
ジョルノは膝に載せたノートパソコンを見つめていた。
ディスプレイには、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の見取り図が呼び出されている。ルナが付けている、生命を与えたてんとう虫のブローチからの情報とあわせると、彼女とブチャラティが教会の中を奥の方へゆっくり移動しているのがわかった。
「なあ、おまえら。ヴェネツィアで何日か遊んで帰ろーぜ?俺たちの街ほどじゃあねーが、ここもメシが旨いそうだ。」
「ここ料理旨いの?オレ、すげえ腹空いてんの思い出したよ!で、どんな料理があんの?」
「イカスミのパスタに、毛蟹のサラダだろ?あと、チブリヤーニホテルの<カルパッチョ>っていう生肉料理は絶品らしい。」
「2日間の任務、ろくな食事とってませんからね。僕はヴェネツィアングラスでワインが飲みたいな。」
「そういや、葡萄畑の家でルナが作ってくれたパスタ、結構旨かったよなァ、、、」
会話を聞き流していたジョルノは、ふと目を上げてナランチャの方を見る。彼は胸のあたりを押さえながら、
「オレ、さっきから、なんかこのへんがザワザワするんだけど。大丈夫かなァ、、、」
「・・・幹部のブチャラティが一緒なんだ。大丈夫に決まってんだろーが。」
ーー本当は、自分がルナをボスの所へ連れて行きたかった。
ジョルノは視線をパソコンに戻しながら思う。
しかしブチャラティはその役目をけっして譲らなかっただろうし、ルナの身の安全を第一に考えるという点において、幸か不幸かブチャラティと自分は意見が完全に一致しているから、あえて申し出なかった。
しかしボスの目的は、本当に<矢>の封印を解くことのみなのだろうか?
他に目的があるとしたら?
知らず知らずのうちに、ジョルノの手は拳を握りしめていた。
♢
ーー思い出した。
病院のほの暗い廊下で、やけに毒々しく見えた手術中の赤い光を。
あの時と同じ感覚を。
父さんが撃たれた時以来だ。
これほど、<喪失の恐怖>を感じたのはーーーーー。
ブチャラティは歯を食いしばって震える手を握りしめた。
・・・エレベーターの天井の一部が壊れている。さっき乗り込んだ時には間違いなく無かった。この教会には俺とルナ以外、誰もいないはず。知っているのは、俺のチームの奴らの他はー、<ここを指定した本人>だけだ。
「まさか・・・」
まさかボスは、自分の正体を完全に消し去る為に!?
俺たちに護衛の任務をさせたのはー、
「ルナを、確実にみずからの手で、始末する為なのかっ!?」
ドロリ、と、心の奥底から湧き出た溶岩のような怒りが恐怖心を焼き尽くしていく。
「・・・」
一度目は、正義と信じていた組織のボスが、禁じ手であるはずの麻薬売買に手を染めていると知った時だった。
そして、今。
自分の利益の為だけに、何も知らぬ者を利用した。
あろうことか、ルナをーーーー!!
全身を怒りに震わせながら、ブチャラティは爆発したように叫んだ。
「許さねえっ!あんたはいま再び、俺の心を裏切った!!」
スティッキィ・フィンガーズの拳がエレベーターの床を殴りつける。開いたジッパーから、エレベーターシャフトの真っ暗な空間と、そのはるか下の部分に明かりが差し込んでいるのが見えた。
ーーいた!
どうやったのかは知らんが、やはり塔の下へ・・・ルナは、まだ生きている!
