可愛い夫とクリスマスツリー
一緒に住む街は、程よく活気があって穏やかなところがいいね、と二人で話し合って決めた。
土地勘のないところではなく、何度か出かけたことのある、顔見知りでお気に入りの街。ふと立ち止まった駅前の不動産屋。店のガラス窓に貼ってある物件のチラシを手を繋いで眺めたあの街だ。一つ先の駅へ行けば、老若男女様々なひとで溢れる賑やかな商店街のあるところで、一つ戻れば、美術館のある大きな公園があって、そんな駅と駅の中間地点のこの場所は、理想の場所だった。
昔ながらの一軒家と、単身者向けアパートと、ファミリー向け分譲マンションが同じ区画内にあるという時代の流れを感じるところに私たちの住むマンションも建っている。五階建て、五階の角部屋。ベランダ側の大きな窓からの眺めと、ダイニング横の出窓が可愛らしくてお気に入り。
私たちは雄英の教師寮から一緒の日に引っ越した。一気に二人も抜けて、しかもヒーロー科の教師の消太がいなくなるのは大丈夫なのかと心配したけど、校長も快く承諾してくれた。
モノを必要最小限しか持っていなかった消太の荷造りと引っ越し作業はあっという間だった。ダンボールは必要だったのかと疑問に思うほどで、消太と同じくらいの背格好をした引っ越し屋のお兄さんも苦笑いしていた。
私の部屋の雰囲気を気に入っていた消太は、新しい家でもこれがいい、と言って、あまり処分することなく使い慣れた家具たちと一緒に私は引っ越ししてきた。消太は寮でも寝袋派だったし、私のベッドは寮へ引っ越す前の家で使っていたシングルサイズで、さすがに狭いからとキングのロングサイズを購入した。お店で試しに寝転がってみたけど、私一人じゃ広すぎて夜ひとりの時は寂しいだろうなあと思ったのは内緒。その時は秘蔵激レアイレイザーヘッドぬいぐるみに一緒に寝てもらおうと思う。これも内緒。幸い今のところ秘蔵激レアぬいぐるみはクローゼットの奥で眠っている。
キッチン横と廊下の間のニッチに置かれた写真立てには、白いタキシード姿の消太と、ウエディングドレス姿の私が幸せそうに微笑んでいる。引っ越ししたばかりの頃はその前を通るたびこそばゆかった気持ちも、最近では写真の中の私と同じ笑顔で見れるようになってきた。よそよそしかった部屋の匂いも嗅ぎ慣れたものになって、まだちょっと見慣れない間取りに消太の気配を感じて、風に揺れる洗濯ものも、食器も、枕も当たり前に二人分で、ポストに届く郵便物も当たり前に同じ住所で、同じ苗字。
少しずつだけど、確かに消太と私の家になっていく。
「散歩に行こうか」
朝食後、後片付けをしながら消太が言った。
今日は土曜日。暦の上では冬だというのに、日差しが柔らかく、ぽかぽかと暖かい。絶好のお散歩日和。
朝食後と言っても、時計の針は10時近くを指していた。この季節、ベッドからすんなり出てこれるはずもなく、一度は普段起きる時間に目覚めたけど、今日は休みという安心感と、からだを包む程よい重さの布団と、消太の腕枕の心地よさに微睡んで、しばらくだらだらと二人ベッドで過ごしていたのだ。予定といえば、洗濯や掃除などの手分けをすればすぐに終わってしまう家事と、クリスマスツリーを飾るというのんびりとした土曜日だった。
「行く!クリスマスツリーを出してからでもいい?」
「もちろん。楽しみにしていたもんな」
新居の家具や家電を見て回っている時に目に飛び込んだ、赤と白を基調としたフェルトのオーナメントがほっこりするツリー。子どもの頃読んだ絵本にどこか似ていて、一目惚れだった。そのツリーは輸入された一点物らしく、引っ越しの数ヶ月後にはクリスマスもやって来るし、こんな可愛いの次来た時売り切れてたら悲しい、と半ば強引に説得して買っておいたものだ。クリスマス一ヶ月前になったら出そうね、と私はこの日を楽しみにしていた。
モミの木の葉がリアルな私の背より少しだけ高いツリーは、テレビボードの横に置いた。
早く散歩に行きたいのか、消太はツリーの片面にばかりオーナメントを付けていて、「真面目にやってよぉ」と言う私の言葉に「早く付け終わった方の勝ちじゃないのか」なんて真面目な顔して言うものだから思わず笑ってしまった。冗談だよ、と消太も笑いながら付け直していく。なんとも愛おしい時間に、ぽふんとあたたかいものが心に積もる。
