2話 仲間
カントーの海岸に停泊していたブレイブアサギ号は、早朝飛び立ち、朝食を食べ終わる頃には雲の下に緑豊かな島々が見え始めた。
昨日十分に物資を調達したにもかかわらず、船員のみんなは南の島の特産品調べに夢中。私は調査依頼の報告のため、オレンジ諸島でも大きな島、マンダリン島へ降り立つ予定だ。
先方はバカンスを利用してリージョンフォームのポケモンを調べに来た学者さん。写真家としても活躍している人だ。出版した写真集はどのタイトルも人気で、私も愛読している。そこに暮らすポケモンたちの風景を切り取った写真は、愛に満ちていて穏やかな気持ちにさせてくれるのだ。
ミーティングルームではオレンジ諸島の観光名所で盛り上がる中、私はそれを聞きつつ報告書の最終確認をしていた。
「もう港に着くぞ! 各自持ち場へ!」
「ピカピカーッチュ!」
操舵室からフリードとキャプテンピカチュウの指示が入る。離陸や着陸、着水の慌ただしさは冒険の始まりの合図のようでワクワクする。
「ひゃー、南国って感じ!」
「暑くてジャケット着てられないね」
「いってきまーす!」
サンサンと輝く太陽と濃い青空を見上げた、リコ、ロイ、モリーのおでかけ組はバカンス風な服に身を包み、出かけて行った。フリードもいつものフライトジャケットを脱ぎ、黒い半袖のTシャツ姿でリザードンの背中に乗って飛び立っていく。
彼はどの島を見て回るのだろう。時間があったら私も一緒に、なんて。いや、まずは仕事。仕上げたものを報告しに行かなくちゃ。
待ち合わせは、彼女が宿泊しているホテルのテラス。サンセットビーチが望める最高のロケーションが売りの人気のホテルだ。
「
〇〇さーん! こっち〜!」
派手なアロハシャツにサングラスを額に掛けた彼女が大きく手を振っている。何度かビデオ通話で話してはいたが、笑顔が素敵な人だ。
鮮やかなピンクの花が飾られた特産のフルーツジュースを飲みつつ始終和やかに報告は進み、無事に終わることができた。それに、彼女の意見は新鮮で、とてもいい出会いだった。
あの時行き詰まっていた報告書は、自室に戻った後、資料を読み漁ったり自分が書いた論文を読み返したりしているうちに、ふと学生の頃、彼との調査中、行き詰まった時のことを思い出し、その時まとめていたノートが解決の糸口を見つけてくれた。大事に取っておいてよかった。後でお礼しようかな、まだ持ってるなんて言ったら笑われるかな。
『ロトロトロト、ロトロトロト』
「わ、フリード」
ポケットから出てきたスマホロトムの画面に映し出されたのは、島々を巡って興奮したのか、少年のようにキラキラした彼の顔。
「お疲れ! 報告は終わったか? この後時間があるなら合流しないか?」
「今終わったところ。うん! じゃあ広場で待ち合わせしよ」
「オッケー、すぐ向かう」
プツリと通話は切れても、南国の陽気と彼との待ち合わせがふわふわと足取りを軽くさせた。広場へ続く道は、お土産屋さんが並んでいてどこも賑わっている。
あの後ろ姿は、リコ? キョロキョロして迷子になっちゃったのかな。そういえば心配してくれたお礼、まだちゃんと言えてない。
「リコ! 何か探し物?」
「わ、
〇〇! ニャオハの好きな味が売ってるスイーツ店があるんだけど、迷っちゃって」
「どれどれ?」
開いていたマップを覗き込むと、そこは町外れにある隠れた名店で一緒に行くことにした。広場から少し離れるけれど、急いで戻ればきっと間に合うだろうし、もし遅れてもフリードなら待っていてくれる。
「リコ、この間は心配してくれてありがとう。もう大丈夫だからね」
「え、わあ、うん! どういたしまして。元気になってよかった」
「お礼にぜひご馳走させて、ね?」
「うん、じゃあお言葉に甘えて」
