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ーそれは、偶然だった。

自分のシマではあるが、普段はもっぱら部下に任せていて、あまり見回りに来ないエリア。

今日は、皆がそれぞれ忙しかったせいもあり、たまには自分の目で見ておくのも良いだろうと思った程度に過ぎない。

まったくの偶然ーーーそのはずだった。

「ブチャラティ!ちょっと良い!?」

窓から身を乗り出して呼びかける老婦人に軽く手を挙げて合図を送り、ブチャラティは通りを渡る。

老婦人の前ー、正確には老婦人の住む部屋の窓が面した通りに、女がこちらに背を向けて立っていた。

陽射しを受けて、最高級のチョコレートクリームを絞ったような髪が艶やかに波打っている。

若い女だな、と思った。

老婦人が女に何かを告げると、女はこちらをゆっくりと振り向いた。

ーーすう、と、街の喧騒が遠のいていくのをブチャラティは感じた。

視線と視線が重なり合う。

やけに速い自分の心臓の鼓動が聞こえる。

ーーヤメロ、と、頭の奥で声が響いた。

目をそらせ。自分を見失うな。

理性は彼を叱咤したが、それでも手足は、まるで動き方を忘れたかのように凍りついたままだった。

なぜこんなにも見つめてしまうんだ、一人の女を。

ふと息苦しさを覚えて、その時、自分が呼吸すら忘れて魅入っていたことに気づいた。

「ブチャラティ?聞いてるの?」

老婦人の声で我に返り、途端、耳に入った水がパチンと弾けるように、五感から一気に波が押し寄せる。

「ああ・・・続けてくれ。」

ようやく平静を取り戻して、老婦人の話を聞く。内容は、迷子のこの女を大通りまで送ってくれということだった。

確かに、この辺りを若い女が一人でー、しかもキャリーケースを持ってウロつくなんて、襲ってくださいと言っているようなものだ。

忙しさを理由に断ることも出来た。
代わりに、組織の息のかかったタクシーを呼んでやればそれで済む。

「ーわかった。」

しかし自分の口は、またも理性を裏切っていた。





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