コーヒーにミルクは入れたい
朝。
昨夜も遅くまで仕事だった消太を起こさないように、そろりとベッドから出る。
今日は天気がいいみたいだから早めに洗濯をして、いつ消太が起きてきても大丈夫なようにごはんを作っておこう。じゃこと塩昆布、ごま油を少し混ぜたおにぎりを二個、あとは白菜のお味噌汁を用意した。私は作りながら味見しつつ済ませて、そして食後のコーヒーを飲む。
一緒に暮らして改めて思ったけれど、消太は多忙だ。一緒に住んだ理由も「会えないならせめて同じ家に帰りたい」からだった。一人が好きそうな消太からそんな提案されるなんて思ってもみなかったので衝撃だった。消太よりも幾つか年上の私は同棲するなら半端な気持ちは嫌だよと伝えた上でこの生活が始まった。
だから度々、しばしば、時々、お互いが気持ちよく過ごせるために注意したりする。些細な事でも後からおっきくなって取り返しのつかないことになるのを私は知っているからだ。それがネチネチ言ってるように感じたのか、消太は全く聞く耳を持たず、軽い返事と「すまん」と謝っただけで終わったのだ。あなたの覚悟はその程度のものだったのか、と呆れ、悲しくなった。いくら忙しいからと言って、一緒に住む人を蔑ろにするなら一緒にいる意味はない。
伝え方が悪かったのだろうか。いや、消太の事だ、伝わってるし理解もしているはず。私だって一度目から怒っているわけではない。言葉も選んで柔らかく言うし、理由だって言っている。頭ごなしに、ダメ、やめて、なんて言っていない。もしかして、そもそも私の話を聞いていない、とか。それはもうなんというか、そうだったとすると、すごく悲しい。
すれ違うたびに言われる心のこもっていない謝罪も、簡単に触れようと伸びる手も、今までの恋人にもこうやって相手が折れるのを待っていたのかと嫌な想像をしてしまうくらいに弱気になってしまった。
「気安く触らないで」
私がそう言った時の消太の顔は初めて見る顔で、もう終わりなんだと思った。
話がしたい、と言われた時は、それならそれでいい、傷は浅い方がいい、と同棲の解消、そして別れを覚悟した、のに。
「俺が悪かった。話をしてほしい」
と、言って消太が目の前に置いたものは、私が一度食べてみたいと言った人気店の、お気に入りのイラストレーターさんが手がけた可愛い包装紙に包まれたお菓子。消太の言い分と謝罪と共に並べられていく、私が好きだと言ったモノたち。
「本当にすまなかった。ごめん」
そう言って最後に置かれた猫のぬいぐるみは、デートで行った先で見つけたガチャガチャのもので、細かいお金が無いからと諦めたものだった。モノに釣られたわけではないけれど、私の話を聞いていないわけではないことがわかって、それにこんなにも私が好きなモノを買い集めた消太がおかしくて、耐えられずに笑ってしまった。それでも意地っ張りな私は簡単に「いいよ」と言えなくて、「いちごタルト、食べさせてくれたら許してあげる」と可愛くない事を言った。
そんな事があっても消太はやっぱり同じことを繰り返すし、私はやっぱり怒るんだけど、気持ちがないわけではない事がわかった今では謝れば許してしまっている。さっきも起きたばかりの消太に、「また袖ひっくり返したままカゴに入れたでしょ」と怒ったところだ。他に注意したりしていることも、母親が子どもにちゃんとしなさい!と叱るくらいのもので、なんだかなあ、と思ったりもするけど、この大きくて目つきの悪いかわいらしい彼が、「
〇〇さん、好きだよ」と甘えてくるのは悪くないと思ってしまう私もいるから、2ヶ月なんとか続いている。
それに、ほら今も、コーヒーを飲みながら何か考えてるのかにやにやしている彼が、ふわりとひるがえるレースカーテンの向こう側に見えて、私も密かに頬が緩むのだった。
write 2024/1/17