キタカミ・サマー・ブレイク
慣れない食文化でホームシックになる生徒もいるかもしれませんから。
ジニア先生が大きな荷物を背負ってアカデミーを去ったのは、生徒たちが林間学校へ旅立った翌日のことだった。
理由が理由なだけに、誰も止めず見送ったが、恋人でもある彼の突然の行動に胸のざわつきを感じた私は、研究室にもなっている生物準備室を覗いた。
デスクや棚からはごっそりと研究機材と資料がなくなっていて、私は一抹の不安を覚えた。それを一緒に見ていたクラベル校長も、青ざめたような怒りに震えているような、なんとも言えない顔をしていて、「先生、彼の家も見てきてくれませんか」と眼鏡を曇らせながらため息混じりに言った。きっと私と考えていることは同じだろうと深く頷くと、「事によっては、先生もキタカミへ向かってください。アカデミーも夏休みに入りましたし、こちらは大丈夫ですので」とスマホを取り出して、飛行機のチケットを手配してくれた。
事によって、というより、これは行くことが確定したも同然の流れだ。彼の家もこの部屋と同じ有様なのだろうと、容易に想像できる。
移動中なのだろう。何度かけても、電話は繋がらず、既読にもならないまま時間だけが過ぎ、とうとう就業時間になった。到着しているであろう時間はとっくに過ぎた。時差を考えても彼のことだから起きているはず。
アカデミーから彼の家へと向かう。お互いの家の鍵を持っている私たちは、週末どちらかの家で半同棲のような生活をしていた。
「おじゃましまーす」
家主のいない静まり返った部屋の中へ足を踏み入れる。
この合鍵は恋人らしさを表すものだけではない。論文や研究に没頭した彼の生活力のなさといえば赤子並なので、半分彼の生存確認のためにもなっている。
さて、今回はどうか。廊下、リビングを通り過ぎ、寝室兼仕事部屋のスイッチに手を伸ばす。
「もう、やっぱり」
デスクの上だけが綺麗になっていて、走り書きのメモが一枚置いてあった。
・タマゴ(目的→体験、信頼、絆)
・ピクニック用品(かわいい→和む)
・材料は現地(機内持ち込み不可)
「ジニアくんらしいというか、なんというか」
私はクラベル校長へ連絡を入れると、クローゼットを開いた。ついこの間、洗濯物をしまってから動いた気配がない。
「パンツくらい持っていきなさいよね。説明会で生徒たちに話ししてたのは誰よ」
下着とTシャツ、靴下を数枚ずつ、いつものジャージと部屋着で着ている短めのジャージに、履いた姿をあまり見かけない綺麗めなパンツとベルトを自分のキャリーバッグへ詰めた。靴は、サンダルで行ったのだろう。取り敢えず、スニーカーを一足袋に包んで詰めた。
キタカミの里。いわゆる和、と呼ばれる地方の夏は蒸すらしい。私も視察や勉強会で訪れたことはあったが、過ごしやすい気候の時だった。パルデアの夏もそれなりに暑いが、こちらは乾燥している。どのような気候で、その地にどんなポケモンがどのように過ごしているのか。俄然、気になってくる。あ、いけない、思考がついジニアくん寄りに。おそらく彼も色々なことが気になって、居ても立っても居られなくなったのだろうと、この部屋でいそいそと準備をしている彼を想像して小さく笑った。
翌朝、朝イチの便でパルデアを旅立った。
キタカミの里へは、飛行機とバスを乗り継いで半日以上かかる。時差もあって、やっとの思いで着いたのは現地時間で朝の10時頃だった。
目的地のバス停で降りると、キンと冷えた車内から一転、ムワッと熱い空気が全身を纏う。
ああこれが蒸すってことか、と早々にジワリと滲みだした汗をハンカチで押さえつつ、重いキャリーバッグを引きずりながら緩やかな坂を登った。
目の前に広がる田園風景。丘の上から吹き抜ける風は瑞々しいりんごの香りがする。どこか懐かしさも感じる静けさと草木のざわめき。それらを肌に感じ、道なりに進めば、生徒たちがお世話になっているスイリョクタウンの公民館が見える。
中に入ると、ひんやりと冷たい空調の風が汗をすうっと撫でて、思わず「わ、涼しい」と声が出た。
「ブライヤ先生、おはようございます! 生徒たちがお世話になっております! 弊校のジニアの補助で参りました、
〇〇です」
「おお、
〇〇くん! 待っていたよ。ジニアくんも来ているのか? 見かけていないな」
「え?」
「ん?」
予定では昨日か一昨日の夜には着いているはず。まず、数日間、スマホロトムの応答がないのもおかしい。電波はあるのに、仕事用、プライベート用どちらにかけても反応ナシ。もしかして機内モードから変えてない?
