8話 告白
冒険を重ねるたび、真実へ近づく。と同時に、終わりも少しずつ見えてくる。それが冒険というものなのだが、寂しくもある。
フリードたちと私が持ち帰った情報は、新たなピースへと繋がった。喜びと期待に、仲間の証のハンドサインが高く掲げられ、その表情はみんな生き生きと輝いていた。
報告会が終了した夜、メンバーはまたミーティングルームに集められた。今後の進路と、先に進むメンバーの発表をすると言う。情報をさらに精査して向かうべき場所を割り出すと、そこへは複雑な地形で船では行けないことが発覚した。キャンプや宿泊施設を利用しながら目的地へ行かなければならない。調査期間を含め多く見積もっても往復1ヶ月ほど。調査が終われば、もちろん船へと戻ってくる。
「この先、俺と一緒に向かうのはリコ、ロイ、ドット。以上だ。あとは停泊先で待機。今後のため資金集めをしつつ、何かあった時いつでも発進できるようにしておいてくれ。都度連絡は入れる、ようにする」
彼が発表したメンバーの中に私の名前は、入っていなかった。当然、自分も含まれているだろうと思っていた。
「
〇〇は一緒じゃないの? これ、ここまで調べたの
〇〇でしょ?」
プロジェクターで映し出されたマップを指差しながらオリオが言った。
「ああ、だが待機も大切な任務だ」
「答えになってないよ、それ」
もっともらしい言葉を言ったフリードへ、すかさずモリーが言う。
「んん、まあ、これが決定事項だ。到着まで数日しかない。今言ったメンバーは旅の準備を忘れるなよ」
質問はあるか、の問いに手を挙げるメンバーはおらず、解散となった。私は、理解はしたが納得はできず、一番に部屋を出た。後ろ手にドアを閉めると、ミーティングルームからは「もっとちゃんと伝えないと」「フリードはこのままでいいの?」と聞こえた。いつも気にかけてくれるオリオとモリーの声だ。「よくはねえよな。それくらいわかってるさ」とフリードの悩みを抱えたような低い声も聞こえた。
シンとした船内の廊下には、私の足音だけが寂しく響く。ドアの開閉音も、電気のスイッチの音も心なしか、弱々しく感じる。
自室へ戻った私は、ベッドへ倒れるように寝転んだ。報告会で使った資料や詳細をまとめたマップをスマホで開き、スワイプする。確かにこの先のことを考えれば、実戦や特訓を重ね、少しばかりバトルに自信がついたとはいえ、やはり私では力不足だ。それに比べ、あの子たちは随分と成長した。守られているだけの子どもではない。もう立派なポケモントレーナーだ。それでもフリードはあの子たちを守り助ける立場にある。私はあの子らの、彼の負担にはなりたくない。理解はしている。納得していないのは、研究者として、ポケモン博士として調査し、この目で確認できないこと。悔しさすらある。
それにしても、拗ねるように部屋を出て、大人気ない真似をした。
ちゃんと謝ろう。
そう思って、ドアを開けると、フリードがいた。突然のことで驚いた私は、何も見ていないふりをして、そっとドアを閉める。
「ちょいちょい、待って、待ってくれ」
彼は慌ててドアに手を掛け、隙間を覗き込んだ。
「外で話そう」
静かに頷いた私は部屋を出て、彼の後ろを歩く。エレベーターの無機質なベルが鳴って、最上階へ。展望室は夜でも薄らと明るかった。今日は満月。彼の後を追って外に出ると、眩しいほどの月明かりで目の奥がきゅっとなる。見上げた空には、女子会の夜に眠れず見つめた空にも負けない、満天の星が広がっていた。
あの時、素直になろうと決めたのに。素直ってわがままになるってことなのかな。だからってわがままを言えるような関係ではないし、私たちって一体なんなのだろう。関係が変われば何か変わるのかな、わからない。
それでも、さっきのことは別だ。謝らなければならない。
「ごめんね、大人気なかった。理解はしてるの、ただ、」
夜空を見上げていた彼が、こちらを向いた。私もゆっくり彼の方へからだを向ける。月明かりがフリードの輪郭を淡く照らしていた。いつもは琥珀のようだと感じる瞳も、満月の下では光をうつして黄金に輝いている。私には、その瞳さえも眩しくて、言葉に詰まった。
言い淀む私に彼は目を細め、ふうと短く息を吐く。
「すまない。
〇〇の気持ちを汲むべきだとわかってはいるんだ。でも万が一何かあった時、俺は迷わず子どもたちへ手を伸ばすだろう。だからこれは俺のわがままだ。聞いてくれるかい?」
「そんなの、ずるいよ。理解してるって言ったのに。そんな風に言われたら、何も言えないじゃない。ただ、私もこの目で見たかった、博士として。だから、報告は必ずお願いね」
「ああ、必ずする」
“私も一緒に”と言う隙もないほどに、納得できなかった思いも全て先回りされてしまった。言わせたくなかったのだろう。そしてそれを、彼は自分のわがままだと言った。それとは、きっと私への心配。嬉しい響きなはずのに、どういう気持ちで受け止めればいいのか、やっぱりわからない。だって、私たちは何も変わっていない。
