意外と甘い
下校時間も近く校舎に残っている生徒もまばらな放課後。
一枚のプリントを片手に、走らず、でも急いで職員室までの廊下を進む。
提出期限は今日の十七時。忘れるなよ、と朝のHRでも念を押されたのにもかかわらずついうっかりとしてしまった。休み時間、昼休みを潰し、放課後ギリギリの時間まで粘って、今。
「相澤先生、提出物持ってきました」
「ん?ああ、ギリギリセーフだったな。今度からは早めに取り掛れよ」
遅い!とか言われるかと思って緊張しながら渡すと意外にも優しく拍子抜けする。提出できた安心感も相まって気が緩む。
ぐぅぅぅ。
ひっ、と小さな悲鳴が漏れたのと同時にお腹を押さえる。
聞こえた?聞こえたよね、座った先生の横に立ってるもんね。なんならプリント確認するために向き直したから絶対聞こえてるよね。わぁぁぁ、恥ずかしい。
「なんだ、昼飯食ってないのか」
「はい、書いてたら昼休み終わってしまいました」
目線はプリントに落としたまま話す先生。
「体を作る上で大切な時期なんだからちゃんと食べないとだめだろ」
「先生に食べろと言われるとは」
「うるさい。先生は大人だからいいんです」
ポンと印鑑を押す先生の横顔は、ムッと下唇が出ていて大人とは思えない表情をしている。
デスクの引き出しを開けると印鑑をしまって、さらに下の段の引き出しを開けるとガサゴソと中を物色している。
「ほらこれ持っていきなさい」
食べないよりマシだろ、と渡されたのは先生がいつも飲んでいるゼリー飲料。
「え、ありがとう、ございます」
あとこれも、と可愛らしいパッケージのお菓子を数個手のひらに置かれる。かわいい、と言うとエリちゃんのおやつのお裾分けが溜まっていったものだと少し恥ずかしそうに言う。
「次は時間、上手く使えよ」
「はい、気をつけます。ゼリーとお菓子、ありがとうございました!」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
「はい!先生、さようなら!また明日ね」
「ね、はやめなさい。はい、さようなら」
すぐそこの寮に帰るだけなのに、眉尻を下げて優しい顔をするから思わずドキッとしてしまって、見送られる視線に緊張する。
入り口の前で振り返ると、先生も振り返ったのが嬉しくてぶんぶんと手を振る。先生も軽く手を振り返してくれた。
帰り道、この謎に早まった鼓動を落ち着かせるため、先生の真似をしてぢゅっとゼリー飲料を吸ってみたけど全然で笑ってしまった。
はじめて飲むそれは意外と甘くて、不思議な味がした。
write 2023/5