3話 恋心
次の目的地へ目指し、空の旅が続いていた。
ブレイブアサギ号の展望室下にあるウイングデッキ。普段は翼のような姿で畳まれているが、必要時はフィールドが展開され、立派なバトルコートとなる。
「うーん、今のは惜しかったな〜! すごいね、マリル、ヤドン、頑張ったね!」
「ルリ〜ッ」
「ヤア」
時間があれば、フリードとバトルするようになった。たまにリコやロイにも相手をしてもらっている。彼らはいつも全力で相手をしてくれるから、負けても楽しいし、新しい発見があってまだまだ知らないことがあるのだとワクワクする。マリルはおっとりした性格だけれどバトル好きらしく、メキメキと実力をつけ今日はなんとリザードンの背後を取ることができた。特に驚いたのはヤドンだ。どっしりと構えたまま一歩も動かず、エスパータイプの技を繰り出すことで遠距離攻撃と防御に徹するバトルスタイルを確立した。苦手かもと思っていたのは私だけだったようだ。
「マリルの特性、あついしぼうが際立ったバトルだったな!」
「ホント! こんなにうちの子たち強かったんだね、知らなかったよ。今度こそ勝つんだから!」
展望室のエレベーターで下へ降り、甲板へ移動する。バトル後は結構汚れてしまうため、頑張ってくれた相棒たちを労いつつ綺麗にするのだ。
「よし、その意気だ! 元々センスはあったんだ。バトルする機会がなかっただけで」
「かな? だったら嬉しい。確かに野生のポケモンに会っても観察が主だし、バトルと言えば釣り上げたポケモンとたまにってくらいだったからね」
「俺はバトルも好きだからなあ」
「今や戦うポケモン博士だもんね」
「んん、その二つ名、悪くないな」
大きなタライに水を張れば、水浴び好きなマリルがチャプンと飛び込んだ。ヤドンは相変わらずしっぽだけ水面に垂らす。彼は近くで丸く寝転んだリザードンへブラッシングをしている。ノドをグルグルと鳴らして気持ちよさそうだ。泡立てた手のひらで撫でていると、気分が上がったマリルがプクプクプクプクとバブルこうせんをしだした。
「わあ、ちょっとマリル、泡出しすぎだよお」
あっという間にタライの周りは泡だらけで、当の本人は浮かんだシャボン玉を楽しそうに追いかけている。
「
〇〇、髪、泡ついてる」
ふふ、と軽く笑った彼が顔の横をちょんちょんと指しながら言った。
「え、どこ?」
「そこじゃねえよ。ココ」
ふいに近づく腕捲りをした逞しい腕にドキッとする。指先が頬を掠めて、髪を撫でた。肩がピクリと揺れる。
「よし、取れた」
ニシシと白い歯を見せて笑う彼の太陽のような笑顔に、敏感に反応してしまった自分が恥ずかしくなった。お礼を言った声が思ったより小さくて、聞こえたかと彼を見上げると、どういたしまして、と言いながら今度はふんわりと目を細めた。空気が甘いのは、石鹸の香りのせいか、それとも気のせいか。
こういう時、どうしようもなく、彼が、今の彼も好きだと実感する。彼からすれば仲間のひとりなのかもしれない。けれど少しだけ自惚れてしまいそうだ。
そして、恋は自覚すればするほど不安定だということを私は忘れていた。
通りがかった機関室からフリードとオリオの話し声が聞こえてきた。そういえば二人は幼馴染なんだっけ。覗く気なんてなかった。ただ通っただけなのに、視線は自然とあの二人を映していた。仲良く笑い合い、ハイタッチする姿。なぜ引き返さなかったのかと後悔してももう遅い。こういうのを気心の知れた関係というのだろう。このブレイブアサギ号もオリオの設計で言うなれば彼の夢を叶えたひとだ。
「恥ずかしい。やっぱり私の勘違い、だ。やだなあもう」
あの時のあれもやっぱり仲間としての心配だ。彼は誰にだってああした気がする。引き寄せた強さも、手の熱さも私の勝手な思い込み。それに幼い頃からの友人なのだからオリオの方が私より仲良いのは当たり前。こんなことで落ち込むなんて。子どもじゃないんだから。
「ねえ、
〇〇、今夜女子会しない?