優しくて思慮深いリコは、照れたように微笑んで、ニャオハをギュッと抱きしめた。突然の抱擁にはにかんだニャオハから甘い匂いが漂う。人通りが少なくなった道は浜辺へと続いていて波の音が心地よい。あの崖の裏がお目当てのお店だ。
その時、岩の陰から現れたのはこの地方にはいないポケモン。それなのにトレーナーも近くにはいない。不自然だ。まさか、エクスプローラーズの……。
「あれは、アメジオの……」
不安そうな顔をしたリコのからだが強張る。
戦闘体勢をとったソウブレイズが、アメジオの指示を待っている。
「やっぱり。危ないからリコは下がってて」
――ソウブレイズ、むねんのつるぎ
「お願い、マリル! バブルこうせん!」
「ルリッ!」
どこからか聞こえた声に反応したソウブレイズが飛び出す。目眩しするべくマリルに辺り一面にバブルこうせんをお願いした。運良くかわせたものの、研究職の私ではバトルの経験値が違いすぎる。狙いはリコ。どうにかして逃さなきゃ。確か仲間もいたはず。もしリコを狙うなら、あの林の陰? いや後から? どの方向へも気が抜けない。
――サイコカッター
岩と崖が邪魔をして声がどこから聞こえるのかわからない。安全な場所は? このまま凌ぎつつ人通りのあるところまで下がる? でも結構な距離がある。私、それまで戦えるの?
「……っ! マリル、かわしながらアクアテール!」
「リッ! ルーリッ!」
間髪入れず繰り出される素早い技は、思考をまとめさせてくれない。
「リコ危ないっ、マリル、ひかりのかべ!」
受けきれなかった斬撃がリコの方へ。マリルが壁を作ってくれたが、威力の強い技は止まらず、かすめてこちらへ飛んでくる。避けきれない。ここでリコに隙を作るのは不得策だ。思わず私はリコを抱きしめた。衝撃に備えグッと目をつむったが、痛みが私を襲うことはなく、その代わり、別の強い力が私たちを抱き寄せた。
恐る恐る目を開けると、すぐ上にフリードの顔が、目の前には翼を広げたリザードンが立っていた。
「あっぶね。二人ともケガはないか?」
「私は大丈夫。リコは? どこも痛くない?」
「うん、大丈夫。ありがとう、
〇〇」
「帰ったら念の為、モリーに診てもらおうな」
「フリード、ごめん、私……」
「いーや、よくやった。サンキューな」
優しい声に喉がキュッと苦しくなる。自分の手が冷たく、震えていることに気がついた。このまま負けていたら、もしかするとリコは攫われてしまっていたかもしれない。
「アメジオ、そこにいるんだろう? さて、どうする? お客さんも増えてきたところだし、仕切り直して俺とポケモンバトルしようか」
町外れとはいえ、これだけ派手な爆発音が鳴り響き、さらにはリザードンが降り立ったことで野次馬が集まりだしていた。
「チッ、次こそは必ず……!」
分が悪くなったアメジオは姿を現し、アーマーガアに乗って部下らしき人たちと去っていった。
スイーツは後日にして、港近くの海岸に停泊していた飛行船に帰ることに。フリードは私たちを送り届けると、周辺の見回りをしにまたリザードンに跨って飛んでいってしまった。
「ニャオハもマリルも無事。リコもケガは……うん、大丈夫みたいだね」
マリルはラッキーのいやしのはどうを施してもらい、ニャオハと一緒にきのみを食べている。
「
〇〇とフリードが庇ってくれたから」
「私も全然大丈夫だよ」
マリルとリザードン、それにフリードが守ってくれたから、ケガはないはず。
「念の為だ、みせてみな。あー、腕のとこちょっとだけかすってんね、消毒しとこう」
「ほんとだ、気づかなかった。ありがとう、モリー」
飛んできた小石がかすめたのだろう。自分でも気づかないほどに小さな擦り傷がついていた。それでも責任を感じたのか、リコが申し訳なさそうにポツリとごめんなさい、と言った。
