La nostra principessa
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「salute!」
かちん、とグラス同士がぶつかる軽快な音がアジトに響く。
私たちは今日、要人の護衛任務を任されフィレンツェへ足を運んでいた。
襲撃は一度あったもののメンバー全員大きな怪我も無く済んだので『現地の美味しいリストランテに行きたい!』と希望したのだが、呆気なく却下されてしまった。
そのせいで、というか、なんと言うか。
ネアポリスへ着いた時にはみんなもれなく空腹で。
「パーっと食って飲もうぜ!」というミスタの誘いを断る者はいなかった。
『はーっ、おいしーい』
しゅわしゅわとスプマンテが喉を滑り降りて、空っぽの胃にちりりと染みる。
テーブルの上にはたくさんのおつまみ兼夕食とお酒が並べられていて、それを各々が好きなように食べ始める。
ルール無用のこの感じが、とても楽しくて好きだ。
「今日さ、すげーカッコよかったな!」
広いソファーの隣に、とすん、と腰を下ろしてナランチャが私に言った。
『ほんと?かっこよかった?』
「うん!あっちの攻撃が届く前にさ、ばばーってやって、シュッって!ルナ、マジすげー」
『ありがと、照れるー!』
「照れろー」
ナランチャと私は同い年で、とっても仲良しだ。
そんな私たちを眺めていたフーゴが呆れ顔で
「…君たちの会話、頭悪いの丸出しだな」
と呟いた。
「ほっとけ!」
『そうだよー。せっかく盛り上がってたのにー』
フーゴったら意地悪!ふーんだ。
ぷい、と顔をキッチン側へ向けたら、くすくすと眉を下げて笑っているブチャラティと目が合った。
『あーっ、リーダーまで笑ってる!』
「すまん…」
「てめーらがガキ臭えからだろ」
『ひど!アバッキオがおっさんなんじゃないの』
「あ"あ"?」
『ひっ、ごめんなさい…』
めちゃくちゃ怖い顔で威嚇されて、慌ててミスタの後ろに隠れると、至近距離で見るミスタの背中は思いの外大きい。
へえ、ミスタって肩の筋肉がすごく綺麗なんだな…。
無意識に指先でつん、と押すと、弾力のある感触に不覚にもときめいてしまった。
「んー?なになに、オレの体に見惚れちゃってんの?」
『ちがうし、ちょっと触ってみただけだし』
べっ、と舌を出してミスタから離れたちょうどその時。
リビングのドアが開いて、美しい黄金の髪をした少年が現れた。
「お疲れさまです。飲み会だって聞いたんで、来ちゃいました」
『ジョルノ!』
ジョルノは以前このチームのメンバーだったけれど、色々な事があった後、組織を束ねる立場になった。
それをすぐ下で支えているのが我らがリーダー、ブチャラティだ。
「Il nestro capo…お疲れ様です」
メンバーだった頃と変わらないバーチョをした私とは対照的に、ブチャラティは胸に手を当て、きちんと礼をする。
私とジョルノはそう変わらない時期に加入した。
それもあって、ついつい同期みたいな感覚で彼に接してしまうのだ。
ジョルノは、かしこまらないでくださいよ、と苦笑しながらソファーに腰掛けた。
ブチャラティの口角がひゅっと上がったところを見ると、今のはわざとなのかも知れないな。
「護衛任務、お疲れ様でした。先程相手方からもお礼の電話を頂きましたよ」
「それは良かった。全員で行って正解だったな」
そんなビジネスの会話を聞き流しながら、私はジョルノの隣に腰を下ろし、タコのサラダをお皿に盛ってあげる。
『はい、どうぞ』
お仕事の話は終わりね、と付け足して差し出したら、
「そうだね、ごめん。ありがとう」
と、笑顔で受け取ったジョルノの肩が、すとんとおろされた。
「あっ、そのマルゲリータ最後の一枚だったじゃんか〜!」
「早いモン勝ちだぜ、ナランチャ」
〈ミスタァ!オレタチニモ!〉
「もう少し静かに食べられないんですか?あんたらは」
1時間もしたら、テーブルは殆ど空っぽになっていた。
ソファー後ろのキッチンカウンターでは、早々にメインを食べ終えた大人組の2人がワイングラスを傾けている。
ぐるりと首を回して見ていた私に気付いたブチャラティが、食うか?と、コッパを一枚持ち上げた。
『食べるっ』
受け取ろうとしたら、それをすり抜けて彼の手がこちらに伸びてきて、ぴとりと唇に冷たいコッパが当たった。
『ん?』
「ほら、口開けろ」
あ、そういうことですね?