〇〇とあたしとモリーの大人だけの秘密のヤツ」
夕食後、自室に戻ろうとしたところでオリオに呼び止められた。一瞬面食らってしまったが、すぐに承諾の返事をした。
顔、引き攣ってなかったかな。それにしても女子会って、何をするのだろう。初めてだ。日中のあの光景が脳裏に浮かぶ。うまく話せるかな、私。
子どもたちや警備ポケモン以外は寝静まった深夜、ミーティングルームに集まり、夜な夜な秘密の女子会がスタートした。二人とも部屋着姿で可愛い。同じ船にいるのに、初めて見る。共同生活は干渉し合わない方がうまくいく、というより大人になったからこその距離感や変な遠慮があるのだと思う。現に子どもたちはお構いなしだ。それに助けられているところもあるのだけれど。
「ジャーン! マードックからこのためにおやつ作ってもらってたんだー」
オリオがカゴいっぱいに盛られたスイーツをテーブルの真ん中に置いた。
「こんな時間にドーナツって」
「カップケーキもある! 美味しそう」
「いーの、いーの! 喋って騒げばカロリーゼロ!」
「じゃあ私、コーヒー淹れるね! お気に入りの豆あるんだ」
「お、いいね。お願い、
〇〇」
甘い匂い漂う可愛らしいデコレーションスイーツにテンションが上がった私は、自室から持ってきたコーヒーを淹れるため、席を立った。それぞれの前にマグカップを置けば、各々気になるスイーツを手に取る。口を揃えて「いただきます」と言った後は、やはりひとくち食べないと目の前のスイーツに失礼というものだ。
「ん、美味しー!」
「このコーヒーも合うね」
「よかったあ。わ、これも美味しい」
マードックの作るものはなんでも美味しい。この小さいひとくちで人を幸せにできるなんて本当にすごい。
「よし、甘いもので笑顔作戦成功だ!」
「作戦?」
「それ言っちゃうんだ、まあいいけど」
グッとガッツポーズを取ったオリオに、この会の理由を知っていたモリーが断りを入れて説明をしてくれた。
どうやら、オリオは私が機関室の前を通ったのに気づいていたらしい。その後見かけた私の元気がなく、もしかして、と思って声をかけたということだった。でもそれって、子どもじみた嫉妬が顔に出てたことになる。情けない。
「……ごめんね、嫌な思いさせてしまったよね。それに気を遣わせてしまって」
「ちが、違うよ! そうじゃなくって! もう、変な遠慮しないでよお」
オリオが慌てて私の前で手をブンブンと振る。
「私たちは、
〇〇の味方、応援してるってこと伝えたくて、ね?」
「そうそう! 悩みがあるなら言って欲しいなって」
状況がよくわからないけれど、勘違いに勘違いを重ねてしまったようだ。
「悩み、」
この悩みを二人に、オリオに話してもいいのかな。
「ほら、フリードのこととか。元気なかったのってアレでしょ?」
「もー、まどろっこしい! アイツはただの幼馴染、仕事仲間、利害の一致。あんな自由奔放なヤツ私にはムリだよ、同族嫌悪ってヤツ?」
「ブハッ、言えてる」
「あんなに仲良いのに?」
「それとこれとは別! 友人としてってこと」
「
〇〇は? 別の感情でフリードのこと見てる?」
傷ついたポケモンに話しかける時のような、モリーの柔らかい声に、私はゆっくり頷いた。二人は、そっか、やっぱり、と小さく言って私が話し始めるのを待ってくれた。
「あの日、オレンジ諸島での出来事以来、距離が近い気がして。彼、ああだから仲間として心配してるのかなって思うのに、どこか期待しちゃう自分がいるの。この歳で勘違いなんて、恥ずかしいね」
「言っただろ、過保護グセ炸裂するって。守りたいヤツほど見過ぎちゃうんだよ、フリードは」
「アイツ大事なことほど伝え忘れるからねー。あたしのことでは悩まなくていいって、ね?」
「マジでそれ。大事なら悩ませるなっつうの。どう、気分は晴れた? ドーナツもう一個食べな」
「早くしないと匂いを嗅ぎつけた甘党なヤツらが突入してくるよ」
「急かされる女子会なんて嫌だね」
「ふふふ。ありがとう、二人とも」
あんなにカゴいっぱいにあったスイーツはお喋りしながらつまんでいるとすっかりなくなって、楽しかった深夜の女子会も誰かのあくびでお開きとなった。私は眠れなくて展望室まで来ていた。開いたドアから入ってきた夜風が気持ちよくてそのまま外に出る。自動操縦でゆっくりと進む船から見上げる夜空は、空が近くて今にも星に手が届きそうだ。
「あの流れ星はメテノかな」
流星群の時期でもないのに、光り輝くしっぽが2本、空に弧を描いた。メテノだとすれば少し切なくもある。流れ星に思いを馳せていると後ろでドアの開く音がした。
「案外あれにピィ乗ってたりしてな」
私の思いを掬い上げるような、目の前に広がる夜空の濃紺に似たしっとりとした声。
「もしそうならメテノの悲しみは少しは報われたりするのかな」
「だったらいいな。……眠れないのか?」
フリードだった。少しは素直に、自分の気持ちに正直になってもいいのだろうか。
「うん、ちょっと眠れなくって。フリードは? あれ、白衣着てる」
「論文書いてたからな、切り替え。それとここへは眠気覚まし」
彼は、どうよ、と白衣の襟をピシッと正した。
こんな時間まで論文書いてたんだ。飽き性だけど集中すると時間忘れちゃうの変わらないな。
「かっこいい。似合ってるよ、すごく」
「へ? ああ、ああ! だろ?!」
薄暗くてあまりよく見えなかったが、彼は慌てていて、少し照れているようにも感じた。
「うん、でもみんなの前で着ないで、ほしいな。素敵すぎるから」
「……っ、ハア。俺からも一言。そういう発言はみんなの前ではしないように」
どういう意味かわからず、首を捻ると、彼はもう一度大きなため息をついた。そして「可愛すぎるからだよ」とボソッと小さな声で言った。
「え、え? ええ?!」
「今度はちゃんと言葉通りに受け取ってくれ。で、だ。この移動が続く間にどこか行かないか。あの日の待ち合わせの約束、まだ有効だろ?」
「もちろん! 行く! 行きたい!」
「よし、決まりだな」
素直になってしまえば、彼が伝えようとしている言葉もあたたかさも、私だけのものなのだと受け止めることができた。考え込んでしまう癖を彼は褒めてくれたけれど、この感情には適さなかったみたいだ。今なら言える。楽しみで眠れそうにない、と。
To Be Continued
write 2025/4/10