溢れるアメジスト
イレイザーは、最近よく普通科リスナーと一緒にいる。さっきも二人で仮眠室から出ていくのを見かけた。
受け持っている1Aリスナーはもちろん、B組に、今まで担任だった生徒たちも気にかけているし、最近では心操にエリちゃんもいる。そろそろアイツのキャパ超えんじゃねえかとたまに心配になるが、覚悟を決めたアイツの面倒見の良さがここまでとは、と俺も少々驚いている。あの時のウジウジしていた相澤に聞かせてやりたいくらいだ、とその背中を見送った。
また別の日も、その普通科リスナーと一緒に仮眠室から出てきて、肩を震わす女子生徒と、困ったように頭を掻くイレイザーの姿に、『オイオイ、どうした?いやいやいや、まさか、まさかのまさか?!まあ、このくらいの年頃の子は年上好きになったりするしな。いくら強面な相澤だったとて、親身になってもらったらなあ。いや、せめて泣き止むまで待ってやれヨ!』と思考がぐるぐると駆け巡って、二人を見かけるまで「さあ昼メシ!」と元気に歩いていた俺は、軽快に一歩踏み出す形で固まっていた。
俺に気付いたイレイザーが、はあ、とデカいため息をついた。
面倒くさいとこ見られたってか?そうなのか?この間の俺の感動を返してくれヨ!
「おい、マイク、ちょっと来い」
「うぇ?俺行っても大丈夫なヤツ?」
「いいから」
手招きするイレイザーの後ろで、「相澤先生、まだ心の準備が」と聞こえる。
「大丈夫だよ。だいぶ慣れてきただろ?訓練通りに。落ち着いて」
「念の為、俺も同席するが、いいか?」と聞いて、「はい」と小さく答える普通科リスナーとの会話に全くついていけず、固まった場所から一歩動いた所でまた固まっていた。
早く来い。と言われてそのまま仮眠室へ入る。
「あの、話が全く見えないんだケド、リスナーとイレイザーの訓練に俺がいるの?実験的な?」
「
〇〇さん、な。まぁ、ある意味実験、ではあるか。どうする?自分で説明できる?」
こくり、と頷いたリスナー、もとい
〇〇さんは、俯いたまま、ぽつりぽつりと話始める。
心が不安定になると、文字通り目が溶けたように涙が溢れてしまうという。まあそれは誰にだってある事だろうが、彼女は思いが大きいとその涙が結晶化してしまい、生活に支障をきたすそうだ。成分は涙なので数分すれば液体に戻るらしいが、制御できない個性は自分だけでなく、いつか周りをも危険に晒す。それをコントロールするため特訓していたそうだ。
また相澤の個性頼りか、とも思うがまあ実際コイツ教えるの上手いし、細かいとこ気付くし、それに頼られると断れないヤツだからナ。結局他に適任がいないってワケか。
「状況はわかったが、なんで今になって制御できなくなったんだ?今までは大丈夫だったってことデショ?」
「…恋を、……初恋をしたから、なんです」
両親から自身の個性について聞いてはいたらしいが、ここまで制御できないとは思っていなかったという。それほどまでに衝撃的なものなのだろうと初恋という淡く不確定なものについて振り返ってみる。
「なるほど、心の不安定の発動条件が恋なのね、こりゃまた難儀な個性だナ」
「ほら、
〇〇さん、マイクの目見て」
始終俯いていた彼女と視線が混ざる。色素の薄い睫毛の下に、深く透き通ったアメジストの瞳が揺らめいていた。右目からぽろっと涙が溢れると、テーブルにカツンと、彼女の瞳と同じアメジストが転がる。
「え、それって、まさか俺に?」
彼女は、こくんとゆっくり静かに頷いた。
「相澤先生、すみません。やっぱり、まだ特訓足りなかったみたいです…」
「上々だよ。本人目の前にして一粒とは。よく頑張ったな」
「
〇〇さんの初恋は俺なの?」
彼女はまた俯いてしまった。今度は顔を赤くさせて。
俺としたことが思ったことをついポロリしちゃったゼ。
「そんな皆まで言ってやるな、十六の女の子だぞ」
…ごもっともデス。
「いや、びっくりしたけどよ。嬉しいよ、うん。ロマンチックな個性、好きよ、俺」
まったく、そういうところだよ。とイレイザーがまたデカいため息をついて、「今日はもう俺は必要なさそうだな」と言って出ていった。
「色々な意味で驚かせてすみません」
「いーえ、ホントに宝石みたいになるんだな」
テーブルの上で、すでに液体に戻った彼女の涙を、指で、つうと伸ばす。
「はい。マイク先生は、その、好きになったの怒らないんですか?」
「怒る?どうして?」
「マイク先生が先生で、私が生徒だから」
「アー、そうね、関係だけで言えばダメだろうけど、気持ちってどうにもならんもんヨ。特に恋はネ、やめろって言われてやめられるほど簡単なものじゃないデショ」
それに、
「アメジストの意味に、真実の愛とか、誠実ってあんの。ほら
〇〇さんの瞳も溢れる涙もキレーな紫でアメジストみたいだろ?そんな綺麗なもん見せられて嫌なヤツどこにもいねえよ」
──カツン、コン。コン、コン、コロコロ……ぽと、ぽと。
「まいくせんせ、すきです」
「うん」
ぽろぽろと溢れるアメジストが、テーブルに、彼女の膝に、と、落ちては転がり、やがて染みになる。
その想いを受け止めることはできないが、いつかまた、キミが恋をした時、溢す涙が少しでも減る事を願って。
そういえば、アメジストには『心の平和』って意味もあったな。
write 2023/7/1〜7 🎤誕連載