ハート形の手紙に記された内容について
無地で、ただ白い長方形の紙を器用な指先がハート形に折っている。
帰りのHR後職員室へ戻った際、先の授業中に生徒から没収した手紙を持っていたところ話しかけられた。
別の科の教員である同僚の彼女は、無意識に目で追ってしまうひとで、思いがけず話せた日は、ふと外で猫に出会ったときのような気分だ。
「懐かしいなあ、折り方意外と覚えてるもんですね。学生の時って特に用なくても書いちゃうんですよねえ。アレ面白かったよねーとか」
「まあ、そうですね。そういう生徒から没収したので」
彼女が折った白いハートが、ピンクや黄色のファンシーな紙で折られたハートの横に並ぶ。
「確かに、相澤先生の隙を狙うのは難しそうです」
ふざけてるのかと顔をそっと覗き見れば、至って真面目な顔だった。
「あ、バレンタインの秘密の相談だったらどうするんですか、女子にとっては死活問題ですよ」
「はあ、まあ、それを授業中にやるなって話なんですが」
「ですよねえ」
彼女は、ごもっとも、という顔に変わり、難しい立場になったものです、とうんうんと深く頷いた。
「そう思うと手紙の内容、ちょっと気になってきますね」
「……いや、全く」
そうか、バレンタインが近いのか。まあ俺には関係のない話、違うな、あわよくば彼女から貰えたらなんて思っている。たとえ義理でも。
「誰に渡すとか、何渡すとか書いてあると思うとドキドキしちゃうなあ」
「俺が持ってちゃいけないもののような気がしてきました」
手紙は放課後取りに来るよう伝えていると言えば、それもまた青春ですね、と彼女が微笑む。
「せっかくなのでこれ、相澤先生にあげます」
淡いベージュが塗られた指先が白いハート形の紙を俺の方へ滑らせる。
「……何も書いてないじゃないですか」
「え、あ、手紙! 相澤先生ってたまにお茶目ですよね。いいですよ〜、ちょっと待ってくださいね」
つい口を滑らせてしまった俺に、彼女は口の端を上げて、ハート形に折られた紙を開く。そして内側に何かを書き、また折る。先ほど彼女が言った時は別の意味で心許なさを感じていたが、今は書かれた内容に俺もドキドキしている。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。なんて書いたんですか?」
「恥ずかしいので、私がいない時に読んでくださいね」
そう言われると俄然気になってしまい、白いハートの手紙を窓に向けた。彼女と長く話せて浮かれていたのかもしれない。
「わあ、透かさないで! もうわざとでしょ」
彼女の手が慌てて光を遮る。
……これって、ただの質問だよな?
「ああ、すみません。つい。あの……好きですよ」
「へ? ちょ、ちょっと相澤先生ここ職員室です!!」
「あ、いや、チョコレートの話。手紙の」
「もう、絶対わざとでしょ! 顔熱い! 外行ってきます!」
バタバタと職員室を飛び出していく彼女を見送りながら、俺はそっと紙を開く。控えめな小さな字で『チョコレート、お好きですか?』と書いてある。
返事としては間違っていないはずなのに、なぜか俺の顔も熱かった。
write 2024/2/12 夢書きさまネップリ企画