宝物の音
好き同士ってことはさ、付き合うってことだろ?
これまでと何か変わるのかと変に緊張してたんだが、そんなこともなくて。
「おーい、迎えにきたぞ。起きてるかー?」
返事は無い。
まだ寝てるな、こりゃ。
「海、見ながらサンドウィッチ食うんだろー?」
今、すんげえ音したけど大丈夫か。てか、サンドウィッチで起きるとかどんだけ食いしん坊ちゃんなんだよ。
「ぺぱぁ、おはよ。ごめんね、今起きた」
「ん。おはよ。寝癖すげえな、かわいい」
「うそ、やだ。急いで準備するね! ……部屋入る?」
入る。入りますとも。
コイツの部屋って何もないんだよな。ほぼ帰ってきてないのが丸わかりだ。実家の部屋はあんなに可愛らしいのにな。
「その辺に座って待ってて、着替えてくる」
「ああ、そんなに急がなくても大丈夫だぞ。あ、キッチン借りてもいいか?」
「いいよー」
アイツのことだから途中寄り道して何か食うにしても、朝飯は大事だからな。余分に持ってきた食材で簡単に作っておこう。
食パンを薄めに切ったのを、バタートーストにして。サラダに、フルーツ多めだと喜ぶんだよな。あとはポタージュでも作るか。ミルク、は一応あるのか。賞味期限切れてないか? よかった、買ったばかりみたいだ。
「いい匂い! え、私のキッチンってそんなオシャレな朝ごはんプレート作れるの?」
「使う人によるかもな、それは」
「へへへ。美味しそう! ありがと、ペパー! いただきます」
「どういたしまして。ゆっくり食えよ。喉詰まらせないようにな」
彼女がしあわせそうな顔で朝飯を食ってる間に、直ってない寝癖を整えて、ベッドメイクも終わらせておく。部屋の換気は片付けてる時にするとして、持っていく荷物は玄関に置いておくだろ。スマホの充電は、よし、満タンだな。
「私、ペパーいないと生きてけないかも」
「ハア!? 何言って、って、お、オレもだよ」
喜ぶ顔が嬉しくて、つい世話を焼いてしまっていたからか、コイツのこういうセリフは、告る前にも何度か聞いたことがある。その度、照れて誤魔化していた。
今は、オレも、なんて言ってみたりして。
満足そうな顔。好き同士っていいな。
「あー、美味しかった! ごちそうさまでした!」
「さすが食いしん坊ちゃん。あっという間に食ったな」
「だって美味しいんだもん! お昼も楽しみだなー」
「さ、片付けと準備さっさと終わらせて、出かけるか!」
「うん!」
アカデミーの宝探しって、何度もやっていいんだぜ。それで単位足りなくなるのは本末転倒なんだけどよ。優秀ちゃんなオマエには関係ねえか。
オレ今、必死に出席してんだ。ちゃんと卒業して、オマエと冒険して見つけた夢、しっかり叶えたいからさ。
え、一緒に頑張りたいって? それ以上何頑張るんだよ。でも嬉しいぜ、ありがとな。
じゃあこれも宝探しってことで、レポート書けるくらいちょっと遠くまで行ってみっか。
コサジ近くの海の見える丘に行く予定だったが、足を伸ばして、北パルデアまで行くことにした。
「見て見てペパー、あそこにも落とし物!」
「おいおい、相変わらず落とし物大好きちゃんだな。真っ直ぐ歩けやしねえ。ちっせえリュックにどんだけ入ってるんだよ」
「先生も言ってたでしょ、光ってたら拾えって。それに法則があるの見つけたんだ、これもレポート候補で!」
「そうだけどよ。あんま離れんな、寂しいだろうが」
「はあい。じゃあ、手、繋ぐ?」
「うっ、こんな往来で堂々といいのか?」
「いいの! 付き合ってるんだし、こうしておけば離れない、ね?」
