18話 プレゼント
誰もが忙しさに小走りしている師走。
部署での忘年会も済み、街並みはイルミネーションで輝いて一気に年末ムードが漂う。仕事も一段落つけたいところだけれど、まだまだ苦労を忘れるには難しそうで、それでも何かと理由をつけて集まりたくなるのが年の瀬なわけで。今日は同期同士での忘年会をしていた。
相澤さんを駅前で待っていたあの日から杉村くんとは気まずいままだった。次の日、謝って仲直りをしたが、お互いどことなく言葉だけように感じた。私は図星だからと八つ当たりし、彼の優しさを無碍にしたのだ。ひとこと謝って済むようなものではない。彼もまた、何か言いたげではあったものの、社内全体が忙しかったというのもあり、心の内を話す機会を設けられずに距離ができてしまった。こういう距離の開き方はいい気持ちがしない。しっかり話をして前のように話せるようになりたい。
グルメに詳しい同期の橘くんが予約をしてくれたお店はお魚が美味しい和食居酒屋だった。案内された席はお座敷の個室で、床の間に飾られた生花や部屋の角に置かれた間接照明の電球色の優しい灯りが、お店の品の良さを表していた。重厚な長テーブルを挟んで三人と二人に分かれ座っている。私は二人側の奥に座って、隣には香椎ちゃんが座っていた。皆、新鮮な魚料理に舌鼓を打ちながら、談笑している。
私も飲みすぎないよう気をつけつつ、ちまちまとお刺身を食べていると、お手洗いに立った香椎ちゃんに杉村くんが声をかけていた。オッケーのハンドサインをして去る香椎ちゃんにお礼を言った彼がグラスを持って私の隣へ来た。
「横、いいか?」
「うん」
杉村くんが小皿に刺身を取り分け、少し間をあけて私の方を向いた。
「そういえばさ、あれからちゃんと話してないなと思って」
「このところ忙しかったもんね、この間の忘年会は部署で席、分かれてたし」
な、と短く返事をした彼が、グラスを持ってひとくち飲んだ後、また口を開いた。
「あの後大丈夫だったか? あの時の
◇◇つらそうでさ、見てられなくて。なんでそんな顔してんだよって思って言い過ぎた。ごめん」
「ううん。私こそごめん。自分の覚悟のなさに図星指されて、嫌な言い方した。八つ当たりだったの、本当にごめん」
頭を下げて謝ると、杉村くんは強張っていた顔を和らげた。
「相澤さんは?」
「ちゃんと相澤さんに会えたよ。無事で、あの日、会いに来てくれた。ほんと嫌になるよね、すぐ自分のことばかりになって。杉村くん、いつも心配して応援までしてくれてるのに」
「いやいいんだ。恋愛ってそんなもんだろ。心配くらいさせてくれよ。うまくいくといいな」
「ありがとう」
「いーえ。相澤さん、俺に牽制してくるくらいだから、
◇◇のこと相当好きだと思うぜ。ま、俺も悔しいから色々言ったけど」
「え?」
「はは、
◇◇って本当鈍感だよな。じゃ、香椎戻って来たから元の席に戻るわ」
相澤さんが、杉村くんに? いつ、どこで、なんで? 色々ってなに? 疑問と驚きの発言を残して、杉村くんは戻っていった。
家に着いて、寝る前に今日は同期の忘年会だったと相澤さんに送ると、珍しくすぐに返事が届いた。
『飲み過ぎてないですか?』
『今後飲みの席でもし遅くなるようだったら連絡ください。迎えに行きます。』
連絡したら迎えに来てくれるの? そんなの彼氏みたいじゃない? はっ、そういえばあの時は送ってくれて、ベッドへ寝かせてくれたんだった。というか相澤さんが杉村くんに牽制って、私を杉村くんに取られたくないってこと? 相澤さんってそんなことするの?
