夏のドライブデート
「準備はいいかー?!」
「はーい!」
「ん?オニーサンお返事聞こえねえなあ!」
「…おぉ」
青い絵の具を溶いた水のようなどこまでも澄んだ青空に、濃厚で今にも触れそうな雲、ギラッと輝く大きな太陽が、まさに夏!と言っている。
この日の為に借りた広めのレンタカーは、運転席にひざし、助手席に消太、後部座席に私が座っている。
「前は焼けるから後座りな」とひざしに言われ、横で、うんうん、と頷く消太にも促され、少し寂しかったけれど、座席の合間から顔を出せば、ふたりのあまり見ることのない耳の後ろをじっくり見れて、これはこれでいいな、と内心にやにやした。
「そんじゃあ、当てのないドライブデート、インサマー、レッツゴー!」
「イエーイ!」
「い、いえーい」
拳を挙げるひざしと私に遅れ、消太も力なく拳を挙げる。その姿に、ふふ、と笑うと消太も笑い返してくれて、嫌々着いてきた訳ではなさそうだと安心した。
「当てもないって、何処行くんだよ」
「それを今から決めるんだろ?ワクワクすんだろ!」
「はい!はい!海!海沿い走りたい!」
パチンっと指を鳴らし「ナイスチョイスだぜ!
〇〇ちゃん!」とひざしが言うと、「海だと、次右折だな」とナビを操作しながら消太が言う。
しばらく走ると『××海浜公園まで3キロ』と標識が見えて、海が近いことにそわそわしてくる。海岸沿いに抜けると、カラフルなパラソルが等間隔に並び、水着姿の人達が浮き輪でプカプカと浮かんだり、ビーチバレーをしたり、子どもたちが砂浜で遊んでいたり、思い思いに海を、夏を満喫する姿が見えた。窓を開けていないのに、香ばしいいい匂いもして「焼きとうもろこし美味しそう」なんて呟いてしまった。
「はは、海に入りたいじゃなくて食いもんとは、
〇〇らしいな」
「だって、いい匂いしたんだもん」
「確かに腹減る匂いだったナー」
砂浜のある海浜公園の横を通り過ぎると、ガードレール下にはすぐ海が広がって、いよいよ海ドライブがスタートした。
真っ青な空を映した海は同じように濃い青で、波がチラチラと太陽できらめいていた。遠くにはヨットも見えて、そのずうっと向こうに水平線が見える。流れるガードレールの先はゆっくりと進んで、どこまでも続く海は同じ風景を繰り返し見ているようだった。
「ヘイ!リスナー、まったり海もいいが、生ぷちゃへんざレィーディオ、ドライブヴァージョン、始まるぜ!イエー!」
久しぶりの海に高まるDJ魂が抑えきれなかったらしいひざしのラジオが始まった。
「夏はいいよなぁ!空が高くて気持ちがスカッとすんゼ!今日はそんな夏とは不釣り合いなこの男、相澤をゲストにお送りするゼー!イエア!」
「はあ?俺はリスナーじゃねえのかよ」
「オフコース!
〇〇ちゃんを楽しませるためのレディオだからな!」
なんと贅沢な…!