ぱかっと開けた口の中に薄く溶けるような食感と塩っぱい味が広がる。
『おいしい』
「はっ、餌付けか」
隣でアバッキオがにやりとする。
『ひどっ!私人間なんですけど?』
「あ?なにあたりめーな事言ってんだよ、阿呆」
むう、おっさんめ。
わいわいがやがや、自由奔放に過ごすメンバーを見ながら、ジョルノがくすくすと笑んだ。
「相変わらず賑やかで良いですね、このチームは」
このチームは、という言葉に、ちょっとだけ胸がしわりとする。
ジョルノだって、少し前までこの中にいたのに。
『…ジョルノ…』
「なに?」
『私にとってはさ、ジョルノはジョルノのままだよ。どこにいても、同じチームだと思ってる』
私が言うと、彼はぱちぱちと瞬きをして、くしゃりと眉を下げてわらった。
孤高の存在になってしまったとしても、心までは孤独にならないでね。
伝わったかな?伝わってたら良いなぁ。
「な、な、そろそろじゃねーの?」
「そうだな」
テーブルの向こうで、ナランチャとフーゴが声をひそめて話すのが聞こえた。
そろそろ?なにが?
首を傾げた私に、2人はそそくさと席を立つ。
アバッキオが無言でテーブルのお皿を片付け始めた。
『片付け、私…』
「ルナは座ってて」
私がやるよ、と立ち上がろうとしたら、隣のジョルノが肩に手を置いてそれを止めた。
『?…ねえ、どうしたの?』
訝しんでナランチャたちのいるキッチンへ顔を向けようとした時。
突然目の前が暗くなった。
柔らかな感触。
誰かの手が、瞼を覆っている。
『やだやだ、なに?』
状況が掴めず、顔を引いて手から逃れようとすると、耳の近くで
「すまない、ちょっぴり手際が悪くてな…」
と、低く穏やかな、微笑を含んだ声が囁いた。
『ブチャラティ…?手際って、』
「…よし、OKだ…ゆっくり目を開けて」
手のひらがそっと離れ、今まで覆われていた瞼越しに、明るさが戻る。
恐る恐るそれを開いた私の目に映ったのは
"Buon compleanno ! ルナ"
そう印字されたチョコレートと、綺麗な苺の飾りが乗った、まんまるのケーキ。
「Tanti auguri a te
Tanti auguri a te
Tanti auguri a ルナー
Tanti auguri a te !」
ナランチャとミスタの、子どもみたいに明るい歌声が部屋に響く。
『…うそ…』
誕生日、任務ですっかり忘れてた!
「驚いたか?」
後ろにいたブチャラティが、隣に移動してきて訊く。
こくこくと何度も頷きながらケーキから視線を上げると、テーブルの向こうで破顔するナランチャと目が合った。
その隣でふわりと微笑するフーゴに、ニカっといい笑顔のミスタ。
それに、仏頂面をほんの少し崩して口角を上げるアバッキオ。
え?え?待って。
「やっぱ忘れてたんだなっ」
「そうらしいな。僕らにとっちゃ都合がよかった」
「普通誕生日忘れるかよ…まったく、ボケッとしてんな」
「ルナ、どうしたぁ?ビックリしすぎて言葉もねえって?」
ひらひらとミスタの手が目の前で上下して、なんとか動き出した頭で考えてみる。
『…うん…え、だって…』
いつから計画してたの?