男のシルエットと、その腕にくったりと抱きかかえられたルナの顔が一瞬だけ目に映り、扉が閉まった。
今回は、ルナを無事に連れ帰ることが最優先で、ボスの正体は手がかりだけでもつかめればそれで良かった。しかしーーー。
ブチャラティは、鋭利な刃物で切り取られたような手首に視線をやる。華奢な手の青白さとあざやかな血の赤さのコントラストが胸をじりりと焼いた。
「予定が変わった・・・ボス、あんたを始末する!今!」
♢
「ジョルノ。すまないが、そこの水を取ってくれないか。」
ジョルノは石段の上からフーゴを振り向いた。
「それと、気をつけた方がいい。僕たちは今、島に上陸してはならない、ボートにて待て、と命令されているんだからな。」
「ええ・・・」
ジョルノは石段を降り、ボートの端に置いてあるペットボトルへ手を伸ばす。
次の瞬間、
「ーー!?」
フーゴが、顔を傾けながらゴクゴクと水を飲んでいる。
「ん?そう言えば礼、言ったっけ?ジョルノ。言ってないよな、水、取ってもらって。」
確かに、手にボトルをつかんだ感触があった。しかし、フーゴに渡した記憶がない。自分の行動が、<気がついた時には終わっていた>。そんな感じだ。
何だ、これは。
この、肌に突き刺さる強烈な違和感は・・・
引きちぎられたような形の雲が東の空の太陽を覆い隠し、島全体に暗い影を落としてゆく。ざわざわと神経が泡立つような気がした。
何か、奇妙だ。
何かわからないが、変な雰囲気だ・・・!
♢
ーーボスはまだ、俺が裏切るとは考えていない。
ブチャラティは石柱の陰に身を潜めた。
地下の納骨堂はほぼ闇に近かった。はるか頭上にある明かり採りの窓から、わずかばかりの光が差し込んでいる。がらんとした空間には何本もの太い石柱がそびえ、当然ながら生者の気配はまるで感じられなかった。
ボスは、この納骨堂でルナを仕留めて、そのまま通り抜けて建物の反対側から脱出する気だ・・・
カツン、カツン、と、規則正しい革靴の音が反響しながら近づいて来る。
階段を降りて近づくギリギリまで待った、次の瞬間、
「そのまま帰った方がいい、ブローノ・ブチャラティ。」
「ーー!!」
「その柱から出たらーー、おまえは死ぬことになる。」
初めて聞いたボスの声が、ブチャラティの皮膚の上に電気を走らせる。
その威圧するような声に不思議と怒りは含まれていない。むしろ本心から忠告しているようにすら感じられる。その偽善に吐き気がした。
「スティッキィ・フィンガーズ!!」
次の瞬間、腕を激痛が襲った。
ーー何だと!?
柱の陰から、スティッキィ・フィンガーズの右腕を<何か>がつかんでいる。人間の腕とは明らかに違うそれが、力任せにスティッキィ・フィンガーズの腕をあらぬ方向へねじ曲げようとしていた。
く、砕け折れるッ・・・!
スティッキィ・フィンガーズの右腕をジッパーで切り離す。と、同時に石柱に攻撃を仕かけるも、その陰には誰もいなかった。
切り離した石柱が床に転がるより先に素早く距離を取る。
「ルナ・・・!」
床に落とされた彼女の身体を支える。意識がない。しかし脈はある。温かい。
ブチャラティは安堵しながらルナの左手首をジッパーでつなげた。
・・・追跡はバレていたのか。まあ当然だな。スティッキィ・フィンガーズをつかんだ腕、あれは間違いなくスタンドだった。正体はわからんが、やはりボスもスタンド使いだ。しかし、再び姿を隠すとは・・・
