よくがんばりました、の夜
ただいまの一言もそこそこに、私はソファにばたんと倒れ込んだ。
疲れた、という言葉では追いつかない。なにが原因かと言われてもわらかない。大小様々な、きっと口にしてしまえばどうでもいいことも、全てが気持ち悪く居座っている。それを吐き出さないよう張り詰めて、気づけばもう限界だった。
「……ん、あれえ、おかえりなさあい」
仕事部屋から出てきた彼、ジニアくんはゆるんだTシャツ姿で目を擦っていた。研究の合間に仮眠を取っていたのだろう。
「ちょっと待ってて」
私の様子を一目見た彼は、それだけ言って、静かにキッチンへ向かう。
気をつかわせてしまった。察してくれみたいな雰囲気も、こんなボロボロの姿も見せたくなかった。同棲に踏み切れなかった理由の大半はこれだ。大変なのは、お互い様なのに。
ああ、もう。ソファじゃなく自室へ行けばよかった。起き上がって、ひとこと『大丈夫だ』って言って、それから、それから……。
けれど、私には気丈に振る舞う気力すら残っていなかった。
「お待たせしました。起き上がれそうですかあ?」
うつ伏せのまま、ふるふると首を振る。
彼は小さく「そうですかあ」と呟くと、何かをソファ前のローテーブルへ置いた。
「疲労回復、リラックス効果のあるハーブティーです。香りを嗅ぐだけでも十分効果のあるものですから、深呼吸してみてくださあい」
そう言われて、自分の呼吸がとても浅かったことに気づく。
鼻からゆっくりと吸う。青く爽やかな香りは、お腹辺りに居座っていたもやもやを、ふうと息を吹きかけるよう優しく飛ばした。
「ちょっとばかし、触りますねえ」
濡れた肌触りのいいタオルが首元に触れる。じわりと嫌な汗の滲んだ肌を丁寧に拭ってくれた。
外で抱えてきた、本来なら自分でどうにかしなくてはいけないものを、彼はそよ風のような優しさで撫でていく。
そっと向きを変えて拭き終わると、彼は私の頭を膝の上に乗せた。
「よしよし。だいじょうぶ、だいじょうぶ。あなたはがんばりやさんですからねえ。こんな日もあるでしょう。ちゃあんと帰ってこれてえらいです」
指先は髪を優しくとかすように撫で、声は耳のすぐそばで囁かれる。
ジニアくんの、春の陽だまりのような穏やかな声。たまには甘えてもいいのかも。そう思ってしまう。
「ぼくがぜーんぶ、だいじょうぶにしますからね」
なんだか魔法みたいだ。
背中にまわされた腕のあたたかさが、心までふわっと包み込む。
今日くらいは。もう少しだけ。
からだの中が晴れていくのを感じながら、私は安心して瞼を閉じた。
write 2025/7/28