ミスタが飲み会をやろうって言い出したのは、わざとだったってこと?
ケーキはいつ用意したの?
ジョルノも知っててここに来たの?
たくさんの疑問が頭に溢れかえって、なにから聞いたら良いのかも分からない。
「フィレンツェのリストランテに行かせてやれなくてすまなかった…これがあったからな」
ブチャラティが申し訳なさそうに眉を下げて言った。
『ううん…』
反対側から、ふふ、とジョルノの笑う声がする。
「迷ったんだけど…チョコと苺のケーキで正解だったかな?」
『うん、大好き…え…?ジョルノが買ってきてくれたの!?』
めちゃくちゃ忙しいのに、わざわざ私の為に?
「君のためなら、いくらでも時間を作るよ」
『ジョルノ……っ、』
「泣くんじゃねえよ。やっぱおめーはガキだな」
泣き出しそうな私の頭にどしりと重たい手を乗せて、アバッキオが髪をぐしゃぐしゃにした。
ガキなんて、いつもはムカつくけど、今はそのぶっきらぼうな声も温かく響く。
「…そろそろロウソクを消した方が良さそうだぞ」
涙をこぼさないようにギュッと握った手に自分の手を重ねて、ブチャラティが優しい声色で言った。
改めてケーキを見たら、溶けたロウが落ちそうになっている。
『あっ、大変』
「やべっルナ、早く!Esprimi un desiderio!(願い事して!)」
ナランチャがきらきらした笑顔でこちらを見つめる。
ああそうか、吹き消す時に願い事をするんだっけ。
『えっと、えっと…ずっとみんなと一緒にいられますように…!』
ふうぅーっ。
「…ンだよそれ」
「もっと他になかったのかぁ〜?彼氏が出来ますようにとかさ〜」
「え〜?オレはすげえ嬉しいけどな!」
呆れ顔のアバッキオとケラケラ笑うミスタに、ナランチャが言う。
フーゴはなんだか複雑な表情だ。
え、そんなに恥ずかしいこと願っちゃった?私…。
「よっし!じゃー切って食べよーぜ〜!」
へへっ、とナランチャが笑って、ケーキから抜き取ったロウソクをジョルノに渡した。
そう言えばなんで6本だったんだろう?
年齢とは関係のない数字なのに。
首を傾げていたら、ジョルノがロウソクを持ったままこちらに体を向けた。
「ルナ…君のそういう、真っ直ぐなところ」
少し目を伏せた彼がゆったりと言葉を紡ぎ、手元のロウソクがしゅるりと形を変える。
「僕はすごく好きだな…」
優しく甘い微笑とともに差し出されたのは、赤いチューリップの花束だった。
軽やかな香りがふわりと鼻をくすぐる。
『…わあ…ジョルノ、ありがとう!』
私は受け取った6本のチューリップを顔に近づけて香りを嗅ぎ、ジョルノにハグをしよう手を広げた。
はずなのだが。
「ルナ」
耳元で低い声が名前を呼んだと思ったら、左手が大きくごつりとした手指に包まれて、そのまま後ろへ引かれてしまった。
中途半端に腕を広げたまま、私は手を引いた人物の胸に、ぽすん、と倒れこむ。
『へ?』
先ほどからこちら側にいたのはブチャラティだ。
なんで引っ張られたの?
わ、よく考えたら密着しちゃってるじゃない…!
