2話 よるは思う
もうあまり思い出すこともなくなったわたしが小さかった頃の話。
お母さんときょうだいたちと一緒にいて、楽しく歩いていたらひらひらと動くものがあって、少しよそ見をしているあいだにひとりになってたの。気づいたら知らないところにいて、どうしようって鳴いて、お母さんって泣いて。すごく心細かった。
そんな時、
〇〇が来てくれて、お母さんじゃなかったけれどあたたかく包んでくれて安心したの。その時のあたたかさだけは、
〇〇の膝に乗った今でも思い出すことができるわ。
〇〇と出会って、わたしたくさんのことを覚えたし、わかるようになったのよ。
「よるさん」て
〇〇が呼ぶ。それがわたしの名前。
「ゴハン」はおいしいもの。
「おもちゃ」はなんだか捕まえなきゃってうずうずするたのしいもの。
「おはよう」は「ゴハン」もらえて。
「いってきます」は
〇〇が「シゴト」てやつに行くちょっとさみしいやつで「ただいま」は
〇〇が帰ってきて撫でてくれてうれしくって「ゴハン」を待つやつ。
「おやすみ」はあたたかい
〇〇の側で眠る合図。
〇〇はたくさんわたしにお話してくれる。
「シゴト」のことやおいしかったもの、たのしかったこと、天気や季節、まだあまりわからないことも多いけれどほんとにいろんなこと。きつかったことや、かなしかったことも。わからないことだってすぐにわかるようになるわ。だってわたしすごいんだから。
たまに
〇〇が、よるさん聞いてる? と言うけれど、ちゃんと聞いてるのよ。鼻息ならしてるし、しっぽだって動かしてるでしょう?
そして元気がない時、わたしのお腹に顔をくっつける。
すこしくすぐったいけれどこれで元気になれるんだって。だからどうぞってお腹を出すの。
〇〇がいない間、毎日おうちで何をしているかって?
それはお気に入りの場所から外を眺めたり、眠ったり、ふしぎなモノと戦ったりよ。おうちを探検したりもするわ。あたたかいところやきもちいいところを見つけるの得意なの。
そんないそがしくもたのしい毎日を過ごしているのよ。
そろそろ
〇〇が帰ってくる頃。ドアの向こうで音がして、耳がぴくりと動いて、頭を撫でてもらうためにお迎えにいくの。
「よるさん、ただいまー」
うれしくっておかえり、おかえりと
〇〇の足の間をくるりくるりと回るのよ。
「よるさん聞いてー。今日ね楽しみにしてた新商品のスイーツ買ってきたんだー」
「ゴハンみたいなものよね、どんなものかしら」
ふすう。
「明日は雨かあ、やだねえ」
「そうね、雨は少し外が見づらいわね」
ふすう。
「桜散っちゃうかなあ。残ってたら週末、窓から一緒に見ようね」
「それはたのしみだわ、ちゃんと残っているか見張っておくわね」
ふすう。
「よるさんかわいいねえ」
「うふふ当然でしょ」
しっぽをぱたり。
「相澤さん、かあ」
「あいざわさん? はじめて聞くことばだわ」
ふすう。
「……もう少しお話してみたかったな」
もふんとお腹に
〇〇がくっついてくる。
元気ないの?「あいざわさん」が
〇〇になにかしたの?
心配だからいつもより長めにお腹出すわね。