勝負のホワイトデー
この一ヵ月の彼女はどうだったか。
チラチラと視線は感じるものの、こちらがちらりと目をやると、ちょこまかと小動物のように壁や物、人に隠れ、ピピピと困ったような汗を出し、顔は真っ赤。完全に意識している様子。逃げ隠れられるのは可愛らしく、追いかけたい衝動に駆られる。いや業務的に話がある場合は追いかけたが。
逃げられるため手渡すことができなくなった菓子を、捺印済みの付箋を貼って彼女のデスクへ置く。何も考えず無防備に俺から手渡される菓子を嬉しそうに貰っていたあの頃もよかったが、俺はこの反応を待っていた。
それに今日はホワイトデーってやつだ。
何かしらアクションがあるだろうと一日待って、終業時間。あと三十分もすれば職員室は誰もいなくなる。まあ誰もいなくなってからが話しかけやすいか、と余裕こいて残業しているといつの間にか彼女のデスクが片付いていた。
「はあ?」
もう寮に帰ったのかよ。二年目で伝わったくらいだし今年は期待しない方がという思いと、まだ機はある、寮の方が時間も自由だしなという思いが交互にやってきて悶々としながら俺も寮へ帰った。
受け持つクラスの寮への見回りも終わり、風呂に入って一仕事している時だった。
「相澤先生、いらっしゃいますか?」
ノック音後に聞こえたのは彼女の声だった。ドアを開けると部屋着姿の彼女がいた。手には紙袋を持っている。
「お疲れさまです、ここではアレですし、中へどうぞ」
「おじゃま、します」
部屋へ一歩入ったところで彼女が「ホワイトデーですので」と紙袋から包みを渡す。
「あの、これは」
「ですからお返し、です」
「それはわかってます。これを返される意味も」
「相澤先生、意外とマメですね」
「茶化さないでください」
俺の手にあるのはマドレーヌ、意味は『もっと仲良くなりたい』。もうすでに仲はいいだろう、最近は避けられていたが。
「では、これを……」
まだあったのか。次に渡されたのはマカロン。『あなたは特別』まあ悪くないが、そうじゃない。
「相澤先生、不服そうですね?下唇、ムイってなってて可愛いです」
「俺を揶揄ってるんですか?」
違います、心の準備と数で勝負中です!と眉をキリっとさせ必死さをアピールしている。ということはまだあるということか?また紙袋へ手を突っ込み、小包を渡す。
「こちらもどうぞ」
「あの、これはどう受け取ったらいいんですかね」
「えと、意味は……」
「意味くらいわかります」
受け取った小包にはキャラメルが入っていた。意味は確か、『一緒にいると安心できる』。本当か?こんなに大型動物を目の前にした小動物のようになっているのに。だが段々慣れてきました、とひとりくすくすと笑う。可愛い。
「私、相澤先生がいつもくれるお菓子が好きなんです。今はなぜか丁寧に付箋まで貼ってくれて」
「それはあなたが逃げるからでしょう」
「だ、って恥ずかしいから」
「意識してもらえて嬉しいです」
「あの、それで、最後にこれを」
そう言って彼女が渡したのは小瓶入りの金平糖。意味は『あなたが好きです』。
「俺もあなたが好きです」
彼女は逃げようとしない。むしろ熱をはらんだ目で俺を見ている。
「やっと伝わったようで安心しました。今日は帰さなくてもいいですか」
「…ひゃい……お手柔らかにおねがいします」
write 2024/3/15