『ブチャラティ…あの、』
背中に感じる体温にどきどきと逸る心臓。
なんとか首をひねって見上げると、海の色をした瞳が微笑んで言う。
「Buon compleanno…これを見る度に俺を思い出してくれ…」
手首に細く触れる感触に目を落とすと、いつの間にか繊細なチェーンのブレスレットがつけられていた。
真ん中の小さなイルカの形をしたプレートに、更に小さな文字が彫ってある。
"felicità"
「君は俺の"幸福"だ」
『…、…ブチャラティ…』
「嬉しい事を願ってくれてありがとう。ずっと一緒にいたいのは俺も同じだからな…」
そんなことを言いながら、ブチャラティはブレスレットをつけた手を持ち上げ、指の背にちゅ、と小さな音を立ててキスをした。
顔に熱が集まって、息が詰まる。
「ブチャラティ、大人気ないですよ?」
片方の眉を上げ、ジョルノが言った。
「自覚してるさ」
ふ、とこれまた片方の口角で笑んだブチャラティが、ジョルノを見据えて答えた。
『…ど、どうしたの?2人とも急におかしいよ…?』
はあ、と向かいのソファーからアバッキオのため息が聞こえる。
「今更か?急にじゃねえ、お前が鈍感なだけだ」
私が、鈍感だと…!?
困惑に震えながら2人を交互に見ていた私に、救いの声が届く。
「ルナっ、一番大きいやつな〜!」
『ナランチャ!』
ナランチャが意気揚々と運んできたチョコレートと苺のケーキは、みんなの1.5倍くらい大きくカットされている。
こんなに食べられるかな…でもなんか嬉しくて擽ったい。
そのあとはみんなでケーキを食べて、他のメンバーからそれぞれ小さなプレゼントを貰い、今までで一番に幸せな誕生日だった。
これ以上ないくらい、胸いっぱいの幸福。
なのだけど…。
「はい、あーんして」
「おいジョルノ、抜け駆けはよせ」
「何言ってんですか、人のハグ邪魔しておいて」
『…2人とも仲良くしてよぉ…!』
ずーっと両脇にぴたりと座っていたブチャラティとジョルノが気になって、もはやケーキに集中なんて出来なかった、というのは黙っておこう。
「La nostra Principessa,Buon compleanno…」
かちん、とグラス同士がぶつかる軽快な音がアジトに響く。
私たちは今日、要人の護衛任務を任されフィレンツェへ足を運んでいた。
襲撃は一度あったもののメンバー全員大きな怪我も無く済んだので『現地の美味しいリストランテに行きたい!』と希望したのだが、呆気なく却下されてしまった。
そのせいで、というか、なんと言うか。
ネアポリスへ着いた時にはみんなもれなく空腹で。
「パーっと食って飲もうぜ!」というミスタの誘いを断る者はいなかった。
『はーっ、おいしーい』
しゅわしゅわとスプマンテが喉を滑り降りて、空っぽの胃にちりりと染みる。
テーブルの上にはたくさんのおつまみ兼夕食とお酒が並べられていて、それを各々が好きなように食べ始める。
ルール無用のこの感じが、とても楽しくて好きだ。
「今日さ、すげーカッコよかったな!」
広いソファーの隣に、とすん、と腰を下ろしてナランチャが私に言った。
『ほんと?かっこよかった?』
「うん!あっちの攻撃が届く前にさ、ばばーってやって、シュッって!ルナ、マジすげー」
『ありがと、照れるー!』
「照れろー」
ナランチャと私は同い年で、とっても仲良しだ。
そんな私たちを眺めていたフーゴが呆れ顔で
「…君たちの会話、頭悪いの丸出しだな」
と呟いた。
「ほっとけ!」
『そうだよー。せっかく盛り上がってたのにー』
フーゴったら意地悪!ふーんだ。
ぷい、と顔をキッチン側へ向けたら、くすくすと眉を下げて笑っているブチャラティと目が合った。
『あーっ、リーダーまで笑ってる!』
