チョコミントの魔法
担任を持たない国語教師の私は、同じく担任を持たない英語教師の彼と度々職員室で居合わせる。仲が良いわけでもないし、だからといって話さないわけでもない。
仕事の話をしたり、今日天気いいですね〜というような世間話をするくらいの、本当にただの同僚と言うのに相応しい関係だと思う。
華やかで人気者の彼に対し、淡々と平凡に波風立てず生きる私とはこれがちょうど良い距離感なのだと、たまの会話をひっそり楽しんでいた。
キリの良いところまで終わって、残りは寮の自室でやるかと帰り支度をしていると、英語教師のプレゼント・マイク先生がパソコンのディスプレイの隙間から長い金髪を逆立てた髪を傾け、私に話しかける。
「なあ、
〇〇先生は、チョコミントイケる派?」
「好きですよ。アイスもいいですけど、この季節になると色んなチョコミント味のお菓子も出ますし、毎年楽しみなんです」
「マジ?じゃ、後で渡すから共有スペースでな!」
なにを?という暇もなく、マイク先生は「オツカレー」と良く通る声で挨拶をして職員室を去っていった。サングラスであまり表情はわからなかったが、軽くスキップしながら出ていく姿に、ちょっと笑ってしまって、話の流れからしてきっとチョコミントの何かだろうな、と考えながら自分も寮へ帰った。
荷物を置き、仕事着のブラウスとタイトスカートから、シャツワンピースとリブレギンスに着替える。連絡先を知らないので、共有スペースの大きなソファに座ってマイク先生を待つことにした。何時と約束したわけではないのに、彼はすぐに降りてきて、どこかで見た事のある可愛らしいミントグリーンの小さな紙袋をプラプラさせながら「お待たせ〜」なんて軽い挨拶をして隣に座る。
コスチュームの時とは違って、ラフな格好のマイク先生は眼鏡をかけていて、あのおちゃらけたサングラスの下には、こんなにも吸い込まれそうなエメラルドの瞳が隠れていたのか、と少し見とれた。
「チョコミントのミント度合いが何種類かあるヤツでサ」
「あ!これ、最近SNSでよく見かけて、今度お休みの時に買いに行こうかなって思ってて」
「ワーオ!そりゃちょうどよかった!」
大きな目を見開いて、眉もこれでもかと生え際に近づけて、長い手脚をオーバー気味に動かして、食べてみたかったチョコが目の前にある私よりも嬉しそうにしている。
マイク先生が、チョコを模したセミマットの茶色いスリーブ箱を開けると、20%、40%、65%、80%の四段階のチョコが、段階別に淡いミントグリーンから濃い色の包み紙に入っていて、グラデーションになっている。そのデザイン性の高さもSNSで話題になっている理由の一つだ。
こんな人気なもの私が頂いてもいいのか、と聞くと、オフコース!と綺麗な発音で答える。
「どれからいく?」
「うーん、やっぱり20%からでしょうか?というかこれどうされたんですか?」
人気ヒーローのマイク先生が自ら人の賑わう場所、しかも支持率の大半を占める若い女性が多い所に行くとも思えないし、もし行ったとしたら大騒ぎになるだろう。
「や、ちょーっと仕事でネ」
「そうなんですか?」
急に歯切れの悪い返事をすれば、ぎこちなく「ドウゾドウゾ」と20%の淡いミントグリーンの包みを手のひらに置く。
「いただきます」
半分に割ったカケラを頬張る。
「どう?うまい?」
「美味しいです!よくあるアイス屋さんの甘いチョコミントって感じです」
「へえ、んじゃ次どうする?80%いっちゃう?」
「いきなりですか!」
ニッと口角の片方だけが上がったイタズラな表情に、私も思わず目を見開いてオーバーな返事をしてしまった。
「
〇〇先生、そんな顔もすんのね、かーわい」
「かわっ、え?あ、マ、マイク先生につられたと言いますか」
この歳で可愛いと言われて焦った私は、というか普段言われることのない言葉を、言われるような仲ではない同僚から言われて、混乱して、あ、マイク先生だしな、とちょっと都合よく納得させて、自分を落ち着かせた。
「オケオケ、じゃハイ、80%」
「もう、段階踏ませてくださいよ」
「イケるって。好きなんだろ?」
確かにチョコミントは大好きだけど、こういうのってちょっとずつ変わる違いを楽しむものなのでは?と思ったけど、頂いている身としては強くは出られず、「ハイ」と渡された濃いミントグリーンの包みをペリッと捲った。
パキッと割った半分を口元に持っていくだけで感じるミントの強い清涼感。これって結構くるんじゃ…でもミント感の強いものも好んで食べるしいけるはず。
「い、いただきます」
意を決して口に放り込むと、今まで食べたチョコミント味のお菓子の数々とは比べものにならないくらいのスーッとした強烈なミントの刺激が鼻に抜ける。
「どぉ?」
「ミント感が、すごいです、目が覚めるくらいの、あの眠気覚ましのガムを何倍も凝縮したみたいな」
スースーする口の中に耐えながら、提供主に味の感想を伝える。
「そんなに?スゲー気になる、俺にもちょうだい」
「あ、マイク先生は喉大事にしないとでは」
「眠気覚ましのミントガムはよく食べるし、ダイジョウブよ、でもそんな心配してくれるんなら、先にこっちで味見しようかナ」
そう言うと、耐える為に口元を押さえていた手を取って、指についていた溶けたチョコをぺろりと舐める。
「な、にするんで、すか」
「味見だケド?」
「だからって、どうし、え?」
舐められて引っ込める事すらできなくなった指とマイク先生を交互に見る。
「チューしなかっただけ偉くない?」
「ちゅう?さっきから何言って」
マイク先生だから、という言い訳もこれでは通用しなくて、突然の急接近に心臓がうるさくなる。
「俺、段階踏むのニガテなのよ」
「チョコミントの話ですよね…?」
「いーや、恋愛の話」
「れんあい」
私とマイク先生の間に浮いている行き場を失った私の手を再び取って、ちゅ、と手の甲に唇を落とす。吸い込まれそうだと思ったあのエメラルドの瞳で真っ直ぐ見つめ、そこに私を映すと、優しく目を細める。
ゆっくりと開く薄い唇から出る言葉を、期待しながら待っている私は、あの時からもうすでに彼の魔法にかかっていたのかもしれない。
write 2023/7/1〜7 🎤誕連載