「まずはこの高まった気分にピッタリなナンバー、***で◎◎◎◎!」
隣で消太が手際よく音楽再生アプリでひざしの紹介した曲を流す。
「わ、この歌好きー!夏になると絶対聴きたくなるやつ!」
「だろー?!この日のためにプレイリスト作ったんだぜ!リスナーも一緒に歌って楽しんでくれ!!」
「イェー!」
曲が流れ始めるとひざしが歌い始め、歌声にうっとりしてると、フロントミラー越しに目が合って、ニッと笑った。はぁ、今のはキュンときた。照れ隠しに私も一緒に歌い始める。
「いやあ、一発目に相応しいアゲアゲなナンバーだったなあ、相澤ぁ」
「ん?あぁ、そうだな。特に間奏中のベースがいい味出してる」
「わかるわかる!アソコでブチ上がるんだよナァ!」
わ、消太とひざしが音楽の話してる。そういや消太はベースが弾けるんだっけ。かっこいいなぁ。
その後も続く、ひざしの軽快なトークと、絶妙な消太の掛け合いに、何度もお腹を抱えて笑ってしまった。
「あ、もうすぐ展望所だって!道の駅もある!ひざしも運転疲れたでしょ?休憩しようよ」
「
〇〇ちゃん、サンキューな!じゃ休憩にすっか」
展望所の向かいに道の駅があって、そこに車を停める。
車から降りると潮の匂いがして、その匂いを吸い込みながら座りっぱなしで固まった体を伸ばす。前を見るとふたりも同じことをしていて「海の匂いだなぁ」「潮の匂いがする」と同じことを言っていたのがとても嬉しくて頬が、にへらと緩んだ。
トイレを済ますと、二車線先の展望所へ歩いて行く。道路続きに舗装された、水色のコンクリートの地面に、木製の柵が立ててあるだけの簡素な場所だったけれど、遮るものが何もなく吹き抜ける風は新鮮で、車の中から見た時よりも海は大きくて、近くて、反射した太陽がすごく眩しかった。
「おいおい、あんま乗り出すと落ちるぞ」
柵に手を掛ける私のお腹に腕を回し、消太が言う。ひざしから借りた黒いサングラスがとても似合っている。
「大丈夫だよ、子どもじゃないんだから」
どうだか。と笑う消太の緩く結んだ髪が潮風に靡いて見惚れてしまった。
「なにイイカンジになってんの、俺も混ぜて」とひざしも横に立ち、私の腰に手を添える。海の色をちゃんと見たいからと額に置かれたサングラスはそのままで、眩しさに目を細める彼の瞳の綺麗なグリーンに海が写っていて、こちらにも見惚れてしまった。
「ほら俺ら見てないで」
「海、見ようゼ」
そう言われ、恥ずかしくなった私は、パッと前を見る。そして暑さも忘れ、ぼんやりと三人で海を眺めた。
「ね、道の駅でソフトクリーム売ってた」
「また食いもんの話かよ」
「そういや腹も減ったナー」
出掛ける前に三人で握った色んな具のおにぎりを持ってきていた。道の駅の方へ戻り、車からお弁当箱の入った保冷バッグを取ると、テーブルとベンチが一緒になったものがいくつかあって、木陰の下になっているところに座った。この暑さだと他のお客さんは屋内で涼んでいて、外にはほとんどいなかったのがちょうどよかった。と言っても声かけられるのはヒーロー名も顔も知られている有名ヒーローのひざしだけなんだけど。
ひざしと私がお弁当を広げている間に消太が自販機でお茶を買ってきてくれた。
「あ、具どれが何に入ってるか書くの忘れた」
「このいびつでデカいの相澤のじゃね?」
「俺何入れてた?」
「わかんない、昆布?」
「黒っぽいやつ入れてた気がすんな」
朝早くて三人とも自分が何の具を握ったかわからなくなってしまって、大きいお弁当箱にぎゅうと詰まったおにぎりをそれぞれくじ引きのように一個ずつ取った。
「あ、梅だった!おっきいけど形いいからひざしのかな」
「これ、ちっさくて可愛いから
〇〇ちゃんの握ったやつだろー?おかかだったわ」
「俺も
〇〇の食べたくて小さいのにしたけど、鮭だった。うまい」
「ちょっと、ふたりが小さいの食べたら私だけお腹ぱんぱんなっちゃうじゃん!すでに一個で結構キてるんですけど!」
「俺の握ったのも食えよ」
「むりぃー」
「相澤の一際でけえもんな」
何とかふたりの握ったおにぎりを一個ずつ完食すると、残りはふたりが全部食べてくれた。
「はぁ、もうお腹いっぱい…何も入らない…」
ベンチの座面に手を付いて体を反らし、お腹を伸ばす。
「「ソフトクリームは?」」
「食べる!!」
「「即答かよ」」
「でもほんとちょっと待って、ほんとお腹いっぱい」
「いいよ、少しゆっくりしよう」
「なー、ここ風きもちーもんなー」
目を閉じると、さわさわと揺れる葉の音と、ザザーと少し向こうで聞こえる波の音が心地いい。目を開けるとふたりも目を閉じていて、こんなにゆったりした顔を見たのは久しぶりだなあとテーブルに頬杖を付いて眺める。
「また見てるな」
「そんな見られると穴空いちゃうヨ」
「な、なんでわかったの」
「そりゃあもう熱ーい視線感じるから」
「だな」
目を開けたふたりが、ニヤと笑いながらこっちをじっと見るもんだから、今度は私が穴が空きそうで、恥ずかしくて両手で顔を覆う。指の間からちらりと覗いたらまだ見ていて、それにも気づいたふたりは、はは、と笑った。
その顔は優しくて、穏やかで、かっこよくて、無邪気で。
それがふたりもだよ?耐えられない!!
