土曜夜市へ行く話
今日は土曜夜市に行こうって約束していた日。
住んでいる町内からは少し歩くけれど、同じ方向に歩く人たちはきっと同じ場所に向かっているのだと思うと、そわそわしてわくわくして、繋いだ手をぎゅっと強く握ってしまった。
「どうした?」
「たのしい!」
「まだ着いてないんだけどね」
そんなこと言って、消太くんだってきょろきょろしちゃってるじゃん。暑いからって雑に束ねた後ろ髪がふわんふわんって動いてしっぽみたいで可愛い。
人の密度が急に高くなって、気付けばそこは商店街の名前が掲げられた年代を感じるアーチの下だった。
子どもが安全に遊べるお祭り、と謳っているだけあって、家族連れが多かった。へこ帯を揺らして歩く小さい子や、甚平姿の子が可愛らしくて、周りの足取りも子どもたちに合わせてゆっくりで、お祭りなのに、この商店街の間だけゆったりとした時間が流れているようだった。
「小さい子の浴衣ってかわいいね」
「ほんとだな、赤や黄色が揺れてて涼しげだ」
子ども好きな彼の、優しい眼差しにきゅんとして、入り口辺りで買った、その感情と同じような味のレモネードを一口飲んだ。
屋台も広場もない、手作り感のある商店街の土曜夜市は、懐かしさを感じるものばかりで、小さい頃親に連れて行ってもらった地元の小さなお祭りに似ていた。
「わたあめ食べたい」
「最初にそれ?」
「食べたいって思ったものから食べたい!」
「はいはい」
おそらくこの店の、普段は洋服を売っているであろうお兄さんが器用にふわふわのわたあめを作って、笑顔で渡す。
しばらく歩いて、炭火焼きのいい匂いがした。
「フランクフルト食べたい」
「わたあめはどうするんだ」
「交互に食べるの」
「ははは、欲張りめ」
「こんな時だからやるの」
お肉屋さんの前で出されてるからきっとここのお肉なんだろうな。お腹がぽよんと出たおじさんが首にかけたタオルで汗を拭きながら、小さなバーベキューグリルで一生懸命焼いていて、それに応えるように串焼きたちは、もくもくと煙を出しながら美味しそうな焦げ目をつけていた。
片手は手を繋がないといけないから、指がつりそうになりながらわたあめとフランクフルトをどうにか持って、人混みを避けた裏路地に入る。
消太くんはさっきのお肉屋さんで、豚バラの塩を買っていた。とろとろになった脂が今にも指に滴りそうで、私は、そればかり見ていた。
「見て、わたあめしわしわ」
「蒸し暑いからな。早く食べよう」
「消太くん、指に脂垂れてる」
「おい、自分のやつ食べろ」
とろりと流れる脂を舐めたら怒られた。仕方なく、しわしわになったわたあめとフランクフルトを交互に食べ、ぬるくなったレモネードで流しこんだ。
「冷たいの食べたい」
「暑いのによく食えるな」
「だから冷たいやつが食べたいの〜」
「子どもみたいになってるぞ」
「いいのー!」
そう言いながらも、消太くんの顔はさっきの子どもたちを見るような優しい顔で、満足した私は、さらさらになる冷却シートで首元を拭いてあげた。
商店街の端にある老舗の和菓子屋さんがわらび餅を売っていた。透明度の高い氷の上に平らなザルが置いてあって、ひんやりとした氷水が滲み出たその上に透明のパックに入ったわらび餅が乗っていた。濡れた笹の葉がすごく涼しげで、見た目だけでもマイナス三度。よく冷えてます、の手書き文字でマイナス二度。これに決定!!
目の前でとろぉりと黒蜜をかけて、上品なお婆さんが、気をつけてね、と渡してくれた。
商店街を出ると、少し歩いたところに神社へ続く道があって、提灯型の街頭が風情のある通りに入る。
「たくさん歩いたね。疲れてない?」
「誰に言ってるんだ?お前こそ大丈夫か?」
「そうでした、消太くんは体力おばけでした。私は大丈夫!スニーカーで来たからね」
冷却シートを首の後ろにぺたりと貼られ、ぴゃ、と情けない声を出してしまった。はは、と笑った消太くんは、そのシートで自分の額を拭いて、これいいな、と持ってきた私ではなく、さらさら冷却シートを褒めた。
「いいもん、私、わらび餅食べる」
「なに拗ねてるんだよ、可愛かったよ、ぴゃって声」
「そ!」
「そ?」
そこに拗ねてるわけじゃなかった私は、思いもよらない消太くんの、可愛い、に照れて楽しみにしていた、よく冷えたわらび餅の一口目を消太くんにあげた。きな粉と黒蜜たっぷりで。
「うまい」
「美味しい!冷えてるのにとろんって溶けて、食感がクセになるね」
五切れずつ交互に食べて、食べ終わる頃には少しだけ涼めた気がした。
帰りはまた商店街の中を通って、熱気を浴びながら歩き、帰り際に見つけた動物のドーナツを買って、行きに潜ったアーチを一度振り返り、背にした。名残惜しかった。
「消太くん、ねこドーナツ。あーん」
「おい、つぶらな目をこっちに向けるな、食いづらい」
「ふふ、可愛いところあるよね」
じゃあしっぽからね、とくるりと回して、そこからなら、と大きな口をガバッと開けた。
「そして容赦ないね」
一気に四分の一ほどなくなったねこドーナツを、消太くんの前から、自分の目の前にやって、私も一口食べた。目を見なければ食べれる、と言って、残りは消太くんが食べた。
行き来た道を帰るのは何だかもったいなくて、ちょっと寄り道をして、川沿いの遊歩道を歩いた。向かい側のマンションや、家の明かりを映してきらきらと揺れる黒い川面を眺めながら、繋いだ手をぶんぶんと振って、「また行こうね」と話しながら帰った。
とても、とても楽しい夏の夜だった。
write 2023/7/29