「ちょっと、この辺り見てきてもいいですか?」
「ああ、構わないよ。生徒たちは各々巡って、門限までには此処へ戻ってくる手筈になっているからな」
「ありがとうございます!」
にこやかに送り出してくれたブライヤ先生に深く頭を下げ、必要な荷物だけを持って、これからどんどん暑さの増すキタカミの夏へと飛び出した。
この一本道には居なかったし、彼のことだから余程のことがない限りわざわざ坂を登ることもしない、裏は民家ばかりのようだし、だとすればこの橋の向こう。
自然豊かな長閑な風景。
山に川、ぬるい風に揺れる草木。オタチやタネボー、チュリネなどの小さいポケモンたちが草むらの中でちょこちょこと動いている。
木陰に集まって、涼んでるのかな。可愛いけど、それにしては何かを囲むように集まってるような。
「って、ジニアくんっ!?」
驚きすぎてついうっかり先生呼びするの忘れちゃった。
「…ん、あれえ。
〇〇さんの幻覚が見える」
仰向けに寝転がった彼が、ぼんやりこちらを見上げる。
ふさふさの長い睫毛がゆっくり瞬いて、まるでお伽話のお姫さまのようだ。
「違う、本物! ジニア先生、こんなところで何してるんですか!」
「わあ、本物! なんでいるんですかあ? もしかして、追いかけて来てくれたり?」
のそりと起き上がり、えへへ〜と照れ笑いをする彼を見ると、心配した私がバカみたいに思えてきた。
「そうですよ! 資料と機材だけがごっそりなくなってて、全然連絡もつかないし、着替え持って行った気配もないし」
「あららあ、それは心配かけちゃいましたねえ」
「……心配するに決まってるじゃない」
恋人の顔をする彼に思わずムスッと返せば、「ごめんね」と膨れた私の頬を撫でた。
「せ、先生はここで何してたんですか?」
「生徒さんたちにサンドウィッチご馳走したり、たまにお話しして図鑑見せてもらったりとか、あとはポケモンたちの観察してましたあ」
寝転がってポケモンに囲まれている状況を確認したのに、「みなさん、ホームシックにもならず元気に楽しんでますよお」と今度は先生の顔をして話す彼。
希望者とはいえ、遠く離れた地で不安にならないはずがない。食べ慣れたごはん、見知った大人の存在。それらが、彼、彼女らにとってどれだけ安心できる拠り所となっているか。
まあ、私にとってはジニアくんも心配対象でしかないのだけど。行き倒れてるかと思ったし。
「大体想像はできてましたけど、ブライア先生には連絡しないと。困惑されてましたよ」
「ああ、忘れてましたあ。スマホロトムは、あ、こっちは充電切れてますね。こっちは機内モードのままでした、えへへ」
「えへへって。クラベル校長もお怒りでしたよ」
「えええ、それはそれは。後で謝っておきます」
スマホを操作すると、帰るのが怖いなあ、としゅんとした顔で後頭部を撫でた。頭についた草が、はらはらと肩や背中へ落ちていく。私はそれをひとつずつ摘みながら、数日ぶりの彼の存在を、指先にそっと感じていた。
「それにしても、キタカミの夏は朝から蒸しますねえ。中までビショビショです」
「着替え、持ってきましたよ。夜はちゃんと、公民館でお世話になりましょうね。野宿はダメですよ」
「わあ、さすが
〇〇さん」
「……今は、先生と呼んでください。時間的に勤務中です」
はあい、と間延びした返事に絆されながら、そばに流れる落合河原へとふたりで向かった。
「ニョロモが気持ちよさそうに泳いでますねえ。癒されますう」
「はい、冷えたタオル。拭いたら、こちらに着替えてくださいね、あ、上だけですよ! ここで下脱いだら犯罪です」
「それくらい、ぼくにもわかりますー」
白衣とサンダルを脱いで川に足を浸した彼が、唇をぶうと尖らせる。Tシャツと裾を捲ったジャージ姿で川面を蹴る彼は、どこか夏休みの子どもを思わせた。
「あ! ジニア先生、川遊びしてる!