「すまん…」
「てめーらがガキ臭えからだろ」
『ひど!アバッキオがおっさんなんじゃないの』
「あ"あ"?」
『ひっ、ごめんなさい…』
めちゃくちゃ怖い顔で威嚇されて、慌ててミスタの後ろに隠れると、至近距離で見るミスタの背中は思いの外大きい。
へえ、ミスタって肩の筋肉がすごく綺麗なんだな…。
無意識に指先でつん、と押すと、弾力のある感触に不覚にもときめいてしまった。
「んー?なになに、オレの体に見惚れちゃってんの?」
『ちがうし、ちょっと触ってみただけだし』
べっ、と舌を出してミスタから離れたちょうどその時。
リビングのドアが開いて、美しい黄金の髪をした少年が現れた。
「お疲れさまです。飲み会だって聞いたんで、来ちゃいました」
『ジョルノ!』
ジョルノは以前このチームのメンバーだったけれど、色々な事があった後、組織を束ねる立場になった。
それをすぐ下で支えているのが我らがリーダー、ブチャラティだ。
「Il nestro capo…お疲れ様です」
メンバーだった頃と変わらないバーチョをした私とは対照的に、ブチャラティは胸に手を当て、きちんと礼をする。
私とジョルノはそう変わらない時期に加入した。
それもあって、ついつい同期みたいな感覚で彼に接してしまうのだ。
ジョルノは、かしこまらないでくださいよ、と苦笑しながらソファーに腰掛けた。
ブチャラティの口角がひゅっと上がったところを見ると、今のはわざとなのかも知れないな。
「護衛任務、お疲れ様でした。先程相手方からもお礼の電話を頂きましたよ」
「それは良かった。全員で行って正解だったな」
そんなビジネスの会話を聞き流しながら、私はジョルノの隣に腰を下ろし、タコのサラダをお皿に盛ってあげる。
『はい、どうぞ』
お仕事の話は終わりね、と付け足して差し出したら、
「そうだね、ごめん。ありがとう」
と、笑顔で受け取ったジョルノの肩が、すとんとおろされた。
「あっ、そのマルゲリータ最後の一枚だったじゃんか〜!」
「早いモン勝ちだぜ、ナランチャ」
〈ミスタァ!オレタチニモ!〉
「もう少し静かに食べられないんですか?あんたらは」
1時間もしたら、テーブルは殆ど空っぽになっていた。
ソファー後ろのキッチンカウンターでは、早々にメインを食べ終えた大人組の2人がワイングラスを傾けている。
ぐるりと首を回して見ていた私に気付いたブチャラティが、食うか?と、コッパを一枚持ち上げた。
『食べるっ』
受け取ろうとしたら、それをすり抜けて彼の手がこちらに伸びてきて、ぴとりと唇に冷たいコッパが当たった。
『ん?』
「ほら、口開けろ」
あ、そういうことですね?
ぱかっと開けた口の中に薄く溶けるような食感と塩っぱい味が広がる。
『おいしい』
「はっ、餌付けか」
隣でアバッキオがにやりとする。
『ひどっ!私人間なんですけど?』
「あ?なにあたりめーな事言ってんだよ、阿呆」
むう、おっさんめ。
わいわいがやがや、自由奔放に過ごすメンバーを見ながら、ジョルノがくすくすと笑んだ。
「相変わらず賑やかで良いですね、このチームは」
このチームは、という言葉に、ちょっとだけ胸がしわりとする。
ジョルノだって、少し前までこの中にいたのに。
『…ジョルノ…』
「なに?」
『私にとってはさ、ジョルノはジョルノのままだよ。どこにいても、同じチームだと思ってる』
私が言うと、彼はぱちぱちと瞬きをして、くしゃりと眉を下げてわらった。
孤高の存在になってしまったとしても、心までは孤独にならないでね。
伝わったかな?伝わってたら良いなぁ。
「な、な、そろそろじゃねーの?」
「そうだな」
テーブルの向こうで、ナランチャとフーゴが声をひそめて話すのが聞こえた。
そろそろ?なにが?
