愛しい妻とクリスマスツリー
クリスマスは子どものイベントだと思っていた。
学生の頃は、やれクリスマス会だ、やれパーティだ、と騒いでいるやつらもいたが、自分には関係のないものだとやり過ごしていた。教師を初めてから学校行事以外のイベント事に浮き足立つ生徒たちを見ていると、若い間の思い出作りや仲間との絆を深めるのに必要な時間だったのだと、少しばかりの後悔がちくりと胸を刺す。
何事も吸収し糧にしていく若い感性と身体は今しかない。導き、返す立場になって気付くとは、自分で決断した事とはいえ、痛いところを突いてくる。
すり傷に似たひりつく思いを吐き出そうとため息をついた時だった。
「クリスマスってわくわくしませんか?」
華やかで楽しげな雰囲気に似合う、橙色のような弾む声。
妻と話すようになって初めての冬だった。
当時、ただの同僚だった彼女は、放課後、校内で催された生徒たちの自主的なクリスマスパーティの準備をきらきらとした目で眺めながら言った。その手にはさまざまなクラスからの招待状が幾つもあって、俺のクラスのものもあった。それは担任である俺の元には届いていなかった。
「俺は正直あまりいい記憶ではないなと思っていたところです。特にこの年頃は」
「積極的に参加するような感じではなさそうですものね。では、今年からわくわくするのはどうですか?」
「そうですね…悪くないですね」
そう言った俺を引っ張って、「相澤先生連れてきたよ〜!準備何手伝う?」と自然と輪の中へ溶け込ませていった。
踏ん切りのつかない俺に、きっかけを作ってくれたのが彼女だった。
「その日からだな、
〇〇を意識するようになったのは」
昼食をとったあと、うっかり長い昼寝をしてしまって、起きると部屋が真っ暗だった。冷えたからだを温めるため風呂に入って一息ついた時、ぽつりぽつりと話し始めた。
ソファ横の間接照明と、ツリーを点灯させた部屋は、オレンジ色の暖かい光でぼんやりと照らされている。輪郭が揺らぐ優しい空間の中、今朝一緒に飾ったツリーを眺めていた。
〇〇は、「え、そんなに前からなの?」と驚いて、「イベント事が楽しめるきっかけになれたの、すごく嬉しい」と照れていた。
「
〇〇が猫っぽいから好きになったわけじゃないよ」
「聞いたのは私だけど、まさか消太の気持ちを夫婦になって聞くとは。なんだかこそばゆいね」
「いい機会だと思ったんだよ。この季節が来るたび思い出すんだ。
〇〇、俺と結婚してくれてありがとう」
「私も、消太と結婚できてしあわせだよ」
プロポーズをした日、「自分がしあわせじゃないとひともしあわせにできないのよ、一緒にしあわせになろうね」と言った彼女がしあわせだと笑う。込み上げてくる感情に目頭が熱くなって、唇を重ねた。それは柔く解けて、すとんと胸に、あたたかく積み重なる。
「ああ、俺もしあわせだよ。今度と言ったが来週末、絵本探しに行かないか?駅裏のクリスマスマーケットもそろそろ始まる頃だろ」
「行きたい!行く!今年もクリスマスマーケット行きたいって思ってたんだぁ。ね、そういえば、なんで結婚してからの方が積極的なの?」
「……結婚しているという安心感、かな」
「んふふ、普通逆な気がするのに」
「いや、付き合う前や付き合ってからも、誘い断ってただろ。全然懐かねえと思ってたら可愛く擦り寄ってくるし。そういうところ猫みたいだと思うよ」
「もう言い方!だってね、消太、他の先生や生徒がいる前で誘うんだもん、恥ずかしいじゃん。そりゃ二人の時はくっつきたいしお話もしたいなーって思うけどさ」
「そうだったか?すまん、たぶん浮かれてた。無意識だ」
「距離も近いって思ってたけど、無意識が一番こわい!それにしても消太が?付き合う前の話だよね?え、後も?あの消太は浮かれてる消太だったのかぁ」
結婚してちょっと落ち着いたかな、と
〇〇は言うが、その通りで、結婚の安心感はでかい。指輪も式も意外だ、と周りには言われたが、繋がりが目に見えるなんていいじゃないか。指輪の内側にはイニシャルと結婚記念日が刻まれているんだぞ。最高だろ。言っておくが、見えないところで繋がってるのは当然、という前提の話だからな。うるさい同期には女々しいと言われ、うるさい先輩には重いと言われたが