都合のいい妄想と、思い出し恥ずかしに、ぶわわっと身体が熱くなって寝付くまでに時間がかかった。
誰もが忙しさに小走りしている師走、なのだから相澤さんは寝る暇もないくらいに忙しいのだろう。それでも朝の薄暗い時間によるさんと出窓から外を見れば、こちらを見て手を振る相澤さんに会える日もある。そんな日は、白い息を残しながら歩く相澤さんを見送って、身の引き締まる思いと、ほっこりした気持ちになりながら朝の身支度を始める。
少し前に、『今仕事が立て込んでて返事があまりできないと思うのですが、メモ代わりかなにかだと思って食べたものとか、好きなものとかなんでもいいので、送ってください』というメッセージが届いた。なんでもいいなんて、なんという無茶振り、とも思ったけれど気負わず気軽に連絡してほしいってことかなと解釈して、朝や夜の挨拶はもちろん、美味しかったランチや新作スイーツ、綺麗だった景色、よるさんの写真も日々送っていた。既読が受け取りのサインの時もあれば、意外にも可愛いスタンプを送ってきたり、『同じの食べました』と写真が送られてきたりして、会えない日も相澤さんで満たされていた。そんな何気ないやりとりは、都合のいい妄想ではないんじゃないかと思うくらい恋人同士のようだった。
今日はクリスマスイブ。今年のイブは土曜日で、昨日仕事終わりに思い立って夜中に焼いたクッキーを袋詰めしていたお昼頃、『クリスマスの予定は?』とメッセージが届いて、ドキッとした。けれども『俺はあいにく仕事なのですが』と続く文字に、少しだけ肩を落として『今日の夜、よるさんとささやかながらパーティの予定です』と送った。モミの木やジンジャーブレッドマン型のクッキーと、よるさん用に作った星型の猫用クッキーの写真も添えて。
パーティといっても、一人前のローストチキンとサラダ、たまごやハムのサンドイッチにケーキというクリスマスっぽいメニューを食べるだけで、クリスマス映画を流す以外は普段の食事風景とあまり変わらない。けれど、赤いリボンを首につけさせてくれたよるさんが隣にいるから華やかだ。
ディナーも食べ終わり、膝の上で丸くなっているよるさんを撫でながらケーキを食べていると、可愛くおめかししたよるさんを見せたら喜んでくれるかな、と考え、写真を撮って相澤さんへ送ることにした。
「よるさんがリボンつけさせてくれました! っと」
送信してすぐに、ピコンと通知音が鳴る。
『よるさん、可愛いですね。とても似合ってる。
◇◇さんは?』
「え? 私? 私の写真ってこと? むりむりむりむり!」
脳内で再生される相澤さんの声をどうにかこうにか振り払おうと首をぶんぶん振っている間に、映画のお気に入りのシーンを見逃した。相澤さんはたまに直球でドキッとする一言を言うし、送ってくる。誕生日の日以来、そうだ。あの日交わした視線でお互いの気持ちは伝わってしまったのだと思う。それならば、可愛く素直に受け取って返せばいいのに、これ以上好きだと想うと暴走してしまいそうで心にブレーキをかける。それでも会ってしまうと簡単にたくさん好きが溢れてしまうのだけれど。
「この先こんなんで大丈夫なのかな」
返事に困りつつ、リモコンで映画を巻き戻す。
ちょっと落ち着いてから返信しよう、そう思ってテーブルに携帯を置くと今度は通話を知らせる通知音が鳴った。画面に表示された名前は『相澤消太』。初めての電話にじわっと手のひらに汗が滲んで、通話開始のボタンをタップしようと構えた指が震える。
「ど、ど、どうしよう。早く出ないと!」
深呼吸して、もう一度深呼吸して画面に触れた。
「……もしもし、こんばんは」
『こんばんは、相澤です』
焦った私の浅い息づかいとは違った、はあと深い熱のこもった吐息が聞こえた。
電話越しの相澤さんの声は、直接聞く声よりしっとりしていて、喉がきゅっとなる。
『今、下にいるんですが、そちらに行ってもいいですか?』
「えっ!?」