「ちょっ、ま、手汗拭かせてくれ! ああ、もう、速攻ちゃんかよ」
ペパーって研究熱心だし、ポケモンも人も大事にしてるし、意外なところで鋭かったりするから、すっごくいい料理人になるよ。
彼女からそう言われると、現実になる気がしてくる。
もうダメだ、って時、「大丈夫、なんとかなるよ」って、彼女は笑うんだ。いつだってその言葉通りになった。だからこそ、あの笑顔には説得力があるんだよな。
かっこいいよなあ。可愛いだけじゃなくて、かっこよさもあるなんて、オレの彼女最強じゃね。チャンピオンなんだから当たり前ちゃんか。
このままのんびり歩いていくのも悪くなかったが、途中タクシーに乗って、昼前には北3番エリアに着いた。
ナッペ山麓の草原はちょうどよい涼しさで気持ちがいい。海岸沿いにもたくさんポケモンがいて、彼女ははしゃいでいた。
天気も良くて、絶好のピクニック日和だ。
「準備できたぞー」
「わ、すごーい! なんでこんなにきれいなサンドウィッチ作れるの? スープも美味しそう!」
「へへっ、ペパー特製、デートスペシャルだ!」
「うぅ、キュンときた。ペパーに心も胃袋も捕まえられてしまう!」
「捕まっちまえ! はい、あーん」
「んんっ! んー、美味しい〜! ちょっとピリッてするの好き!」
「だろ? 全部オマエ好みの味だぜ。たんとご賞味あれ」
マフィティフたちにもそれぞれにサンドウィッチを渡して、のんびりと昼飯タイム。
好みの味を食べさせると、どんな効果があるのかってのも研究のしがいがありそうだな。
まずは笑顔、だな。記録、記録。
「お、なんかマフィティフ、やる気マンマンちゃんだな」
「ペパーの作ったごはん食べると元気になるんだよ、ね?」
「ウワウ!」
「へえ、そうなのか」
「だよお、私のポケモンたちもだし、ほら、野生の子たちも! きっとペパーの力だよ」
「おお、おお? なんかいい宝物見つかりそうだ」
「えへへ、じゃあ、さっそくバトる?」
「おい、急にネモんな」
「あははは、楽しいね!」
「まったく、オマエってやつは」
結局、あの後一度だけバトルして、ちょっとだけ海見に行ったりして、おやつ食ったりして過ごした。今は、シートに寝転がって休憩中。
ちょっとだけだったのは、なぜかオレに野生のポケモンたちが付きまとってきたからだ。
彼女が言うには、美味しそうな匂いがするから、らしい。ジッとしてたら食われちまうのかよ、と焦るオレに、あまいかおり、みたいな感じかも、と寝返りをうった彼女が近づく。
ドキッとした。
「ポケモンだから許すけどね」
「なんだそりゃ」
「うーん、ネモとボタンも許す、かな」
オレに比べたらかわいいヤキモチだな。
可愛い。可愛いな。
「なあ」
「ん、なあに?」
「触れてもいいか」
「いいよ」
どうぞ、と差し出された頬に手を添える。
あたたかい。柔らかい。可愛い。
重ねられた華奢な手も、指先に触れる細い髪も、オレだけを映す大きな瞳も、名前を呼ぶ甘い声も、彼女の全てが愛しい。
大事にしたい。
そう思うのに、強く想えば想うほど、気持ちは重くなっていく。
この間のように、つい溢れてしまった時、引かれやしないか、不安になる。
「そろそろ帰るか」
「え、……うん」
「どうした?」
「ううん、なんでもない! 片付けしよっか!」
大切にする。ずっとそばにいたいから。
「帰りはあっという間だったね」
「ちょうどタクシー拾えたからな、早く帰るにこしたことはねえよ」
「そうだけどさあ」
「ご不満そうだな、腹減りちゃんか? 食堂行くか?」