「・・・<パンドラの箱>の話の解釈には、諸説あるが。」
「!」
声のした方角を柱ごと瞬時に攻撃する。斜めに切断された石柱が破片となってガラガラと崩れた。
「神々から、男を苦悩させる魅力と好奇心を与えられたパンドラは、開けてはならぬという言いつけを破りその好奇心から箱を開けてしまった。途端に、病苦、憎悪、犯罪、争い、憤怒、悲哀・・・さまざまな災いが世界に飛び出した。慌てて蓋を閉じたものの、すでに遅い。あらゆる災厄が飛び出した後であった。己の犯した罪の重さに泣き崩れるパンドラに、出してくれ、と、哀願の声・・・おそるおそる箱に近づき蓋を開けると、底から最後に飛び出した。それは、<希望>というものであった・・・」
声が石壁と柱に反響して相手の位置が特定できない。
ーーいったい何だ。
ボスはなぜ、こんな話を俺に聞かせているのだ。
「私が思うに、パンドラの犯した罪でもっとも重いのは、一番最後に希望を出してしまったということだ。そのせいで人間はー、空虚な希望を持ち続けることによって、常に災いにさらされながら、それでも生きていくことになった。箱に入っていたのならば、<希望>とはすなわち<災厄>であったのだ。そんなものにすがるから、人間はかえって絶望を深くする・・・そう思わんか?ブローノ・ブチャラティ。」
相変わらず姿は隠したまま。
しかし声は余裕すら感じるほど冷静だ。
「以前から、おまえの仕事ぶりには尊敬の念さえ覚えていた。そんなおまえが、今回のような信じられない愚かな行動に出た・・・その娘の為に。本当に、血のつながりというものはやっかいなものだ。ソアラから受け継いだ・・・パンドラの業(ごう)を背負った一族の血脈は。」
「・・・」
ブチャラティは一瞬だけ、腕の中の愛しい存在に目を落とすと、
「ー俺は、ルナという希望にすがってあんたに背いたわけじゃあない。」
顔を上げ、明瞭な声で続ける。
「あんたに反逆すると決めたのは、俺自身の意志だ!」
ルナは、気づかせてくれただけだ。
俺をがんじがらめにしていたのは、俺自身のあきらめだということを。
絶望とは、希望がないことではない。
前に進もうとする意志を失っていることなのだと。
「・・・理解しがたいな。いったい何が目的なのだ、今回のおまえの行動は。」
ブチャラティは闇に潜む敵を睨みすえた。
「きさまに、俺の心は永遠にわかるまい!!」
顎から開けたジッパーの中から通話状態の携帯電話が手の中に落ちる。
「ージョルノ。」
「ブチャラティ!」
耳にあてたそれから届いたのは、ひどく焦ったような声だった。
「ええ!僕のブローチからルナが生きているのはわかっています!ボスから彼女を奪い返したんですね!?あなたたちは今、地下納骨堂の螺旋階段の下にいる!」
その時、普段なら気がつかないほどわずかにーー極限に神経が張り詰めているからこそ感じられる差でーー空気が揺らぐのを感じた。
ーーくる!!
「しかしブチャラティ!逃げてください!何か!異常なことが起こっている!!ただならぬことが起こっているんだァーーッ!」
「スティッキィ・フィンガーズ!!」
攻撃の予兆に対してブチャラティが反射的にスタンドを仕向けるのと、電話の向こうでジョルノが絶叫するのが、同時だった。
ーーな、に?
スティッキィ・フィンガーズで砕いた石柱が崩れていく様が、まるでコマ送りのようにくっきりと見える。
手応えは、あった。
しかし、柱の陰にいたのはーーーーーーーーーーー俺だ!!
