すずらんの日
「先生、私これしたいの」
大きな瞳をキラキラさせて言ったエリちゃんが持っていたのは、見開かれた植物図鑑。
今日は午後からエリちゃんと一緒にいる日で、ランチラッシュが作ってくれたお弁当を食べ、片付けと歯磨きが終わったところだった。
「ん? なになに?」
「これ! これなの!」
春の植物のページに書かれた、桜、チューリップ、ネモフィラ、菜の花を通りすぎ、小さい手が指差したのは、スズラン。最初こそ遠慮がちだったエリちゃんも、雄英でたくさんの明るさと前向きさに触れ、自主的に何かをしたいという事が増えてきた。
「すずらん、あ、今日5月1日かあ」
「大好きなひとにありがとうってお花を贈る日なんだって。私、やりたい」
可愛らしいスズランの横に書かれた説明には、「受け取ったひとには幸せが訪れる」とも書いて、真っ直ぐで優しい心の持ち主のエリちゃんにぴったりな日だと思った。あと、大きな葉に隠れて咲く恥ずかしがり屋な花が、相澤先生の脚元に隠れるエリちゃんみたいだと心の中でほっこりした。
出来る限りの事はやりたいのだが、歩いて行ける距離に花屋さんはないし、品揃えの豊富そうな駅近くの花屋さんまでタクシーで行くとなると、私だけでは心許なく、どなたかプロヒーローにもご一緒してもらわなくてはならなくなる。皆さん授業もあるし、放課後ともなると時間的に難しそうだ。
「素敵ね、先生も大賛成! 今日はお留守番の日だからお花屋さん行くの難しくって、先生と折り紙やシールでスズラン作るのはどうかな?」
「それならお花さん枯れないから、みんな喜んでくれるかも」
デクさんとルミリオンさんにはメダルにして、オールマイト先生にはポケットに入れれるのがいいなあ、あとは…、とエリちゃんはどんどん創作意欲を膨らませているようで、私はホッと胸を撫で下ろした。なんとかなりそうだ。
自室から山のように折り紙、シールやリボンを箱に詰めて持ってきた。エリちゃんはまたもや目をキラキラさせながら「やっぱり先生の引き出しって宝箱みたい」と言って、自分の机から、以前相澤先生にお土産で貰った、水性ペンと水彩色鉛筆を大事そうにぎゅっと抱えて持ってくる。
「よおし、がんばるぞー」
まずは折り紙で白いスズランの花を作って、次に葉っぱを折る。それをたくさん折って、折って、折って。
集中する時に、口の端にちらりと舌が出てるのは、多分マイク先生のクセ。出来た時の、ぱあ! と輝くように笑うのは緑谷くんを始めA組のみんなの明るい顔。難しいところをがんばっている時の、むむっとした顔は相澤先生。嬉しそうにパチパチと拍手する姿はオールマイト先生そっくりだ。みんなに愛されて育っている証拠に目頭が熱くなる。
「で、できたー!! 先生ありがとう!」
「できたね! すごい、すごい!」
贈るひとそれぞれに合わせた折り紙スズランの花束の完成に、二人手を取り合って、ピョンピョン跳ねながら回った。
「あのね、先生。いつもありがと、これ、どうぞ。今日一緒に作ってくれてありがとうございました!」
そう言って手のひらに置かれたのは、スズランのブローチ。一緒に折った折り紙スズランの横に描かれた黒猫ちゃんはどことなく、相澤先生に似てる気がする。
「わあ、ありがとう。可愛い。猫ちゃんも描いてある!」
「えへへ。先生と相澤先生、仲良しだからおそろいなんだよ」
ほら、と見せてくれた相澤先生へ贈るブローチには白猫ちゃんが描かれていて、「かわいいでしょ」とにっこりと微笑んだ。ほんとよく見てるな、と感心しつつも、やはり照れてしまった。
付けてみて、と純真な眼差しで言われれば断ることもできず、このままエリちゃんと渡しに行くことになり、結果みんな喜んでくれて、渡す先々では笑顔が溢れ、大成功なサプライズな日になったわけですが。
最後、相澤先生へ渡す際、「先生と相澤先生、仲良しだからおそろいなの」と、私にとっては二度目の言葉に、一瞬見開かれた三白眼が柔らかく細まって、「かわいい、ありがとう」とエリちゃんの頭を優しく撫でた。
「先生たちは仲良しだから、相澤先生もここに付けておくね」
私と同じ左胸にブローチを付けた相澤先生が、私の方をちらりと見て、「先生、似合ってますね。可愛い」と言った。前にも言われた、勘違いじゃない意味での「可愛い」だ。
「みーんなに、しあわせがおとずれますように!」
両手を広げ、歌うように祈られた願いはきっと叶うに違いない。
write 2024/5/1 相互さん企画ワンライ