マットな質感の球状のイルミネーションライトを巻いたツリーは、それだけでも雰囲気がある。
消太のところに集合していたニッセたちはサンタさんのお手伝いをしているみたいで可愛かったのでそのままにした。サンタさんとトナカイを近くに飾って、ツリーの上で物語が出来上がっていく。赤と白のフェルトボールと星、木製のスノーフレークを散らして、雪だるまと、ネズミの子どもたちを飾る。このつぶらな瞳のネズミの子どもたちはお揃いの赤いセーターを着ていて、とっても可愛い。
「できた!クリスマスプレゼントを待つネズミくんきょうだいと、プレゼントを配る準備をするサンタさんたち!」
「おお、最初と全然違うな」
「絵本みたいで可愛いね」
「ああ、子どもの頃を思い出すよ」
「子どもの頃どんなクリスマスの本読んでた?」「俺は猫がケーキ焼くやつかな」「その絵本可愛いよねえ、兄妹猫ちゃんたちが一生懸命ケーキ作るところに憧れたなあ。やってみたいって駄々こねた気がする、懐かしいなあ」「あれは一度は憧れるよな。凄くデカいケーキ。
〇〇は他に何読んでた?」「私はネズミのきょうだいが少しずつクリスマスの準備するやつかなあ」「ああ、カレンダー見ながら指折り数えるやつな」「消太も知ってた!嬉しい〜」「有名どころだろ。俺ら世代で読んでないやついないんじゃないか?」「必ず本棚にあったもんね。シリーズものだったし。久しぶりに読みたくなっちゃった」「今後のために家にあってもいいかもな、今度本屋行くか」「うんっ」
思い出の絵本の話に花を咲かせながら、箱の片付けと散歩へ行く準備を進めていく。
点灯式は暗くなってからのお楽しみで、散歩に出かけることにした。
「おはよ、えっとお名前なんだったっけ?シロ?」
「麦茶とかココアとかコーヒーとか飲み物系だった気がする」
「待って、こんなに真っ白なのになんで茶色い飲み物ばかり出てくるの」
マンション前にある畳屋さんの看板犬に挨拶をする。天気の良い日は店先のコンクリートでぺしょりと寝ていて、赤地に白い水玉模様のリボンの首輪がよく似合っている大人しいマルチーズのワンちゃんだ。店の奥から、「ミルキーごはんよ〜」と聞こえて、「ミルキーだ!」と消太と私は顔を見合わせた。
「白っぽいお名前だったね」
「飲み物系も外れてはないだろ」
「ふふ、そうだね」
車一台がギリギリ通れそうな裏路地をぽてぽてと歩く。
イングリッシュガーデンがおしゃれな欧風の一軒家の四角い街灯の上に第一猫ちゃん発見。白いふわふわの毛並みに黄土色のぶち模様。お口の横にもちょこんと模様があってお茶目なお顔をしている。いつもいるからここのお家の子かと思って、以前花の水やり中だったこの家の女性に聞いてみたけど違うようで、「この上がお気に入りらしいのよ」と微笑んで言っていた。
「おはよう、昨日ぶりだね」
消太が話しかけると、にゃあ、ともふもふのお口を開けてお返事をしてくれた。消太は嬉しそうに私の方を向いて、「いま、へんじ…」と呟いた。猫ちゃんも、消太も可愛い。またね、と振り返りながら手を振って、細い道を歩く。
ミントグリーンのスクーターの座席の上で気持ち良さそうに丸まっている猫、地域猫のごはん所に集まってる猫たち、塀の上をとことこと歩いている猫、日向でふくふくと折り重なって眠っているそっくり模様のきょうだい猫。
私たちが住んでいる街は、地域猫の活動が盛んな、猫と生きる街。消太が早く散歩に行きたがっていた気持ちもわかるほどに、猫がたくさんいる。今日みたいに暖かい日は特に、たくさんの猫ちゃんに会える。
引っ越しのご挨拶に向かった神社にも猫ちゃんがいて、これからお世話になります、と言うとなんとも福々しい笑顔で答えてくれたのだ。境内を後にするまで、歩く消太の足元を器用にすり抜けて離れなかった人懐っこい猫ちゃんだった。さすがの消太も語彙力を失ったようで「お」とか「あ」とか呟いてデレデレとしていた。
「今日はどこまで行く?」
「んー、川向こうのパン屋で昼メシ買って帰るか」
「いいね、さんせーい」
繋いだ手をぶんぶんと大きく振って、消太が振り上げた手によろけて、ぶつかって、笑い合って、河川敷を歩く。
「あ、消太見て、ねこじゃらし」