〇〇先生も!」
向かいの川岸から生徒の一人が手を振って、「パルデアでは見かけないポケモン捕まえましたー!」と濡れるのも構わず川を突っ切ってきた。すごいすごい、と図鑑を覗き込んで手放しで褒める彼の横顔は、先生のようにも研究者のようにも少年のようにも見える。不思議なひとだ。
先ほど公民館を出る前にいただいたりんごを一緒に食べつつ話をして、また冒険へと向かう生徒の背中を見送った。
「今日も暑いのに元気でしたねえ。よかったよかった」
「ジニア先生のおかげでもありますね。彼、先生の顔見てホッとしてましたもん」
「えへへ。ぼくは、
〇〇先生の顔が見れてホッとしてますよお」
「……うそ、音信不通になってたくせに」
「怒らないでくださあい」
「その顔ずるい!」
「えええ、なんでえ?」
夏色の夕日で田んぼが橙に染まる頃。
生徒たちは一度、公民館へ戻り夕食をとった後、甚平に着替えてオモテ祭りへと出かけた。オモテ祭りとはキタカミの伝統あるお祭りで、鬼退治をした、ともっこさまと呼ばれる三英雄を讃える催しらしい。参道には屋台が並び、鬼退治フェスなどの参加型イベントも行われているという。
「先生たちは行かないんですかー?」
「りんごあめが有名みたいですよ!」
と、教えてくれた生徒たちに手を振って、人の催しにあまり興味のなさそうな彼へ、一応聞いてみる。きっとそんな時間があるなら、ポケモンの生態調査へ向かいたいはず。
「ジニアくん、お祭り行く?」
「
〇〇さんが一緒なら」
彼は、ふわりと目を細め、優しい顔で笑った。
思いもよらなかった返事に、ふと頬が緩んだ。
すっかり陽も落ちたというのに、外は日中の熱がむわりと立ち込めている。じっとりとまとわりつく湿気と、お祭りへ向かう人々の騒がしさの中、周りの人たちと同じ甚平に身を包んだ私たちもぼんやりと灯された灯籠を目印にキタカミセンターへと続く薄暗い道を歩く。鳥居をくぐれば、すれ違う人々はお面を付けており、楽しげな雰囲気の中にもどこか怪しげな、知らない世界に迷い込んでしまったような、背筋の冷える感じもする。
「せっかくなので、習わしにそってみますか」
そう言って彼は、お面の屋台で昔話に出てくる鬼の面を、私はピカチュウの面を買った。
「似合ってますかあ?」
「うん、未知のポケモンみたい」
「わあー! 新発見ですね! ぜひ
〇〇さんがゲットしてくださいー!」
彼の喜ぶツボが、最近わかるようになってきたと思う。それでも天才の頭の中は計り知れない。
「はいはい。ボールには入らないから、直接捕まえます」
えいや、と手を繋げば、彼は抵抗することなく、すんなりゲットされた。可愛いひとだ。
明かりから外れた参道の隅でりんごあめを食べていると、後ろからりんごあめをおすすめしてくれた生徒の声がした。
「あー! 先生たちも来てる!」
「みなさん同じ格好なのに、よくわかりましたねえ」
「そんな寝癖すごい人なかなかいませんから」
「あはは、これは手厳しい」
彼はそう言いながらも嬉しそうに笑って、食べかけのブルーアローラかき氷をストローでザクザクとかき混ぜる。
「もしかして、先生たちって、付き合ってるんですか? ジニア先生の距離感バグってるのはいつもですけど、それ以上に近いのをよく見かけるというか。あのウワサは本当だったのか真相を知るチャンス……」
