1話 再会
悠々と空を飛ぶ、ブレイブアサギ号。
本日は晴天。下に流れる薄い雲は触り心地が良さそう。マードックの新作スイーツを食べた昼下がりは眠気を誘う。
眠気覚ましに甲板に出た私は、キャモメの群れを眺めていた。頭上の気球はスチームパンク風だけれど、どこかさかなポケモンのような形をしている。主に水辺に住むポケモンの研究をしている私にとって親しみを感じる造形だ。元は漁船だったらしい。それが今は空を泳いでいる。話を聞いた時は開いた口がヤドンのように塞がらなかったが、いまだに驚いてしまう。
ライジングボルテッカーズの仲間となって随分経つが、みんな働きものだ。冒険資金が底をついた時だって、驚きはするものの一瞬で切り替え、自分にできることを模索しだした。前向きで明るい。なんだか自分もそういうひとになれた気になってくる。
かくいう私も資金調達の調査依頼中だったりするが、横に広がったスマホロトムに表示された報告書は、どこか不完全だ。見落としがあるのだろう。大丈夫。焦らず、前向きに。眠気も覚めてきたところだし、もう少し別の観点から調べてみよう。
「よ、
〇〇、こんなところに居たのか」
「フリード、博士」
肩にキャップを乗せたフリードが軽く手を振りながら声を掛けてきた。眩しさに、タレ目がちな眼を細めている。
「博士はむず痒いんだが、
〇〇博士」
「ごめん、びっくりして所員時代のクセがつい出ちゃった」
と言うのはウソ。心臓が高鳴りすぎて呼び捨てにするのを躊躇ってしまったのだ。彼は、わかるわ〜と笑って、私の隣で甲板の壁にもたれかかった。キャップは彼の肩から軽やかに跳び降り、日向で伸びをしている。
フリードとは学生の頃に知り合った。クラスは違ったものの、フィールドワークで一緒になる事が多く、共に時間を過ごした。当時から知識が豊富で観察眼も考察力にも長けていて、その上バトルも強い。尊敬していた。そんな彼にそれ以上の感情を抱くのは、小テストで満点を取るより簡単で。けれどその気持ちを伝えることはなかった。お互い夢があったからだ。
特に彼に期待していた人たちは多く、彼もまた自分の力を発揮できるエクシード社へ入社した。私も地元の研究所へ就職が決まり、取り合っていた連絡は徐々に減っていった。自然な流れに悲しさも寂しさも感じなかった。
それから数年経って、鳴らないスマホロトムの代わりに聞こえたのは、私の名前を呼ぶ懐かしい声だった。あたたかい日差しのようだけれど、時にハッとするほど深く、強い声。
あの日のことは昨日のことのように覚えている。
カントー地方、12番道路の桟橋。
相棒で釣り仲間のヤドンとのんびりと釣り糸を垂らしていた。ヤドンの背中ではマリルがお昼寝中。ピクリともしない竿に、私もヤドンもフワアと大きなあくびが出た。
勤めていた研究所を退所し、フリーのポケモン博士として全国を飛び回り、地元へ戻っての久々の休暇中。慎重すぎる性格は頼まれると断れない性分も相まって、いち所員時代より多忙を極めてしまった。それでも様々な街や、各地方を回ってヤドンと釣り糸を垂らすことができ、充実した日々を過ごしてる。
「アローラ地方ものんびりしててよかったよね〜」
「ヤアン」
「でもなんだかんだココに戻ってきちゃうのはなんでかな」
「ヤア?」
ヤドンは律儀に返事をして、水面に垂らした尻尾をピチャンと上げる。もちろんシェルダーも、コイキングすら食いついていなかった。噛み合わない会話とその愛らしい姿に、くすくすと一人で笑う。おっとりな性格のマリルは、いい夢でも見ているのかムニャムニャと口の端を緩めながら、丸い背中の上で器用に寝返りをうった。
ゆっくりと雲が流れている。真っ青な空を写した水面はチラチラと光って、宝箱のようだ。こんな日は少しだけ彼のことを思い出す。この光の粒を集めたみたいな彼との大事な思い出を。
しばらくぼうっとして、釣れなさ具合にルアーを変えてみようかとリールを回しだした時、後ろから私を呼ぶ声がした。
数年ぶりに聞く声は、最後に聞いたそれよりも低く大人っぽくなっていたが、呼び方は変わらなかった。
「やっと見つけた」
ゆっくり振り返ると、ふうと小さく息を吐いて、額の汗を拭うフリードが立っていた。
髪伸びてる。背も高くなった? でも笑った顔は昔のまま。思い出していたせいかな、あれ、どうしよう私、ドキドキしてる。