よるさんを抱えて出窓から覗くと、電柱横の街灯の下に相澤さんが立っていた。軽く手を振る相澤さんにぺこりと頭を下げ、「もちろんです!」と返したあと、ふ、と短く笑ったような息づかいが聞こえ、「では」と通話が切れた。そして数秒後、インターホンが鳴った。
ドアを開ければコスチューム姿の相澤さんが、首元に巻いた布を整えつつ少し申し訳なさそうに立っていた。相澤さんと一緒に入り込んだ冷気が頬を撫でて、あまりの冷たさに自分の赤面具合が気になったが、相澤さんを前に鎮めることなんかできなくて早々に諦めた。
「こんばんは、すみません突然来てしまって」
「こんばんは! 会えて嬉しいです」
「どうしても顔を見たくなって。赤でお揃いにしたんですね、
◇◇さんも似合っていて可愛いです」
私はアラン模様の白いニットワンピースの上に赤いストールを肩に掛けていた。ドレスコードの赤に気づいてくれたことと、まさかの褒め言葉に間抜けな声をあげ、恥ずかしさにストールで鼻先から下を隠した。
「あとこれ、プレゼントです」
ふと動いた相澤さんからは、ツンとした少し苦い冬の匂いがする。
先ほどまでの眉間に皺の寄った険しい顔は、部屋のあたたかさで緩んだのか、はたまた私を見て緩んだのか、どちらなのかはわからないけれど、眠そうで気怠げなとろりとした目元になっていて、後者だったらいいなと思いながら彼から感じる全てを私の全身に刻み込む。
「え! あ、りがと、うございます」
差し出された紙袋を受け取る時、わずかに触れた手はとても冷たくて。彼の優しい手がこんなに冷たくなるほど寒い中、私に会いに来てくれたのかと思うと、切なさと嬉しさが込み上げてきて、どうしようもなくこの手をあたためたくなって、握ってしまった。
「
◇◇さんの手、あたたかいですね。体温奪ってしまうみたいで申し訳ないな」
「わ、すみません。相澤さんの手、冷たくて思わず」
「いえ、まさかのプレゼントに喜んでます。ああ、でもこれ以上触れられると離れがたくなりますね。仕事抜けてきたので、そろそろ戻らないと」
これ以上、と言った相澤さんは離れがたいと言いつつも、指先と節目が赤くなった冷たい手で私の手をそっと包んだ。それはまるで私の体温を持って帰ろうとしているようで、できることなら鎮まらないこの熱を全部持っていってほしいと思った。
「だいぶ温まりました。ありがとうございます」
相澤さんの手と、私の手が同じくらいのあたたかさになった頃、名残惜しげにゆっくりと離れた。彼と触れ合っていたところが寂しさにひやりとしたけれど、熱はまだおさまらず、すぐに熱くなる。
「よかったです。あの、少し待っていてもらえますか?」
プレゼントは用意していなかった。けれど、相澤さんから受け取った想いに、純白の紙袋の中身がまだ何か知らなくても、お返しがしたかった。
急ぎつつも丁寧に、袋詰めしたクッキーをカップ型の箱に見栄えよく並べ入れ、赤いリボンのシールで留めたあと、紙袋へ入れた。
「お待たせしてすみません。今こんなものしか用意できなくて……写真で送ったクッキーなんですけど、もしよければ食べてもらえると嬉しいです」
「ありがとうございます。うまそうだって思ってたんです。嬉しいです」
それでは、とドアノブに手を掛けた相澤さんは、見送るため靴を履こうとする私に「寒いからここで大丈夫ですよ。戸締りはしっかりしてくださいね」と言って帰っていった。ドアが閉まる前、首元に巻いてある布を指でくいっと下げ、「おやすみなさい」と言った相澤さんの優しい唇の動きが忘れられなくて、しばらく玄関でぼうっとしてしまった。
「なんだか夢のような時間だったなあ」
あんなに熱かった手は、少しひんやりしていて、握っては開いてを繰り返し、触れた相澤さんの手と触れられた手の感触を思い出す。頬に寄せると冬の匂いがした。
私の手首で揺れる小ぶりな紙袋はマットで手触りが良く、箔押しが上品な純白の細長い化粧箱が入っている。