首を傾げた私に、2人はそそくさと席を立つ。
アバッキオが無言でテーブルのお皿を片付け始めた。
『片付け、私…』
「ルナは座ってて」
私がやるよ、と立ち上がろうとしたら、隣のジョルノが肩に手を置いてそれを止めた。
『?…ねえ、どうしたの?』
訝しんでナランチャたちのいるキッチンへ顔を向けようとした時。
突然目の前が暗くなった。
柔らかな感触。
誰かの手が、瞼を覆っている。
『やだやだ、なに?』
状況が掴めず、顔を引いて手から逃れようとすると、耳の近くで
「すまない、ちょっぴり手際が悪くてな…」
と、低く穏やかな、微笑を含んだ声が囁いた。
『ブチャラティ…?手際って、』
「…よし、OKだ…ゆっくり目を開けて」
手のひらがそっと離れ、今まで覆われていた瞼越しに、明るさが戻る。
恐る恐るそれを開いた私の目に映ったのは
"Buon compleanno ! ルナ"
そう印字されたチョコレートと、綺麗な苺の飾りが乗った、まんまるのケーキ。
「Tanti auguri a te
Tanti auguri a te
Tanti auguri a ルナー
Tanti auguri a te !」
ナランチャとミスタの、子どもみたいに明るい歌声が部屋に響く。
『…うそ…』
誕生日、任務ですっかり忘れてた!
「驚いたか?」
後ろにいたブチャラティが、隣に移動してきて訊く。
こくこくと何度も頷きながらケーキから視線を上げると、テーブルの向こうで破顔するナランチャと目が合った。
その隣でふわりと微笑するフーゴに、ニカっといい笑顔のミスタ。
それに、仏頂面をほんの少し崩して口角を上げるアバッキオ。
え?え?待って。
「やっぱ忘れてたんだなっ」
「そうらしいな。僕らにとっちゃ都合がよかった」
「普通誕生日忘れるかよ…まったく、ボケッとしてんな」
「ルナ、どうしたぁ?ビックリしすぎて言葉もねえって?」
ひらひらとミスタの手が目の前で上下して、なんとか動き出した頭で考えてみる。
『…うん…え、だって…』
いつから計画してたの?
ミスタが飲み会をやろうって言い出したのは、わざとだったってこと?
ケーキはいつ用意したの?
ジョルノも知っててここに来たの?
たくさんの疑問が頭に溢れかえって、なにから聞いたら良いのかも分からない。
「フィレンツェのリストランテに行かせてやれなくてすまなかった…これがあったからな」
ブチャラティが申し訳なさそうに眉を下げて言った。
『ううん…』
反対側から、ふふ、とジョルノの笑う声がする。
「迷ったんだけど…チョコと苺のケーキで正解だったかな?」
『うん、大好き…え…?ジョルノが買ってきてくれたの!?』
めちゃくちゃ忙しいのに、わざわざ私の為に?
「君のためなら、いくらでも時間を作るよ」
『ジョルノ……っ、』
「泣くんじゃねえよ。やっぱおめーはガキだな」
泣き出しそうな私の頭にどしりと重たい手を乗せて、アバッキオが髪をぐしゃぐしゃにした。
ガキなんて、いつもはムカつくけど、今はそのぶっきらぼうな声も温かく響く。
「…そろそろロウソクを消した方が良さそうだぞ」
涙をこぼさないようにギュッと握った手に自分の手を重ねて、ブチャラティが優しい声色で言った。
改めてケーキを見たら、溶けたロウが落ちそうになっている。
『あっ、大変』
「やべっルナ、早く!Esprimi un desiderio!(願い事して!)」
ナランチャがきらきらした笑顔でこちらを見つめる。
ああそうか、吹き消す時に願い事をするんだっけ。
『えっと、えっと…ずっとみんなと一緒にいられますように…!』
ふうぅーっ。
「…ンだよそれ」
「もっと他になかったのかぁ〜?彼氏が出来ますようにとかさ〜」
「え〜?オレはすげえ嬉しいけどな!」
呆れ顔のアバッキオとケラケラ笑うミスタに、ナランチャが言う。
フーゴはなんだか複雑な表情だ。
え、そんなに恥ずかしいこと願っちゃった?私…。
「よっし!じゃー切って食べよーぜ〜!」
へへっ、とナランチャが笑って、ケーキから抜き取ったロウソクをジョルノに渡した。
そう言えばなんで6本だったんだろう?
