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33
初めて聞いた時は、違和感しかなかった。
数秒してようやくーー、それが自分の上司の名前だと理解した。
もちろんフルネームを知らなかったわけじゃあない。
ただ、あの人が名前で呼ばれるのを見たのも聞いたのも、初めてだったから。
『ブローノ。』
いや、もっと正確に言うなら。
ブチャラティがそれを許していたことが、意外すぎたんだーー・・・
「ふう・・・」
フーゴはひとつ息を吐くと、ポーチの石畳から真っ暗な畑へと目をやった。
春とはいえ、やはり夜になると少し冷える。ましてやここはネアポリスの街中ではない、葡萄畑の真ん中だ。
夜が深まっても、今のところ敵の襲撃の気配はない。それどころか不気味なほど辺りは静かだ。ルナやジョルノが主張した、<移動しない>、という選択はあながち間違ってはいなかったのかもしれない。
『・・・めずらしいですね。あんたが、カタギの人間に関わるなんて。』
いつものリストランテで偶然二人だけになった時、フーゴはさりげなさを装いながら言った。
『ん?・・・ルナのことか?』
ブチャラティは、la Repubblicaの紙面から目線を外してこちらを見る。一般紙から経済紙までー、ブチャラティが毎日、新聞に目を通しているのをフーゴは知っている。俺は学が無いからと言う彼は、その実、とても勉強家だ。
この人は、そう遠くはない未来、組織の幹部になるだろう。自分だけではなく、チーム全員がそう確信している。
だからこそ、フーゴは気になっていた。
ルナをそばにおくことで生じる、あらゆるリスク。
それを計算できない男じゃあない。
『いくらスタンド使いっていったって・・・彼女、普通の旅行者でしょう。そもそも、あんた、女に興味あったんですか?ブチャラティ。』
『おいおい、俺はハタチだぜ?さすがにまだ枯れたくねえよ。』
『それにしちゃあ、仕事以外で女っ気ないですね。』
『おまえみたいにモテないからな。』
よく言うよ、と、フーゴはコーヒーのカップに口をつけながら思う。
カタギの女もそうでない女もーー、どれだけの数の女が、あんたの気を引こうと躍起になってるか。それを毎回毎回毎回毎回、丁寧に、かつ容赦なくあしらってるのはどこのどいつだよ。
『・・・今までの俺なら考えられないな、確かに。』
フーゴが心の中で悪態をついていると、ブチャラティは新聞をたたみながら呟いた。
言葉を選ぶような間。
ブチャラティはいつもそうだ。
自分の部下に対して、何もはぐらかさず、愚直とも言えるほど真摯に向き合う。
『人生の半分近くをこの世界で生きてきたんだ・・・俺が甘いことはよくわかってる。俺自身が一番、な。』
テーブルに肘をついた横顔が、自嘲するようにかすかに微笑んで続ける。
『でもそういう俺のしがらみが全部、頭からすっとんじまった。あろうことか彼女の身の安全まで含めて。理屈は知らんが、気がついたら、俺の中に他の選択肢は存在しなかった。それだけだ。』
『・・・』
その時、なぜかフーゴの脳裏に、詩の一節が唐突に浮かんだ。
祖母が自分の部屋の書棚から取り出し、フーゴの両親に見つからないよう、こっそりと読んでくれたバイロン。
『答えになってるか?』
懐かしい記憶。
なぜ、今、思い出したのだろう。
『・・・ひとつ、はっきりしました。』
フーゴは内心の動揺を悟られぬよう素っ気なく続けた。
『あんた、相当、重症ですね。』
ブチャラティは少し顔をしかめると、ハアと息をついた。
『言うなよ・・・自覚してる。』
ーーそなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくないーー
「フーゴ?」
「ーーっ!!」
背後からの呼び声に、ギクリとして振り向く。そこには闇にまぎれて、庭にいるはずのない姿があった。
「!」
「しーっ!」
ルナは、慌てて人差し指を唇に当てた。
「みんなに見つかっちゃう。」
「・・・見つからない方が問題だよ。なぜここに?」
