思惑と優しさ
真夜中の決まった時間に始まる電話。
会えない日も、会ったその日の夜も、鳴る着信音に、きゅっと喉の窪みが縮まって、とくんとくんと鼓膜が内側から揺れる。電話越しの彼の声は、直接話す声とも、ラジオから聞こえる声とも違って、あえて言うならば愛を交わした後の微睡みの囁きに似ていて、それすらも片手で数えてしまえるくらいしか聞いたことのない私は未だに慣れないでいる。多幸感、切なさ、憂慮。溢れそうになるそれをぐっと堪えると鼻の奥がつんとする。
「…で、悩んで和風のにしたんだけど、レモンソルトのも美味しそうで」
『へぇ!俺、そのレモンのやつ気になるナァ。…んー、
〇〇ちゃん?』
「なあに?」
『ちょっと元気ない?』
「めちゃくちゃ元気!そのお昼食べたお店でデザートも食べたんだから」
『そかそか。それならいーんだけどヨ』
耳の良い彼は私の声色を聞き分けてしまうから、きっと気づいていて、そして優しくて少し意地悪だから、私が言うのを待っている。「可愛い
〇〇ちゃんの我儘なら何でも嬉しいよ」と甘やかす彼は、どこまでの我儘を許してくれるのだろうか。真夜中に始まるこの電話には意味があるのだろうか。段々と彼に試されているような気さえしてくる。
「…ひざしくん」
『ん?どうした?』
「会いたい」
『やっと言えたな。よくできました』
と言うと同時に、チャリ、とキーケースを持つ音がして『
〇〇ちゃん、大好き。ちょっと待っててネ』と言う。ドアの閉まる音、鍵を締める音、エレベーターの無機質な女の人の声、広い空間を歩く足音、車のドアを閉める音が通話中のままにした携帯から聞こえる。車を走らせる音と一緒に、アップテンポな鼻歌も聞こえて、言ってもいい我儘だったのだと安心する。真夜中に始まる電話もきっとこれが最後だろう、と何故かそう感じて、無言だけれど確かに繋がっていて、甘くて優しくて少し意地悪な彼が近づく音を右耳で聞いていた。
write 2023/6/19