「・・・餞別がわりに見せてやったのだ。」
すぐ背後で、地の底を這うような声がした。
「最後だから教えてやろう。おまえがたった今目撃し、そして触れたものは、未来のおまえ自身だ。数秒過去のおまえが未来のおまえ自身を見たのだ。これが、我がキング・クリムゾンの能力ーー、時間を消し去って飛び越えさせた!」
瞬間、鈍い音とともに、かつて経験したことのない衝撃がブチャラティの全身に襲いかかった。息が止まる。熱く灼けただれた鉄塊が背中にねじこまれたようだった。
「確実に消え去ってもらう・・・誰だろうと、私の永遠の絶頂を脅かす者は許さない!けっして!」
視界が真っ赤に染まり、それが、自分が吐き出した大量の血のせいだと気づいた。そして、自分の腹をスタンドの太い腕が貫いていることにも。
そして、抑揚のない声が耳許で告げた。
「・・・ルナはこの世に存在してはならない。ブチャラティ、この娘に入れ込んだのは、おまえ自身の最大の不幸だ。」
ジョルノは膝に載せたノートパソコンを見つめていた。
ディスプレイには、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の見取り図が呼び出されている。ルナが付けている、生命を与えたてんとう虫のブローチからの情報とあわせると、彼女とブチャラティが教会の中を奥の方へゆっくり移動しているのがわかった。
「なあ、おまえら。ヴェネツィアで何日か遊んで帰ろーぜ?俺たちの街ほどじゃあねーが、ここもメシが旨いそうだ。」
「ここ料理旨いの?オレ、すげえ腹空いてんの思い出したよ!で、どんな料理があんの?」
「イカスミのパスタに、毛蟹のサラダだろ?あと、チブリヤーニホテルの<カルパッチョ>っていう生肉料理は絶品らしい。」
「2日間の任務、ろくな食事とってませんからね。僕はヴェネツィアングラスでワインが飲みたいな。」
「そういや、葡萄畑の家でルナが作ってくれたパスタ、結構旨かったよなァ、、、」
会話を聞き流していたジョルノは、ふと目を上げてナランチャの方を見る。彼は胸のあたりを押さえながら、
「オレ、さっきから、なんかこのへんがザワザワするんだけど。大丈夫かなァ、、、」
「・・・幹部のブチャラティが一緒なんだ。大丈夫に決まってんだろーが。」
ーー本当は、自分がルナをボスの所へ連れて行きたかった。
ジョルノは視線をパソコンに戻しながら思う。
しかしブチャラティはその役目をけっして譲らなかっただろうし、ルナの身の安全を第一に考えるという点において、幸か不幸かブチャラティと自分は意見が完全に一致しているから、あえて申し出なかった。
しかしボスの目的は、本当に<矢>の封印を解くことのみなのだろうか?
他に目的があるとしたら?
知らず知らずのうちに、ジョルノの手は拳を握りしめていた。
♢
ーー思い出した。
病院のほの暗い廊下で、やけに毒々しく見えた手術中の赤い光を。
あの時と同じ感覚を。
父さんが撃たれた時以来だ。
これほど、<喪失の恐怖>を感じたのはーーーーー。
ブチャラティは歯を食いしばって震える手を握りしめた。
・・・エレベーターの天井の一部が壊れている。さっき乗り込んだ時には間違いなく無かった。この教会には俺とルナ以外、誰もいないはず。知っているのは、俺のチームの奴らの他はー、<ここを指定した本人>だけだ。
「まさか・・・」
まさかボスは、自分の正体を完全に消し去る為に!?
俺たちに護衛の任務をさせたのはー、
「ルナを、確実にみずからの手で、始末する為なのかっ!?」
ドロリ、と、心の奥底から湧き出た溶岩のような怒りが恐怖心を焼き尽くしていく。
「・・・」
一度目は、正義と信じていた組織のボスが、禁じ手であるはずの麻薬売買に手を染めていると知った時だった。
そして、今。
自分の利益の為だけに、何も知らぬ者を利用した。
あろうことか、ルナをーーーー!!
全身を怒りに震わせながら、ブチャラティは爆発したように叫んだ。
「許さねえっ!あんたはいま再び、俺の心を裏切った!!」
スティッキィ・フィンガーズの拳がエレベーターの床を殴りつける。開いたジッパーから、エレベーターシャフトの真っ暗な空間と、そのはるか下の部分に明かりが差し込んでいるのが見えた。
ーーいた!
どうやったのかは知らんが、やはり塔の下へ・・・ルナは、まだ生きている!
