屋上にて
「なあ、今日どうする?」
隣のデスクで仕事をしている山田に脈絡も無く聞かれる。世間は大型連休中でそれに浮き足だった敵の制圧に駆り出されたのは昨夜のことだった。本来なら学校は祝日で教師業は休みなのだが、昨夜の報告書を作成するため雄英の職員室のデスクに座っている。山田も同様。「めんど〜」とか「あれあん時どうしたっけ?」とか聞こえるあたり順調とは言えなさそうだ。
「そうだなあ」
ディスプレイからは目を離さずそのまま答える。このやりとりももう何度目だろうか。どうするも何も毎年同じことをしているし、そうだなあというのもおかしい返事だ。なんと切り出せばよいのかわからないままきてしまった情けないふたりの枕詞とでも言っておこう。
「いつものでいいんじゃないか」
「だな」
報告書が添付されたメールをカチリと左クリックで送信すると、ふぅ。と背もたれに寄りかかる。え、相澤もう終わったの?と隣の友人が焦りだす。
終わるまで待ってるから焦んな、と更に浅く座り目線を下げ、職員室の窓から見える青空と大きな白い雲を目を細め眺める。
「YEAH!終わったぜー!」
「!!」
突然の大声にびっくりする俺を他所に仕事が終わってテンションの上がった山田はいそいそとパソコンの電源を落とす。
「待たせてソーリー!さ、行こうぜ!」
ああ、と短い返事をすると一度雄英を後にする。
雄英から一番近い、当時は毎日のように寄っていたコンビニへ行く。今はもうこの日くらいしか行かなくなってしまったが外装や内装はそのまま、オーナーらしき人も当時の優しい雰囲気のまま歳を取っている。今も雄英生を見守ってくれているのだろうとそう思う。
「おーい、相澤ぁ、これ新商品だって!」
山田が陳列棚の向こう側からひょこりと顔を出し話しかける。新商品と書かれた赤いシールが貼ってあるコテコテのいかにも腹を空かせた男子高校生が好みそうな惣菜パンを持っている。
「おまえ、昔からそういうの好きだよな」
「新しいモンは一回試してみてーじゃん?」
これも買おーっと、と上機嫌な声が聞こえ、俺もまた陳列棚に目をやる。当時は財布と相談しながら慎重に選んでいたことも、それも今となっては懐かしい思い出だ。懐かしむほどいつの間にか大人になったんだな、とふと思う。
「相澤、決まったか?」
「ああ」
手に持っていた紙パックのミルクティーを山田が持っていたカゴの中に入れる。
「それだけ?」
「ん、おまえはまた結構入れたな」
「なんかあいつの好きそうなのあってさぁ」
「確かに好きそう」
だろ、と自慢げな山田が、じゃ会計してくるわ、とレジへ向かう。
元来た道を戻り、雄英へ帰る。
「ちょ、この階段てこんな長かったっけ?」
「や、校舎は変わってないだろ、変わったのはおまえの…」
「おい、みなまでいうな!ヒーローだぞ!体力には自信あるってーの!」
ふざけ合いながら屋上へ繋がる階段を登る。
山田『屋上』と書かれたネームプレート付きの鍵を人差し指でクルクルと回し、鼻歌混じりに鍵を開ける。
当時から生徒は立ち入りは禁止だが、今は教師だ。堂々と鍵を使って入る。
キィと少々建て付けの悪い音がし、暗くひんやりとした屋内に瞬いほどの光が入る。
「かー!上に行くとさらに眩しいなあ!太陽が近え!」
伸びをしながら山田が先を歩く。
まだギリギリとはいえ午前中だというのにさんさんと輝く太陽の眩しさに目が眩み、片手で顔に影をつくる。
学生の頃いつも並んで昼食を食べていた場所に腰掛け、さっき買ったものを並べた。
「こう見ると結構買ったな、相澤も食べろよ」
「うっ…、こんな食えるかよ」
まあまあ、と言いながら俺の前にパンやら菓子やらをすすすと寄せる。
「これはあいつの分な」
「ああ、これいっつも食ってたな」
「食い物系だけは冒険しねえんだよなー」
「変なとこで慎重だよな」
「でもこれは好きそうじゃね?」
「わかる」
俺と山田の間に置かれた炭酸飲料とスナック菓子と惣菜パンを見ながら話し、ふいと濃い白の大きな雲がふわふわと浮かんでいる青い空をふたり見上げた。
「なーんでかこの日だけは毎年晴れるんだよなあ」
「前後雨だった日は流石に笑ったな」
「あー!あん時な!」
いやーあれは笑ったな!前日土砂降りで屋上も濡れてるだろーって、諦めるかーなんて言って、様子見に行ったら昼過ぎにはカラッカラだったからな、しかも次の日また土砂降り!と数年前の記憶にふたり笑う。
「あいつの笑顔みてーな空だな」
「ああ、毎年毎年眩しいよ」
「Happy Birthday、白雲」
「誕生日おめでとう、白雲」
真ん中に置かれた炭酸飲料のペットボトルにこつんとぶつける。
甘ったるい飲み物をひとくち。
write 2023/5/5 ☁️誕