そんなに力強く首振ると、頭取れるぞ。
「もうちょっと、一緒にいたいの。ダメ?」
「だ、ダメじゃない。……オレの部屋で夕飯、食ってくか?」
「うんっ」
ああ、これ以上一緒にいたら触るだけじゃ済まなくなりそうだったから一旦クールダウンしようと思ったのに。
こうも可愛くおねだりされちゃ、頷くしかねえ。
広場で相棒たちをウォッシュして、いざ寮棟へ。
ついそのままオレの部屋まで来ちまったけど、いいんだよな。
「オマエもシャワー浴びるだろ?」
「ふぇっ!?」
あ、ついウォッシュの流れで。
「あ、いや、深い意味はなくてだな! 深い意味ってなんだ、その、さっぱりしてから夕飯食いたくねえかなって」
「う、うん! そ、そうさせてもらおっかな! じゃ、バスルーム借りるね!」
「ああ! 置いてあるタオル好きに使っていいからな」
「ありがとっ!」
あっぶね、何言ってんだオレ。クールダウン、できやしねえ。
何が、何も変わらない、だ。変わらなかったのは、いつもネモとボタンがいたからだ。だからって今からふたりを誘うのは違うだろ、それくらいオレにもわかる。
とりあえず、メシ作ろ。
朝昼とパンだったからなあ、ライスにするか。定番どころだと、カレーかオムライス。あ、おにぎりとミソスープってのもいいよなあ。よし、そうしよう。ライスは冷凍ので悪いが、ミソスープには好きな野菜たっぷり入れるから許してくれ。
「ぺぱぁ」
「ん? って服! 服はどうした」
「着替え、制服しか持ってきてなくて。あ、下着はちゃんとリュックに入れてた、ん、だ、……けど」
「そこで照れないでくれ、オレも恥ずかしい。……オレのでよければ貸すけど」
「えへへ、ありがと」
これがいわゆる、彼シャツ、というヤツか。
ただのTシャツだってのに、破壊力ハンパねえな。でも、どこも見ちゃいけない気がして、目のやり場に困る。
「おダシのいい匂い!」
「あ、ああ、夕飯は、おにぎりと具沢山ミソスープだ!」
「わあい! ペパーもお風呂入る? 私、待ってるよ」
「いや、先に食おう。腹減っただろ?」
食い終わったらどうする。部屋まで送るか? この格好のコイツをか!? 無理だろ。あ、着替えさせればいいのか。いやいや、そうじゃなくて!
この場合、帰すのが正解だろう。そう思って、早くアカデミーに帰ってきたんだし。
長くいればいるほど、離れがたくなる。
大事にしたいのに、もっと一緒にいたいと思ってしまう。矛盾してんな、オレ。
「……帰りたく、ないな」
元気よく、ごちそうさまと言ったあと、彼女がぽつりとそう溢したとき、オレの中で何かが決壊した。
クールダウン? そんなんコイツを部屋に入れた時点で無理なのわかってただろ。
「……ん、わかった。片付けて、風呂入ってくる」
彼女は満足そうに、始終ニコニコしている。可愛い。
レモネードを飲みながら少しだけ今日のデートの写真を見返して、歯磨きをする。
寝るのが惜しくて、ベッドに横になっても、スマホを交互に思い出をスクロールしていた。
「もう、指一本触れないからな!」
「そうなの? ギュッてして寝たかったな」
「うっ、手、繋ぐだけなら」
「ヤだ、ギュッてするの」
結局、彼女を抱き込むようなかたちで寝ることに。
眠れるわけがない。
電気を消すと、窓から入るアカデミーの街灯の灯りが、ふんわりと枕元を照らす。
「横になるとペパーの顔、ちゃんと見れて嬉しいな。きれいな目だね」
「それ、男側が言うセリフだろ」
「ふふ、だって両目見えてるのレアなんだもん」
「そうか?」
「うん。それに、いい匂い。落ち着く。ね、触ってもいい?」