「フリード……?」
名前を呼んだ私に彼はホッとした顔で、よかった、と呟いた。そして、ゆっくり近寄って「間、ありすぎ。忘れられたかと思ってビビったわ」と言って隣に座った。どうして、と聞く私に、今度はキョトンと目を丸くさせる。
「
〇〇を探しに、決まってるだろ」
「私を探しに?」
「そ、いっつも追いついたと思ったらもういねえし。しばらく休みだって聞いて、じゃあココかなと思ってさ」
彼は指を折りながら、私が学会や調査で回った街の名前を順に言って、最後に訪れたカナズミシティでは僅差だったと悔しそうな顔をしている。表情豊かなところ、全然変わってない。私の好きなフリードだ。
「そんなに追いかけてたなら連絡くれればよかったのに。アカウントはあの頃のままだよ」
「ああ。でもな、自分の足で探さないと意味ないだろ?」
「ふふ、フリードらしいね」
「そうだろ?」
彼が彼らしく私を探しに来てくれた。理由があってもなくても、どうでもいいくらいに嬉しくて、もう一度「どうして」と聞くのをやめた。
話があるんだ、今夜食事でもどう? だなんて、スマートな誘い方どこで覚えたのだろうと少しだけ胸が痛んだのは、浮かれすぎたからだ。だって思い出の中の彼は、ポケモンのナゾを探しに駆け回っていたから。
博士として成長した彼にドキドキして、記憶の中の少年の彼を見つけては少しだけ安堵する、そんな再会だった。
大半の部分は今も変わらないというのをこの船に乗ってわかったのだけれど。そして、あのスマートな誘いの話というのは、ライジングボルテッカーズの仲間にならないか、という話で今に至る。またフリードと冒険ができる。こんなに嬉しいことはない、と二つ返事で荷物をまとめ、次の日の昼には空の上にいた。
「ね、フリードはもう白衣着ないの?」
「そうだな、今の方が性に合ってる。肩書きは便利だったりするけどな」
「確かに」
「あー、ほら博士なのにぽくない人だっているだろ? 裸に白衣着てる博士だっているくらいだし」
「うそ」
「ホントだって、な、キャップ」
「ピカ?」
珍しくひなたぼっこをしていたキャップは、急に話を振られて片耳をピコンと下げた。キャップも見ただろ? と詰め寄るフリードにそういえばという顔をして「ピーカッチュ!」と大きく頷いた。
「えー、ほんとに? あははは、信じられない」
「よかった、やっと笑ってくれた。ここんとこ元気なかったから心配してたんだ」
「ごめんね、顔に出てた?」
「いや、他のみんなは気づいてねえよ。あー、リコは声掛けようか悩んでたみたいだが。ここ毎日何かしら起こるし、疲れたんじゃねえかなって」
「そっか、ありがとう。ううん、違うの。みんなの明るさや前向きさに助けられてるよ、私も、そんなひとになりたいなって憧れてる」
「
〇〇は静かなのが好きなだけだろ?
〇〇がじっくり考えるところ俺は好きだし、助かってるよ」
意志の強そうな眉がふと優しく下がって、琥珀色の真っ直ぐな瞳が、私を見つめる。昔から何度もこうやって悩む私にあたたかい言葉を掛けてくれた。突っ走っているように見えて視野が広く、周りの機微に敏感なところ、私も好き。
「ありがとう、大事な船に乗せてくれて」
「ん、どういたしまして。……俺がさ、白衣着てたらどうよ」
「え、と、かっこいいと思います」
敬語かよ、と彼は笑って、私は赤くなった顔を隠すのに精一杯だった。
「こちらこそありがとうな、
〇〇」
「えっ」
「研究のこととかさ、前から頼りにしてたし。それに昔に戻ったみたいだ」
そっか、と私は頷いて、ふふっと笑った。嬉しいのに、なぜだか少しだけ胸がきゅっとなるのは、多分、私の気持ちが学生の頃と変わらないからだ。変わらないことが嬉しくて、ちょっとだけ、もどかしい。
「なあ、」
「ん、なあに?」
「……いや、なんでもねえよ」
彼は小さく笑って肩をすくめると、すっかり眠ってしまっていたキャップを抱き上げた。
「風、強くなってきたな。そろそろ中に戻るか」
「あ、うん……」
ひと足先に歩き出した彼の背中を見送る。タポルの果実を齧ったような甘酸っぱさが胸にじんわりと広がった。
この冒険の先に、何が待っているのだろう。
To Be Continued
write 2025/4/5