男のシルエットと、その腕にくったりと抱きかかえられたルナの顔が一瞬だけ目に映り、扉が閉まった。
今回は、ルナを無事に連れ帰ることが最優先で、ボスの正体は手がかりだけでもつかめればそれで良かった。しかしーーー。
ブチャラティは、鋭利な刃物で切り取られたような手首に視線をやる。華奢な手の青白さとあざやかな血の赤さのコントラストが胸をじりりと焼いた。
「予定が変わった・・・ボス、あんたを始末する!今!」
♢
「ジョルノ。すまないが、そこの水を取ってくれないか。」
ジョルノは石段の上からフーゴを振り向いた。
「それと、気をつけた方がいい。僕たちは今、島に上陸してはならない、ボートにて待て、と命令されているんだからな。」
「ええ・・・」
ジョルノは石段を降り、ボートの端に置いてあるペットボトルへ手を伸ばす。
次の瞬間、
「ーー!?」
フーゴが、顔を傾けながらゴクゴクと水を飲んでいる。
「ん?そう言えば礼、言ったっけ?ジョルノ。言ってないよな、水、取ってもらって。」
確かに、手にボトルをつかんだ感触があった。しかし、フーゴに渡した記憶がない。自分の行動が、<気がついた時には終わっていた>。そんな感じだ。
何だ、これは。
この、肌に突き刺さる強烈な違和感は・・・
引きちぎられたような形の雲が東の空の太陽を覆い隠し、島全体に暗い影を落としてゆく。ざわざわと神経が泡立つような気がした。
何か、奇妙だ。
何かわからないが、変な雰囲気だ・・・!
♢
ーーボスはまだ、俺が裏切るとは考えていない。
ブチャラティは石柱の陰に身を潜めた。
地下の納骨堂はほぼ闇に近かった。はるか頭上にある明かり採りの窓から、わずかばかりの光が差し込んでいる。がらんとした空間には何本もの太い石柱がそびえ、当然ながら生者の気配はまるで感じられなかった。
ボスは、この納骨堂でルナを仕留めて、そのまま通り抜けて建物の反対側から脱出する気だ・・・
カツン、カツン、と、規則正しい革靴の音が反響しながら近づいて来る。
階段を降りて近づくギリギリまで待った、次の瞬間、
「そのまま帰った方がいい、ブローノ・ブチャラティ。」
「ーー!!」
「その柱から出たらーー、おまえは死ぬことになる。」
初めて聞いたボスの声が、ブチャラティの皮膚の上に電気を走らせる。
その威圧するような声に不思議と怒りは含まれていない。むしろ本心から忠告しているようにすら感じられる。その偽善に吐き気がした。
「スティッキィ・フィンガーズ!!」
次の瞬間、腕を激痛が襲った。
ーー何だと!?
柱の陰から、スティッキィ・フィンガーズの右腕を<何か>がつかんでいる。人間の腕とは明らかに違うそれが、力任せにスティッキィ・フィンガーズの腕をあらぬ方向へねじ曲げようとしていた。
く、砕け折れるッ・・・!
スティッキィ・フィンガーズの右腕をジッパーで切り離す。と、同時に石柱に攻撃を仕かけるも、その陰には誰もいなかった。
切り離した石柱が床に転がるより先に素早く距離を取る。
「ルナ・・・!」
床に落とされた彼女の身体を支える。意識がない。しかし脈はある。温かい。
ブチャラティは安堵しながらルナの左手首をジッパーでつなげた。
・・・追跡はバレていたのか。まあ当然だな。スティッキィ・フィンガーズをつかんだ腕、あれは間違いなくスタンドだった。正体はわからんが、やはりボスもスタンド使いだ。しかし、再び姿を隠すとは・・・
「・・・<パンドラの箱>の話の解釈には、諸説あるが。」
「!」
声のした方角を柱ごと瞬時に攻撃する。斜めに切断された石柱が破片となってガラガラと崩れた。
「神々から、男を苦悩させる魅力と好奇心を与えられたパンドラは、開けてはならぬという言いつけを破りその好奇心から箱を開けてしまった。途端に、病苦、憎悪、犯罪、争い、憤怒、悲哀・・・さまざまな災いが世界に飛び出した。慌てて蓋を閉じたものの、すでに遅い。あらゆる災厄が飛び出した後であった。己の犯した罪の重さに泣き崩れるパンドラに、出してくれ、と、哀願の声・・・おそるおそる箱に近づき蓋を開けると、底から最後に飛び出した。それは、<希望>というものであった・・・」