「ここすごいよな。帰りに猫ちゃん用に貰っていこう」
遊歩道横の雑草が生い茂っているところにエノコログサもわさわさと生えていて風に揺れていた。仕事から帰宅した消太の手やポケットにねこじゃらしがあるのはここで貰っているみたい。ちょうど帰り道だもんね。消太が寮暮らしになる前の一人暮らしをしていた時、玄関にコロコロがあって、綺麗好きなんだなあって思ってたけど、猫ちゃんの毛用だったのか、と一緒に住んでみてわかった。
暖かいコンクリートの上で鳩が大福餅のように丸まって日向ぼっこしている。ベンチの上には猫がいて、その横でお爺さんが新聞を読んでいる。犬の散歩をしている人たちや、私たちのように散歩している人、ぼんやり川を眺めている人、釣りをしている人がいて、とてものどか。
緩やかな階段を上がって、大きな橋を渡って向こう側へ。
ハード系の惣菜パンが豊富なこのパン屋は、何度かこの街に訪れた時に見つけた。
消太は、じゃがバタオニオンベーコンの具材盛り盛りなパンがお気に入りで、私は、細いフランスパンにミルクバターがたっぷり挟まれたパンがお気に入り。カリカリもぎゅもぎゅしたパンは噛めば噛むほど小麦の豊かな味がしてとても美味しい。
バゲットのフレンチトースト二つに、ベーグルサンド、朝用にカンパーニュ。あとは、と悩む私の横でトレーを持った消太が同じく悩みながらトングをカチカチしている。
「消太、あとどれにする?」
「カレーパンか、ピザパン」
「私、クリームパン」
「ん、了解」
悩んだ消太は、結局カレーパンとピザパンを両方トレーに乗せていた。
ポイントカードを押してもらうと、ちょうど折り返し地点の『コーヒー一杯無料』のマスだった。店員さんの「今交換されますか?」の質問に、二人同時に「はい」と答えて、ふふと微笑む店員さんに、はっとして遅れて照れがやってくる。「またお待ちしております」の言葉と一緒にホットコーヒーを受け取って、来た道を戻る。
「ねえねえ、たくさん歩いたからお腹空いた」
「言うと思った」
「だって、いい匂いするんだもん〜」
「パン選ぶ時も真剣だったもんな」
「それは消太もでしょ」
「ははは、あのパン屋好きなんだよ。どれも美味いから」
早めに帰ろうね、と消太が言って、「はあい」と返事をすると、「伸ばさない」なんて先生口調で話すから、面白くってまた、「はあい」と返事をした。
消太は食事の時間は合理的じゃない、と言いながら意外とよく食べる。消太曰く、大事なひととの食事は別だよ、とのことだ。大事なひとの中に私も入っているのが嬉しい。好物も結構ある。全てにおいて歯ごたえのあるものが好きで、よく噛んで食べている姿はとても可愛らしい。それに、なんと言うか、食べている姿を見るのは安心する。
行きよりも日が高くなって少し汗ばんできた。でも風が心地よくて、どこまでも歩けそうな天気。空が低くて青が近い。川面がちらちら光って眩しい。繋いだ消太の手は乾燥でよりさらさらしていて、私の少ししっとりした手のひらと馴染んで離れない。ぎゅっと強く握ると、「ん?」と低い声が降ってきて、胸も喉もきゅっとなって口元が緩む。私はこの、鼻から抜ける上がり口調の優しい声がとても好き。
「そんなに腹減ったのか?」
「ちがうよぉ」
口角を片方上げて笑うイタズラな顔から、ふと眉が下がり、柔らかい笑顔になって、消太もぎゅっと手を握り返してきた。あたたかい、すっごくあたたかい。繋いだ手だけじゃなくて、心まで。
いつからだったか、暖かいところに猫ちゃんたちが集まるように、私も自然と消太の側にいるようになった。それは消太も同じで、一緒にいるのが当たり前になって、気持ちが通じ合って、一生共に生きることを誓って。私の心はもうずっとあたたかいもので包まれている。それなのに、さらにふかふかの甘いパンケーキみたいなものが、どんどん、ぽんっぽんっと積まれていく。たまにぎゅっと潰されそうになるけど、包まれた心は頑丈で、ふかふかのものがエアバックのように守ってくれる。返せているだろうかと不安になるけど、私もそういうふうに消太を守っていきたいと、そう思っている。
行きに猫ちゃんとお爺さんが座っていたベンチでは、まだお爺さんが新聞を読んでいて、ベンチの上の猫ちゃんもそのまま。時間が止まっているみたい。行きと違うのは、お爺さんの足元に猫ちゃんが一匹増えていて、足の甲を枕にだらりと寝ている。
