ミスから始まる甘い話
「んん…今何時?」
眠すぎて重い瞼は閉じたまま、同じ様に怠く重い下半身を捩る。枕元に置いていた携帯を取ろうと目を開けるとベッドサイドに腕を枕にして寝ているひざしがいた。今週はひざしと会う週だったし、連絡も入れたからわかるのだけど、右側の消太はどうしてここにいるのだろう。彼もベッドサイドに寄りかかるようにして眠っている。
18時46分。携帯の通知をスクロールすれば、メッセージの通知がずらりと表示される。ひざしと消太から交互に来ていて、アプリを開いてみると、お昼過ぎにひざしに送ったと思っていた『生理痛が酷いみたい、無理かも』の一文は、三人のグループチャットに送ってしまっていた。そしてその後、襲ってくる睡魔に勝てず眠ったようだ。
『大丈夫か?』
『もう少しで仕事終わるから』
『あったかくして寝てろよ』
『
〇〇の好きなものと食べれそうなやつ買ってくるからな』
二人からの心配のメッセージは、数分おきに来ていて、15時30分、同時刻に送られた『今から家に行く』を最後に終わっていた。
「…ん、
〇〇ちゃん、起きた? 身体大丈夫?」
「
〇〇、大丈夫か?」
同時に目を覚ました二人が、寝起きの柔い掠れた声で私を気遣う。
「うん、わざわざ来てくれてありがとう。二人ともごめん、間違って三人のところに送ってた」
「いいのいいの。こういうときは二人いたほうが
〇〇安心するでしょ?」
「気にするな。
〇〇が辛い時、俺たちが側にいなくてどうするんだよ」
そう言って、あたたかく大きな手のひらが私の頭と頬を撫でる。
「ん、ありがとぉ。嬉しい」
「お腹とか痛くない?」
「いつも腰重いって言ってるだろ」
「うん、実は薬切れたみたいで凄く痛い」
しおらしくすれば、また心配そうに顔を覗き込み、「大丈夫か」と自分たちが口に出した場所を撫でてくる。それだけでも痛みが少し和らいで、楽になる。
「今日は午後から休みだったけ?帰ってなんも食ってねえんだろ? 軽く食って薬飲もうか」
「うん。お腹空いたかも」
「果肉たっぷりさっぱりグレープフルーツゼリー、とろとろチョコムース、大好きなティラミスもあるぜ」
「紅茶もあるし、緑茶もあるぞ。牛乳も買ってきたからホットミルクも、ミルクティーも用意できるからな」
「「あと、コーンスープも」」
おつかいが成功した子どものように生き生きと話す二人は、よしよしと頭を撫でたいくらい目を輝かせていて、私が望むものがどれかと待っている。さっきまでの憂に満ちた表情は何処へやら、だ。
「全部私が好きなものだ。色々ありがとう」
チョコムースと、ホットミルクが欲しいな。と言うと「了解」と二人がキッチンへ向かう。
遠くで聞こえる二人の声と、用意をする生活音が心地よい音楽のようで目を閉じて聞いていた。
「お待たせ」とひざしが持ってきてくれた小さめのトレーには、チョコムースとスプーンが乗っていて、私が座っているベッドの空いた所に置いた。
「飲み物と薬はこっちにあるから」と消太が持ってきてくれたトレーには、ホットミルクの入ったマグカップと、お水の入ったグラス、鎮痛剤が乗っていた。「飲みたくなったら言って、渡すから」そう言って、床に座った自分の横に置いた。
「二人ともありがとう。いただきます」
チョコムースの乗ったトレーを取ろうと手を伸ばすと、「違う、あーん。でしょ?」と言って、伸ばした手に優しく触れ、制す。
とことん甘やかしたいらしい彼に従って、素直に口を開ければ、満足そうに微笑む。
「美味しい。甘いものが沁みる」
「ホットミルク飲みたい」と言うと、消太が「冷まして来たけど、まだ熱いだろうから気をつけて」と言って、私が受け取れば「手離すぞ」と一声掛けて離す。甜菜糖入りのほんのり茶色になったホットミルクは、丁度いい温度で、チョコムースをさらにまろやかにして流してくれた。
最後に薬を飲んで、「効いてくるまで楽にしてて」と言う二人はまだ家に居てくれるらしい。
「帰らなくて大丈夫?」
「一人にできるわけないだろ?」
「そうそう。俺たちの事はいいから、
〇〇ちゃんは甘えてて、ね?」
そう言って、ベッドに横になった私のお腹と腰を撫でたり押したりして、時には髪を漉いたり、頬を撫でたり、色々なところにキスを降らせて、痛みを、憂鬱な重みを消してくれた。
しばらく経って薬が効いてきた頃、「うどんも買ってきたから、くったくたに煮たやつ作れるからな」とひざしが言った。痛みがなくなって本格的にお腹が空いた私は、「甘いのがしみしみのお揚げも!」と食い気味に答えてしまった。その様子に、やっといつもの
〇〇ちゃんになったな、と笑う。
「おけおけ、そのつもりヨ」
「やった!楽しみだなー」
「あー、山田の作るきつねうどん美味いよなあ、腹減った」
「相澤も手伝えよ、てか覚えろ。簡単だから」
「そうだな。これからは三人で暮らすし、俺も作れた方がいいよな」
「え?」
「
〇〇ちゃんの体調が良くなったら、物件見に行こうネ」
えぇ??
「最初からこうしておけばよかったんだ」
えー??
「楽しみだネ」
「あれ?…うどんの話、だよね?」
いつだってこの二人は突然で、私の話を聞いているようで聞いていなくて、でも何故かその強引さや自信たっぷりな物言いが嫌いじゃなくて。
二人が作った、じゅわっと甘いお揚げの乗った、くったくたに煮られた柔らかいうどんを三人で食べながら、こう言う生活も悪くないかも、とまた流される自分がいた。
write 2023/7/9