彼カーディガン
残業中、緊急出動要請が入り、同じ連絡が届いたマイクと任務にあたっていた。現場が少し離れていて急を要したため彼女に連絡が入れられず、一般市民や建物等に被害はなかったものの以外と長引き今に至る。
報告書や調書はまた後日とのことで解散となったが、場所がまた微妙に遠く、然もマイクが一緒だと目立って仕方ない。
「おい、俺は上から帰るぞ」
「あ、待てよイレイザー」
裏路地を走る俺にマイクがついてきた。
「いいのかよ、ファン置いてきて」
「サインは書いてきたからダイジョウブ!同じ所帰んのにひとりはサミシーだろ?」
「子どもかよ」
ここから跳ぶぞ、と捕縛布を柱に巻きつけマイクに手を伸ばせば、一気に建物の屋上へ上がり、そこから最短距離で雄英を目指す。
「今日のは長引いたなー」
「だな。ま、怪我人も被害もなくてよかったよ」
「その急いでるカンジ、また
〇〇ちゃんに連絡してねえんだろ」
「そんな暇なかったろ」
「そーだけどよ、ほら今電話できるだろ」
「夜中だぞ、寝てるかもしれんだろ」
「起きてるかもしんねーだろ?」
…確かに、と妙に納得し走りながら電話をかける。2コール鳴って『消太さん?』と声が聞こえる。
「連絡遅くなってすまん、残業中に出動要請があって対応してた。今雄英に帰ってるところだ」
『ううん、お仕事お疲れさま。怪我はない?』
「ああ、大丈夫だ」
『よかった、気をつけて帰ってきてね』
「ありがとう、また後でな」
電話を切ると腰のポーチへしまう。
「な、起きてただろ?んで電話してよかっただろ?」
な?な?としつこく絡んでくるマイクを無視して先を急ぐ。
「おーい、イレイザー足速すぎだってー」
やっと雄英の敷地内に着き、そのままにしていたものを片付けに職員室へ戻る。
「はあ、なんか帰りめちゃ走ったし、疲れたし、腹減った」
「ついてきたのはおまえだろ」
だってさあ、と口を尖らせながらデスクをもそもそ片付けるマイクに、じゃお疲れ、と短い挨拶をし着替えに更衣室へ向かった。
コスチュームと捕縛布の汚れを払い、ゴーグル等と一緒にロッカーへしまう。シャワーを浴びたいところだが、あの声を聞いてしまっては、帰る以外の選択肢はない。
着替えを済ませ、正門を出ると見慣れた車が停まっていた。
「おにーサン、送ってくぜ」
「ああ、助かるよ」
「どんだけ遅くても着替えて帰るもんなー」
「んな泥だらけで物騒なもんぶら下げて帰れるかよ」
「確かになー」
「てか疲れてたんじゃないのかよ」
「んー早く帰りたいんじゃないかと思って。こっから相澤んち車だと一瞬じゃん」
「そうだけどよ、おまえもちゃんと休めよ」
「アリガト、ほら着いたぞ」
「ん、ありがとう。また明日な、お疲れ」
「また明日!オツカレー」
山田に送ってもらい思ったよりも早く帰れたが、それでも午前2時過ぎだ。
なるべく音を立てないよう家に入ると、おかえりなさい、と彼女が出迎えてくれた。
「
〇〇、ただいま。遅くなってすまん。まだ起きてたのか」
「うん、帰ってくるかなと思って。遅くまでお疲れさま」
「抱きしめたいところだか、急いでてシャワー浴びてなくてな、風呂入ってくる」
「ん、タオルと着替え用意しておくね」
ありがとう、とお礼をいい脱衣所へと向かうが、彼女が着ていたのは俺が朝家出るまで着ていた服、のはず。くるりと向き直すと「わ、びっくりした」と彼女が驚く。
「…それ俺の服」
「あ、勝手に借りてごめんね。今日肌寒くて、朝消太さんソファに置きっぱなしだったの借りちゃった」
このカーディガンあったかいね、消太さんの匂いするし、と指先が少し出ているだけのだるだるな袖を嗅ぎながら話す。
「一日着てたのか?」
「ん?うん、朝見つけて。仕事中とお風呂上がりに…だめだった?」
…その格好で上目遣いはやめろ。
「いや、いい。風呂入ってくる」
怪訝な顔をする彼女を残し、シャワーを浴びる。手早く済ませ、用意されたタオルを使い、部屋着に着替える。
髪を拭きながらリビングへ行くと彼女がまだ起きていた。俺の服はもう着ていない。
「まだ寝てなかったのか」
「んー消太さんの髪乾かそうと思って」
彼女はそう言いながら、はい、お水、とグラスを渡した。
ありがとう、と受け取り、そのくらい自分でやるよ、と言いつつも背中を押す彼女に従って素直に座る。
「残業もヒーロー活動も遅くまでお疲れさま。無事帰ってきてくれてありがとう」
「ああ」
彼女の手の感触とドライヤーの一定音と温かさに瞼が重くなる。
「だいぶ髪伸びたねー」という彼女の声にも「んー」と適当な返事しか返せない。
カチリと音がすると心地よかったものが全て消え、夢現だったのが少し現実へと引き戻された。
「終わったよー、ベッド行こっか」
「んー、ちょっとおいで」
なあに、と隣に座る彼女を抱きかかえ膝の上に座らせ、ぎゅうと抱き締めた。
〇〇の体温、形、重さを確かめる。
「俺の服、一日着てたのかと思ったら可愛すぎてあの場で抱きそうだった。……さすがに夜中すぎるし平日だし我慢した」
「勝手に着て怒っちゃったのかと思った」
「んなことで怒るわけないだろ」
「よかったあ。眉間の皺すごくてさー、あれは我慢してた顔だったのかー消太さん可愛いね」
俺の腕の中でうふふ、と柔らかく笑う。
また着てくれ、なんて言えないからしまい忘れたフリしてどっか置いておくか、と抱き締めた彼女の頭に頬を寄せながら考える。
さて、明日も朝早いしそろそろ寝るか。
腕の中を覗けば、
〇〇はすうすうと眠っていて、そっとベッドまで運び、俺もそのまま眠った。
write 2023/5/24