夜の間の見張りは、ブチャラティがフリーに動き、残りのメンバーは2名ずつ交代で行うことになっている。ここから見えない家の裏手には、今はミスタがいるはずだ。
「うん、これ。」
ルナは手に持っていたカップを差し出す。コーヒーの良い香りが漂った。
「ミスタにも渡して来たの。やっぱりびっくりしてたわ。ふふっ。」
「あたりまえだよ。あなたに簡単に外に出て来られたら、何のための見張りかわからないじゃあないですか。」
フーゴは礼を言って受け取りながら続けた。
「ブチャラティはどこです?」
「部屋で寝てる。」
「!?」
「しーっ。」
フーゴが声を上げる前に、白くほっそりした手に口をふさがれてしまう。唇に押し当てられる手のひらの感触は、フーゴの体温を確実に上昇させた。
・・・カプリ島でルナに傷を治してもらった時に、動揺していたミスタの気持ちがよくわかる気がする。ルナには警戒心っていうものはないのか。
「彼の名誉の為に言っておくと、油断して居眠りしちゃったわけじゃあないのよ?いや油断したと言えばそうなんだけどー・・・」
「・・・あなたのスタンドを使ったんですね。」
「さすがフーゴね。察しがいい。」
ルナはくすりと笑う。
「言っても素直に休んでくれるようなタイプじゃあないんだもの。昨日も寝てないと思うから、いくら彼だって、少しは眠らないと。」
「起きたら怒りますよ。」
「怒る元気があるくらいでいいのよ。」
ケロリとしたルナの様子を見て、やれやれ、と、フーゴは思う。
ーー怖れを知らぬヴィオラの瞳。
ペリーコロさんの言う通り、本当に怖いもの知らずだな、この人は。
白くて柔らかそうでー・・・思わず守ってあげたくなる雰囲気なのに。
実はフーゴは女があまり好きではない。性的欲求は別にして、いわゆる女性特有の気質が苦手なのだ。それは、息子のIQにしか関心のなかった母親の影響だと分析している。
でもそういえばーー・・・初対面の時から、ルナには一度も嫌悪感を抱かないな・・・
「見張りありがとう。それじゃ。」
黙り込んだフーゴが、勝手に出て来たことを怒っていると思ったのか、ルナは家の中に戻ろうとする。
「人の運命を左右するって、どんな気分ですか?」
しまった、と、反射的に思ったが、咄嗟に口から出てしまっていた。
いやそもそもーー、なぜ僕は呼び止めたのだろうか。
「・・・なかなか直球にきくのね。まあ、そんな質問は、今日はこれで2回目だけれど。」
「え?」
「いえ、何でもないの。ーーそうね、この能力は・・・」
言いながらルナは、手のひらを上にした右手をそっと握りしめる。
「周りが考えるほど良いものでもないわ・・・でも、私の一部だから、受け入れるしかないって感じかしら。」
スタンド能力は、本体の精神的影響を受けるという。つまりアブソリュート・ブレスは、ルナの精神が具現化されたものだ。
「言っておくけど、」
ルナは、フーゴの目を見る。
フーゴの思考を見透かすような目だった。
「私は、他人の運命をどうこうしたいなんて思ったことはないわよ。」
「・・・すみません。」
「謝ることないわ。本当にしろ嘘にしろ、運命を変えるなんていう奴は、気味が悪いのは当然だもの。」
「ーーっ!違います、ルナ、僕はそんなつもりじゃあ・・・」
ルナの少し哀しげな微笑みが、フーゴの言葉を途中で止める。
ブチャラティのように理性的で冷静沈着な男が、ひと目で恋に落ちたーーーー。
フーゴはそんな経験はない。しかし、ルナは何かが特別だということは感じる。
「・・・意地悪な言い方をしちゃったわね。あなたは、ただ、みんなを心配しているだけなのに。」
あなたは悪くないーー。そう言いながらルナは、優しくフーゴの頭を撫でた。
『可愛いパニー・・・』
ーー頭を撫でられたことなんて、いったい何年ぶりだろう。
「そろそろほんとに戻らなきゃ。誰かさんの目が覚めた時に近くにいなかったら、大騒ぎしそうだもの。」
「・・・ジッパーで閉じ込められても知りませんよ。」
「・・・」
再びポーチにひとりになると、少しぬるくなったコーヒーに口をつけた。自分の好み通りの砂糖とミルクが入った味がする。