「ダメ」
「お昼、私はいいよって言ったのに」
「昼と今じゃ状況が違う」
「一緒だよ?」
いつもみたいに軽くはぐらかせるはずだったのに。
一緒だよ、って。コイツ、本当に……わかってんのかよ。
オレがどんだけ、オマエを離したくないって思ってるか。
「……どこ行くんだ」
寝返りをうっただけだろうに、何言ってんだ、オレ。
「どこにも行かないよ、私の心はずっとペパーに繋がってる。大丈夫だよ」
ねえ、ペパー。私ね、ペパーが好きだって言ってくれて嬉しかったんだよ。
そばにいられるなら、ずっと親友でもよかったの。
親友って言われるたび、チクッとしたりして、ちょっと欲張りになってさ。
こんな素敵なペパーの一番の女の子になれたらどんなにしあわせだろうって、思っちゃったんだ。
ペパーは優しいから、私のこと大事にしてくれてるの、わかるよ。
でもね、いいんだよ、ペパーなら。ペパーのこと、もっと知りたい。
「ペパー、大好きだよ」
彼女が囁くように言った言葉は、どれもオレが思っていたことと同じで。
言葉にするとこんな風になるのかと驚いたのと同時に、真っ直ぐ言葉にして言える彼女のことが羨ましくも、すごいと思った。
オレは、彼女になんて言ったらいいんだろう。
「お花畑、フラべべたくさんいたね。可愛かったね」
「……ああ」
「青いお花の子、ペパーに懐いてたね」
「ああ、肩や頭に乗ったりして懐っこい子だったな」
「ね、今度、カラフシティに一緒に行かない?」
「いいよ。どうしてだ?」
「ペパーとお揃いのカバーも欲しいなって。もちろんペパーから貰ったのもお気に入りだよ。見るたびにお腹空くし、ペパー思い出してニヤけちゃう」
「……ハハハ、まったく、オマエには敵わねえよ。すげえかっこいい。かっこよくて可愛くて、強くて優しくて、食いしん坊でたまに抜けてて、それなのに鋭くてさ、オレの気持ちもお見通しかよ、って」
「……ペパー」
心配そうに触れた彼女の指先で、自分が泣いていることに気がついた。
かっこ悪いな、オレ。
でも、コイツが大丈夫だって言ったんだ。不安になることはない。
「オレも、好きだ。大好きだよ」
オレさ、多分オマエが思ってるより重い男だと思うんだ。嫉妬もするし、束縛もする。独占欲強くてさ、子どもみたいだろ。
引かれないようにって、気をつけててもこのザマだ。
え、それがオレの本心なら嬉しいって? 普通なら重い男は嫌だって言うところだろ。
……ハハ、確かに。オマエは普通じゃなかったわ。
「オレ、オマエと出会えてよかったよ。ありがとな。大好きだ」
「私も。あの時、私に声かけてくれてありがと。全部が宝物だよ。ペパー、大好きっ」
「……キス、してもいいか?」
「ふぇっ!?」
「ここは照れんのかよ、最高に可愛いちゃんだな、オマエは」
初めてのキスはドキドキしたけれど、安心するような不思議な感覚だった。
互いにホッとしたのか、いつの間にか眠っていて、気づけば窓の外はうっすら明るかった。
オレの作るメシの匂いで起きる彼女の寝ぼけた顔は可愛くて、毎日見れたら最高だな、いつかそんな日が来るといいな、なんて思ったりして。
そう思えるのも、彼女だからだ。
「ペパー、おはよ。今日、4時間目、同じ授業だね! 終わったら一緒にお昼ごはん食べよ! ネモとボタンも誘って!」
「おはよ。朝から元気だな。お、いいな、そうしよう!」
何も変わらない。変わらないようで、深いところで確かに、変わっていく。
そうやって、繋がっていくんだ。
write 2025/6/25