「この季節も悪くない」
――あ、洗濯。ベランダ、干しっぱなし。
彼女が生活臭い一言を言い放ち、脚の間からすくりと立ち上がった。
夕方のことだった。
「まだ日も明るいし、もうしばらく、」
「やよ、じとってしちゃうでしょ」
せっかく洗ったのに、と言って、引き留めるために掴んだ俺の手を引っ張り返した。
シャッ、カチャン、カラカラカラカラ。
触れた窓ガラスはぬるく、カギやサンは熱かった。温度の違う空気が入り混じる。ベランダに置いているサンダルも日中の熱を吸収していた。足の裏からじわりと感じる熱を心地よいと思うほどに冷えていたことを知る。
「ひゃぁ、やっぱり外は蒸すねぇ。消太のTシャツほかほか、ふふふ、冷えたからだには気持ちいいかも」
そう言って、ハンガーから外した服を頬に寄せた。
梅雨明け前のせっかちな蝉の声が遠くで聞こえる。連なる屋根の上の雲さえも夏の形だ。一人ならば何も感じない風景を覚えていたいと思う。うざったいほどに留まる湿度の高い空気も、彼女の微笑みを包む分くらいは許せる。
「やっと取り終えた! 消太重くない? 暑かったね」
「いいや、全然。この季節も悪くないよ」
「え、消太暑いの苦手って言ってなかった?」
「そうだっけか?」
たとえ突然雨に降られても、床が氷のように冷たくても、吹く風が甘く切なくても、おまえがいればなんだって。
俺はその度言うだろう、この季節も悪くない、と。
write 2024/7/11 Xタグ企画『愛しているに代わる言葉を探している』より