〇〇が笑ってるからいいだろ。
肩に置かれた頭を撫でると、「来週にはやくならないかなぁ、楽しみだね」と言って俺の腕をぎゅっと抱きしめた。
次の週末も12月とは思えない暖かさで、昨夜天気予報を見た〇〇が、「明日は薄手のニットで十分みたいだよ」と言っていた。
お待たせ、とリビングに入ってきた
〇〇は、白のセーターに黒のロングスカート。仕事や散歩の時の化粧ではなく、デートの時の、いつもよりはっきりとした化粧だ。深い赤の唇がいい。髪もくるくるで可愛い。
「わあ、消太も白セーターにボトム黒にしたんだ。似合う〜!って、ペアルック!私、着替えるね?ストール羽織る?や、暑いかな、どうしよ」
「可愛いから着替えなくていいよ。似合ってる」
「え、いいの?恥ずかしくない?じゃあせめて髪型被らないようにしよ。私はもうセットしちゃったから、消太ハーフアップね!お団子の」
「別になにも恥ずかしくないだろ」
消太の感覚がいまいちわからない〜と笑って、俺の背中を押しながら洗面所へ行く。結んでくれるのかと思ったら、消太の髪は消太が結んだほうがかっこいいんだよ、と言って俺を眺めていた。
「ほらぁ、かっこいい!」
「そうか?いつもと変わらない気もするが」
「んーん、この無造作感が良いんだって!きゃ、色気ダダ漏れてる!」
きゃあきゃあとはしゃぐ
〇〇の左手薬指には、婚約指輪も重ね付けされていて、ああやっぱり家でくっついて過ごすのもいいな、と心が揺らぐ。だが、いつもよりおしゃれをした
〇〇に「楽しみだね、早く行こ」と可愛く誘われれば、「そうだな」と返事をしてしまっている自分がいた。結局は
〇〇と一緒にいられればいい、そういう事だ。
クリスマスマーケットは、いつも買い出しに行く方の駅裏の広場であっていて、大きなクリスマスツリーを中心に会場の周りにはクリスマスにちなんだ料理や飲み物、雑貨などの店舗がぐるりと並ぶ。その間にテーブルとベンチが置いてあり、そこで食べたり飲んだり、ステージで催されるイベントを楽しんだりする。
俺がこんなに詳しいのも、ここに訪れるのが今年で4回目だからだ。
うるさい同期には毎年「どっかのクリスマスマーケット行かね?ハッピーな雰囲気の中うまいもん食おうゼ!」と誘われていたのだが、寒いのも人が多いところも苦手だったし、何よりあいつと行くと目立つからそれが嫌で断っていた。3年前も同じように誘いを断ると、「今年はもう一人誘ってんだけどナァ」ともったいぶるような目配せと、その先で小さく手を振る彼女がいた。意識してから1年が経った時だった。何も進展しない俺に気を遣ったのか、クリスマスの時期くらい誘えというお節介か、何にせよ彼女がいるなら話は別だ、と同期の誘いに乗ったのが1回目。2回目は彼女を誘うのに失敗して、ダメ元でもう一度誘ってなんとか行けた。3回目は二人で行った。そして4回目の今日も二人で行く。
週末は昼から賑わっていて、家族連れも多い。ツリーや大きなサンタのオブジェと写真を撮る子どもたちや、ベビーカーに乗った赤ちゃんがサンタの格好をしていたり、小さい子が抱っこされ短い腕をぎゅっと親の首に回しているのをよく見かける。どの子もきらきらとした表情で目にたくさんのものを映してからだ全部で楽しんでいるのがわかる。エリちゃんの見せる表情に近いものだ。俺はそれをよく知っている。その姿を見るとこちらも心と顔が緩む。ここへ行く途中も、楽しみだね、早く着かないかな、と楽しげに歩く親子を見かけた。母親と父親の間で交互の顔を見上げながら話すその様子は、暖かくて微笑ましい光景に映った。
俺の小さい頃はまだ平和と呼べるにはいささか不安定な情勢だったが、No. 1ヒーローの確立に人々が期待を寄せて、明るくなりつつあるそんな夜明けのような世の中だったように思う。だからといって皆が暗い顔をしていたわけではなく、人々を助け笑顔にするヒーローに憧れる子どもたちもいた。例にもれず、俺もその子どもの一人だった。
この先の未来もどうか平和でありますように、と今までより強く願ってしまうのは、自分が結婚したからだろう。「結婚って家族っていいもんだぜ、イレイザー」と先輩ヒーローが言っていた。守るものが増えると視野が広がる。そういう事なのかもしれない。