年齢とは関係のない数字なのに。
首を傾げていたら、ジョルノがロウソクを持ったままこちらに体を向けた。
「ルナ…君のそういう、真っ直ぐなところ」
少し目を伏せた彼がゆったりと言葉を紡ぎ、手元のロウソクがしゅるりと形を変える。
「僕はすごく好きだな…」
優しく甘い微笑とともに差し出されたのは、赤いチューリップの花束だった。
軽やかな香りがふわりと鼻をくすぐる。
『…わあ…ジョルノ、ありがとう!』
私は受け取った6本のチューリップを顔に近づけて香りを嗅ぎ、ジョルノにハグをしよう手を広げた。
はずなのだが。
「ルナ」
耳元で低い声が名前を呼んだと思ったら、左手が大きくごつりとした手指に包まれて、そのまま後ろへ引かれてしまった。
中途半端に腕を広げたまま、私は手を引いた人物の胸に、ぽすん、と倒れこむ。
『へ?』
先ほどからこちら側にいたのはブチャラティだ。
なんで引っ張られたの?
わ、よく考えたら密着しちゃってるじゃない…!
『ブチャラティ…あの、』
背中に感じる体温にどきどきと逸る心臓。
なんとか首をひねって見上げると、海の色をした瞳が微笑んで言う。
「Buon compleanno…これを見る度に俺を思い出してくれ…」
手首に細く触れる感触に目を落とすと、いつの間にか繊細なチェーンのブレスレットがつけられていた。
真ん中の小さなイルカの形をしたプレートに、更に小さな文字が彫ってある。
"felicità"
「君は俺の"幸福"だ」
『…、…ブチャラティ…』
「嬉しい事を願ってくれてありがとう。ずっと一緒にいたいのは俺も同じだからな…」
そんなことを言いながら、ブチャラティはブレスレットをつけた手を持ち上げ、指の背にちゅ、と小さな音を立ててキスをした。
顔に熱が集まって、息が詰まる。
「ブチャラティ、大人気ないですよ?」
片方の眉を上げ、ジョルノが言った。
「自覚してるさ」
ふ、とこれまた片方の口角で笑んだブチャラティが、ジョルノを見据えて答えた。
『…ど、どうしたの?2人とも急におかしいよ…?』
はあ、と向かいのソファーからアバッキオのため息が聞こえる。
「今更か?急にじゃねえ、お前が鈍感なだけだ」
私が、鈍感だと…!?
困惑に震えながら2人を交互に見ていた私に、救いの声が届く。
「ルナっ、一番大きいやつな〜!」
『ナランチャ!』
ナランチャが意気揚々と運んできたチョコレートと苺のケーキは、みんなの1.5倍くらい大きくカットされている。
こんなに食べられるかな…でもなんか嬉しくて擽ったい。
そのあとはみんなでケーキを食べて、他のメンバーからそれぞれ小さなプレゼントを貰い、今までで一番に幸せな誕生日だった。
これ以上ないくらい、胸いっぱいの幸福。
なのだけど…。
「はい、あーんして」
「おいジョルノ、抜け駆けはよせ」
「何言ってんですか、人のハグ邪魔しておいて」
『…2人とも仲良くしてよぉ…!』
ずーっと両脇にぴたりと座っていたブチャラティとジョルノが気になって、もはやケーキに集中なんて出来なかった、というのは黙っておこう。
「La nostra Principessa,Buon compleanno…」
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