「……クリスマスプレゼント、だよね。プレゼントって言ってたし」
顔を見たくて、これを渡したくて、来てくれたと思ってもいいんだよね。いつも一度にたくさんの感情を置いていく相澤さんに脳が処理しきれない。
「うう、相澤さん、好きすぎる」
部屋に戻れば、よるさんはベッドで寝ていた。とくとく鳴る心臓を落ち着かせプレゼントを開けてみると、箱の中身はボールペンだった。
マットなホワイトパールのボディにピンクゴールドのクリップが付いたとても綺麗なペン。ボディには波模様の彫刻があしらわれていてどの角度から見てもうっとりする。
「綺麗で、可愛い。アクセサリーみたい」
こんなに高価そうなものいただいてよかったんだろうか。そうだ、お礼、お礼の連絡しないと。そう思って携帯を取ると相澤さんから『会えてよかった。クッキーうまいです。ありがとうございます。』という一文と、相澤さんのデスクなのか、クッキーを真ん中に誕生日に贈った黒猫のマグカップとキーボードとマウスが見切れていて、誰かの手がブレて写った写真が一枚届いていた。
「もう食べてくれたんだ。嬉しい。マグカップも使ってくれてる。しかもここって学校だよね。可愛らしいの選んじゃったからお家用だと思ってたのに。うわあ、どうしよ、すっごく嬉しい」
メッセージと写真に顔を緩ませつつ、私もお礼のメッセージを送る。
「ほんとに綺麗。えへへ、私の好きなピンクも入ってるし。相澤さんってセンスいいんだなあ」
初めての贈り物はキラキラしていた。手触りのいい箱を開けては眺めて、そうっと握って、しまって、しばらく経ってまた開けて眺めてみたりした。流していたクリスマス映画の次作を観ながら余韻に浸っていた。相澤さんと会える時間は短くていつも夢のような心地なのだけれど、想いが伝われば時間なんて関係ない気がする。そんなクリスマスだった。
「相澤さん、だいすき」
少しずつ近づいている、そう思ってもいいよね。
クリスマスも終わって年内中の出勤日が数えるほどになり、恋を活力に残った仕事も難なく片付けて、無事に仕事納めをして清々しくのんびり過ごす年末。
イブの夜から足元3センチくらいは浮いている気がしている私は数年ぶりに本気を出した大掃除をよるさんと一緒にやって、ペンに似合うよう爪の手入れをしてみたり、入社時から使っていたペンケースを新調したり、年末年始の準備に勤しんだ。相澤さんへのクリスマスプレゼントをと思って、雑貨店や男性服ブランドの小物を覗いてみるも、相澤さんの好みがわからなくて泣く泣く諦めた。実用性、機能性抜群で私の好みど真ん中なあの綺麗なボールペンに見合うお返しを選べるほど私は相澤さんの好みについて何も知らない。
誕生日に贈った黒猫のマグカップは相澤さんやよるさんぽくて可愛くてつい勢いで贈ったけれど、だからって次もそのレベルのものを贈れるわけがない。だってあの手触りのいい化粧箱に品よく納まったキラキラ輝く宝石のようなボールペンの後なのだから。一般的な事務用品に使われている文房具メーカー以外はさっぱりだった私は、ペンケースを探している際に見かけたショーケース内に飾られている同じブランドのボールペンのお値段に目が飛び出てしまった。相澤さんの好みを知ったとしても私が贈れる物なんてないんじゃないのかな。勉強も資格取得も頑張って就いた職業には誇りも自信も持っているし、贈り物に値段は関係ないとわかってはいるけれど、ショーケースの前で少しだけ、いや結構落ち込んでしまった。
年末にかけては教師業よりもヒーロー業が忙しいという相澤さんからは連絡が少なくなり、あっという間に大晦日となった。それでも私からは変わらず挨拶や写真を送っていた。そうしてもらえると助かる、と相澤さんが言ったからだ。プレゼントの件で落ち込みもしたが、それよりもやはり相澤さんが私へクリスマスプレゼントを贈ろうと考え、忙しい中会いに来てくれたことの方が嬉しかった。
23時過ぎ、年越しそばを啜りながら年末のカウントダウン番組を見ている。