「見て見て消太、今年は雑貨のブースに絵本のお店もある!」
「本当だな。行ってみるか」
はしゃいでいるのは子どもだけではなかった。隣にいる可愛い妻も入り口で貰った会場マップを見て興奮している。
ドイツの街並みを模した店の外観と、ソーセージの焼ける香ばしい香りに、漂うホットワインの芳醇な空気はいつもの駅裏とは全く違う様子で、俺もそれなりに気分が上がる。
絵本の店は、『世界中のクリスマスの絵本を集めました』のポップの元、様々な絵本が並んでいた。
「あ!あった!日本で最も読まれているクリスマス絵本、だって!」
「ネズミのはやっぱり有名だったな。準備していくというのがいいんだろうな」
「ねー、わくわくするもんね。えっと、猫ちゃん兄妹のは…」
「ここにあったぞ」
はちわれ模様の兄妹猫がボウルと泡立て器で生クリームを混ぜている様子を色鉛筆と水彩絵の具の柔らかいタッチで描いた可愛らしい表紙だ。
「え、ほんとに?わあ、懐かしい〜、今見てもやっぱり可愛いねえ」
「こんなに可愛かったか?」
「消太の猫好き度が年々増えていってるのかもよ。引き出物のお菓子、ガンリキネコクーヘンだって譲らなかったし」
「可愛いだろ、ガンリキネコ」
「うふふ、可愛いよね、ガンリキネコ。私も好きだよ。可愛くてお試しで取り寄せたの食べれなかったよね、消太」
「目閉じたら食べれたし」
〇〇は、そうだっけ、と笑いながら他の絵本を手に取る。
「わ、これ仕掛け絵本だ。星が出ると黒猫も出てくるよ、屋根の上にいて消太みたい」
「これも買うか?」
うーん、と悩む
〇〇は真剣で、他のページの仕掛けでも遊んでいる。一緒にエリちゃんの絵本を選ぶこともあったが、今日はまた違う雰囲気だ、と思っているのは俺だけだろうか。
「色んな本があってもいいだろ、どれが気にいるかわからないし」
「ん?誰が?」
「俺たちの子ども」
「んん?!突然何言い出すかと思ったら」
「いや、昨日も言ったぞ、今後のためにもって」
「そういえば言ってたね。…じゃあこれも買っていい?」
「もちろん」
三冊の絵本を購入して、隣のスノードームが陳列された店へ。そこには大小様々なスノードームが置いてある。確か去年、
〇〇が欲しいと言っていたが悩みすぎて結局買わずに帰った事を思い出す。「今年もたくさん悩んじゃいそうだから、ちょっと見るだけ」とさらりと眺め、また隣の店へ移った。
次の店は雑貨店で、オーナメントや壁飾り、アドベントカレンダー用の靴下や巾着など様々なクリスマス雑貨が置いてある。
「わあ、ここも可愛いものでいっぱいだ〜!木彫りのオーナメントもあるね」
「可愛いな。家のツリーの雰囲気にも合うんじゃないのか」
「ね〜!欲しいなあ。どれがいいかなあ。サンタさんもトナカイもいるし…」
「これは?」
かごに盛られた中からプレゼントボックスのオーナメントを指差す。彫刻が施してある木製のキューブに赤い麻紐で飾り結びされたものだ。
「わっ、これ可愛い!消太ありがとう、これにする」
「ひとつでいいのか?」
「うん。また来年来て、一緒に選ぶの。で、ちょっとずつ増やしていくの。どう?」
「ん、それは楽しみだな」
冷静に返事はしたが、可愛すぎないか…?こんなことなら早く結婚しておけばよかった。いやいや、まだこれから先が長いんだ、この一つ目から始めよう。そしていつか子どもと一緒に来て、「ひとつだぞ」って言ったのに対して、愛しい妻が「私もいい?」とか言うんだ。最高だ。いつまでも今日の事を思い出しながら、家のツリーに飾るんだろうな。大きめのツリーだからたくさん飾れるだろう。あの時必死に頼んできた
〇〇に流されて買っておいてよかった。おそらく俺たちはクリスマスに縁があるのかもしれないな。
「おーい、消太?大丈夫?人多くて疲れちゃった?」
「あ、いや、すまん。考え事してた」
「そう?休憩がてらお昼ごはんにしよっか」
「そうだな」
昼時を過ぎてもなお途切れる事のない人の行列に、席が先に埋まってしまいそうだからと、飲み物を先に買って
〇〇を座らせた。疲れてない?手分けした方が早いかもよ、と言ってくれたが他にも用があったので待ってもらうことにした。
渦巻き状の長いソーセージ、具沢山のシチュー、焼きマシュマロが毎年の定番だ。