こらこら、消太サン、羨ましそうな顔で見ないよ。
消太は通り過ぎるまでコーヒーを啜るフリをしながら横目で見ていた。落ち着いた余裕のある素ぶりをしたかと思えば子どもみたいな顔をして、私を翻弄する。
ギャップに弱いのは元々なんだけど、消太はそれを超えてくるというか、計算なのか天然なのかもわからない。全部消太なのはわかるんだけど、そんなこともしちゃうの?ってのが消太。付き合おうって告白もぼやっと遠回しな言い方だった。あれは告白だったのだろうか、と悩んでいる期間、手を出してきた消太に「私たちって付き合ってるんだよね?」と確認をとったくらいだ。そんな消太だからプロポーズなんてないんだろうなーそれも消太らしいか、と思っていたら、大きな花束に婚約指輪、跪いて「俺と結婚してください」だよ?!今思い出しても恥ずかしいし、にやけちゃう。結婚指輪もちゃんとつけてくれてる。何が言いたいのか自分でもわからなくなってきちゃったけど、とにかく、私の夫は魅力的だってこと。
「私にもコーヒーちょうだい」
「どうぞ」
ほらね、さっきまで唇尖らせてた30歳児はどこへやら。またいつもの柔らかい笑顔でコーヒーを渡す。気をつけろよ、なんて言葉を添えて。
「ありがと」
「ん」
雑草畑からねこじゃらしを1本貰って、行きに通った猫ちゃんがいる道を歩く。お昼前のぽかぽかとした暖かい日差しに猫ちゃんたちはみんなすやすやと寝ていて、ねこじゃらしはぷらぷらと私の前で揺れる。
「消太、私猫じゃないよ」
「懐いたと思えば、ふいっと逃げるし、
〇〇も猫みたいなもんだろ」
「ええ、消太好みも猫みたいな人なの?今更だけど」
「いや」
別に、外で言うことじゃ、
〇〇はそういうのとは違う、としどろもどろにぶつぶつと言ってわしわしと頭を掻いた。
「ふうん?」
まあまあ、後でゆっくり聞こうじゃないですか。
細いT字路の角を曲がると、もう私たちの家だ。真っ直ぐ向かった先にミルキーもぺしょりとお昼寝をしている。
「猫ちゃんたちみんなお昼寝してたね」
「ああ、可愛かったな。これは次の機会に取っておくよ」
そう言って消太は、家に着くと、玄関にインテリアとして置いている花瓶にねこじゃらしを生けた。
手を洗って、部屋着に着替えて、お湯を沸かす。
お腹が空き過ぎたから今日は簡単にインスタントコーヒーにする。消太はブラックで、私はカフェオレにした。
朝用のパンはブレッドケースに入れて、温めた方がより美味しそうな消太のパンたちをトースターに入れた。その間待ち切れなかった私たちは、トースターから香るお惣菜パンがじんわり温まる匂いをかぎながら、クリームパンを半分こする。
「キッチンで立ったままなんてお行儀悪いね」
「そうか?ほら、ここにカップ置いたらおしゃれなカフェみたいじゃないか?」
「ふふ、たしかに。部屋見渡せるし、窓からの景色も見えるし、いいねえ」
「だろ。
〇〇の寮の自室も好きだったが、今の家にも合ってて落ち着く」
「でもさ、ソファ狭くない?」
「狭い方がいいだろ」
「くっつけるから?」
「くっつけるから」
私に甘いのか、寂しがりやなのか消太は距離が近い。
今思えば、付き合う前から距離は近かったような気がする。それに疑問を抱かなかったのはヒーロー科の生徒たちのパーソナルスペースも狭かったからかもしれない。そういえばマイク先生やミッドナイト先生も近くて、その間に立つように消太が割り込むから余計近いと感じていたのかも。それは普通ではなかったらしく、今では「俺の嫁なんであまり近づかないでもらえます?」と言って二人を威嚇している。消太には悪いけど、その姿はとても可愛い。
トースターが鳴って、温まったパンをお皿に乗せる。リビングのテーブルへ持っていき、くっつけるからという理由がお気に入りのソファに座って残りのパンを食べた。
窓から見える青が外を歩いていた時よりも近くて、足元に差し込む日差しも暖かくて、まぶたがとろんとしてくる。まだ外の猫ちゃんたちやミルキーも眠っているのだろうか。もふもふな子たちのことを考えていると、瞬きがだんだんゆっくりになってきた。