「わ、リコそんな顔しないで。あなたが無事で本当によかった」
「でもフリードが悲しむと思う。あんな真剣でこわい顔初めて見た気がするから」
「だね、過保護グセが炸裂するかも。そうなったらアイツしつこいよ」
「え? ええ?! リコにじゃなくて?」
「それは保護者代わりだから当たり前。アンタには別の理由だよ」
「一体、どういうこと?」
別の理由? 仲間だからってこと? と聞く私に、呆れ顔で笑うモリーが口を開こうとした時、そこに息を切らしたフリードが入ってきた。
「ハアハア、
〇〇、大丈夫か? リコも」
「ほらね。さあさあ、私らは退散するよ」
お腹いっぱいになって眠っていたマリルを残し、みんな救護室から出て行ってしまった。静かになった部屋では、消毒液のツンとした匂いとリネンの清潔感のある匂いが濃く感じる。彼はその空気を鼻から吸って、長い息を吐いた。私は言葉が出なくて、自分のつま先を見ていた。彼はあの時ああ言ってくれたけれど、ピンチを上手く切り抜けなかった弱さと、大事な仲間を守りきれなかった罪悪感に改めて打ちひしがれた。
「腕、痛まないか?」
「大丈夫。数日もすれば治る擦り傷だよ。それより、ごめんなさい。そして助けてくれてありがとう」
「いや、俺こそすまない。もっと早く合流できていれば。
〇〇は十分戦ってくれたよ」
そう言って彼は、私の腕に触れた。面倒見がよく仲間思いなのは、彼、フリードのいいところ。けれど誰にでもこうするの? 触れた手が熱くて、勘違いしてしまいそう。
「あ、のね。少し行き詰まってた調査依頼の内容、調べていくうちに昔同じようなことあったなーって、フリードと別な仮説立てて調べ直したら新しい事実にたどり着いたのを思い出してね、その時のノート見返して。凝り固まってた頭がほぐれて、納得のいくデータになったよ」
「ん、」
珍しく言葉が少ない。向かい合って座った彼が、キイと椅子のキャスターを鳴らして近づいた。膝も触れそう。顔が近い。窓からはすっかり傾いた夕日が差し込んでいる。私の赤くなった顔を隠してくれますようにと願いながらも、ゴーグルを外した彼の綺麗な白髪の前髪がオレンジ色にキラキラと輝いて、少し見惚れた。
「……だからね、ありがとう。いつも、今日も助けてくれて」
「ああ、」
「でね、今度バトルの相手になって。私も強くなりたいの、大事なひとを守れるくらいに」
「そう来ると思ったよ。ったく、
〇〇には敵わないな、今も昔も。……そういうところ好きだ、ずっと前から」
「え、何か言った?」
「いーや、なんも! んじゃさっそくバトルするか!」
「え! 今から?」
「それか一緒寝る? 俺はもう
〇〇が心配で心配で」
「もう! 冗談ばっかり!」
「なんだよ、昔は一緒に寝てただろ?」
「あれは寝袋だったでしょ?! しかも焚き火挟んでだったし! リザードンやヤドンたちもいたし!」
「そんなに照れるなよ。ま、なんかあったら俺を呼べ。すぐに行く。眠れなかったら眠くなるまで話そう。今は近くにいるんだからもっと頼ってくれ。大事なんだ」
強く優しい眼差しが、大丈夫だと言っている。安心する。
「うん、ありがと」
後悔や課題は残るけれど、自分の身に起こったこわさはどこかへいってしまった。
「マリルも今日は一緒に戦ってくれてありがとう。私、トレーナーとしてもっと強くなるね」
スベスベの頭を撫でると、マリルは一言鳴いて、ヤドンのお腹を枕にまた眠った。
彼の手の熱さや眼差しを思い返すと、胸が苦しい。フリードのせいで眠れない場合はどうしたらいいの、なんて本人には言えるはずもなかった。
To Be Continued
write 2025/4/8