八話 逃げられない鳥籠の中で
彼には言えない事がたくさんある。
私の個性について話した時、不自然な点が多々あっただろうに彼は受け入れてくれた。その上で本当に疑問に思ったことだけを聞いてきた。それでも言えないことは多かったけれど、言い淀む私にそれ以上追求することもなかった。柔らかい笑顔を向けて、何も言わない。大丈夫だ、と抱きしめてくれる時もあった。思慮深くて優しい人だ。
そんな彼に愛される資格なんて私にあるのかと、ふと怖くなって何度か彼との未来を視てしまった。あんなに個性を使うのを躊躇っていたのに、なんてずるくて弱いんだろうと思いながらも、私の隣で笑う彼が視えると安心した。安心して、視た未来へ行けばいいのだと、嬉しくて涙が出た。暗いところから掬い上げてくれる存在だった。と、同時に、依存してしまっている自分が怖かった。というのも、彼と出会った時、私のこころはデザイン事務所で働いているという普通の生活でぎりぎり保たれていた。
もうヒーローを辞めよう。そう思ったのは随分前の事だ。
今、長期で追っている敵組織絡みの捜査網が敷かれる前に知り合いの刑事さんには話していた。
『これを追うとなると長丁場になるよ、大丈夫かい?』
最後まで頑張れたという自分自身の肯定が欲しかった。心配する刑事さんの言葉に、返事をしようと口を開いたが、からからに渇いてしまった喉はそれを放棄して、ゆっくりと頷いたのを今でも覚えている。刑事さんは、私が個性で敵を視て、その先の未来が辛いものだから心を痛めていると思っている。それもあるけれど、辛いことは別にある。
そしてその事件に動きがあったと先日連絡が入った。別件で捕まえた組織のひとりと、繋がっているであろう敵団体の数名を視てほしいとのことだった。その中の誰かに今後私が接触する可能性があるとするならば、視える。
捜査網が敷かれて直ぐ、私はとある敵組織に潜入捜査をした。組織は解体されたが、まだ幹部らの意思は残っていた。そこで私が視たものは、3年後急激に成長し、巨大な敵集団となって巧みに社会に溶け込み、裏から表をじわじわと侵食していくというものだった。当時、数人の上層部に接触した際に視たのだ。未来を変えるということは、少なからず犠牲が発生する。
──私と関わるひとは少ないほうがいい。
──敵だからと奪っていい命ではない。
最悪の未来を阻止すべく主要となる指定敵団体や宗教、思想家団体へ警察がマークし繋がりを持たぬよう静かに圧をかけていた。それでも主体となる組織は諦めることなく、また動き出したという。各地で起きている小さい事件は序章にすぎないということだろう。
別件との関連も裏付けられれば、大きく動き出す前に一斉掃討が行われるかもしれない。そうなればきっと彼も、個性柄前線に出ることになる。
その前に片をつけなければ。そうでなくとも警察に出入りしている彼だ。事件の話を聞けば捜査に加わるどころか、自分が単身乗り込んで組織を潰してこよう、なんて言い出すに決まっている。
それだけは絶対にだめ。独りで動いていた彼が、表の世界でヒーローの卵たちを育てるというのだ。
だから未来の私は、彼に別れを告げたのか、と一人納得する。
──私の目指していたヒーローとは、と考えない日はない。
彼が雄英の教師になるのというのを知った時──正しくは、彼がそう言ったのを視た時──厳しくも愛情深い彼にぴったりだと思った。見守り、支え、導く、いい先生になる。
彼に縋っている場合ではない。守りたい。
彼は彼の人生を歩んでほしい。生きていてほしい。
警察署で何度か見かけた、自分と同じアングラヒーロー、イレイザーヘッド。若いのに冷静で視野が広く、個性以外の戦闘能力も高いという。危ない橋も渡っていると耳にしたこともある。『みる』が発動条件の『アングラヒーロー』はどんな人なんだろうと気になっていた。
彼の誠実で温かいこころが好きだった。
私の名前を呼ぶ低い声も。包み込む優しい腕も。
余裕のある艶やかな仕草に何度も心臓がうるさくなった。
照れ隠しのぶっきらぼうな言葉も時に真っ直ぐで、隠さず愛を囁いてくれた。
全てが愛おしくて、大好きだった。
「私を最後に強くしてくれて、ありがとう、消太さん」