名前のない宝物
ある日突然、誰かによって世界が別の色に見えることってあるだろ。
物語とかドラマで、世界が変わった、とかさ。良い意味で。
そんなの初めてのことだったし、相談って言ってもこういうの誰に言っていいかわかんなくて、恥ずかしくも調べてみたんだ。
そしたら、ひとはそれを“恋に落ちる”って言うんだと。驚いてスマホ落っことしそうになったぜ。まあ、スマホロトムだから落ちねえし、吹っ飛んだのはオレなんだけど。
アイツはスゲーんだ。バトルも強えし、ポケモンもすぐに懐いちまう。強運の持ち主ってーの? 主人公! って感じでさ。
サンドウィッチのセンスは皆無ちゃんなんだけどよ。オレが作ったのもなんでもウマイって食ってくれるし、どんな場所でも頼もしく着いてきてくれて、危険な目にあっても最後はいつも笑顔なんだ。エリアゼロだってそうだ、立ち向かって、挫けなかった。オレよりも、誰よりも。そんなアイツの隣にいたい、隣に立てる自分になりたいって思った。
家族を救う唯一の手掛かりを片手に、ただひとり、闇雲に歩いていたオレにできた初めてのダチだったんだよ。
初めての。
一番の。
一番になりたかっただけ。
それなのに――
「で、なんでネットに頼ったのにウチに聞くん」
「やっぱ一緒いるヤツらに聞いた方がいいんじゃないかと思って。ネモはとりあえずバトってみればとか言いそうで」
「消去法やめろし。それで、ペパーは告るん?」
「どうだろ、言って関係が崩れるくらいなら言いたくねえな」
「崩れる前提なん。あれはどう見たって、……まあ、いいや。ペパーがそれでいいなら」
ボタンはそう言うと黙ってしまった。元から喋る方じゃないが、オレに答えがあるのなら、それ以上は言うまいということだろう。
ネモにも一応聞いてみたんだが、バトルしてみたらスッキリするかもよ、だってさ。オレがアイツに勝てたことあったか? ないだろ。ただ、ポケモンバトルしている時のアイツの顔は、好きだ。
宝探しが終わっても、アカデミーにいることの少ない彼女が、今どこにいるのか。
先生やリーグの手伝い、風のウワサでは林間学校に行ったとか、留学に行ったとか。チャンピオンは忙しいみたいで、あっちこっち引っ張りだこちゃんってわけ。ちょっと前まではオレと冒険してたのにさ。
いや、また誘えばいいだけ、そう、誘えばいいんだ。
『もしもし、ペパー! どうしたの?』
「よお、久しぶり。今どこかなと思ってな」
『今パルデアに着いたとこだよ。ただいま』
「おかえり。あのさ、もしよかったら今度、一緒に、」
放課後に待ち合わせして、食材集め。休みの日は、ピクニック。たまに野生ポケモンとバトルして、思い出話や、彼女の旅の話を聞いて。晴れていれば寝転んで昼寝、雨が降ったら雨宿り。オレの部屋でごはん食べたり、映画観たり。
誘ってみれば、そんな望んでいた日々に戻る。
口の回りを汚しながら美味しそうにサンドウィッチを頬張って、オレの作る料理は世界一だ、って笑うんだ。可愛いって思うのは、親友でもアリなんだろうか。
「擦ったら血出るだろ。かわいい口が台無しちゃんだぜ。ほら、リップ」
「ん? んん、ありがと」
「それ、考え込むとき、よくやるよな」
「そうかな、自分じゃわかんないや。ペパー、よく見てるね。さすが」
「当たり前だろ」
オレがこう言うと、彼女は、はにかむように笑うんだ。この表情が何を意味するかはわかんねえんだけど、嬉しくて笑い返す。
「で、そんな真剣にスマホ見つめてどうした?」
「うんとね、前にも話したブルーベリー学園のリーグ部のひとが、また会いたいなって。あそこバトル盛んだから」
誘われたら、彼女は行っちまう。
誰に誘われても、それがどんなに遠くても。
わかりきっていたことなのに。
彼女のクセも、好きなものも、苦手なものも、好みの味も、集めているものや、ハマっているもの、バトルの仕方だってオレが一番知っているのに。
一番って何だ。
オレの中では、とっくの前に一番だ。
じゃあ、彼女の中では?
「今度はさ、ペパーも、」
「もうどこにも行くな」
「……え、ペパー?」
オレ、何て言った?
「行かないでほしいのは、なんで?」
「……」
「ね、ペパー?」
「……好き、だからだよ」
ああ、言っちまった。言うつもりなかっただろ。
いつも前を向いてるアイツが俯くなんて、きっと困った顔してる。
最悪だ、オレ。最低だ……。
「親友って言ってたのに裏切ったみたいでごめんな、忘れてくれ」
「イヤ。絶対にイヤ」
「え、激おこちゃんか?」
「私、ペパーとなら親友のその先、見てみたいの。だからさっきの忘れたくない。ダメかな」
「……! ダメじゃねえ! え、え? どういうことだ?」
「私も、ペパーのことが好きなの。ずっと、私の一番は、ペパーだよ。気づいてなかったの?」
「オレはずっと親友だと」
「じゃあ先に裏切ったのは、私かな。怒る?」
「いいや。こんな嬉しい裏切りは初めてだぜ。しあわせだ」
ある日突然、誰かによって世界が別の色に見えることってあるだろ。
確かに、あの日から世界は変わった。
だけど今、オレは思う。
変わったんじゃない。
“本当に欲しかった世界”が、見つかったんだ、って。
write 2025/6/21