夏のおわりに残るもの
夏も終わりというのに蚊に刺されたと彼女が泣きついてきた。今年は一度も刺されてないと喜んでいたのはついこの間のことだった。
この酷暑だ、蚊も活動時間や時期をずらしているのかもしれないな、と言うと、
「そんな事を言って欲しいわけじゃないの、私」と頬を膨らませ、上目遣いでこちらをにらんできた。可愛らしい顔をしているが怒っているらしい。それを言うとまためんどくさいことになるため、「すまん」と謝って、薬を取りに行く。
「薬塗るから、刺されたところ見せて」
ん、と差し出された白い右腕には赤く腫れたところが五箇所もあった。間隔は空いているとはいえ、同じ腕に何回も止まってたらさすがに気づくだろ。
「こりゃまた集中して刺されたな、ど、」
「どんくさいって言おうとしてる?」
「……いや、どこも痒そうだ、なと」
こういうときは鋭い。軟膏を指に取り塗ろうとすると、彼女は、「やだ」と腕を引っ込めた。
「やだ、って子どもじゃあるまいし」
「スーってするやつだと思ったの。消太くんの指で塗られたら思い出しちゃうじゃない、痒いの」
自分で塗る、と言って、俺の指に付いた薬と、軟膏のチューブを取って床に座る。やだやだとぶつぶつ言いながら塗っている。皮膚の弱い彼女は刺されると過剰に反応し、人よりも腫れてしまう。赤く盛り上がった痕は見ているだけでジクジクと痒そうだった。
「ここも刺されてるぞ」
二の腕の後ろの裏側の自分では見えづらいところも赤くなっていた。六箇所目だ。どこ?と聞いた彼女に、「ここ」と言って中指に残っていた薬を塗る。
他の肌より熱をもっていた。思った以上に熱かった。
「ん、やだぁ」
「すまん、届かないかと思って」
「もう責任とって忘れさせてよ」
ポカポカと弱々しく俺の胸を叩く彼女の手首を掴み、二の腕の後ろの裏側の刺された痕に唇を寄せる。ひんやりした二の腕の赤いところだけが熱い。
先週末、彼女と一緒に食べた、ソフトクリームを乗せて食べるあたたかいパンを思い出した。あれは不思議な感覚で甘くて美味しかった。
「消太くん、なにしてる、の?」
「責任とってる」
「なんで消太くんも吸うの」
「痛みで上書き。それとも気持ちいいほうがいいか?」
冷たいところにも吸い付き、痕を残す。こちらは甘い気がする。
「や、私から見えないとこ付けないで」
「どうして」
か細くなる声に顔を覗き込み質問すれば、今度は顔を真っ赤にさせ可愛らしい唇をとがらせる。
「どうして、って。見えた方が嬉しいから?安心するから、かな」
「ふうん」
彼女の後頭部に手を添え、ゆっくりと床に倒す。
「消太くん、もう痒いの治ったよ…?」
ほら、びっくりしたというか、ドキドキしたというか、もう大丈夫だから、と言いながら近づく俺を押し返す。
どっちみちこの刺された痕だらけだと半袖は着れないだろう。見えるところに気にならないほどつけて、痒みを忘れさせるのもわるくない。
「まあ、気にするな。おまえのためだ」
「どういうことよ、もう。消太さんのえっち」
おわり
write 2023/9/26