雨の日
ぱら、ぱらりとベランダの手摺りに雨粒が不規則に跳ねる。
もう十時を過ぎているというのに、重く厚い雲が空を隠し低くしている。日当たりの良いリビングはしっとりと暗く、昨日まで真夏日が続いたとは思えないほどひんやりとしていて、どれもが今のわたしを表しているようで膝を抱えてそれらと一つになる。
「薬、飲んだか?」
落ちる雨音を撫でるような柔く低い声。
「飲んだ、けど効かない日みたい」
そうか、とまた声がして、温かいものに包まれた。
「これでも着てろ」
そう言われたものは今まで彼が着ていたパーカーで、丁寧にフードまで頭に被せると、それはまだ彼の温もりが残っていた。そのあたたかさに自分の身体がこんなにも冷えていたのだと思い知らされる。
「あったかい」
「薄着すぎるんだよ。身体冷やしたら痛み増すだろ」
心配する優しい声が、ほら、とマグカップを差し出す。
「ありがとう、消太さん」
受け取るとそれは、はちみつ入りのホットミルクだった。
一口飲めば、じんわりと温かく、はちみつのほんのりとした甘さが身体中に広がっていく。
「おいしい」
「それはよかった」
彼はそう言って隣に座った。
一緒に窓の向こうへ耳を傾ける。
ザァと降り続ける雨音、落ちた雨粒が金属に跳ねる音、濡れた道路をゆっくり走る車の音、遠くから聞こえてくる音も水分を含んでいる。どれも雨が作る音なのにどれも違って、閑かなのに静かではない。
「雨の音は嫌いじゃないんだけどね」
「ん、わかるよ」
ズンと目の奥を押すような痛みに、抱えた膝に突っ伏す。
彼のパーカーの温もりは、もうわたしのものになっていた。頬を擦り寄せてみても同じだった。代わりに、すぅと匂いをかいでみる。柔軟剤の匂いの向こうに彼の匂いがして、深く息をすると痛みが遠のいていく。
前にもこういう時があった気がする。「痛みが辛いときは深呼吸をしてごらん」と言った彼の言葉を彼の匂いが思い出させてくれた。
目の奥を意識して幾度か深呼吸する。
「大丈夫か? 眠るならベッドまで連れて行くぞ」
「大丈夫、ちょっと楽になったところ。消太さんのおかげ」
覗き込むために傾けた顔に、ふわりと遅れてやってきた癖っ毛が彼の頬を隠す。わたしに向けられた穏やかな目が見たくて、そっと手を伸ばし、垂れた髪を耳に掛ける。
ゆっくりと瞬きをした彼は、緩やかに口角を上げて「ん」と喉を震わせ、短い返事をした。
閑かで静かな部屋には、彼の優しさだけが降り続いている。
write 2023/5/25