隣で同じようにぼんやりしている消太も、くあっと大きな口を開けてあくびをした。つられて私も、ふあっとあくびをする。
さっき食べたミルクバターのように甘くてつるんと滑らかなものになった気分。
「食べ終わったら眠くなったね。せっかく消太と一緒のお休みで寝たら勿体ないって思うのに、まぶたが重い」
「のんびりした日もあっていいだろ。俺も眠いし、少し昼寝しよう。おいで」
「消太が帰る時に言ってた話も聞きたいのに〜」
狭いソファの肘置きを枕にした消太が両腕を広げる。消太の長い脚ははみ出てるし、少し動けば転がり落ちそうなのに、私はその腕の中に包まれてとくとくと愛しくて落ち着く音を聞く。
「いいよ。起きたらな」
「ツリーもライトつけたいのに〜」
「それも起きてからでいいだろ、ほら、静かに」
触れ合ったところからじわりと体温を交換する。
気分は、ふかふかのパンに挟まれたミルクバター。しっとりとパンに馴染んで、最高の組み合わせ。ここにいれば安心安全。そんなことを考えながらとろとろと眠った。
眠る前に美味しそうな事を考えていたからか、夢でも消太と何かを食べていた気がする。夢の中ってコロコロと場面が切り替わってさっきまで見ていたものはなんだったっけと眠っているのに考えてしまうことが多々ある。あったかくてほっこりする何かだったような気がするんだけど…うーんうーんと考えているうちに意識がからだへ戻ってきた。
足元にひやりとした空気を感じ、自分の身震いで起きる。
まぶたを開けると、消太越しにカーテンを開けっぱなしだった窓の外を見た。青かった空は濃紺へと変わっていた。部屋も同じ色でぼんやりとしている。
少しどころかだいぶ寝てしまったようで、そわそわとしてしまう。今日はもう終わってしまったのだろうか。
「しょぉたぁ、寝過ぎたみたい」
私を抱きしめていた腕を緩めることなくすやすやと眠っていた消太に声をかける。
何時なんだろう、身動き取れなくて時計が見れない。
「んん、おはよ。寒くなかったか?」
「おはよ。ちょっと足が寒かったけど、消太があったかかったから大丈夫」
「そうか、よかった。まだ18時か」
「まだ18時なの?よかったあ、もう今日が終わってしまったかもと思って悲しくなってたとこだった」
さすがにそんなに眠れんだろ、と笑いながら私の頭をぽんぽんと撫でた。寝起きの掠れた低い声は色っぽくて、しょぼんとしていた私の心は大慌てで鎖骨の下辺りがざわざわむずむずして耐えきれず、消太の胸にぎゅうっと抱きつく。
「少し冷えたな。先に風呂入るか」
「ん、入る。上がったらツリーのライトつけて、お話しようね」
「ああ。こんだけ寝たんだ、そんなすぐには眠くならんだろ。大丈夫だよ、だからそんな顔すんな」
外の灯りで藍色に照らされた消太の顔の凹凸が柔らかく動いて、にこりと微笑んだ。あまりにも優しくて、ちゅっと触れるだけのキスをすると消太は「どうした、まだ起きてるんだろ?」と言って、私を揶揄った。「そういうのじゃないから」と膨れる私に、「はいはい」と返事をして私を抱えたまま軽々と起き上がる。
「風呂にお湯溜めながら軽く食えるもの準備しておこう」「何がいいかな」「おにぎり」「おにぎり!ツリー見ながらおにぎりかあ」「具は梅干しな」「美味しいけど!テッパンだけど!」「海苔も巻こう。あとたくあんも付けて」「あはは、もう無理!消太おもしろすぎ」
私が笑うと、ホッとしたような顔をして消太も笑った。真面目な顔をしてふざけるから気づくのが遅くなってしまうんだけど、こういう可愛い優しさもあって、消太のこういうところ好きだなあ、と改めて実感する。
笑い合いながらおにぎりを10個ほど握った。
可愛い夫の優しさも感じれたし、キッチンに並んで一緒に作るのも楽しかったし、寝過ごしてよかったなと、小さいおにぎりに混じった大きなおにぎりを見て、ふふっと笑う。
消太と話しているとまだ知らない事もあって、きっと知らない事ばかりなのだろうと思うと、欲張りな私が消太の心にもっと見せてと擦り寄る。お昼寝をたっぷりした日の夜はまだまだ長い。
リビングを後にする時、振り返って見た我が家のクリスマスツリーは、あかりが灯されるのを今か今かと待っているようで、それは私のようでもあった。
write 2023/12/23 イベントにて展示