そばにはえび天とかき揚げに小口切りにしたネギを入れた。本当は甘いお揚げとたまごも横で順番待ちしていたのだけれど、こんな時間だし、と次の機会のために冷蔵庫へ帰ってもらった。揚げ物と揚げ物をのせている時点でどうかと思ったが、入れたあとに気づいたのだから仕方がない。
「年越しそばっていつ食べるのが正しいんだっけね?」
「にゃあ?」
「よるさんもわからないかぁ。あ、23時くらいに食べる人多いみたい。同じだね」
もう少し早い時間に食べていたら夢の全盛りも叶ったかも、なんて食い意地の張ったことを考えつつ、携帯で調べたことをよるさんに話しかけると、ふーんと興味なさげに、「にゃぁ」と鳴いた。よるさんそば食べられないもんね、そりゃそうだ。
あ、そろそろ好きなアーティストが出る時間だ。歌番組に変えよう。
「へえ、今年の司会、プレゼント・マイクだったんだ。確か雄英の先生でもあるんだよね。こんなテンションの高い先生いたら授業楽しそう」
そういえば相澤さんって何教えてるんだろう。相澤先生って呼ばれてるんだよね、なんか不思議。首に巻いてる布って武器なのかな。誕生日は知ってるけど何歳なんだろう。ヒーローグッズとか出てるのかな。ぬいぐるみとかあったら可愛いかも、欲しい。私に見せてくれる笑顔や人柄にどんどん惹かれていったけれど、相澤さんについては知らないことだらけだ。聞いたら答えてくれるかな。
──ヘイ、リスナーたちィ! 新年まで一分を切ったゼー!! エビバデ準備はいいかア!? カウントダウンスタート!! イエア!!
「わ、もうそんな時間」
画面の向こうではプレゼント・マイクを筆頭にアーティストや観覧ゲストの有名人やヒーローたちもノリノリでカウントダウンを始めた。この中に相澤さん、いたりしないよね、なんて思いながら心の中でカウントダウンをする。
──5、4、3、2、1…………ハッピーニューイヤー!!
「よるさん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
いつの間にか眠っていたよるさんにそっと話しかけて、食べ終わったどんぶりをキッチンへ下げにいった。相変わらず画面の中は賑やかで華やかで、相澤さんはこういう世界の人なんだよなあ、とアイドルのパフォーマンスを遠くから眺めていた。
僅かに心が傾けば、やめようと思っていた卑屈な気持ちがたまに芽を出す。恋人格差というのか、地位も年収も何もかもが違いすぎて、私なんて釣り合わないと思ってしまう。きっと相澤さんはそんなこと全く思っていないだろう。だからこういうことを考えている自分が嫌になる。
それでもやっぱり好きだから、諦めることはもうできないから、相澤さんをもっと知りたい。私のことも相澤さんに知ってほしい。もし「質問してもいいですか」なんて聞かれたらなんでも答えちゃいそう。また警戒心って怒られるかもしれないけれど、それは相澤さんだからなわけで。
相澤さんに会いたいなあ。
新年早々、心がゆらゆらぐるぐると忙しい私を、突如深夜に鳴った着信音が静かにさせた。
「え、うそ、あいざわ、さん! …………はい、もしもし」
『相澤です』
「あけましておめでとうございます」
『あけましておめでとうございます』
声の向こうに人混みの騒ついた音や車の走行音が聞こえる。真夜中なのに、そこそこ賑やかなところにいるようだ。私の静かな部屋とは真逆なところに相澤さんはいる。
「今年もよろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします。今更ですが、電話大丈夫でしたか? 深夜にすみません』
「いえ、おそば食べながらテレビと一緒にカウントダウンしてました。よるさん寝ちゃってて。相澤さんはお仕事ですか?」
『よかった。ええ、そうです。その帰り道に日を跨いでしまって、どうしても声が聞きたくなって』
