一緒にいるために
喧嘩をした。
いや、俺が彼女を怒らせてしまった。理由は話しかけているのに返事をしないだとか、起こしてって言ったのに起きなかっただとか、一緒に食べようと取っておいたお菓子の賞味期限が切れてしまっただとか、そういう俺への不満が積もり積もって、とどめの「どっちでもいいよ」が彼女に「もういい」と言わせてしまった。
その「もういい」に一瞬カチンときてしまい、俺も「ああそうかよ」と返してしまった。よくよく考えてみると、先のことがそういえば、と思い出され自分に非があったのだと、今までのこととさっきの発言を後悔している。
というのを考えながら、ソファに座り携帯をいじっている彼女の後ろをうろうろと往復したのは何回目だろう。「ごめん」「さっきの発言はなかった」「俺が悪かった」まるで喉に蓋があるみたいに声が支え、開いた口が空気を飲み込む。素直になれないとかではなく、彼女が聞きたい言葉はこれじゃない気がして、正解を探すうちどれが一言目に相応しいのかわからなくなってしまった。
「…後ろでなにしてるの」
「あ、いや」
彼女が背を向けたまま話しかける。さすがにうろうろしすぎた。これじゃ声かけて欲しかったみたいじゃないか。
「話しよう」
先に言われて…いや、言わせてしまった。
「隣、座って」
「はい」
全て後手に回りすぎていてまったく格好がつかない。せめて愛想尽かされない程度にはつけていたいと思っているのにこれだ。
「消太が忙しいのも大変なのもわかってたのに、ちょっと自分のキャパ超えちゃったみたい、ごめん」
「違う、俺が悪かった。理解してくれているとおまえに甘えすぎていた俺が悪いんだ」
「ううん、わたしが幼すぎただけ…だからさ、」
「俺は別れないからな」
だからさ、と続ける彼女の言葉を遮るように咄嗟に出てしまった。
またやってしまった。彼女の話を聞こうと、ちゃんと向き合おうとしたのに押し付けてしまった。
少し下を、俺の膝辺りを見て話していた彼女の目がこちらを向く。驚いたような動揺したような目は次第に柔らかく細められ、俺の好きな表情になる。
「わたしも別れたくないよ、大好きだからね」
別れたくない?大好き…?早とちりもいいとこ。ほんと格好つかない。一瞬でカァっと耳まで熱くなる。
「消太、顔真っ赤」
「…見ないでくれ」
後ろで結んでいた髪を解き、顔を隠す。
彼女は頬にかかった髪を指ですき、顔を覗き込むと、
「大好きな消太とずっと一緒にいたいから、ルール決めようって話そうとしてたの」
と言い、一緒に暮らし始めてそういう話してなかったでしょ?と続ける。
「そうだったな」
耳横に置かれた彼女の手に自分の手を重ね、触れるだけのキスをする。
「もう!だからそういうとこだよ!」
「はっ、すまん、つい」
もう!もう!とぷりぷりと怒る彼女の顔も真っ赤で、俺の耳もまだ熱くて、この火照りが冷めたら『ずっと一緒にいるためのルール』を話し合おう。
そして、そのルールもいつかは当たり前になるくらい一緒にいよう。
write 2023/5/29