まだ夢の中かもしれない
あやふやな輪郭の大きな太陽が、長い影を作る廊下。
キュイキュイ鳴る上靴は軽やかで、放課後の他の生徒たちの声は遠い。
「失礼します。ヒーロー科の相澤先生にご用があって参りました、ヒーロー科三年の
〇〇です」
「あー、相澤先生なら、んーと、今席外されてるね。渡しておこうか?」
「いえ、先生のデスクわかるので、自分で置きます!」
キュイキュイ鳴ってた上靴は、トトトト鳴って相澤先生のデスクへと私を導く。
整頓された無駄のない先生のデスクの真ん中に、ぺらりと紙を置いて、飛ばされないようにポケットからチョコを取り出し、その上に置いた。
パキッと割って食べるウエハースチョコのパッケージの文字はなんて書いてあったっけ。何個か入ってたうちの一つを適当に取ったから全然覚えてない。
先生に用事があって、先生の元へ向かっているというそわそわした感じは、今でも私を甘酸っぱさでいっぱいにする。
「またこんなとこでうたた寝して、風邪引いてもしらないからな」
「風邪もどっかいくほどぬくぬくですよ」
肩まで掛けられたブランケットと毛布や掛け布団を鼻の上まで持っていって、優しい声の方へ目線を向ける。
「消太さんとの懐かしい夢見てたの」
「どんな?」
「先生の机に提出物を置いていく夢」
「それ俺出てないだろ」
「たしかに」
くすりと笑い合って、私へ伸びたあたたかい手が髪を撫でる。
伝えることができなかった三年間は、宝物のように大切に大切に心にしまって、たまにチラッと覗いてみては切なくなったりしていた。この先もこのキラキラ甘酸っぱいいちご飴のような日々は私の支えになっていくのだろうと思っていた、のに。
人生、何が起こるかわからない。
だって先生は、私の隣にいる。それは信じられないほど甘くて、今はいちご大福みたいな日々だ。
「あの時置いたお菓子の袋、何が書いてあったか覚えてますか?」
「忘れもしないよ。『ちょっと走ってきます』だからな。焦って校内探したんだぞ」
「ふふ、そうだったんだ。適当に取ったものだったから覚えてなくて。というか、消太さんって焦るんですね」
「下校時間過ぎてるのに、もし走ってたら危ないだろ」
「消太さん困らせるくらいならちゃんと選べばよかったなぁ」
「別にそれくらい構わないよ」
今年初めて見た夢が、大切にしまっていた思い出の一つだなんて嬉しくて、それに消太さんの記憶もプラスされて、さらにキラキラ度を増した思い出はまた大切に大切にそっと心にしまう。
「初夢、だったんですよ。あのお菓子食べたくなりましたね」
消太さんは、「よかったね」とまた私の頭を撫でて、子どもをあやすかのように「明日のおやつ時間にな」と優しく言った。そして、甘い声で「一途に想われるのも悪くないね」と言って柔く微笑んだ。
暖房のゆるい風で揺れる観葉植物があまりにも穏やかで、まだ夢の中にいるんじゃないかと、愛しいひとを瞳いっぱいに映した。
write 2024/1/7