フーゴは、思わず呟いた。
「かなわない、な・・・」
初めて聞いた時は、違和感しかなかった。
数秒してようやくーー、それが自分の上司の名前だと理解した。
もちろんフルネームを知らなかったわけじゃあない。
ただ、あの人が名前で呼ばれるのを見たのも聞いたのも、初めてだったから。
『ブローノ。』
いや、もっと正確に言うなら。
ブチャラティがそれを許していたことが、意外すぎたんだーー・・・
「ふう・・・」
フーゴはひとつ息を吐くと、ポーチの石畳から真っ暗な畑へと目をやった。
春とはいえ、やはり夜になると少し冷える。ましてやここはネアポリスの街中ではない、葡萄畑の真ん中だ。
夜が深まっても、今のところ敵の襲撃の気配はない。それどころか不気味なほど辺りは静かだ。ルナやジョルノが主張した、<移動しない>、という選択はあながち間違ってはいなかったのかもしれない。
『・・・めずらしいですね。あんたが、カタギの人間に関わるなんて。』
いつものリストランテで偶然二人だけになった時、フーゴはさりげなさを装いながら言った。
『ん?・・・ルナのことか?』
ブチャラティは、la Repubblicaの紙面から目線を外してこちらを見る。一般紙から経済紙までー、ブチャラティが毎日、新聞に目を通しているのをフーゴは知っている。俺は学が無いからと言う彼は、その実、とても勉強家だ。
この人は、そう遠くはない未来、組織の幹部になるだろう。自分だけではなく、チーム全員がそう確信している。
だからこそ、フーゴは気になっていた。
ルナをそばにおくことで生じる、あらゆるリスク。
それを計算できない男じゃあない。
『いくらスタンド使いっていったって・・・彼女、普通の旅行者でしょう。そもそも、あんた、女に興味あったんですか?ブチャラティ。』
『おいおい、俺はハタチだぜ?さすがにまだ枯れたくねえよ。』
『それにしちゃあ、仕事以外で女っ気ないですね。』
『おまえみたいにモテないからな。』
よく言うよ、と、フーゴはコーヒーのカップに口をつけながら思う。
カタギの女もそうでない女もーー、どれだけの数の女が、あんたの気を引こうと躍起になってるか。それを毎回毎回毎回毎回、丁寧に、かつ容赦なくあしらってるのはどこのどいつだよ。
『・・・今までの俺なら考えられないな、確かに。』
フーゴが心の中で悪態をついていると、ブチャラティは新聞をたたみながら呟いた。
言葉を選ぶような間。
ブチャラティはいつもそうだ。
自分の部下に対して、何もはぐらかさず、愚直とも言えるほど真摯に向き合う。
『人生の半分近くをこの世界で生きてきたんだ・・・俺が甘いことはよくわかってる。俺自身が一番、な。』
テーブルに肘をついた横顔が、自嘲するようにかすかに微笑んで続ける。
『でもそういう俺のしがらみが全部、頭からすっとんじまった。あろうことか彼女の身の安全まで含めて。理屈は知らんが、気がついたら、俺の中に他の選択肢は存在しなかった。それだけだ。』
『・・・』
その時、なぜかフーゴの脳裏に、詩の一節が唐突に浮かんだ。
祖母が自分の部屋の書棚から取り出し、フーゴの両親に見つからないよう、こっそりと読んでくれたバイロン。
『答えになってるか?』
懐かしい記憶。
なぜ、今、思い出したのだろう。
『・・・ひとつ、はっきりしました。』
フーゴは内心の動揺を悟られぬよう素っ気なく続けた。
『あんた、相当、重症ですね。』
ブチャラティは少し顔をしかめると、ハアと息をついた。
『言うなよ・・・自覚してる。』
ーーそなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくないーー
「フーゴ?」
「ーーっ!!」
背後からの呼び声に、ギクリとして振り向く。そこには闇にまぎれて、庭にいるはずのない姿があった。
「!」
「しーっ!」
ルナは、慌てて人差し指を唇に当てた。
「みんなに見つかっちゃう。」
「・・・見つからない方が問題だよ。なぜここに?」