声が石壁と柱に反響して相手の位置が特定できない。
ーーいったい何だ。
ボスはなぜ、こんな話を俺に聞かせているのだ。
「私が思うに、パンドラの犯した罪でもっとも重いのは、一番最後に希望を出してしまったということだ。そのせいで人間はー、空虚な希望を持ち続けることによって、常に災いにさらされながら、それでも生きていくことになった。箱に入っていたのならば、<希望>とはすなわち<災厄>であったのだ。そんなものにすがるから、人間はかえって絶望を深くする・・・そう思わんか?ブローノ・ブチャラティ。」
相変わらず姿は隠したまま。
しかし声は余裕すら感じるほど冷静だ。
「以前から、おまえの仕事ぶりには尊敬の念さえ覚えていた。そんなおまえが、今回のような信じられない愚かな行動に出た・・・その娘の為に。本当に、血のつながりというものはやっかいなものだ。ソアラから受け継いだ・・・パンドラの業(ごう)を背負った一族の血脈は。」
「・・・」
ブチャラティは一瞬だけ、腕の中の愛しい存在に目を落とすと、
「ー俺は、ルナという希望にすがってあんたに背いたわけじゃあない。」
顔を上げ、明瞭な声で続ける。
「あんたに反逆すると決めたのは、俺自身の意志だ!」
ルナは、気づかせてくれただけだ。
俺をがんじがらめにしていたのは、俺自身のあきらめだということを。
絶望とは、希望がないことではない。
前に進もうとする意志を失っていることなのだと。
「・・・理解しがたいな。いったい何が目的なのだ、今回のおまえの行動は。」
ブチャラティは闇に潜む敵を睨みすえた。
「きさまに、俺の心は永遠にわかるまい!!」
顎から開けたジッパーの中から通話状態の携帯電話が手の中に落ちる。
「ージョルノ。」
「ブチャラティ!」
耳にあてたそれから届いたのは、ひどく焦ったような声だった。
「ええ!僕のブローチからルナが生きているのはわかっています!ボスから彼女を奪い返したんですね!?あなたたちは今、地下納骨堂の螺旋階段の下にいる!」
その時、普段なら気がつかないほどわずかにーー極限に神経が張り詰めているからこそ感じられる差でーー空気が揺らぐのを感じた。
ーーくる!!
「しかしブチャラティ!逃げてください!何か!異常なことが起こっている!!ただならぬことが起こっているんだァーーッ!」
「スティッキィ・フィンガーズ!!」
攻撃の予兆に対してブチャラティが反射的にスタンドを仕向けるのと、電話の向こうでジョルノが絶叫するのが、同時だった。
ーーな、に?
スティッキィ・フィンガーズで砕いた石柱が崩れていく様が、まるでコマ送りのようにくっきりと見える。
手応えは、あった。
しかし、柱の陰にいたのはーーーーーーーーーーー俺だ!!
「・・・餞別がわりに見せてやったのだ。」
すぐ背後で、地の底を這うような声がした。
「最後だから教えてやろう。おまえがたった今目撃し、そして触れたものは、未来のおまえ自身だ。数秒過去のおまえが未来のおまえ自身を見たのだ。これが、我がキング・クリムゾンの能力ーー、時間を消し去って飛び越えさせた!」
瞬間、鈍い音とともに、かつて経験したことのない衝撃がブチャラティの全身に襲いかかった。息が止まる。熱く灼けただれた鉄塊が背中にねじこまれたようだった。
「確実に消え去ってもらう・・・誰だろうと、私の永遠の絶頂を脅かす者は許さない!けっして!」
視界が真っ赤に染まり、それが、自分が吐き出した大量の血のせいだと気づいた。そして、自分の腹をスタンドの太い腕が貫いていることにも。
そして、抑揚のない声が耳許で告げた。
「・・・ルナはこの世に存在してはならない。ブチャラティ、この娘に入れ込んだのは、おまえ自身の最大の不幸だ。」