「えっ、えっと、」
「あ、いやあ、えへへへ。はい、そうですよお」
人がどうこの場を誤魔化そうかと考えている間に、彼は顔を赤くしてすんなり交際を認めた。私がここで否定しても、変な空気になるだけだ。だからといって、どんな反応が正解なのかわからない。
「ジニアくんっ!」
「あわわ、怒られちゃうとぼくも悲しいので、このことはここだけの秘密にしておいてくださあい」
すっきりしたような顔で、「はーい」と返事をすると、地元の子や他の生徒たちと合流し、階段を登っていった。
「バレちゃいましたねえ」
……バラしたのはあなたなんですが。
「学校行事の付き添い中なのに、生徒たちの信頼が、」
「
〇〇さん、口の横、あめがついてますよ」
どこ、と手をやる前に、彼の顔が近づいて、冷たい舌が私の口の端を舐めた。
「ちょ、っと、ジニアくん、聞いてた?」
「ん? 誰も見てませんよ。夏ですし」
夏だからなんだというのだ。鋭い視線を向けても、彼は「慌てた姿も可愛いですね」と揶揄うように口角を上げた。
たまに思う。ゆるやかな仮面を被った彼の手のひらでころころと転がされてるのではないのかと。それでもいいと思ってしまうくらいに私は、彼のことがどうしようもなく好きなのだ。
彼の薄い唇が、あーん、と大きく開いた時、鮮やかな青が見えた。その瞬間ふと、夏が来るたびにこの情景を思い出すだろう、と確信めいたものが浮かぶ。それは、噛み砕いた甘いりんごあめと共に、腹の奥へと落ちていった。
この日のお祭りが終わり、生徒たちが公民館へ戻っていく。賑やかだったお祭りの熱が、少しずつ夜風に溶けていくのを感じながら、私たちも用意していただいた部屋へ、それぞれ戻ることにした。
キャリーバッグに詰めてきた彼の着替えを抱えて、ドアをノックする。返事があって、ゆっくりドアが開くと、青白いライトに照らされた顔が覗いた。今さっき別れたばかりなのに、また違うひとのようにも見える。
「これ、持ってきた着替え。数日分適当に選んできたけど、足りなかったら洗濯機も貸してもらえるみたい」
「
〇〇さん、ありがとうございますう」
「どういたしまして。男性用の浴場は突き当たりを右だって」
「……入らないんですか?」
ドアの敷居から距離を置いてつま先を並べる私の足元を見て、彼は言った。
この問いは、お風呂のことじゃない。このひとは、まったくもう。
「さすがにダメです」
「こんなに近くにいるのに一緒に寝れないなんて、寂しいですねえ」
それならいっそのこと野宿だったら、なんて顔をしている。わかりにくくて、わかりやすい。
「……そう、だけど。そんな顔したってダメだからね?」
「はあい。帰ったら一緒に寝ましょうね」
「うん。おやすみ」
「えへへ。おやすみなさあい」
パタン、とドアが寂しく閉まると、一息ついた。
私もお風呂入って寝よう。
明日にはオリエンテーリングが終わるみたいだから、最終日の帰りのバスの時間まで目一杯満喫してもらって、その間にお世話になった方々へ挨拶でしょ、出発前にはクラベル校長にも連絡を入れて。あれ、これ引率のジニアくんがやることでは? まあいいか。毎日のレポートは提出してるみたいだし、ちゃんと時間に間に合ってくれれば。
何事もなく、無事帰る日を迎えた、まだまだ暑さ残る午後。