ソーセージとシチューを買って、一度
〇〇の待つ席へ。焼きマシュマロを買いにまた席を離れた。
その前に、スノードームの店へ。去年最後まで手に取って見ていたものは確か、雪だるまと赤いポストのスノードームだった。
今年もあるといいが…。身を屈め選んでいると、同じかはわからないが似たようなものを見つけてそれを買った。絵本やオーナメントが入った袋に忍ばせておく。喜んでくれるだろうか。らしくないと笑うだろうか。まさかと驚くだろうか。少し重みを増した袋にむずがゆさを感じた。
「お待たせ、どこも結構混んでたな」
「消太ありがとう。大変じゃなかった?」
「いや、大丈夫。
〇〇意外とぼんやりしてるから、待っていてくれる方が俺は安心だよ」
「え、しっかりしてるけど」
「マップ逆さまに持って反対側に行こうとしてたやつがよく言えたな」
「それ去年の話でしょー!もう忘れてよぉ」
「イヤだね」
食べ始めたシチューのブロッコリーを掬いながら
〇〇が、消太はさ、私はペットボトルの蓋開けれないって思ってるでしょ、と突然言った。
「開けれるが一回ひねって開けれないなら俺が開けた方が早いだろ」
「ふふ、消太のそういうところ好き」
「わからん」
「さっきの話と一緒だよ。ん!やっぱりこのシチュー美味しいね。あ、思い出した!」
「なんだよ、話ころころ変わるな」
「変わってないよ、全部消太との話だよ」
忙しく表情を変えながら話し出した
〇〇は、可愛らしく俺の名前を呼んで首を傾げる。赤い唇が緩やかに上がって、にこりと微笑む。どきりと心臓が高鳴った。
「先週お昼寝たくさんした日に見た夢で消太と何か食べてたの。ずっと考えていたんだけど、たぶんシチューだと思うの」
「へえ」
「あったかいな、クリスマスだなとか考えながら寝たからだと思うんだけど、毎年ここで消太とシチュー食べるでしょ?それで夢に出てきたんだよ、きっと」
「ああ」
「あー、スッキリした!これで脳のシワ一つ増えたね」
「なんだそりゃ」
ふふふと笑う
〇〇につられて俺も笑った。
夢の中で俺と食べたものをずっと考えてたなんて可愛すぎるだろ。ダメだ、今日はいつもより増して可愛く見える。思い出の場所というのもあって感慨深くなってるのだろうか。
「ソーセージも美味しいよ、マスタードつける?」
「ん、いる。美味いな」
「もう、自分で食べてよ」
先ほどからもうもう言ってるが怒ってないのが可愛い。口に出して言いたいが、「もう!外だよ」ってまた言われるだろうから家に帰ってからにしよう。
「今日も冬とは思えない暖かさだね」
「ああ、そうだな。来週から一気に冷え込むらしいぞ」
「ええ、寒いのやだなあ。行きは消太と一緒だからいいけど帰りの時間が違うのが悲しいね」
「俺が終わるまで寮で待つ、とか?」
「いいの?じゃあ消太が大丈夫そうな日はそうしようかな」
「これで寒くないな」
「うんっ。寒さへのモチベが上がりますねっ、相澤先生!同時に仕事のパフォーマンスも上がりそうです!」
「
〇〇はたまにわけわからんこと言うよな。そうだ、カイロ忘れずに買って帰ろう。最近暖かかったから切らしたままだっただろ」
「やだー、消太のポケットがいい。捕縛布の中がいい」
「あのなあ、俺も寒いの苦手なんだよ。冷たい手突っ込まれたらビビるだろ」
〇〇は、消太の首元あったかいのになあ、と唇を尖らせて焼きマシュマロを食べた。サクっと軽い音がして、とろける断面から甘ったるい匂いがする。おいしー、と言ってもう一口。しあわせそうに食べる
〇〇の横顔を見ながら、まあ一度くらい突っ込ませてもいいか、とソーセージの最後の一切れを食べた。
ひと通り会場内で写真を撮って、いつもの店で買い物をして帰った。俺に合わせて帰ると夕飯の準備が遅くなるからと、明日二人で作り置きをするために献立を考えつつ沢山買い込んだ。
家に着く頃にはじんわりと汗をかいていて、二人でシャワーを浴びる。髪を乾かしながら今日撮った食べ物や会場の写真を見る
〇〇の横で俺も携帯の写真フォルダを開いた。
「や、消太いつの間に写真撮ってたの?恥ずかしい」
「こら、勝手に人の携帯覗くんじゃありません」
「だって、私だらけだったから」
「
〇〇も俺撮ってただろ?」
「消太みたいな隠し撮りじゃないもん」
