視線
朝の騒がしい教室の中、予鈴が鳴る。
委員長が席に着くよう促すも、一部のクラスメイトは昨夜見ていた動画の内容のあれが面白かっただとか、決めゼリフを真似してみたりのお喋りに夢中で。
きっとその騒がしさが廊下まで漏れていたのだろう。
スパーン!と勢いよく教室の引き戸が開かれ
「予鈴が鳴ったら席に着け!」
と担任の相澤先生が声を張り、入ってくる。
流石に先生から注意されると、はーいと席に着き、騒がしかったクラスメイトも静かに前を向く。
「みんな、おはよう。遅刻欠席は…いないな。では朝のHRを始める。まず昨日言っていた実技演習についてだが…」
淡々と話す心地の良い低い声。
カツカツと黒板に当たるチョークの音の後に残されていく先生の少し可愛らしい字。
そして気づく、背中側の捕縛布に紛れてぴらりと出ている紙のようなもの。
「次に寮のエアコン清掃の詳細は今から配るプリントに書いてあるから各自目を通すように」
右端の列から先頭にプリントの束を渡していく。
数枚ずつ取っては猫背をさらに丸めて「はい」と律儀に手渡すのを、先頭の子はいいな、なんて思いながら見ていると自分の列の番、ふと先生と目が合う。
やばい、見過ぎた、と思わず視線を逸らす。
「連絡は以上だが何か質問あるか?…ないならHRを終わる。授業に遅れないよう準備するんだぞ」
トントンとプリントを教卓で平すと高校生には少し過保護な言葉を残し、後ろ手にドアを閉める背中を「捕縛布に入り込んだ長い髪の毛が可愛いな、そういえばあの紙にみんな気づいてないのかな」と思いながら見送る。
ドアが閉まるまであと十センチ、というところで先生が振向き、教室を覗く。
先生を見ていた私と振向いた先生の目が合う。プロ、しかもアングラヒーローだという先生は特に視線には敏感な筈。さすがに見過ぎてしまった。
先生が隙間からちょいちょいと手招きする。
私?それとも他の誰か?きょろと周りを見渡すと、ビシッと指をさされ、私?と自分を指すと、捕縛布に半分隠れた顔がコクコクと動く。
見過ぎたの何か言われるのかな、さっき視線逸らしちゃったしな、でも背中のアレ言うチャンス?第一声は何と言えばいいのだろうか。
先生は教室向いの窓際にいて、少し距離をあけて目の前に立ち、見上げる。
「何かご用ですか?」
短い間悩んだ結果がこれ。
「それはこっちの台詞だ」
…ですよね。
「ずっと見てただろ。用があるならはっきり言いなさい」
やっぱりバレてた。いや今日は見ていたのにもちゃんと理由がある。
「あの、捕縛布の背中辺りに…」
背中?と後ろを見やると、わしわしと捕縛布を探る。
先生の背後に回り込み「えと、もう少し下辺りです」と言うと「ん」とその場でしゃがみこむ先生。
取れってことかな。
あ、先生のつむじ。じゃなくて!
後ろ髪こんな風に入ってるのね。でもない!
邪な気持ちを抑えつつ肩甲骨辺りに紛れていた捕縛布に似せた長い紙を取り出す。
はい、と先生に渡すと裏には文字が書いてあるようで、ぺらりと裏返し読み上げる。
「…昼飯何する?マイクより…」
「マイク先生からの手紙?」
「ったく、毎度毎度変な誘い方しやがって」
手紙をくしゃりと握り潰すと「ありがとね」としゃがんだまま目線を合わせ言う。
よっこいせ、と立ち上がると「授業遅れるなよ」と去っていく。
これがまさにあれ、ずきゅんとくる上目遣い。コミックならトスッとハートに矢が刺さった絵が出ていると思う。確かに心臓に悪い。射抜かれた。
バレるとわかっているのに、去っていく先生の後ろ姿から目を離せないでいた。
write 2023/5