祝福を
「はぁ、今年もあっちゅーまに半分終わったナァ」
実は毎年さぁ、ちょっとずつ減ってるんじゃね?と、職員室で隣の席のマイクが言う。
「んなわけあるか、だが年々早く感じるのは確かだな」
「あー、俺らもおっさんになったってコトかァ」
今年も残り半年か、とパソコンの隅に出ている『6月30日』の日付に目をやりながら、そう言えば彼女の、恋人の誕生日を知らない事に気付いた。
去年の俺の誕生日に告白され、付き合い初めて半年以上経っている。その間も、クリスマスや年末年始、バレンタイン、ホワイトデーなどイベントは盛りだくさんで、その度に恋人は、嬉しそうに幸せそうに楽しんでいた。その姿を見ると俺も嬉しかったし、幸せだった。
そんなイベント好きな彼女が自分の誕生日を祝わないだなんて考えも及ばなくて、勝手にまだなのだと思い込んでいた。
一度考えるとそれが頭にチラついてしまい、『誕生日っていつ?』と挨拶もなしに簡潔なメッセージを送ってしまっていた。この半年の間ではありませんように、と何故か祈るように返信を待っていると、右ポケットに入れていた携帯が震える。
チッ、業務連絡か。いや業務連絡も大切だが、今待っているのはこれじゃない。
「何ソワソワしてんの?トイレ?」と隣のマイクが適切な音量で話しかける。気遣いありがとう、この歳でそんななる程我慢はしないだろうよ。けれども側から見てわかりやすくソワソワしていたのかと恥ずかしくて、「いや、違う」とだけ返した。
結局、
〇〇から返事が来たのは二十時過ぎで、持ち帰った仕事や敷地内、学生寮の見回りをしていて程よく忘れかけた頃だった。
『お仕事お疲れ様!今終わって、携帯見れたよー。返事遅れてごめんね。誕生日は2/29です』
祈りは届かず、彼女の誕生日はこの半年の間に終わってしまっていた。メッセージを打つ時間も惜しく、通話ボタンを押していた。
『もしもし?消太くん、お疲れ』
「お疲れ、メッセージ見たよ。何で今更と思うかもしれないし、今まで聞きもしなかったお前が言うなって話だろうが、○○の誕生日、祝いたかったよ」
『ごめんね、私うるう年生まれだからさ、四年に一度しか来ないんだよ。へへへ』
へへへ、と子どものように笑う彼女は何かを隠している時だと付き合って少し経った頃に気付いた。そんな彼女にとって、「前後で祝えばいいだろ」の言葉はきっと最適解ではない。
「それでも大事な恋人の誕生日くらい知っておきたかったよ」と言うと、「ありがとう、消太くんは優しいね」と言って、「これから電車だから」と通話を終了した。
話ぶりからして誕生日にいい思い出がないのだろう。そんな彼女が俺の誕生日に好きだと言って、祝ってくれたのかと思うと、遣る瀬ない気持ちになった。
「先生の誕生日っていつ?」
女子生徒がHR後に話しかけてくる。今終わったばかりのHRの内容かと思って、「なんだ」と言うと、これだ。この年頃の子達は、誰彼構わず、脈絡も無く突然に、突拍子も無い話を聞いてくるから若々しくていいな、とそう思う辺り、歳を取ったなと痛感する。
「11月8日だよ」
「へぇ!秋生まれなんだー、なんかぽい!」
「そうか、ぽいのか」
「でたでた、相澤先生と、マイク先生の真ん中バースデーは9月7日だって!」
「なんだ?その真ん中、バースデー?」
「先生知らないの?友達だったり、恋人とかー、あっ、あと推しとかでもいいんだけど、自分とその相手の誕生日の真ん中を調べて、お祝いするんだよ‼︎」
「記念日が増えて楽しいじゃん?」
そう言う彼女たちは、自分たちのことは散々調べ合ったようで、次は誰と誰調べようか、と当初の目的からはズレているがそれでも楽しそうに教室に残っている生徒に誕生日を聞き回っていた。
「真ん中バースデー、ねぇ」
職員室へ戻ると、さっき生徒たちが言っていた、真ん中バースデーとやらを携帯で検索する。お互いの誕生日を入れるだけで簡単に計算できるサイトがあって、興味本位で先日知ったばかりの恋人の誕生日と自分の誕生日を入力する。
『ふたりの真ん中バースデーは、7月5日』と表示される。
今日は何日だ?と目の前のパソコンで確認すると、『7月5日』とこちらにも同じ日付が表示されていた。
は、まさか今日とは。幸いなことに今日は就業後、十九時に彼女の家で会う約束をしていた。
日々残業続きの俺たちは、外では疲れるから、と彼女の家で食事をしてゆっくりと過ごすのが平日会う時のいつもの流れだった。
約束の時間まであまり無い。近くでそれっぽいものが用意出来そうな店を探す。ケーキは絶対だろ。プレゼントはそう簡単に選べるほど器用ではないし、かと言って店で探し回る時間もない。仕方なく、
〇〇の好きないちごタルトを四切れ買って、彼女の元へ急ぐ。
何故四切れなのかは、好物過ぎて俺の分も食べてしまうからだ。流石にこれだけあると満足するだろう。
インターホンを鳴らすと、緩い部屋着を着て甘い匂いをさせた恋人が「待ってたよ」と出迎えてくれる。
「どうしたの?上がって。ご飯、出来てるよ」
なかなか靴を脱ごうとしない俺に、ふしぎそうな顔をしている。後ろ手に持っていた荷物を持つ手に力が入る。
「あ、の、これ」
気恥ずかしさと、もしかしたら祝われる事自体嫌なのではないかという不安が急にやってきて、やっとの思いでケーキの入った箱を渡す。
「ケーキ?ありがとう!お土産なんて、消太くん、珍しいね」
「土産ではないんだ。いや、
〇〇へのものには変わりないんだが」
ん?とまた丸い目をさらに丸くさせて、こちらを見ている。
〇〇が笑うだけで、喜んでくれるだけで、そこに居るだけで幸せになるやつがいるという事を知っておいて欲しい。
彼女の後ろ頭に手を回し、
「
〇〇に祝福をあげるよ」と額に口付けをする。
「私、誕生日、二月…って言った。それに…」
「今日は
〇〇と俺の真ん中バースデーっていうやつらしい」
ぽかんとしている彼女が、ふ、と吹き出して、
「消太くんの口から、真ん中バースデーを聞くとは思ってなかった」と笑う。
「
〇〇の誕生日が四年に一度しかこなくても、この日を祝えばいいだろ?記念日は多いほうがいいじゃん?」
「あはは!もしかして生徒さんから教えてもらったの?口調まで移ってるよ」
「そうだよ。だから、おまえはそうやって笑っててくれ」
〇〇を思う時間が一日でも増えるなんて幸福なことじゃないか、とこれからは俺が今までの分、愛を贈ろう。そして今日も、たくさん贈らせてくれ。
ちなみに、思惑通り、彼女は好物のいちごタルトを三切れ食べ、「幸せの味がする」と満足そうにしていた。
write 2023/6/25