夜の間の見張りは、ブチャラティがフリーに動き、残りのメンバーは2名ずつ交代で行うことになっている。ここから見えない家の裏手には、今はミスタがいるはずだ。
「うん、これ。」
ルナは手に持っていたカップを差し出す。コーヒーの良い香りが漂った。
「ミスタにも渡して来たの。やっぱりびっくりしてたわ。ふふっ。」
「あたりまえだよ。あなたに簡単に外に出て来られたら、何のための見張りかわからないじゃあないですか。」
フーゴは礼を言って受け取りながら続けた。
「ブチャラティはどこです?」
「部屋で寝てる。」
「!?」
「しーっ。」
フーゴが声を上げる前に、白くほっそりした手に口をふさがれてしまう。唇に押し当てられる手のひらの感触は、フーゴの体温を確実に上昇させた。
・・・カプリ島でルナに傷を治してもらった時に、動揺していたミスタの気持ちがよくわかる気がする。ルナには警戒心っていうものはないのか。
「彼の名誉の為に言っておくと、油断して居眠りしちゃったわけじゃあないのよ?いや油断したと言えばそうなんだけどー・・・」
「・・・あなたのスタンドを使ったんですね。」
「さすがフーゴね。察しがいい。」
ルナはくすりと笑う。
「言っても素直に休んでくれるようなタイプじゃあないんだもの。昨日も寝てないと思うから、いくら彼だって、少しは眠らないと。」
「起きたら怒りますよ。」
「怒る元気があるくらいでいいのよ。」
ケロリとしたルナの様子を見て、やれやれ、と、フーゴは思う。
ーー怖れを知らぬヴィオラの瞳。
ペリーコロさんの言う通り、本当に怖いもの知らずだな、この人は。
白くて柔らかそうでー・・・思わず守ってあげたくなる雰囲気なのに。
実はフーゴは女があまり好きではない。性的欲求は別にして、いわゆる女性特有の気質が苦手なのだ。それは、息子のIQにしか関心のなかった母親の影響だと分析している。
でもそういえばーー・・・初対面の時から、ルナには一度も嫌悪感を抱かないな・・・
「見張りありがとう。それじゃ。」
黙り込んだフーゴが、勝手に出て来たことを怒っていると思ったのか、ルナは家の中に戻ろうとする。
「人の運命を左右するって、どんな気分ですか?」
しまった、と、反射的に思ったが、咄嗟に口から出てしまっていた。
いやそもそもーー、なぜ僕は呼び止めたのだろうか。
「・・・なかなか直球にきくのね。まあ、そんな質問は、今日はこれで2回目だけれど。」
「え?」
「いえ、何でもないの。ーーそうね、この能力は・・・」
言いながらルナは、手のひらを上にした右手をそっと握りしめる。
「周りが考えるほど良いものでもないわ・・・でも、私の一部だから、受け入れるしかないって感じかしら。」
スタンド能力は、本体の精神的影響を受けるという。つまりアブソリュート・ブレスは、ルナの精神が具現化されたものだ。
「言っておくけど、」
ルナは、フーゴの目を見る。
フーゴの思考を見透かすような目だった。
「私は、他人の運命をどうこうしたいなんて思ったことはないわよ。」
「・・・すみません。」
「謝ることないわ。本当にしろ嘘にしろ、運命を変えるなんていう奴は、気味が悪いのは当然だもの。」
「ーーっ!違います、ルナ、僕はそんなつもりじゃあ・・・」
ルナの少し哀しげな微笑みが、フーゴの言葉を途中で止める。
ブチャラティのように理性的で冷静沈着な男が、ひと目で恋に落ちたーーーー。
フーゴはそんな経験はない。しかし、ルナは何かが特別だということは感じる。
「・・・意地悪な言い方をしちゃったわね。あなたは、ただ、みんなを心配しているだけなのに。」
あなたは悪くないーー。そう言いながらルナは、優しくフーゴの頭を撫でた。
『可愛いパニー・・・』
ーー頭を撫でられたことなんて、いったい何年ぶりだろう。
「そろそろほんとに戻らなきゃ。誰かさんの目が覚めた時に近くにいなかったら、大騒ぎしそうだもの。」
「・・・ジッパーで閉じ込められても知りませんよ。」
「・・・」
再びポーチにひとりになると、少しぬるくなったコーヒーに口をつけた。自分の好み通りの砂糖とミルクが入った味がする。
フーゴは、思わず呟いた。
「かなわない、な・・・」