他校生との交流も、お祭りやキタカミ散策も最後まで十分に楽しんだ生徒たちの点呼を取っていた。
心安らぐ長閑な風景も見納めだ。ここを離れるのかと思うと、この蒸し暑ささえも、なんだか名残惜しい。
「皆さん、忘れ物はないですか? 帰りは私とジニア先生と一緒にパルデアへ戻りますからね! はぐれないように!」
「
〇〇せんせー、ジニア先生がいませーん」
「うそでしょ、さっきまでここに」
大きな荷物はそのまま、彼の姿だけが隣から消えていた。
「あ、田んぼのところでヤンヤンマと戯れてる」
生徒が指差す先へと目をやれば、頭と肩にヤンヤンマを乗せた彼が楽しそうにメモを取る姿が見えた。
「ジニア先生ー! バス、来ちゃいますよー! 一緒に帰るんでしょー!?」
手のひらを口の横に添え、少し大きめの声で彼を呼んだ。すると、わあ、と驚く声が聞こえて、今にも転けそうな走り方で一生懸命こちらへ向かってくる。スニーカーも渡したはずなのに、結局いつものサンダルだ。
「いやあ、人懐こい子がいて、つい」
私の心配事を全て回収していく、どうしようもない彼は「みなさんは迷子にならないでくださいねえ」なんて、頭を掻きながら言っていた。
乗り継ぎも最後となった、パルデア行きの飛行機に搭乗し、張り詰めていた緊張がようやく僅かにほぐれる。興奮気味だった生徒たちも落ち着いたのか、静かにシートへ身を預けていた。
やがて窓の外に雲が広がり、機体の揺れも収まった頃、ピンッという軽やかな音と共にシートベルトサインが消えた。ここからのフライト時間は長い。うとうとし始めた生徒たちにそっとブランケットを掛けてまわる。
自分の席へ戻ると、彼が腕を組んで微睡んでいた。彼にもブランケットを掛けて、隣に座る。
「……心配だから、今度からは相談してね」
小さく呟いた声に、閉じかけていた瞼がピクリと震えた。まるでそれを待っていたかのように、緩んだ声が返ってきた。
「こんな遠くまで、追いかけてきてくれて嬉しかったです」
「当たり前でしょ」
「ぼく以外、見ないでくださいね」
そう言って、眼鏡の奥の淡い瞳が私をとらえる。とろんとした眼差しに、唇の端を少しだけ上げた、無防備にも見える微笑み。囁く声に滲むのは、眠気だけじゃなくて、多分――。
「……ジニアくんだけで手一杯よ」
とっさに返した言葉に、彼は目を細めて、ふふっと息を漏らすように笑った。
「えへへ。じゃあ、大成功ですね」
「え、なにが?」
「いいえ、なんでもないですー」
今度はふたりでどこかへ旅行ってのもいいですねえ、と続けて無邪気そうに微笑んだ。
到着まであと少し。アナウンスが入った頃、眠っていたはずの彼が静かに手を伸ばしてきた。ブランケットの影で絡まる指先。寝惚けているのか、逃げても追いかけてくる。何か言ってやろうと、顔を覗けば、人差し指を唇に当てて、『静かに』のジェスチャーをした。
「着いたら、一緒に帰りましょうね」
淡々と、けれどどこかふざけたような口調に、どの口が、と小言のひとつでも言いたくなってくるが、指先から伝わる熱に一瞬、狼狽えた。
「……その前に、校長に報告しないと」
「うわあん、それ、今言わないでくださあい」
もうすぐ日常が戻ってくる。
それでも、異国で過ごしたひとときの夏の記憶は、私たちを少しだけ特別なものへと進化させていく予感がした。
write 2025/7/23