寝癖直しとか、嫉妬とか、幸せとか
「おい山田の匂いすんぞ」
まだ油断するとくっつきそうな瞼を必死に開けながら歯磨きをしていたら、音もなく現れた消太にすごい形相で言われる。そんな怖い顔して、疲れるよ、お休みなんだからゆっくりしようよ。とシャコシャコと歯ブラシを動かしながら念を送る。
「無視とはいい度胸だな」
無視してないよ、念送ってるでしょ。顔怖いって。てか山田の匂いて何よ。くるりと向きを変え反対の歯を磨く。瞼は開けるのをやめた。顔怖いし。
「ヘイ!グッモーニン、
〇〇。やっと起きたか。もう昼だぜ、お寝坊さんだな」
やっと起きたかって誰のせいよ。正直まだ眠いよ。挟まれて歯磨きしづらいんだけど、まいいや。口から歯ブラシを抜くと、洗ってスタンドの真ん中の定位置に戻し、一度口の中の泡を吐き出すと、数回口を濯ぐ。
「ふたりとも、おはよ」と鏡越しに言うと「おはよう」「おはよ」とふたりも挨拶を返す。
「それで山田の匂いなんだが」
そして先の消太の話に戻ったんだけど、消太はさっきからずっと何を言ってるの。
「なに?なんで俺の匂いの話してんの?」
「なんでひざしの匂いの話ばっかりしてるの?」
わたしとひざしが同じ方向に首を傾ける。
「
〇〇、山田の匂いするなって。昨日…いやさっきベッド覗いたときまでしてなかったぞ」
そんなに広くもない洗面所で三人並んで鏡越しに会話をする。
「あぁ!寝癖すごかったから、ひざしのコレ借りた」
鏡横の棚に置いてある、寝癖直し用のスプレーを指さす。サラサラになるからたまに借りてたんだけど、仕事の日ばかりで基本的に二人のほうが早く家を出るから気づかれてなかったのか。
「これ髪、サラサラなるよなー」
「ねー」
ひざしが、真っ直ぐにぺたんと整ったわたしの髪を撫でる。
「…気にくわんな」
と呟いた消太は手を濡らすと、せっかくサラサラになった髪をわしゃわしゃと濡らしていく。
「なにすんのー!」
「男の嫉妬、醜いぜ。相澤」
「知るか」
そう言うと、ドライヤーのスイッチをカチリと付け、濡れた髪の毛を今度は丁寧に乾かしていく。
よし。と満足そうに頭を撫でた。
「よし、ってもうサラサラだったのー寝癖直ってたのー」
「寝癖直したのは自分で、匂いも消えてオッケーってコト?もう消太くん、やだー」
「ほら、昼飯作るぞ」と先に洗面所から出て行った消太の後ろを「もー」「ちょっとー」「やだー」「ねー」と、ひざしと言いながら着いていく。背中をツンツンするとさすがに怒られた。けど、それわたしじゃない。怒られ損だ。後ろを振り返って「もー」と言うと「ソーリー」とウインクをして謝る。
「おい後ろでイチャつくな」
狭い廊下でいい大人が何やってんだろうね。でもこんな何でもないやりとりが楽しくて幸せだったりする。
「あ、消太もアレで寝癖直したらいいのに」
「やだよ」
「どうせ三人とも同じシャンプーだし、同じ柔軟剤ヨ」
「そういう話じゃねえよ」
write 2023/6/29