こそばゆくて眠りを誘う落ち着いた声なのに、喉がきゅんとしてなぜか泣きそうになってくる。
「私も、相澤さんの声聞きたいって思ってました。テレビにプレゼント・マイクが出てて、それで」
『マイク? あいつ見て俺思い出したんですか』
あれ、むっとした声。ちょっと怒ってる? プレゼント・マイクと仲悪いのかな。プレマイ見て相澤さんは何の教科教えてるんだろうと思ったけれど、重要なのはそこではなくて……。
「えと、違くて、もしかして相澤さんもテレビに映ってないかなと探してて」
スピーカー越しに、ふは、と息のかかる笑い声が聞こえて、耳が熱くなる。
『俺はメディアには出ませんよ。苦手というのもありますが、個性柄、デメリットのほうがでかいんで』
「そう、なんですか」
『そうです』
「あの、いつも首に巻いてるのは武器ですか?」
『そうです。敵を捕縛したり移動手段に使ったりします』
やっぱり武器だったんだ。移動手段ってあの細い布でどうやって……? ヒーローの身体能力すごい。そして相澤さんはメディアには出ないのか。じゃあテレビだけじゃなくて広告や雑誌のモデル、熱愛報道とかも今までないと思っていいのかな。そういうヒーローもいるんだ。
「グッズとかないんですか? イレイザーヘッドの」
『ヒーロー名覚えてくれてたんですね。グッズもないですね。表に出なければ知名度なんてゼロですから』
「そうですか、あんなにかっこいいのに。ちょっと残念です、グッズ。あ、あの、普段、相澤先生って呼ばれてるんですか?」
『今日は質問ばかりですね。そうですね、先生なんで』
「わ、すみません、ずっと相澤さんのこと考えてたから」
『俺のことを?』
「は、い。知らないことばかりだなあって思って。でも今日少し聞けたので嬉しいです。気を悪くしませんでしたか?」
『教えますよ。なんでも。俺のこと
◇◇さんに知ってほしいんで』
左耳に響く彼の声はいつも以上に優しくて、目を閉じると私の好きな表情をした相澤さんの顔が浮かんでくる。
「……私も、私のこと相澤さんに知ってほしいです」
『言われると嬉しいもんですね。ではお言葉に甘えて、誕生日はいつですか』
「4月、です」
好きな人が自分のことを、自分の生まれた日を知りたいと思ってくれることがこんなにも嬉しいだなんて。聞いてみてよかった。
『なるほど、ピンクが好きなのも関係してますか? 送られてきた写真のピンク率が多かったのでお好きなのかなと』
「さすがです! ちょうど桜が咲く時期で」
『へえ。
◇◇さんにぴったりだ』
「あの、クリスマスプレゼントのペンも、ピンクが入ってて、すごく綺麗で」
『ああ、店で見た時、
◇◇さんぽいなと思って』
照れてしまって「えへ」と変な相槌を打ってしまった。
「嬉しいです。私もプレゼント探したんですけど、相澤さんのこと知らなくて選べなくて」
『その間俺のこと考えてくれてたんですよね。それだけでも十分嬉しいです。あー、そうですね、俺へのプレゼントは週一で一緒に帰るというのはどうですか』
「え、それお返しになってますか?」
また耳元で笑い声が聞こえて、相澤さんって結構笑うんだなとそんなことを考えて、私も笑った。
『なってますよ。だって一度や二度ではないですからね。この先ずっとです。その時、あなたのことも教えてください』
「っ……はい」
少しずつ溢れないように、と思っていてもそうさせてくれない、相澤さん。「すき」と思わず言ってしまいそうになる苦しさに何度も耐え、新年初の相澤さんとの通話は終わった。
「もう、うっかり好きって言っちゃいそう。だって言葉全部から好きって伝わるし、甘すぎる。また卑屈になってたけど、相澤さんと話してたらどっか行っちゃった」
携帯を握ったまま、テーブルにへたりと突っ伏した。熱くなった耳と頬にテーブルのひんやりとした冷たさが心地いい。
「なんでも教えてくれるんだ、相澤さん。週一で会えるんだ、相澤さんと」
相澤さんの言葉や声が頭の中で反芻して、しばらくぼんやりとしていた。