「ソフトクリーム食べよ!」と勢いよく立ち上がった。
消太はバニラ、ひざしはミックス、私はチョコにした。これだけでも好みや性格が出るなと思った。見事にバラバラなのに三人でいるとこんなにも落ち着くのは何でだろう。
「日陰から出るとやっぱ暑いねー」
「すげー早さで溶ける‼︎って相澤食うのはや!」
「いやだって溶けるし」
スプーンでちまちまと食べていたふたりをよそに、上からガブリと食べていた消太のソフトクリームはもうコーンの半分くらいまで無くなっていた。
「あつー、溶けるー、消太食べるの手伝ってー」
スプーンで掬ったソフトクリームを、既に食べ終わっていた消太の口へ持っていくと、あーんと口を開ける。
「チョコもうまいな」
「相澤だけずりぃ、
〇〇ちゃん俺にもー」
「おまえはどっちも味あるだろ」
「そういう事じゃねえの!」
「はい、ひざしも、あーん」
大きく口を開けるひざしの口にも、掬ったチョコ味のソフトクリームを入れる。
「んーんまい!」
美味しいね。と話していると持っていた手に溶けたものが垂れてくる。とうとう流れちゃったか、後で手洗いに行こ、と思っていると、コーンを握る手を掴まれ、べろりと指と手の甲を舐められる。
「垂れてたぞ」
舐めた本人は何てことなかったかのように、むしろ舐めるのが当たり前かのように堂々としている。
「な…!」
「おま、顔割れてないからって外で堂々としやがって!」
「あーんも似たようなもんだろ」
「「全然違う!!」」
どろどろになってしまったソフトクリームを飲み込み、しなっとなった甘ったるいコーンを口の中に押し込んだ。
全く油断も隙もねえな。とひざしも自分の分を食べる。
「次は俺が運転するよ」と運転席に消太が座る。
消太が運転するところを見たことがなくて、まず免許を持っていた事に驚いた。
「消太、免許持ってたんだね」
「まあ、一応。ペーパーだがな」
次こそは、と「前に座りたい」と言ってみたけど「ダメ」と言われた。何でそんなに頑ななんだろう。
「ほら、むくれないの。またアガる曲流すから、な?」
うん。と正直納得してない返事をして、仕方なくまた後部座席に座る。
「ここからどうする?先進む?戻る?」
「そーだナァ。せっかくだし、まだまだ海堪能しようゼ」
「了解、じゃ出発するぞ」
ひざしの座席の背面に抱きつき、ペーパーとは思えない慣れたハンドル捌きの消太をじっと見つめる。
「なになに、ハニー、俺の時もそんくらい見つめてくれてもよかったのに」
「だって、運転してる消太初めて見るんだもん」
「ん?何?惚れ直したって?」
「そ、そこまで言ってない!」
「はーい、そこまで!後部座席の方もシートベルトをお締めくだサーイ」
「サァ、気を取り直して!小休止を挟んだ、生ぷちゃへんざレィーディオ、ドライブヴァージョン、2部始まるゼ!!」
「イェーイ!」
「いぇーぃ」
運転していないひざしは喋りに集中できるのか、さっきよりも軽快にトークを繰り広げている。
「ここでリスナーから届いたお悩みに答えていくゼ!おっ、今日はリスナーと電話が繋がってるみたいだ!もしもぉーし?」
はっ!リスナーは私か!