月が僅かに傾いて、長い影を落とす。それすらも淡く儚く、私の気持ちが溢れ出してしまったかのように思えて、何だか泣きそうになった。視線が徐々に下へと下がっていく。
彼のつま先が、何かを伝えたそうに少しだけ近づいた。
聞いたこともないくらい甘く優しい声が、私の名前を呼ぶ。
「俺、
〇〇が好きだ。昔も、今の
〇〇も」
「すぐに戻ってくる」
「報告以外の電話だってする」
「好きだよ」
「なあ、こっちを向いてくれ」
フリードはこんな時もずるい。何もかも全部わかっているみたいだ。いつも大事なことは言い忘れるのに、今、私が聞きたかった言葉を言ってくれる。その一言で全部、全部、素直に受け止められてしまう。
「昨日、ドアの前で言ってくれただろ? 好きって」
「えっ、あれ聞こえて、」
思わず顔を上げた。見上げた彼の表情は、そらせないほどに、とても柔らかで、それでいて真剣な顔だった。
「やっとこっち向いたな。
〇〇、好きだよ」
「もう、なんで今……」
「
〇〇は?」
ふわりと伸びた腕が、私の腰にまわる。優しいのに力強い瞳、安心とときめきをくれる大きな手、あたたかな体温、彼の全てが私をとらえて離さない。溢れても、余すことなく掬い上げてくれる、そんな気がした。
「……好き、大好きだよ、フリード」
瞳が焼けるように熱い。それなのに、水の中にいるみたいに視界が揺らめく。
「ずっと好きだった。会えて嬉しかったの、また一緒に冒険ができて、研究もできてる。夢みたいだっていつも思ってた。いつの間にか欲張りになって、困らせたくないのにわがままになった。フリードの気持ち知りたいって、私も伝えたいって、同じだったらいいなって、ずっと、ずっと。だから、今すごく、すごく嬉しい」
ああ、と一言、ひんやりとした夜の空気を包み込む声がした。瞬きも忘れた目からは熱いものが溢れ、フリードの指が、頬をそっと拭う。
私、泣いてたんだ。
そんなことにも気づかないくらいに、頭の中は、彼との思い出と、彼への想いでいっぱいだった。
「なあ、もう一度言ってくれないか」
「好きだよ、フリード」
苦しいほどに抱きしめられ、顔を彼の胸に埋めたまま、腕を胸元にしがみつかせた。頬を寄せた胸からは、私と同じくらい速く脈打つ鼓動が聞こえてくる。
嬉しい、フリードも同じ気持ちなんだ。
「うおお、この破壊力、どのポケモンの“はかいこうせん”と互角か調べてえ!」
「……ぷ、あはは、何それっ、今言う?」
「いやマジだって、今なら俺あの岩ぶっ壊せそうな気する」
「もう、変なの。なんでフリードがポケモンと競うのよ」
目線の先には、小島ほどの大きな岩があった。彼のフィジカルならやりかねない気がして、私はまた笑った。笑いすぎて涙が止まらない。フリードも時折、目じりを拳で拭って、顔を合わせては二人で笑った。どうも私たちは、嬉し涙の止め方を知らないらしい。
それから彼が、どこに力を溜めるだとか、上位に食い込む気がするだとか、冗談なのか本気なのかわからない分析を始め、一生分笑ったんじゃないかと思うほどだった。ついさっきまでの真面目で優しい顔も好きだけど、大きな口を開けてくしゃくしゃに笑う彼も好きだ。「腹捩れそう」「ほっぺた痛い」と言っては、またどちらともなく笑い出す。
何度目かの波がおさまり、夜の静けさが戻ってくると何やら展望室が騒がしいことに気がついた。
「なにあれ」
「絶対いい雰囲気だから茶化そうって言ったの誰」
声のするほうを向くと、オリオが窓に張り付いていた。オリオだけじゃない、モリーもいる。
「なんであの二人爆笑してるの、意味わかんない」
「なんかおもしろいことでもあったんだよ、あとで聞いてみようよ」
「それはやめたほうがいいかも。というか私、もうお付き合いしてるのかと思ってた」
ドット、ロイ、リコも。
「付き合うわ、これからも末長くな!」
私の肩をぐっと抱き寄せ、フリードが窓に向かって叫んだ。
「ドット、リコ、あんなはっきりしない男とは付き合うなよ、
〇〇は特別に訓練された、それはもうアレな人でな?」
マードック、私そんな訓練受けてないよ。
「雨降ってヌオー喜ぶ」
ランドウのじっちゃんまでいる。
「おまえらなあ、ひとのロマンチックな告白シーンをジャマすんじゃねえよ!」
「「どこが!」」
オリオとモリーのシンクロが展望室に、いや船全体に響き渡った。
何はともあれ、メンバーに祝福され、晴れて私たちは両想いになり、お付き合いをすることとなった。長い、長い、私の冒険が今日、一度終わった気がしたけれど、不思議と寂しさは感じなかった。
次はどんな冒険が待っているのだろう。楽しみだ。
To Be Continued
write 2025/5/4