隠し撮りとは人聞きの悪い、と思いながら一番良く撮れている写真をロック画面に設定した。可愛い。
〇〇じゃないが、モチベもパフォーマンスも上がりそうだ。
「私も今日の消太の写真、ロック画面にしよっと。見て見て、私の夫かっこよくない?」
「いや、俺の妻の方が可愛いよ、ほら。今日は一段と可愛くて、心臓がうるさかったよ」
「消太は私に甘いね」
「こうでもしないと懐いてくれないだろ。どっか行かれると困る」
「消太以外のとこ行くわけないのに」
「知ってる」
「ふふ、どっちなの」
どちらも本音だ。想いが強ければその分不安にもなるが、
〇〇の言動一つで簡単に舞い上がってしまう単純なただの男だ。だが、いつまでも恋の延長ではいられないからそろそろ浮つかないようにしなければ。とは言っても新婚なのだから少しは許されるだろう。
「今日買ったオーナメント、飾ろっか」
「ああ」
立ち上がった
〇〇が壁に立てかけてある袋の元へ行く。しゃがみ込んで動きが止まった。俺も立ち上がり、
〇〇の横へ行って同じようにしゃがむ。
「どうした?」
「消太、これなに?」
「開けてみて」
こくん、と頷いた
〇〇は、赤いリボンのシールでとめられたクラフト紙の紙袋を丁寧に開けていく。中を覗くと驚いた顔をして、そしてふにゃりと顔を緩ませ「消太ありがとう、大好き」と抱きついてきた。受け止めながら床に座って、抱きしめた
〇〇は俺の頭の後ろで取り出したスノードームを眺めているようだ。「んふふ、可愛い」「きれい」と囁く声が耳元に聞こえる。
「どう?お気に召しましたか?」
「すっごく!ありがとう、消太。去年欲しいなって思ってたの。どれも可愛くて選びきれなくて、やっぱりこれがいいかなあって思ったけど、迷っちゃって。時間かけた上に買わなかったから、嫌だっただろうなって反省してたんだ。だから今年は見ないようにしてたのに」
「別に気にしてないよ。いくらでも付き合うし、好きなだけ悩んだらいい。
〇〇のどっちがいい?にも答えれるよう努力するよ」
「やっぱり消太は私に甘いね、激甘だね」
「当たり前だろ」
「お礼にちゅーしてあげる」
「それはどうも」
俺の頭を撫でた
〇〇は、頬に手を添えて唇を重ねた。
〇〇の手から香る、今日食べた焼きマシュマロのような甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。このまま食べてしまいたいと思うほどに甘かった。
「オーナメント飾ろ」
「そうだな。上が届かないなら持ち上げてやるよ」
「余裕で届きます!」
プレゼントを配る準備中だから今はサンタさん辺りに飾る、と言って上辺りに木彫りのプレゼントボックスのオーナメントを飾った。クリスマスイブの夜にネズミの近くに飾るらしい。細かい。
まだ明るかったが、ツリーのイルミネーションライトをつけた。テレビボードの空いているところに絵本を飾って、子どもの頃読んだ絵本の物語のように少しずつクリスマスの準備をしているようで気持ちがあたたかい。あの時、声をかけてくれた
〇〇には感謝しかない。おかげで毎年わくわくするし、生徒たちから招待状も貰うようになった。最近では子どもの頃を思い出して、親にしてもらってた事を俺もいつかはするのだろうかと考えたりもする。サンタから貰って嬉しかったものや、食卓に並ぶ特別なご馳走も昨日のことのように脳裏に浮かぶ。
立ったままツリーを眺めていた
〇〇を後ろから抱きしめる。腕に擦り寄る仕草が可愛い。
「なあ、まだ少し早いかもしれないが、俺は
〇〇との子ども、楽しみにしてるんだ」
「うん、私もだよ。3人くらいは欲しいなあ。大変だろうけど、賑やかそう」
「ああ、いいな。3人いたらあっという間にこのツリーもオーナメントだらけになりそうだ」
「ふふ、ほんとだね。どんなツリーになるのか楽しみだね」
「楽しみだな」
〇〇は、「消太も一緒に見よ」と、持っていたスノードームを逆さまにして戻す。ふわふわひらひらと舞う水の中の雪が静かに降るのをゆっくり眺めていた。
一つ飾りの増えた我が家のクリスマスツリーは、チカチカとあかりを点滅させ、一緒に楽しんでいるようだった。
write 2023/12/23 イベントにて展示