「もしもし」
「可愛い声だなぁ、リスナー!お名前は?」
「
〇〇、です」
「
〇〇ちゃん!名前もかわいーぜ!な?相澤」
「ああ、何回も呼びたくなる名前だ」
なんてタラシなラジオなんだろう…。
「さっそくだが、お悩みプリーズ!」
悩み、悩みねぇ。
「あ、今彼氏二人とドライブしているんですけど、助手席に座らせてくれないんですよ、何故ですかね?後ろでひとり寂しいです」
「
〇〇ちゃん、彼氏二人もいんの?すげえじゃん!で?助手席に座らせてくれないって?」
「はい」
「あれだ、焼けるから、だろ?」
「そうそう!
〇〇ちゃんの真っ白なお肌が焼けちまうの心配してんだぜ、彼氏たちは」
うーん、嘘くさい。
「そうなんですかねぇ、私もヒーローですし、焼けるのそんなに気にしてないんですけど」
「ウーム、難しいお悩みだぜ、ぷちゃへんざレディオ始まって以来じゃねえか?」
「うそぉ」
「解決しないままとは、DJの名が廃るぞ」
「マ!おい、相澤そっち側カヨー」
「お願い!マイヒーロー、私の悩み解決してー!」
うっ。と言い淀むDJ。このままだと放送事故だよ!
「これは男の、俺のイチ意見なんだが、多分、その彼氏二人は、
〇〇ちゃんを独り占めされるのが嫌だったんじゃねえの?ほら、真ん中にいたら平等だろ?」
「あ、俺もそう思った」
ズリィぞ相澤。とひざしが消太の腕を小突く。
「へぇ、私はふたりが好きなのに?」
「オウ、突然の告白サンキューな!俺も好きだぜ」
「リスナーの
〇〇ちゃん、ありがとう。俺も好き」
「よし!無事解決したところで、次のお悩み聞いてみよー!」
「何これ、ふは、あははっ、全然解決してないじゃん!」
聞いてみるとただの嫉妬で、ふたりにとっては意見を合わす程大事な事なのかもしれないけれど、私にとっては可愛くて愛しいなと思ってしまった。
その後二、三個ホントにどうでもいい相談をして、お悩みに答えるコーナーが終了した。
「んじゃ、ここで海で聞きたいこの二曲を続けてお届け!」
ひざしの作ったプレイリストは新しい曲もあれば、学生時代に聴いていた懐かしい曲もあって、ついつい口ずさんでしまうものばかりだった。
珍しく消太も歌っていて「消太、歌上手いね」と言うと、照れたように「浮かれてるんだよ」と答えた。
時間いっぱいまで遊んだ帰りは、夕焼けに染まる海を横に、私が選曲した夏のバラードや恋の歌をそれぞれに歌ってもらって『生ぷちゃへんざレディオ、ドライブヴァージョン』は大満足で終了した。
家に着くと、三人でお風呂に入り、ソファでアイスを食べながら、今日の思い出を三人のカメラフォルダを見ながら振り返り、そして恒例の写真交換会が始まる。
「三人で撮ったやつ頂戴!ロック画面にするー!」
「いいぜ。あ、相澤、その
〇〇ちゃんが写ってるのくれ!おまえ写真撮るの上手いよなー」
「ん。じゃあ、山田のその、俺と
〇〇が一緒に写ってるやつ欲しい」
「オーケー」
三人の記憶とカメラフォルダにたくさん思い出が共有されて詰まっていくこの時間がとても幸せ。
だって、お家に帰って、思い出を話すまでがデートだからね!
おわり!
write 2023/6/21