しけたポテチは意外とおいしい
へっぷしゅん!
自分のくしゃみで目が覚めた。
ソファの隅っこで丸まって寝ていた私の肩にはボタニカル柄のガーゼケットが掛けられていた。ぼやける視界に目を擦りつつ、部屋を見渡す。リビングとダイニングの真ん中の壁にかけられた時計は、2時20分を指していた。夜中の2時だ。電気もエアコンもつけっぱなしで、ソファ前のローテーブルには飲みかけのお酒の缶が二つと、パーティ開けしたビックサイズのポテチがそのままになっていた。
「しょぉたくん?」
隣はほんのりあたたかい。ということは、彼はさっきまでここにいたはず。冷えたからだをもそもそと起き上がらせた。
暗い廊下に出てみれば、薄く開いたドアから明かりが漏れている。彼は寝室にいた。
「消太くん?」
私が声をかけると、枕や毛布を抱えた彼がこちらを向く。
「起きたか。からだ大丈夫か、寒かったよな」
「うん、寒くて起きちゃった。ちょっとのつもりが油断したね、へへ」
だな、と言って私を毛布ですっぽりと覆う。冷たかった二の腕につるりとした毛布の滑らかな柔らかさが気持ちよかった。明日も休みだからそのまま寝てしまおうかと毛布取りにきたところだった、と彼は説明した。お礼を言うと、いーえ、とにこりと笑った。
「消太くんいなかったから探しにきちゃった」
毛布の端を持ったまま両手を広げ、彼に抱きつく。毛布よりもずっとあったかい。
「かわいいな、おまえは。寝るのが惜しいよ」
「ええ、寝たくない。せっかくのお休みなのに」
「誘ってるのか」
毛布の中で大きな手がサテン生地のパジャマの裾を捲る。彼のしっかりと鍛えられたからだとは違い、脂肪でやわく冷たい私の肌にはやけどしてしまうかと思うほどに熱かった。
「違うの、映画の続き。ポテチも残ってるの。全部途中なのヤだ」
子どもか、と笑われてしまったけれど、多少駄々をこねてでも伝えないと流されてしまう。映画中盤、23時頃のように。
「あー、はいはい。すまんね」
「悪いと思ってないでしょ」
「思ってるよ。あっち行こう。抱っこするか?」
む、と突き出た唇を見た彼はご機嫌を取るよう優しく甘く囁いて、イヤイヤとからだを捩る私をひょいと抱え、短い廊下を歩いた。彼、消太くんは私を知り尽くしている。ちょっとずるい、と思いつつも安心するあったかいからだに身を寄せれば、そのずるさもすぐに大好きに変わってしまう。
ソファの定位置に座り直した私たちは、一時停止された映画を5分巻き戻して再生した。物語の真相が見えてきた場面の重要人物が口を開いたところだった。私が「なんでこの人ここに来たんだっけ」と聞いたからだ。彼は知っていたけれど、一度目のその頃はもう彼に集中していたから全く見ていなかったのだ。
半分ほど残った缶の中身はぬるくグラスに氷を入れて残りを注いだ。犯人になってしまった主人公の悲しい笑顔を拾っていくようなエンディングのイントロに、ざわついてしまっていた心が少しだけ落ち着く。映画の後半は手に汗握る展開で、エンドロールが流れる頃にはグラスの底は水たまりになっていた。食べたかったうすしお味のポテチにやっと手が伸びる。
ペキ。
「しけてる」
まさかだった、と言う彼もポテチの袋に手を伸ばす。
ペキ、ポリ。
「ほんとだな」
氷で薄まったお酒は炭酸も抜け、甘いジュースのようで、しけたポテチに合う気がした。もう窓の外は薄っすら明るくて、明け方に食べるものじゃあないね、とふたりで笑った。それでもしけたポテチは意外とおいしかった。
write 2024/9/1